視床下邦交感帯刺戦の虹彩毛様体組織呼吸及び - 金沢大学

8合3
視床下部交感帯刺載の虹彩毛様体組織呼吸及び
前房水中蛋白成分に及ぼす影響について
金沢大学医学部眼科学教室(主任 倉知教授)
深 沢 愛 子
(昭和32年4月22日受付)
The Effect Qf Electrical Stimulation of the Hypothalmus
on the Tissue Respiratioll of the Irldociliary Body and
on Protein Colltellt ill Aqueous Hunユor
Aiko Hukasawa
刀8卿rごりπθ撹σOP巌α伽・!ogy,86乃。・‘(ゾ皿θ♂‘cf%8, K’απα乞α窃・αiσ%あθr8∫∫ツ
(一Dlrεcfor・P’・q君1)A}㌃κ%rαcんの
(倉知教授就任15周年祝賀論文)
緒
言
視床下部に自律中枢の存在することは,以前より認
の経路を刺戟するものと考えてよいであろうし,自律
められていたが,昭和24年,黒津によって,交感中枢
中枢刺戟による実験は,ストレス説に従えば,種々の
と副交感中枢の局在が確認された.以来,それの選択
刺戟に対する生体の適応症候群の本態を究明する一手
的電気刺戟による,眼科に関係ある研究としては,眼
段と考えられるのである.一部からは,緑内障,虹彩
圧の変化,前房水中の蛋白量の変化などを追求したも
炎等の眼疾患と適応症候群との関係が報告されている
のが報告されている.これらの研究は,眼と自律神経
が,自律中枢と眼変化との関係は,更に研究を加えら
支配との関係の一端を明らかにしたものとして注目さ
れるべき問題である.
れるのであるが,近年更に8elyeは,生体に対する
私は,以上のような観点から,自律中枢刺戟による
種々の刺戟一ストレスが,先ず視床下部の自律中枢に
虹彩毛様体の組織呼吸及び前房水中の蛋白成分の変化
影響を与え,氏の所謂汎適応症候群を起すという論を
について追究したが,今回は,黒津b交感帯に対する
提出した.ここで,自律中枢の電気刺戟は,ストレス
電気刺戟の影響について報告する.
実 験 方 法
1.実験動物
の孔を作る.次いで矢状縫合を中線として左右対称に
一定の食餌で飼育した,体重約2kg前後の健康な
黒津,清水の電導子保持装置を頭蓋に固定した.これ
白色雄性家兎を用いた.
らは黒津の方法に従ったものである.
2.黒津b交感帯刺戟方法
次に,直径0。08mmの単極電極を用い,これをさ
家兎を,無麻酔の儘,固定箱に入れて頭部を固定“
きの孔から頭蓋面に垂直に15∼16mmの深さ迄脳内
し,頭頂部の毛を切り,消毒後正中線に皮切を加え,
に刺入する.これを刺戟電極とし,非刺戟電極を切開
骨膜を剥離し,矢状及び冠状縫合を露出する.冠状縫
創の皮下に埋没固定した.刺戟としては,Thyratron
合と矢状縫合の交点を基準として,腹内側視床下核刺
制禦の下に,電気容量0.1!’F,時定数L4msecの蓄
戟の目的で,右又は左外側0.5mmの部に直径imm
電器放電電流を用い,波高電圧約12V,毎秒60回の頻
【 1 コ
834
深
沢
度を大体の標準とした.
組織呼吸測定法は,Wafburg検圧法新法に従った.
刺戟は,装置固定後,家兎の一般状態が平静に復し
容器は容量約5cc,の小型函状器を用い,液量大な
てから開始し,1分間刺戟,30秒休止の間門的刺戟を
る方は3cc,小なる方は1.5cc,使用瓦斯は酸素95%,
10回繰返し,その後所要の時間に無麻酔の儘眼球を別
炭酸ガス5%の混合瓦斯で,予めホールデン瓦斯分析
出し,次の種々の検査に供した.
