Development of Powder Soft Magnetic Core Materials - 素形材センター

圧粉軟磁性材料の開発
徳 岡 輝 和 前 田 徹 伊 志 嶺 朝 之
住友電気工業 ㈱
圧粉磁心は、軟磁性金属粒子表面に絶縁被覆を施した粉末を加圧成形し
て製造される材料であり、コイル鉄心等への適用が検討されている。本
報では、純鉄系軟磁性材料の低損失化、および合金系軟磁性材料の高周
波用途製品適用への事例を紹介する。
1.緒言
環境問題への国際的な関心の高まり、原油価格の
でも 1 kHz 以上の高周波帯域で良好な電磁変換特性
上昇等の理由により、自動車分野では、電動ハイブ
を示す。また、粉末を加圧成形して作製する本材料
リッド車に代表される省燃費車が爆発的に普及し、
は磁気回路設計の自由度および形状自由度、生産歩
エネルギー分野では、太陽光や風力を用いた発電機
留まりが高いことから、低周波域を含めた多くの軟
が各所に設置されている。これらの機器には、電動
磁性部品への適用が検討されている。これらの部品
機構や電源装置等が必要であり、そこには、電磁変
に必要な磁気特性は部品の使用条件によって異なる
換部品として、モータ、トランスやコイル等の部品
ため、各用途に合わせた軟磁性材料が数多く開発さ
が搭載されている。これらの部品には、小型化や高
れており、圧粉磁心においても、軟磁性材料の化学
効率化、高速駆動化を実現するために、交流磁気特
組成や材料組織等の検討事例が数多くある。本報で
性に優れた軟磁性材料の適用が求められている。圧
は、圧粉磁心の概要を述べたのち、当社における、
粉磁心は、個々の粒子の表面に絶縁被覆を施した軟
純鉄系軟磁性材料の低損失化の検討事例、および合
磁性粉末を加圧成形して製造される材料であり、高
金系軟磁性材料による高周波用途製品の検討事例を
い電気抵抗を示すことから、交流用軟磁性材料の中
紹介する。
2.圧粉磁心の概要
一般的に、磁性材料は、軟磁性材料と、硬磁性材料
られている。軟磁性材料としては、本報で取り上げる
に分類される。軟磁性材料は外からの磁場を印加する
圧粉磁心の他に、電磁鋼板やフェライトなどがあり、
ことで磁力を発生し、印加される磁場の方向や大きさ
電磁鋼板はモータやトランスなどで用いられており、
に従って、発生する磁力の向きや方向を容易に変える
フェライトはチョークコイルなどに用いられている。
ことができる。用途としては、モータやトランスなど
軟磁性材料に求められる特性は、製品によって大きく
の磁心が主なものである。また、硬磁性材料は一度外
異なり、単一の尺度で材料の優劣を比較することは難
部から磁場を印加すると、磁場の印加を止めてもその
しいので、使用条件に合わせて、B−H 曲線(印加磁
磁力を保持しつづける材料であり一般的には永久磁
場と発生磁束密度の相関曲線)やエネルギー的な損失
石と呼ばれることが多く、モータや医療機器等で用い
値を評価し、適用する材料を検討している。
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2.1 軟磁性材料の用途
図 2 に示す。基本構成は、表面に絶縁被膜をつけた
交流用軟磁性材料は、用途により動作周波数と動
平均粒径で 100 ∼ 300 m 程度の金属粉末を相対密度
作磁束密度が変わるため、それぞれの用途に向けた
で 80 % ∼ 95 % 程度にまで充填した材料である。なお、
特性の最適化が必要である。図 1 は現在の主な軟磁
絶縁皮膜をつける理由は、磁心に磁場を印加すると
性材料の用途を動作周波数と動作磁束密度の関係で
磁心内に電流が発生し、エネルギー的に損失が生じ
まとめたものである。動作磁束密度が 1 T を超える
るため、発生する電流量を抑えることにある。これ
ような用途の代表例としては、モータなどのパワー
らの技術的な詳細は後述する。
デバイスがある。主な動作周波数は、商用周波数で
ある数 100 Hz までであるが、近年、高速化、高効率
絶縁皮膜
絶縁皮膜
バインダ
化のニーズによって高周波化が求められている。現
状では、Fe−Si 合金系薄板等を積層して製造される
