トマト養液栽培における肥料成分の量的管理

中野
有加
ラなどを培地として、コンピュータ
養液栽培の先進地であるオランダ
においては、ロックウールやヤシガ
オランダにおける培養液管理
農業・食品産業技術総合研究機構
総合企画調整部
主任研究員
養液栽培における
培養液管理の重要性
日本の養液栽培の施設面積は徐々
︵
年︶
に増加し、
給液
ミキシング
ポンプ タンク
雨水タンク
UV殺菌
装置
EC pH
栽培ベッド
排液タンク
いた栽培方式といえます。
用労働を前提とした大規模栽培に向
産性を高めてきた結果、例えばトマ
光や CO
施2 肥など高度な環境制御と、
勘に頼らない培養液管理によって生
装置を経て再利用します。しかし、
よって制御されます。排液は、殺菌
ることが多いので、培養液の肥料成
養液栽培では根域の容積が小さく、
化学的な緩衝能の小さい培地を用い
では農業の環境汚染に対する規制が
達成しています。EU︵欧州連合︶
植物体や収穫物の分析結果と併せて
組成が乱れるので、定期的に分析し、
なミスによるトラブルでは生育に対
できる一方で、装置の故障や人為的
により生産性や品質を高めることが
影響を及ぼします。根圏環境の制御
はほぼ達成されています。
培システムへの移行は、養液栽培で
ん。培養液を温室外に廃棄しない栽
む水の排出を抑えなくてはなりませ
pH
循環式のNFTや湛液水耕、かけ
流し式が主流のロックウールやピー
のため、培養液管理においては、給
動給肥装置は、環境制御機器のデー
第1図は、オランダの一般的な養
液栽培システムを示しています。自
育制御を行う﹁濃度管理法﹂が行わ
おいても、培養液の濃度によって生
トモスなどの固形培地耕のどちらに
など
れています。ただし、個々の肥料成
C
pH
ります。
を記録し、生育診断を行う必要があ
、
タや、排液の量・濃度や作物体の成
分の濃度を測定することは難しいた
液量や肥料の消費量、E
分分析値などの情報をもとに、複合
するダメージが大きくなります。そ
日本における培養液管理
解析した上で、処方を変更します。
70
厳しいため、農薬および肥料分を含
60
分の濃度や が、直接作物の生育に
トでは a 当たり
排液を再利用し続けると肥料成分の
ーで培養液が管理されています。補
自動給肥装置
定量
ポンプ
排液率
= 割
肥料原液
タンク
環境制御機器
環境制御装置︵コンピューター︶に
第1図 オランダにおける一般的な養液栽培システム
∼ t の収量を
理をマニュアル化しやすいため、雇
となっています。養液栽培は肥培管
ha
複合環境
制御装置
トマト養液栽培における
肥料成分の量的管理
→日本でも施設面積が増加している養液栽培は、
安定的に生産し、肥料の無駄をなくす量的管
理法の普及が期待されている。
54 2008. タキイ最前線 秋号
10
(独)
ません。実際には液肥混入器で培養
め、本当の意味の濃度管理ではあり
分かっています。作物による肥料成
は、単純な比例関係にはないことが
ることになります。排液は他作物に
排液中に高濃度の肥料成分が含まれ
利用する装置で処理したりされます
肥料として再利用したり、微生物を
ンの量、すなわち培養液の濃度と量
が、手間やコストがかかります。
分の吸収速度は、根に到達するイオ
電率︵EC︶を測定し、設定ECに
によって変化します。水耕では、あ
期ごとに培養液の処方が提唱されて
これまでに培養液の濃度について
多くの研究がなされ、品目や栽培時
作物にとって吸収可能な範囲にあり、
います。よって肥料成分の濃度は、
収速度が変わらないことが分かって
理法として、﹁量的管理法﹂が提唱
よる肥料の無駄をなくす合理的な管
われます。安定的に生産し、排液に
*
*
*
以上のように、﹁濃度管理法﹂は
必ずしも最適な管理法ではないと思
る程度の流速があれば、チッソやカ
います。ところで、養液栽培は培養
ほかの成分との拮抗作用を考慮して
されています。
リウムはほとんどゼロになるまで吸
液濃度︵EC︶によって制御するの
決めればよいと考えられます。
れます。
なるように自動で肥料原液が追加さ
液中のイオンの総量の指標である導
施肥量
が本当によいのでしょうか?