器で分析して%に間違いのないことを確かめたのち使
脳は25μの連続切片を作り,チオニン染色を行
用した.測定液温は37.5。Cとし,ローリーの温度調
い,電極の刺入部位を確かめた.
節器を用い,液温変動はろlo。C以下に抑えた.
3.虹彩毛様体摘出法
無酸素気中解毒作用の測定は,同様に容量約5ccの
黒津b交感帯刺戟後,夫々の時間に,家兎を固定箱
箱状器を用い,液量は1.5coとした.使用瓦斯は,
に入れて頭部を固定し,無麻酔の儘,手早く眼球を摘
市販ボンベ入窒素ガスを,灼熱させてある微量分析用
出した.摘出眼球に附着している結膜,筋,脂肪組織
中空小柱状銅を通して,窒素器中の酸素を除去して使
等の残部を除去し,赤道部より角膜縁寄りの部に安全
用した.酸化柱状銅は,キップの装置で特級棒状亜鉛
剃刀の刃で小切開をえ,この創口から勇刀を入れて角
と一級塩醐こより発生せしめた水素を加熱状態で通す
膜縁からの距離を保ち乍ら,眼球を前後2個に切断
ことにより還元した.この方法によって,瓦斯中の酸
し,前眼部をRinger液に浮遊させた.このRinger
素を2×10−4vo1%とすることが出来た.
液は重曹並びに糖を含有していない.分離した前半部
5.前房水中総窒素の測定法
の一縁を鑛子で掴み,附着している硝子体を充分除去
総窒素の定量はミクロ・キエルダール法に準拠し,
した後,小勇刀で水晶体に接してZinn氏帯の一部を
アンモニヤの定量はネスラーの方法によった.湿性灰
切断し,この切断口から山刀を入れて毛様突起に充分
化は,岩崎曲頸酸化コルベンを使用し,硫酸と,30%
接近し,然もこれを傷害しないように注意し乍らZinn
の過酸化水素を用いて行った.比色定量には,光電光
氏帯を全周に亘って切断した.これによって水晶体を
度計を用い,中心波長490mμの濾光板を用いた.
除き,次いで残った虹彩毛様体を,角膜をつけた儘雷
検量線は,縦軸に吸光度,横軸に濃度をとった場合,
雨で切半した.輩膜切断縁をピンセットで把持し,毛
比色液10cc中45YN迄零点を通る直線関係を得るこ
様体と輩膜の間にスパーテルを入れて,虹彩毛様体を
とが出来た.
静かに輩膜から剥離した.分離した虹彩毛様体は,シ
6,前房水中残余窒素の測定法
ャーレを,黒色紙片上に載せて他の組織片の附着して
Folin−Wuの方法に従って,前房水を除蛋白し,そ
いないことを確かめた.
の濾液について,全く同様に,ミクロ・キエルダール
4.虹彩毛様体組織呼吸測定法
法に従って定量した.
実 験成績
1.刺戟時の家兎の一般状態の変化
書〇.8,同1時間後Qo2−3.5, Q留十〇.4,同2時
刺戟後直ちに,瞳孔は極度に散大し,眼球は突出
間後Qo2−3.0, Q二十〇.3,同6時間後Qo2−4.0,
し,爪を立て床を掻き,時に叫声を発する.同時に耳
介血管は牧縮して耳介は響くなり,呼吸は促進して深
くなり,脈搏は増加する等交感神経刺戟症状が現われ
Q留十〇.4である.こよによって見ると,Qo2は刺
戟直後より低下を示し,1時間乃至2時間後において
た.又刺戟後,耳介血管に屡々小出血斑を認めた.
低下は最も著明であるが,6時間後には略ヒ旧に復す
2.虹彩毛様体組織呼吸
酸素気中組織呼吸の測定成績は,第1表に示す如く
る.Qo2低下の割合は,直後にをいて対照の14%,1
時間後19%,2時[劉後30%である.Q留の変化は殆
である.私の実験において,正常家兎における虹彩毛
ど見られないが,30分後に増大を見たものが2例あ
様体組織呼吸平均値は,Qo2−4.3, Q留十〇.4であ
り,刺戟後30分及び1時間に極めて僅かな増大の傾向
るが,平均値において,刺戟直後は,Qo2−3.7,
Q留十〇.2,刺戟30分後において,Qo2−3.9, Q留
が見られた.