電磁鋼板材の利用が主流となっているが、高周波域
で損失の主因となる渦電流の抑制が難しく、十分な
性能は得られていない。
一方、低磁束密度で動作させる用途の代表例は、
磁気センサや電磁弁、コイルコア等が挙げられる。
磁気センサや電磁弁用途では従来は低周波用途が多
かったが、近年駆動速度、応答速度の増大による性
Fe、Fe-Si 等
(板厚:0.05mm~ 1 . 0 m m )
Fe、Fe-Si等 (粒径:~300μ m )
電磁鋼板
圧粉磁心
図 2 圧粉軟磁性材料の模式図
能向上を狙い、高周波化が進んでいる。材料として
は電磁鋼板に加えて、表面絶縁磁性粉末を加圧成形
当社における圧粉磁心の製造工程を図 3 に示す。
した圧粉磁心等の適用事例も多い。これらは、粉末
金属磁性粉末に絶縁被覆を施した後、金型に充填し
冶金法で製造されるため、ネットシェイプ化が比較
て、500 ∼ 1,000 MPa の圧力で圧縮することで、相対
的容易で歩留まりが良いことが特長となっている。
密度で 85 ∼ 95 % の圧粉成形体を得る。センダスト粉
また、コイルは動作磁束が低くても、変換効率を向
末やパーマロイ粉末と樹脂の複合体であるダストコ
上させることが重要な部品であり、100 kHz 以上の
アに比べて、バインダ添加量が少ないため軟磁性粉
帯域では、非常に鉄損が小さいフェライト(軟磁性
末の充填比率が高く高磁束密度を実現できることが
酸化鉄)コアやアモルファスコアが使用されている。
大きな特長である 1)。
圧粉成形体には圧縮成形による歪みが入っている
2.2 圧粉磁心の位置づけ
ため、その歪みを取るために最高 800℃程度の温度で
圧粉磁心は、文字通り「粉末を圧縮した磁心」で
熱処理を行う。この熱処理の温度は、絶縁皮膜材料
あり、金属粉末を出発原料としている。その概要を
の耐熱性によって決まり、高い温度で処理できるほ
ど材料の磁気特性は改善されるので、この皮膜材質
についての検討事例の報告もなされている。
汎用電磁鋼板
圧粉磁心の実用化例として、モータコアやハイブ
リッド車のリアクトルコア 2)などが挙げられ、当社
2.0
純鉄系
圧粉軟磁性材料
モー
タ
でも、ディーゼルエンジンの燃料噴射装置用の電磁
弁部品 1)などを量産している。
小型化・高出力化
動作磁束密度 Bm (Tesla)
1.5
高Si電磁鋼板
1.0
大容
量電
源
合金系
圧粉軟磁性材料
磁性粉末
絶縁被覆処理
0.5
フェライト
圧縮成形
小型電源、
ノイズフィルタ
0.0
1
10K
100
1M
熱処理
機器の使用周波数域 (Hz)
高効率化・高速化・高応答速度化
図 1 軟磁性材料の適用領域
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図 3 圧粉軟磁性材料の製造工程模式図
特集 粉体成形による磁性部品の製造
2.3 圧粉磁心の特性改善の方向性
伴う誘導電流のジュール損失である(図 3(b)参照)。
今後、電磁部品は小型化や高効率化の観点から、
材料の電気抵抗 ρ が高いほど、また、渦電流発生領
現在よりも高周波帯で動作すると予想される。軟磁
域のサイズ d(圧粉磁心の場合は絶縁された軟磁性
性材料の鉄損:W B /f は、材料内磁束変化が緩和現象
粉末粒子の粒径に相当)が細分化されているほど、
(磁気共鳴など)を伴わない領域であれば、図 4 に示
低損失となる。また、起電力は磁場変化速度、つまり、
すようにヒステリシス損失(Wh )と渦電流損失(We )
周波数 f に比例して増大するため、単位時間当たり
の和で表される。Wh は、図 3(a)に示すような、静
では周波数の 2 乗に比例することになる。
磁界での変換損失(ループ面積)に相当するもので
(We ∝ d × f 2 /ρ )3), 4)・・・(式 2)
あり、材料内の磁場方向を変えるのに必要な最低限
交流用軟磁性材料の低鉄損化を実現するために
のエネルギーになる。つまり、磁場変化のしきい値
は、軟磁性粉末について、
である保磁力 Hc が小さな材料ほど低損失となる。
①低保磁力化
高周波では単位時間当たりの磁場変化回数(駆動周
②渦電流発生領域細分化
