C群ロタウイルスが関与した成牛の下痢症 東部家畜保健衛生所 宮本純子 1はじめに ロタウイルスは人や家畜の下痢の原因として広く世界中 に分布し、ウイルスの抗原性によりA群からG群までの 7 群 に分類さ、牛においてはA群、B群、C群による下痢が報告 されている。特にC群ロタウイルス(GCR)については、ウ イルス分離が極めて難しく、1991 年に北海道で重篤な下痢 牛C群ロタウイルス 牛C群ロタウイルス 全国検出状況 全国検出状況 1991年 1991年 北海道 北海道 2002年 2002年 山形県 山形県 2011~2012年 2011~2012年 埼玉県 埼玉県 2010・2012年 2010・2012年 富山県 富山県 症を示した搾乳牛から、国内初の Shintoku 株が分離されて 以来ウイルス分離には成功していない。国内での検出は、山 緑 ウイルス 緑::ウイルス分離 ウイルス分離 分離 ウイルス分離 赤:PCR検出のみ 赤:PCR検出のみ 形県、埼玉県、富山県の3県から PCR による検出が報告さ れているのみであり、GCR が関与する下痢症の疫学情報は 図1 少ないのが現状である。 (図1)[1,2,3,4,5] 今回、管内の農場において GCR が関与したと思われる成牛の下痢症が発生したので、その概要 を報告する。 2発生農場の概要および全景図 発生農場全景図 発生農場全景図 酪農経営を主体とする大規模農場で、牛舎形態はフリーバ ーン方式を採用し群単位で飼養している。飼養頭数は搾乳牛 乾乳牛舎 乾乳牛舎 牛舎③ 牛舎 牛舎③ ③ 牛舎③ 約 220 頭、乾乳牛約 30 頭、県外導入等の初妊育成牛約 10 搾乳施設 搾乳施設 頭、繁殖和牛等約 70 頭を飼育。農場は斜面に立地し、侵入 路から最下段に乾乳牛舎、搾乳施設及び搾乳牛舎は中段、繁 牛舎① 牛舎 牛舎① ① 牛舎① 堆肥舎 堆肥舎 牛舎② 牛舎 牛舎② ② 牛舎② 殖和牛等の牛舎は最上段に位置しており、今回の発生は牛舎 繁殖和牛舎 繁殖和牛舎 ①である。 (図2) 図2 3発生状況 平成 24 年 6 月 19 日、1 群の搾乳牛において下痢症状が散発し、22 日には全体の乳量が著しく 減少。23 日には、5 月の平均搾乳量と比べ約 1,400 ㎏減少していた。また、下痢を呈した個体には 生菌製剤等の投与を実施したが症状の改善はされず、2群への拡大傾向が確認され、当所へ連絡が あり立入り検査および病性鑑定を実施した。 (表1、図3) 発生状況 平成24年6月19日 搾乳牛において下痢が散発 6月22日 乳量が著しく低下 下痢・乳量低下の個体に生菌製剤等投与 6月25日 隣接牛群に伝播しているため家保に連絡 同日、立入検査を実施 7月11日 牛群の下痢は収束傾向にあり乳量も回復 表1 乳量の推移 8000 ㎏ 7500 7000 6500 6000 5/1 6 11 16 21 26 31 6/5 10 15 20 25 30 7/5 10 日 図3 4材料と方法 25 日の立入り検査時には、激しい下痢症状は見られず、回復傾向にあると判断し、畜主の凛告 により、発症牛と推測される 20 頭前後の搾乳牛のうち、血液7頭、便および鼻腔スワブ5頭分を 採取、病性鑑定の材料とした。 寄生虫検査は、糞便中の虫卵検査およびクリプトスポリジウム検査を実施。細菌学的検査は、サ ルモネラ検査を定法に基づき実施。ウイルス学的検査は牛下痢・粘膜病ウイルス(BVD-MD)の PCR および牛下痢5種マルチプレックス PCR を実施。生化学的検査は、血液一般検査を実施した。 追加検査として、今後の GCR が関与した下痢症の発生コントロールに有用であると考え、検出 された PCR 遺伝子について、VP6及び VP7 遺伝子について系統樹解析を(独)農業・食品産業 技術研究機構 動物衛生研究所に依頼し、発生農場における汚染状況確認のため約 3 ヶ月後にウイ ルス遺伝子保有状況調査を実施した。 (表2、3) 方 法 C群ロタウイルスの疫学 寄生虫検査 虫卵検査:ショ糖浮遊法、沈殿法 クリプトスポリジウム検査:ショ糖遠沈浮遊法 細菌学的検査 サルモネラ検査(HTT、DHL寒天培地) ウイルス学的検査 BVD-MD(PCR) 牛下痢ウイルス5種マルチプレックスPCR(PCR) ●C群ロタウイルスが関与 する牛の下痢症に関する 報告は少なく、疫学情報 は今後のコントロールに 有用 1 内殻蛋白をコードするVP VP6 VP6 遺伝子と、外殻蛋白をコード するVP VP7 VP7遺伝子について動物 衛生研究所にて解析を依頼 (A、B、C群ロタ、コロナ、トロウイルス) 生化学的検査 血液一般検査(RBC、WBC、Ht) ロタウイルスの遺伝子と構造 2 農場の保有状況調査を (The RNAs and Proteins of dsRNA Viruses Edited by Peter. P. C. Mertens and Dennis H. Bamford; www.iah.bbsrc.ac.uk/dsRNA_virus_proteins/ rotavirus%20figure.htmから転用) 実施 表2 表3 5成績 寄生虫検査および細菌学的検査は全て陰性となり、生化学的検査についても異常値を示す個体は 存在せず、ウイルス学的検査では、BVD-MD の PCR は陰性となった。牛下痢ウイルス5種マルチ プレックス PCR では、5頭中3頭の糞便から GCR のみ検出され、そのほかのウイルスについて は陰性を示した。この事から、今回の下痢症は GCR が関与した下痢症であると診断した。 GCR 遺伝子が検出された3検体については、MA104 細胞を用いた盲継代を4代実施したが、 ウイルス分離には至らなかった。 (表4) ウイルス遺伝子の系統樹解析では、VP6及び VP7遺伝子ともに、人及び豚由来株からの位置関 係は遠位であり、Shintoku 株や牛由来既存株と同様のクラスターに属し、ほぼ同一のウイルス株 であることが判明した。保有状況調査では 258 頭の搾乳牛について全頭陰性を確認した。 (表4、 5、図4、5) 成 績 VP6の系統樹解析 Human_rotavirus_C_strain_OH567 81 牛下痢ウイルス5種 マルチプレックスPCR 53 M ① ② ③ ④ ⑤ M Human_rotavirus_C_strain_Wu82 100 Human_rotavirus_C_strain_CMH004/03 Human_rotavirus_C_strain_BK0830 44 Human_rotavirus_C_strain_YNR001 96 Human_rotavirus_C_strain_Bristol A群ロタウイルス (928bp) 陰性 B群ロタウイルス (228bp) 陰性 C群ロタウイルス (563bp) コロナウイルス (407bp) 陰性 トロウイルス (664bp) 陰性 31 58 50 Human_rotavirus_C_strain_Belem Human_rotavirus_C_strain_Moduganari 90 Human_rotavirus_C_strain_208 49 Human_rotavirus_C_strain_Jajeri Human_rotavirus_C_Strain_BCN9 10 0 61 Human_rotavirus_C_strain_v508 Human_rotavirus_C_strain_BS347 Porcine_rotavirus_C_strain_Cowden 1 00 58 Bovine_rotavirus_C_strain_WD534tc Bovine_rotavirus_C_strain_Niigata Bovine_rotavirus_C_strain_Kagawa Bovine_rotavirus_C_strain_Shintoku 100 C群ロタウイルス 5頭中 3頭 陽性 48 58 M:100bpラダーマーカー 表4 0 .0 2 図4 Bovine_rotavirus_C_strain_Toyama Bovine_rotacirua_C_strain_Yamagata VP7の系統樹解析 保有状況調査 Human_rotavirus_C_strain_CMH004/03 Human_rotavirus_C_strain_W u82 62 Human_rotavirus_C_strain_AE53 94 Human_rotavirus_C_strain_OH567 Human_rotavirus_C_strain_BK0830 96 84 41 Human_rotavirus _C_s train_YNR001 