無酸素気中解糖作用の測定成績は,第2表の如くで
【 2 】
視床下部交感帯刺戟の虹彩毛様体組織呼吸及び前房水中蛋白成分に及ぼす影響について
835
ある.即ち,正常家兎虹彩毛様体のQ譜は私の実験
晩 αモ 『 『
δ薯
工
。
α
十
十 十 十 十
ε
㊤
α
誘ゆ
艦晦
聖
『 『『1 ’「 σ… 「可
σq
寸 「蝉 「ぐ ◎つ 「岬
l
1 1 1 1 1
α
盤
。噸
往
8
α
麟ゆ
蝋細
駁:
聾
離
祠
o
く『 璽
『
10・3,刺戟2時問後は十10。2,刺戟6時間後十13.0
1
びに2時間後:に低下が著明で,夫々対照に比し,19.5
『
o
十
『
『 『r:門
h (苺
『
oり
マ Gく1 ◎う
。く1 0◎
Qり
l l l
l l
1
おいて,対照に比し,7。9%の低下を示し,刺戟30分
後において,12.5%の低下を示す.刺戟1時間後並
く:) o
十
1
%及び20.3%の低下を示す.6時間後においてはそ
の低下は略ヒ回復する.即ち,交感帯刺戟によって虹
彩毛様体の無酸素気中解糖作用は低下したのである.
3.前房水中の総窒素
交感帯刺戟による前房水中総窒素量の変化は,第3
表の如くである.即ち,対照が42.6mgN/d1である
壌 浅 1ミ 器 震 9
のに対し,刺戟直後は50.Omg:N/dl,刺戟30分後65.O
δ謡
o o
O o
α
十
十 十
8
c『 の
σつ o◎
l l
l l
l l
蝋細
であって,無酸素気中解糖作用は,交感体刺戟直後に
十 十
『 『
麟ロい
『
マ
O o o
く『 。つ
α
十11・8,刺戟30分後は十H.2,刺戟1時間後は十
十
『
曹
罰
。
十
謝 朗 霧 誌 鵠 鵠
『
δ累
O O O o o
において,平均値十12.8であり,交感幣刺戟直後は
『 「『
h 『
o o
罰
。
mgN/dl,刺戟1時間後95・OmgN/dl,刺戟2時間後
十 十
十
74.2mgN/dl,刺戟6時間後49.2mg:N/d1である.
L『 h
手
即ち,刺戟直後において,前房水総窒素量は対照の
φつ 「寸
。り
1
1.17倍,同刺戟30分後において対照のL53倍,同刺
戟1時間後においてその増加は最も著明で,対照の
2.23倍に達する.2時間後はこれよりは梢ヒ減少する
雪 自 蕊 黛 震 蕊
が,対照の1.74倍であり,6時間後には1.15倍とな
輕
思
易
経
義
δ薯
α
o
oり
8
α
麟巾
1朧
脚
的
剛
十
喩 陀 (『
導
¢『
1
α
δ
翼
α
麟ゆ
蝋聴
醒{
o
って対照値に近づく.この成績によって,交感帯刺戟
十
により,前房水中蛋白は,刺戟直後より急速に増加
的 『 く『 一1 門
⑱
し,1時速後には最高に達するという結果を得た.