﹁濃
度管理法﹂についてのいくつかの疑
当たりの施肥量ですが、そのマニュ
栽培管理で最も重要なのは単位期間
作物や作型ごとに、EC設定のパ
ターンがマニュアル化されています。
たりに必要な量の肥料を与える管理
ある期間︵例えば1日や1週間︶当
方法です。培養液ECは制御せず、
﹁量的管理法﹂は、草勢制御の難
しいトマトの水耕栽培で提唱された
水耕栽培における量的管理法
アルはありません。万が一EC設定
法です︵第 図︶。
EC設定をマニュアル通りに
変えると、失敗がない?
を変えるタイミングを逸すると、肥
き起こしてしまいます。チッソやリ
生や生産物の収量・品質の低下を引
量を調査しました。その結果、﹁量
を比較する実験を行い、適正な施肥
筆者らは、トマトの水耕栽培にお
いて﹁量的管理法﹂と﹁濃度管理法﹂
料の過不足が起こり、生理障害の発
ン、カリウムなどは、多くの作物で
的管理法﹂では﹁濃度管理法﹂より
K
施肥量︵g /株︶
循環利用
一部廃棄
55
2008. タキイ最前線 秋号
※Mg = マグネシウム、Ca = カルシウム、K = カリウム、
S = 硫黄、P = リン、N = チッソを示す。
問を挙げて考えてみます。
過
剰
ぜいたく吸収となる傾向があるため、
では施肥量が少ないほどチッソをは
となったのに対し、﹁量的管理法﹂
た。﹁濃度管理法﹂では過繁茂状態
同程度の収量を得ることができまし
図︶で
も約3割少ない施肥量︵第
図︶。
必要量以上に与えた場合でも収量に
は結びつきません︵第
排液の処理は?
﹁濃度管理法﹂では、ECが低下
すれば肥料原液が追加されるため、
25
培養液
量的管理法
適正量の
吸収
定量ポンプ
偏った
ぜいたく
吸収
N
液肥混入器
ECセンサ
P
目標の草姿
Mg
一定期間
ごと 培養液
濃度管理法
ぜいたく吸収
適
量
欠
乏
収量
S
50
随時
0
Ca
75
量的管理法
濃度管理法 = 慣行
100
図 濃度管理法と量的管理法の違い
第
第 図 濃度管理法と量的管理法の施肥量
(水耕実験)
肥料成分の濃度を変えると、
作物の吸収速度が変わる?