Human_rotavirus _C_st rain_Javeriana 85 Human_rotavirus_C_strain_208 32 Human_rot avirus _C_s train_Solano Human_rotavirus_C_strain_CHRV/A90L 58 21 Human_rotavirus _C_s train_OK118 Human_rotavirus_C_strain_Bristol 96 Human_rotavirus_C_strain_T97/167 Human_rotavirus _C_st rain_ad957 23 54 42 Human_rotavirus_C_strain_Belem 87 Human_rotavirus _C_st rain_Santiago 調査日 対象牛 材 料 方 法 : : : : 平成24年10月24日 搾乳牛等 合計258頭 直腸便 20%糞便溶液 Human_rotavirus _C_s train_Moduganari 100 Human_rot avirus _C_s train_Jajeri 97 Human_rotavirus_C_strain_v508 87 Human_rotavirus _C_s train_BS347 49 86 100 Human_rotavirus _C_s train_Dhak aC13 1000×g 3分間 遠心 Human_rotavirus_C_strain_I57 1 00 100 Human_rotavirus _C_s train_OK450 Porc ine_rotavirus_C_strain_134/04-18 Porcine_rotavirus_C_strain_Cowden Porcine_rotavirus_C_s train_134/ 04-2 Porc ine_rotavirus_C_strain_HF 99 80 Bovine_rotavirus_C_strain_Kagawa Bovine_rotavirus_C_strain_Yamagata Bovine_rotavirus _C_s train_Toyama 100 上清を10検体プール → PCR 結 果 : 全頭陰性 Bovine_rotavirus_C_strain_Shintoku 56 93 Bovine_rotavirus_C_strain_Niigata 0 .0 5 図5 表5 6まとめ及び考察 今回、下痢症を発症した牛群からは他の病原体は検出されず、GCR のみ検出された事から、GCR が関与した下痢症であると診断した。 また、検出遺伝子は国内分離株や既存検出株と同一のクラスターであった事から、導入牛等によ る農場へのウイルス侵入の可能性が否定できない状況であった。 しかしながら、保有状況調査では GCR 遺伝子の検出はされず、発症牛から排出されたウイルス 汚染や、持続的に感染した個体の存在は否定され、一過性の発生であると認識されるとともに、ウ イルス侵入経路については不明となった。 全国的に成牛の下痢症は一過性の発生であることが多く、GCR についても検査されていない現 状であると容易に推測でき、今後の検査体制の整備とともに、発生予防としての導入牛の隔離飼育 や消毒など、飼養衛生管理基準の徹底が重要であることが強く認識された事例であった。 謝辞 ウイルス遺伝子解析にあたりご尽力をいただいた(独)農業・食品産業技術総合研究機構動物衛 生研究所の鈴木亨先生に深謝いたします。 参考文献 [1] 恒光 裕ら:Journal of Clinical Microbiology vol.29 No.11, 2609-2613 (1991) [2] 馬渡隆寛ら:The journal of veterinary medical science 66(7), 887-890 s-x (2004) [3] 宮本剛志:平成 23 年度家畜衛生研修会(病性鑑定・ウイルス部門)事例報告抄録 50-51 [4] 多勢景人:平成 24 年度家畜衛生研修会(病性鑑定・ウイルス部門)事例報告抄録 39-40 [5] 宮本剛志:平成 24 年度家畜衛生研修会(病性鑑定・ウイルス部門)事例報告抄録 41
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