田) 「寸 マ oつ マ
Qり
十 十 十
l l l I I
o o
碁。
十
十
十
十
『
マ
1
珂
ヨ零
』『 『『
卜
マ oつ
。り
1
l l
l l
『
o
十
1
素について見ると,対照5.41ngN/dlに対し,刺戟
2時間後は,40.2mgN/dlに増加し,対照の7.44倍
に達する.刺戟6時間後は,8.5mgN/dlであって,
一時増加した前房水中蛋白は減少して来て,対照の
1.57倍に過ぎなくなる.非蛋白性窒素について見る
と,対照値35.OmgN/dlに対し,交感帯刺戟2時間
卜 。◎ ① 9 = 雲
刊
。
『
α
十
十
「
マ
1
寸 「寸
α
窒素量の変化は,第4表の如くである.先ず蛋白性窒
c『
ゆ
4.前房水中の残余窒素及び蛋白性窒素
交感帯刺戟による前房水中残余窒素量並びに蛋白性
晩
。
o
δ署
δ
1
雪 ミ i9 曽 iこ 雪
『
δ暑
『
一 〇 〇 〇 〇
o o
『 『
l l
層
。
十
ゆ
『
寸
1
『 一:
e o
十
マ 「ぐ
l l
後は37.3mgN/d1で対照の1.07倍であり,刺戟6時
間後は,32,2mgN/dlとなり,対照より梢ぐ減少の
瑚
。
十
傾向をとる.この成績を見ると,総じて,非蛋白性窒
三
マ
化合物の主たる変化は,その蛋白性成分にあるのであ
1
素量の変化は,極めて軽微であって,前房水中含窒素
って,その変化は非常に大きいことが確認された.
舗幽い
蝋細
判 び1 0つ 「ぜ 鴫) く◎
亡3】
836,
沢
深
第2表変縞帯刺戟による虹彩毛様体組織呼吸(窒素気中解糖作用)
実験
番号
対構刺轍
実験刺 戟
番号130分後・
実劇刺 戟
番号1塒鰍
黙黙
実験 刺 戟
番号 6時間後
1
十
13.2
9
十
12,1
17
十
11.8
25
十 10.5
33
十 10.7
41
十 12.9
2
十
12.0
10
十
12.0
18
十
11.5
26
十 10.2
34
十 11.0
42
十 12.3
3
十
13.7
11
十
11.9
19
十
10.6
27
十 11.1
35
十 10.8
43
十 13.5
十
ユ1.9
20
十
1L4
28
十 10.2
36
十 9.6
44
十 13.0
37
38
十 9.3
45
十 12.8
十 10,0
46
十 12.6
4
十
13.6
12
5
十
13.4
13
十
12.3
21
十
10.9
29
十 9.8
6
十
13.0
14
十
12.2
22
十
11.2
30
十 9.9
7
十
14.2
15
十
10.7
23
十
11.2
31
十 10.3
39
十 9,8
47
十 13.4
十
12.7
16
十
10.9
24
十
11.5
32
十 10.4
40
十 10.4
48
十 13.1
8
平均1+12・8「「+1L811+11・211+1・・31 i+1・・2■+13・・
第3表 交感帯刺戟による前房水中総窒素量の変化(mgN/dl)
実験
実験
刺 戟 実験 刺 戟 実験 刺 戟
刺戟直後 実験刺 戟実験
対 照
番号
番号
番号i30分後番号 1時間後 番号 2時間後 番号 6時間後
1
44.0
4
56.2
7
75.0
10
125。0
13
52.6
16
2
40.0
5
45.0
8
53.8
11
88。8
14
85.0
17
51.2
3
43.8
6
48.6
9
66,0
12
7ユ.2
15
85.0
118
44.4
祠42・6
65.0
50.0
第4表交感帯刺戟による前房水
49.2
った.即ち,MUllerは,糖代謝中枢,体温調節中枢,
量の変化(mgN/dl)
翻残与窒素
74.2
れていたが,その種類及び局在に関しては定説がなか
残余窒素量及び蛋白性窒素
羽縫素
95.0
42.6
水代謝中枢,その他各種の自律性機能の中枢が,視床
下部の各核に夫々別個に存在すると考え,以来これが
蛋白窒素
多くの入に信じられていたが,しかし,広汎な自律機
対 音
1
43.8
10
37.8
6.0
能の個々の中枢の存在を考えることはむしろ不合理で
2
38.0
11
32.8
5.2
39.0
i2134.2
あり,交感中枢だけを考えるか,又は同時に副交感巾