波数 f )に比例して損失は大きくなる。
③高電気抵抗化
Wh ∝ Hc × f ・・・(式 1)
の 3 点の要求項目を実現することが必要である。こ
一方、We は高周波駆動時に顕著となる損失であ
れを図 5 にまとめて示した。
り、磁場変化に対する電磁誘導で発生する起電力に
(a) 静磁界 (f →0) での変換損失
i(f→0)
(b) 高周波での変換損失
出力, H(磁力)
出力, H(磁力)
渦電流発生による
保磁力増大
入力,i
(電力)
鉄損→保磁力(ループ幅)で決まる
鉄損 (W)
入力,i
(電力)
変換損失=ループ面積
鉄損→渦電流込みの保磁力で決まる
ヒステリシス損(Wh) = [静磁界損失WDC]×[周波数(f)]
Wh∝f
DC保磁力に比例
渦電流損 (We)
We
= [渦電流寄与の損失増分WEDDY]×[周波数(f)]
∝f 2
発生渦電流 IEDDYに比例
(=周波数に比例)
IEDDY∝ f (d / ρ )
d:粒径、板厚
ρ:電気抵抗
図 4 軟磁性材料の磁気履歴曲線と変換損失
鉄損
<支配因子>
[組成因子]
ヒステリシス損(BH履歴曲線面積)
ヒステリシス損(BH履歴曲線面積)
B
[組織因子]
損失大
ヒステリシス損低減=
渦電流損
渦電流損
①低保磁力化
コア材磁気異方性、磁歪定数
損失小
Hc
<対策>
H
粒子間粒界
(絶縁層)
保磁力Hc低減
透磁率μ向上
転位・結晶内粒界
粒子間
粒子間渦電流損
Fe
粒子間絶縁
Fe
Fe
粒子内渦電流損
不純物
〇高純度化
〇薄肉均一被覆
〇高温焼鈍
(耐熱絶縁被膜)
〇歪レス高密度成形
②渦電流発生
領域細分化
〇絶縁被覆技術
高抵抗絶縁膜
Fe
粒子内
〇新合金探索
③高電気抵抗化
コア材電気抵抗
〇電気抵抗上昇
元素添加
図 5 軟磁性材料の低鉄損化コンセプト
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3.純鉄系圧粉軟磁性材料における磁気特性改善の検討
5)
当社では、塑性変形能が高く、高密度化が可能で、
マイズ時の噴霧液滴の冷却媒として用いて製造した
かつ比較的安価である純鉄粉系圧粉軟磁性材料の工
粉末と、不純物の混入量を変えた市販の純鉄鉄粉を
業的な汎用性の高さに着目し、この材料を用いた圧
複数種準備し、これらの鉄粉を用いた圧粉磁心の磁
粉磁心を検討しており、その軟磁気特性の改善を
気特性を評価した。
図っている。このなかでも、低鉄損化を検討するこ
図 6 に、鉄粉末の ICP 分析により C、Si、Mn、P、
ととし、低保磁力化および渦電流発生領域細分化を
S、Cu、Ni、Cr、O、Al、Ca、Mg、Mo の各元素を
キーテクノロジーとして、材料開発を進めてきたの
定量し、求めた不純物純度に対して、成形体保磁力
で、これを紹介する。
Hc がどのように変化するかを示す。成形体作製条
まず、純鉄粉末において低保磁力化を実現するに
件は、密度 7.50 Mgm−3、熱処理 693 K × 1 hr 窒素気
は、軟磁性粉末内の結晶不連続因子を除去すること
流中とした。市販粉末を用いた磁心中の総不純物量
が重要である。例えば、不純物原子(C、N、O など)
は 2,000 ppm 程 度、Hc = 0.5 kAm−1 程 度 で あ る の に
や結晶粒界並びに結晶歪み(熱歪み、加工歪み)を取
対し、不純物量の低減に従って、Hc が低下してい
り除くことが有効といえる。圧粉軟磁性材料では、
くことが明らかとなった。不純物量 1,000 ppm で Hc
純鉄粉末のアトマイズ時の熱歪み、および加圧成形
は 約 25 % 低 減 し、 同 120 ppm で は 約 75 % の 低 減 と
時の加工歪みの導入は不可避であり、後工程の熱処
大きな効果があることがわかる。以下、不純物量が
理によってこれら歪みを低減することが重要であ
120 ppm の粉末について、絶縁膜最適化を進めた(以
る。この歪み除去の効果は処理温度が高いほど有効
下、この粉末を高純度鉄粉と称する)。
である。しかしながら、熱処理により絶縁膜が劣化
0.5
し粒子間の絶縁が低下するために、絶縁膜の耐熱温
市販鉄粉