特有の欠乏症が
あらわれる
収量が
最高
になる
養分吸収量は
増えるが収量
は増えない
収量は減少
特有の過剰症が
あらわれる
肥料成分の濃度と作物の吸収速度
図 施肥量と作物の収量との関係
第
てある程度までは増えますが、﹁濃
果実の収量はチッソ吸収量に比例し
姿となりました︵第 図︶
。 一方、
れ、葉面積の小さいコンパクトな草
じめとする肥料成分の吸収が制限さ
え、低チッソ状態により果実への炭
成量と、果実への光照射の増加に加
がよくなったことによる十分な光合
は、葉の相互遮蔽が少なく光の透過
りもやや高くなりました。この結果
﹁量的管理法﹂で﹁濃度管理法﹂よ
ックが必要です。
となるので、培地内養液のECチェ
の濃度を上昇させ、根へのストレス
です。必要以上の施肥は培地内養液
1株当たりの循環液量が少ないこと
かりました。水耕栽培と違う点は、
足のない施肥を行うことが可能です。
スピードと天候の変化に応じた過不
吸水量の指標を用いることで、生長
から、その後の施肥量を決めます。
の量を量り、吸水量と施肥量の関係
しました。数日ごとに追加された水
おわりに
度管理法﹂のような多肥では頭打ち
チッソ吸収量(103me/株)
察されます。
制御するものです。すなわち、肥料
けて管理し、1日当たりの施肥量を
います。これは肥料と水の供給を分
耕への量的管理法﹂の適用を進めて
現在﹁水耕における量的管理法﹂
の実験データをもとに、﹁固形培地
的管理法﹂の方が少なくなります。
更新する場合、肥料の廃棄量は﹁量
液を更新しませんでしたが、途中で
図︶。 この実験では両方法とも培養
この場合、硝酸イオン濃度を長期間
過不足を確実に防ぐことができます。
養液中の硝酸イオン濃度は、施肥の
定ができなくなってしまいます。培
作業で手間がかかる上、摘芯後は測
測定して生育を診断する方法は、手
られ、このうち、茎径・葉長などを
吸水量を参考にする方法などが考え
断、培養液中の肥料成分の残り具合、
設定を行う簡易法としては、生育診
特殊な制御機器を使用せずタイマー
を追加する方法が開発されています。
量に比例して1日に数回の肥料原液
天候に応じて施肥を行うため、日射
﹁量的管理法﹂では、必要量の肥
料を適期に与えることが重要です。
が期待されます。
ことができる﹁量的管理法﹂の普及
最小限の肥料で収量と品質を高める
ます。今後、他作物でも研究が進み、
生育制御の難しい作物ほど適してい
よって高品質生産が可能な作物や、
ます。この方法は、施肥量の調整に
れの作物でも量的管理法が利用でき
て解説しましたが、基本的にはいず
はトマトにおける量的管理法につい
者の技術向上に役立ちます。本稿で
できるため、生産履歴の開示と栽培
∼
栽培終了
週間前∼
∼
摘芯∼
栽培終了
週間前
∼
∼
∼
∼
定植∼摘芯
∼
1.6
最大日吸水量 0.2 0.4 0.6 0.8 1.0 1.3
(L/株/日)
0.4 0.6 0.8 1.0 1.3 1.6
固形培地耕における
量的管理法
(単位はmeN/株/日)
3
量的管理法における
施肥量の決め方
は朝1回目の給液で培地に与え、そ
にわたりモニタリングできる実用的
﹁量的管理法﹂は﹁濃度管理法﹂
と異なり、施肥量を把握することが
の後は日射や排液率に基づいて排液
なセンサーはないので、RQ フレッ
表 吸水量を指標とした
チッソの施肥量の基準
1.25
培養液のチッソ、リン、カリウム
濃度は﹁濃度管理法﹂に比べ﹁量的
を再利用して供給し、培地水分を適
クスなどの簡易分析計を用いるのが
56 2008. タキイ最前線 秋号
水化物の転流が促進されたためと推
NO3-N
(ppm)
75
1.05
4/6
2/24
5
100
管理法﹂で低く推移しました︵第
正に管理します。実験では、水耕栽
よいと思われます。
吸水量を指標とした基準を表に示
培と同様の指標を用いた量的管理法
により、草勢制御が可能なことが分
※me:ミリ当量
になりました。
125
1.45
また一方、果実の品質については、
冬季の糖度やアスコルビン酸含量が
2.5
果実収量
︵
㎏ /株︶
、
3.0
葉面積︵
、㎡/株︶
25
1.5
0.85
0
4
培養液中のチッソ
濃度が低く推移
50
1/13
12/3
10/25
10/2
濃度
管理法
量的
管理法
2.0
果実収量
葉面積
量的管理法
濃度管理法
第 図 濃度管理法と量的管理法に
おけるチッソ吸収量とトマトの
葉面積および果実収量の関係
第 図 濃度管理法と量的管理法に
おける培養液中のチッソ濃度
の推移