3
5.0
鯛4・・引
刺 戟
2時間後
4
枢の供存を考えるのが当を得たものであるということ
35・・15・4
が次第に認められて来た.しかしその局在に関して
は,亘・越智は乳頭体が副交感性で,それより前の部
42,6
13
47.6
35.0
5
67.6
14
28.8
38.8
分は交感性であるといい,Beattieは,漏斗より前は
6
82.4
15
35.5
46.9
副交感性で,後は交感性であるとし,更にHessは,
腹内側部が交感性で,背外側部が副交感性であると考
1平均164・2−37・3i4・・2
えた.又Ransonは,交感性機能は外側部に存在し,
刺 戟
6時間後
7
37.2
16
31.0
6.2
8
41.2
17
29.2
12.0
9
43.6
ユ8
36.3
7.3
副交感性機能は視床下部より更に前内方に存在すると
称した.これらに対し黒津は,視床下部及びその附近
の多くの部位を穿刺又は電気的に刺戟することによ
[平均4・・71132・218・5
り,自律機能に促進的に作用する部位と,抑制的に作
用する部位が存在することを確かめ,脳底の視束交叉
から漏斗,灰白隆起より乳頭体に至る問において,第
総括及び考按
3脳室上衣から外方に向い,a副交感帯, b交感帯,
視床下部に自律中枢の存在することは以前より知ら
c副交感帯の3種の細胞区を区分し,これらの部を夫
【 4 】
視床下部交感帯刺戟の虹彩毛様体組織呼吸及び前房水中蛋白成分に及ぼす影響について
837
々交感中枢,及び副交感中枢なりとした.以来,これ
この式から無酸素気中解糖作用によって遊離するエネ
らの交感中枢,及び副交感中枢に選択的に電気的刺戟
ルギー量を計算すると,虹彩毛様体では,0.52x10『3
を与えることによって惹起される,血圧,血糖をはじ
×12.8≒6.7×10−3となる.
め,脳脊髄液の変化,或いは諸種の血液成分,内分泌
臓器の変化等数多くの全身的或いは局所的反応につい
酸素気中解毒作用が行われるとすると,そのエネル
ギー発生量は,0.52×10−3×Q留
ては,黒津一門による広汎な研究が進められて来た.
これより,0.52x10−3×0.4≒0.2×10−3となる・
黒津b交感帯を電気刺戟することによって起る眼部
呼吸によるエネルギー発生量を,無酸素気中解糖作
の変化としては,眼圧の上昇,前房水蛋白の増加,ウ
用によるものと比較すると,その3.1倍となり,酸素
ラニン移行量の増加,虹彩毛様体の組織学的変化等が
気中解糖作用によるものと比較すると,実にそのio5
報告されている.
倍となるのであって,これから見ても,呼吸によるエ
しかし乍ら,交感中枢刺戟による虹彩毛様体の物質
ネルギー発生量に比べて,酸素気中解糖作用によるエ
代謝の変化の機構については未だ闘明されていない.
ネルギー発生量は極めて二二であって,生理的条件に
私は,これに関して,組織呼吸及び前房水における変
おけるエネルギー発生はその殆どすべてを呼吸に依存
化を追求し,或る程度の知見を得たと思うのである.
していることがわかる.従って,代謝の量から考えれ
正常家兎の虹彩毛様体の組織呼吸については,倉知
は,虹彩のQo2−6.7, Q留十1.7,毛様体のQo2−
ば,虹彩毛様体に関しては,呼吸作用の変化がそのエ
6.3,Q盆2+0.18の値を挙げ,虹彩及び毛様体は,共
ネルギー代謝の変化を支配していると考えるべきであ
る.
に酸化的物質代謝を営むことを証明した.私は,正常
交感帯刺戟によって,実験成績の項で述べた如く,
家兎の虹彩及び毛様体を,夫々分離せず,虹彩毛様体
として一括測定したが,その成績はQo2−4,3, Q留
虹彩毛様体の呼吸作用は低下する.即ち,Qo2におい
+0.4であって,倉知の値に近い.この成績に示され
一3.7,30分後で一3,9,1時間後は一3.5,2時間後
る如く,虹彩毛様体では,酸素気中解糖作用は僅微で
は一3.0で,夫々14%,9%,19%,30%の低下とな
て,正常眼における一4.3に比較して,刺戟直後で
あって,倉知はこれを傷害の結果であろうと推定し,
る.エネルギー発生の面から見ても,虹彩毛様体で
生体内でQ留は零と考えられるといっている.