度が処理温度の上限となる。従って、絶縁膜の耐熱
一方、絶縁膜には、前述の渦電流発生領域細分化
を実現するために、被膜均一性や加圧成形時の損傷
による絶縁性劣化が生じないための耐性が求められ
る。当社では、上述の要求を実現するための具体的
手法として、以下の 2 点について検討した。
(1)鉄粉の高純度化による低保磁力化
(2)粉末絶縁被覆上へのバインダ樹脂コーティン
保磁力 Hc (kA/m)
性を向上することも重要な開発課題である。
0.4
0.3
高純度鉄粉
0.2
0.1
0.0
10
100
1000
10000
総不純物量 (ppm)
グによる、加圧成形時の被膜保護
図 6 鉄粉中の不純物量と成形体保磁力の関係
3.1 鉄粉高純度化による低保磁力化
工業的に使用されている金属粉末の多くは、金属
3.2 ハインダ樹脂被覆による絶縁被覆保護
の溶湯を噴霧(アトマイズ)し、その液滴が冷却さ
写真 1 に作製したコーティング粉末の絶縁被膜の
れて粉末化するアトマイズ法という方法で製造さ
れ、粉末冶金用途で使用される鉄粉の多くは、鉄溶
Fe粉末外観
湯の液滴を水で冷却する水アトマイズ法という製造
法で製造されている。この方法では、鉄粉末がすぐ
に冷却されるため、高い生産能力を有するが、溶湯
が水に触れることによる酸化物の生成や水に含有さ
バインダ樹脂層
れるミネラル分が不純物として混入するデメリット
もある。また、粉末メーカーの多くは鉄スクラップ
を原料としており、不純物量も実用上重要な管理因
子となる。
リン酸塩ガラス層
Fe粉末
そこで、これらの影響について評価するために、
高品位の地金を Ar 雰囲気で溶解し、Ar ガスをアト
写真 1 開発材の絶縁被膜断面 TEM 像
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特集 粉体成形による磁性部品の製造
透過電顕(TEM)観察像を示す。観察結果より、厚
周波数依存性を汎用電磁鋼板(JIS グレード 35A360)
みが 20 ∼ 30 nm の第 1 層と同 100 ∼ 150 nm の第 2 層
と比較して示す。開発材の 1 T、1 kHz における鉄損
を有する 2 層被膜が確認できる。第 1 層が、リン酸
(W 10 /1k )は 68 Wkg−1 であり、従来材の 200 Wkg−1 に
塩ガラス絶縁被膜であり、第 2 層がバインダ樹脂の
対して鉄損値が 1/3 に低減されたことが分かる。
層である。鉄粉表面に均一な 2 層被膜が得られてい
式 2 に示したように、ヒステリシス損と渦電流損
ることがわかる。図 7 に、熱処理温度に対する成形
がそれぞれ周波数の 1 次比例、2 次比例であること
体の電気抵抗の逆数(渦電流損失の挙動と正の相関)
から、図 10 に示した鉄損値の周波数依存性から最小
の変化を示す。リン酸塩、ガラス被膜の単層絶縁被
2 乗法によって、下記の(式 3)を用いて、ヒステリ
膜を有する従来材の電気抵抗の低下が 673 K(400℃)
シス損係数 Kh と渦電流損係数 Ke を算出した。
付 近 か ら 始 ま る の に 対 し て、 開 発 材 で は、823 K
W B /f = Kh × f + Ke × f 2 ・・・(式 3)
(550℃)付近まで電気抵抗の低下が起こらず、絶縁
この方法で求めた Kh 、Ke を表 1 に示す。開発材
被膜の耐熱性が向上したことが分かる。
では、従来材と比較していずれの係数も低減してい
図 8 に熱処理温度に対する各成形体の保磁力 Hc
ることが分かり、ヒステリシス損と渦電流損の両面
の変化を示す。700 K(427℃)付近までは熱処理に
で改善されていることが分かる。すなわち、鉄粉高
よる Hc 低減効果は小さいが、750(577℃)∼ 850 K
純度化と熱処理高温化によるヒステリシス損低減の
(677 ℃)付 近 で 大 き く Hc が 低 減 し、 熱 処 理 前 の
みならず、絶縁被膜の均一化および加圧成形時の絶
50 % 以 下 の 値 と な っ た。 こ れ は 750 ∼ 850 K 付 近
縁被膜の破損防止による渦電流損低減も得られたと
で、歪み回復が進行し、鉄粉内の転位が急減する
言える。一方、電磁鋼板材に対して Ke は良好であ
ためと考えられ、開発絶縁被膜により歪み回復温度
るが、Kh は 30 % 以上大きな値をもち、低周波域で
域での熱処理を可能としたことに意味がある。図 9
は電磁鋼板の鉄損がより低くなっているが、300 Hz
に、850 K で熱処理した開発材の直流磁化曲線を従
以上では開発材が低鉄損となっており、高周波パ
来材と比較して示す。開発材では、Hc が大きく減
ワーデバイスへの展開へ向けて、有効な材料の一つ
少しており開発した軟磁性粉末のヒステリシス損特
として期待できる。なお、表 1 には各材料の磁気特
性が大きく改善されていることが分かる。図 10 に、
性をまとめた。
850 K で熱処理した開発材および従来材の鉄損値の
2
従来材
10
1
磁束密度 B (T)
電気抵抗逆数 1/ρ (573Kの値=1)
12
8
6
4
-1
開発材
2
0
500
-2
-10
600
700
800
900
実線:開発材、点線:従来材
0
-5
10
5
磁界 H (kA/m)
1000
熱処理温度 T (K)
図 9 850K で熱処理した成形体の直流磁化曲線
図 7 成形体電気抵抗の熱処理温度変化
200
0.5
160
鉄損 W10/f (W/kg)
保磁力 Hc (kA/m)
0
従来材
0.4
0.3
0.2
120
80
40
0.1
開発材
0
300
400
500
600
700
800
900
熱処理温度 T (K)
図 8 成形体保磁力の熱処理温度変化
1000
0
0
200
400
600
800
1000
周波数 f (Hz)
図 10 高純度開発材の鉄損―周波数曲線
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表 1 純鉄系圧粉軟磁性材料の主要特性一覧
特性項目
(単位)
密度
(Mg・m 3)
B50
(T)
Kh
Ke
W10/200
(mWs・kg 1) (mWs2・kg 1) (W・kg 1)
開発圧粉材
7.65
(97%)
1.39
44
0.024
9.8
68
従来圧粉材
7.40
(94%)
1.33
90
0.091
22
181
電磁鋼板
(35A360)
7.65
1.61
30
0.070
8.8
100
4.合金系圧粉軟磁性材料の開発と高周波用途製品への展開
W10/1k
(W・kg 1)
6)
圧粉軟磁性材料を電源デバイスへ適用するために
数と渦電流損失係数を算出した。汎用ダストコアと
は、数 100 kHz と従来に比べて 2 桁高くなる動作周
比較してみると、開発材はヒステリシス損失係数、
波数の変化に対し、渦電流による損失の影響が極め
渦電流損失係数ともに低く抑えられていることが分
て大きいことが、コイルコアの発熱や電源効率上で
かる。その結果、電源デバイスへの適用に向けた対
問題となる。そこで、従来の圧粉磁心材料に対して、
象周波数である 100 kHz 付近では、鉄損として汎用
数 100 kHz の高周波域での使用動作に対して最適化
ダストコアに対して半減以下の損失低減が可能であ
することにより、汎用ダストコアやフェライトを超
ることが分かる。また、飽和磁束密度に関しても、
える新しい軟磁性材料の開発を目指した。
汎用ダストコアに対して 10 % 以上高い値を示してい
前章にて述べた絶縁皮膜処理技術に加えて、①軟
る。一方、フェライトに対しては、飽和磁束密度は 1.7
磁気特性に優れる磁性合金粉末の採用、および組成
倍の値を示しており、電源デバイスのコンパクト化
最適化技術についても検討を進めた。ここでは、軟
や大電力処理化へのメリットが期待できる。鉄損に
磁性合金粉末として低保磁力である Fe−Si−Al 系合
関しては、依然としてフェライトに比べて劣ってい
金粉末を適用し、テストピースでの磁気特性の評価
るが、電源コイルとしてどの程度の差が生じるかに
結果、および実際にチョークコイルを製作、評価し
ついては後述する。
た事例について紹介する。
4.2 開発材を用いた電源コイルの設計と試作
4.1 開発材の磁気特性
開発材を用いて、電源コイルとしての性能を調べ
表 2 に開発材の諸特性を、図 11 に開発材の鉄損の
るために、ハイブリッド自動車などの次世代型環境
周波数依存性を、従来材である汎用ダストコアおよ
対応車に搭載されるチョークコイル想定し、大容量
びフェライトとの比較で示す。汎用ダストコアとし
2 次電池(200 V 程度の電圧)から電動の補機(エアコ
て、開発材と同じく Fe−Si−Al 系合金粉末を用いた
ン、パワーステアリング等)を駆動する電圧(一般的
市販のダストコアを、フェライトには Mn−Zn 系フェ
には 14 V)への降圧に用いる DC−DC コンバータを
ライトを比較材として選択した。鉄損の周波数依存
性から、前述の式 3 を用いて、ヒステリシス損失係
10000
表 2 純鉄系圧粉軟磁性材料の主要特性一覧
単位
開発材
Tesla
0.89
0.80
0.51
kW・m − 3
365
910
57
ヒステリシス損失 ***
渦電流損失 ***
kW・m − 3
291
755
7
kW・m − 3
75
155
50
透磁率 ****
―
56
52
2400
* 室温での測定結果
** 磁束密度 0.1T、周波数 100kHz、温度 120℃での測定値
*** 10k ∼ 100kHz における鉄損の周波数依存性より算出
**** 鉄損測定時の透磁率
16
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フェライト
鉄損 (kW/m3)
1000
汎用
ダストコア
飽和磁束密度 *
鉄損 **
汎用ダストコア
開発材
フェライト
Bm=0.1T
100
10
1
1
10
100
1000
周波数 (kHz)
図 11 合金系圧粉軟磁性材料 損失の周波数依存性比較
特集 粉体成形による磁性部品の製造
表 3 圧粉軟磁性材料適用チョークコイル設計例
コア材質
フェライト
開発材
開発材
―
―
Case1
Case2
実装面積
1120mm2
760mm2(▲ 35%)
1120mm2
部品高さ
部品外観
コア
コイル
28mm
25mm(▲ 11%)
22mm(▲ 25%)
重量
70g
59g(▲ 16%)
75g(△ 7%)
体積
14cm
10cm (▲ 30%)
13cm3(▲ 7%)
巻数
5 ターン
5 ターン
4 ターン
重量
全体重量
3
3
71g
66g(▲ 7%)
59g(▲ 17%)
141g
125g(▲ 12%)
134g(▲ 5%)
適用対象に選定した。コイルの設計は、リングサン
は、Case 1、Case 2 ともにほぼ同じ特性を示している。
プルの直流磁化特性からインダクタンス Ls が目的
また、既存のフェライトコアと比較すると、フェラ
の値となるようにコア形状や巻線数を決定し、用意
イトコアは仕様条件である 100 A を超える高電流領
したコンバータに予め搭載されていたフェライトコ
域から急激にインダクタンスが低下しているのに対
アも比較対象として、同条件にて評価した。巻線は、
して、開発材は高電流領域においても比較的高いイ
フェライトコアと同じ形状の平角線とした。設計は、
ンダクタンスを示す。このフェライトコアの高電流
以下に述べる 2 ケースを行った。ひとつ目は、同じ
巻線条件のもとで、より省スペース化、特に実装面
積の低減を主体としたケース(以下、Case 1)を検
討した。ふたつ目は、巻線数をフェライト材より低
減することを主眼としたケース(以下、Case 2)を
検討した。巻線は部品コストや製品重量に占める割
合が大きいので、巻線数や使用量の低減のニーズは
大きい。しかしながら、飽和磁束密度の低いフェラ
イトコアでは巻線数を低減すると、直流重畳特性が
低下し所定の電流を流すことができなくなるため、
巻線数を低減することは難しい。
表 3 に開発材を用いたチョークコイルの設計結果
を示す。開発材は、上述の通りフェライト材に対し
て飽和磁束密度特性に優れるため、Case 1、Case 2
ともに形状的なメリットを見出せる。Case 1 では、
同じ巻線数 5 ターンにて実装面積やコア体積、全体
重量を大きく低減できる。また、Case 2 では、開発
材を用いることで 4 ターンに巻線数を低減し、部品
の低背化や軽量化を図った。
上記の設計結果をもとに、実際に電源コイルの作
製を行った。試作したコア材およびチョークコイル
部品の外観を写真 2 に示す。開発材のコアは、30×
50×20 t の素材より所定の形状に切削加工する方法
で作製した。図 12 に試作コイルのインダクタンスの
直流重畳特性を示す。開発材を用いたコイルの特性
写真 2 合金系圧粉軟磁性材料適用のチョークコイル
試作品外観 Vol.52(2011)No.8
SOKEIZAI
17
120
開発材-CASE1
開発材-CASE2
フェライト
4
開発材 - case1
開発材 - case2
110
フェライト
3
コア温度(℃)
インダクタンス (µH)
5
2
1
0
0
50
100
150
200
直流電流 (A)
250
100
90
80
300
図 12 試作チョークコイルの直流重畳特性比較
域でのインダクタンスの低下は、磁気飽和により透
磁率が低下することにより生じ、飽和磁束密度が低
70
60
20
30
40
50
60
70
80
90
雰囲気温度(℃)
図 13 コア表面温度の動作雰囲気温度依存性
いことが原因である。このことから、飽和磁束密度
の高い開発材を適用することで、フェライトコアに
上には電源コイルの温度上昇は重要な課題である。
対して部品の小型化や巻線数の低減を図った上で、
評価結果を図 13 に示す。なお、コンバータには予
更に高電流領域での使用が可能となり、突発的な異
め水冷ジャケットによる冷却機構が備わっている
常電流が発生した際にコイル特性が失われ、周辺機
ので、これを用いた(水冷温度は 60℃)。開発材は、
器にトラブルを与える危険性を低減できる。
Case 1、Case 2 の間で部品形状の違いが主因と思わ
また、製作した電源コイルは、降圧型 DC−DC コ
れる若干の差異はあるが、フェライトコアとほぼ同
ンバータへ実装、動作させてコアの温度上昇を評価
等の動作温度を示している。このことから材料特性
した。電源デバイスでは、電源コイル部品の発熱に
としてフェライトに対して劣っている鉄損特性の差
より、電源コイル自体だけでなくその周辺部品への
が、電源デバイスでの動作状態では温度上昇として
影響も無視できないため、デバイス自体の信頼性向
大きな差を生じないことが分かった。
5.まとめ
本報では、粉末冶金技術を基盤とした圧粉軟磁性
材料の開発において、工業的に汎用性の高い純鉄粉
における磁気特性の改善の取り組みや、さらなる高
性能化を追求した新合金開発の事例を紹介した。材
料特性は製品の競争力に直結するため、継続した取
り組みによる絶え間ない改善を求められ、その一方
で、顧客からの要求項目はより多様化している。今
回紹介した技術はこれらの開発課題に対する基盤技
術となるものであり、さらなる深化を図っていく所
2 )杉山ら: 車載リアクトルコア用高密度・低損失圧粉
磁心の開発 ,素形材,51,No. 12,p. 24 - 29(2010)
3 )金子,本間: 磁性材料",p. 116(1991)
4 )電気学会マグネティックス技術委員会編: 磁気工学
の基礎と応用 ,p. 46(1999)
5 )前田ら: 極低鉄損焼結軟磁性材料の開発 ,SEI テク
ニカルレビュー,166,p. 1- 6(2005)
6 )伊志嶺ら: 高周波対応低ロス圧粉磁心材料の開発 ,
SEI テクニカルレビュー,178,p. 121-127(2011)
存である。
なお、本検討の一部は独立行政法人 新エネルギー・
産業技術総合開発機構(NEDO)の「H 21 年度イノ
ベーション実用化助成事業」の助成を受けて実施し
た。関係者に深く感謝する。
参考文献
1 )島田ら: 高性能圧粉磁心材料の開発 ,粉体および粉
末冶金,53,p. 686 - 695(2006)
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SOKEIZAI
Vol.52(2011)No.8
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