は,これを殆ど全く呼吸に依存する故に,同率の低下
次に,私の正常値によって呼吸並びに解糖作用によ
を示すことになる.Q譜の変化につし∼て見ると,
って発生するエネルギー量を計算して見ることにす
Q留は正常値十〇.3であって,刺戟30分二十〇.8,
る.これは,組織呼吸の変化がエネルギー代謝の面で
1時間後+0・5で,僅か乍ら増大の傾向が見うれるの
どのような形において現われるかを理解するためであ
であって,これは後述する如く呼吸抑制の結果ではな
る.呼吸作用によっては1cmm O2の消費によって約
いかと考えられるが,エネルギー発生面からすれば甚
4,8×10−3Calの発生を見るから,単位乾燥重量:に相
だ僅微で問題にはならない.
当する組織から単位時間に発生するエネルギー量は,
ここで先ず,このかなり著明な組織呼吸の変化の原
E・・一〔Calmg・St〕一4・8・1・一3xQ・・
因について考察を加えて見たいと思う.
であって,従って虹彩毛様体では,4.8×10鰯3×4.3≒
21×10−3Calである.次に,無酸素気中解糖作用に
よって葡萄糖が乳酸に迄分解されるものとするとき
は,1mgの乳酸生成の際に遊離するエネルギーは
0.13Ca1となる,従って乾燥組織1mgに該当する
ものが1時間に発生する熱量は,
EM一〔 Calm9・St〕一・・13〔m器「〕
Qo2の30%に及ぶ低下は,必然的にエネルギー発生
量においてその30%が低下したことになる.その大き
な変化については,組織呼吸以外の面から見た虹彩毛
様体の変化を対比して考える必要があると思う.組織
学的変化については,高木・武村は,交感帯刺戟後10
分乃至1時間の検索において,虹彩毛様体,特に毛様
体の毛様突起の部に著明な充血と浮腫が現われること
を報告した.私も亦,刺戟直後から,毛様突起の血管
然るに1分子の炭酸は0・004mgの乳酸に相当す
拡張と浮腫,及びかなりの量の線維素の析出を認め
る.故に単位乾燥重量に相当する組織から1時間に発
た.又一部毛様体上皮の脱落している部分も認められ
生する乳酸量は,×一〇.004×QM
た(第2図,第3図).この組織学的な変化は,直ちに
従って,EM=0.13xO.004 x QM−0.52×10−3×QM
私の実験した虹彩毛様体の呼吸作用の低下の主な原因
【 5 】
838
沢
深
増加率がはるかに大きいことを認めており,この事実
と考えてよいと思う.
一般に呼吸酵素系は,細胞構造の破壊によって,容
よりしても,前房水蛋白:量の増加が,血清蛋白量の増
易にその機構を低下することが知られている.そのこ
大に伴う単なる移行の増加であるという考え方には無
とから,呼吸酵素系は,細胞配列の点から考えれば,解
理があると思われる.正常前房水における蛋白量は血
糖酵素系に比べて厳格な配列を特っているであろうと
清のそれに比して極めて少量であって,正常.状態では
考えられている.従って,組織の充血や浮腫は当然この
この平衡が保たれている.前房水中蛋白量:の増加は,
呼吸酵素系に対して大きな障碍をもたらすものと考え
何らかの機転でこれを調節する機能が低下したものと
られ,本実験においては,交感帯刺戟によって起る虹彩
見るべきであり,これに関しては,前述の,刺戟後の
毛様体の著明な充血と浮腫,並びに毛様体上皮の脱落
組織学的変化並びに呼吸作用の低下が密接な関係を有
などの障碍が呼吸酵素系の機能を低下せしめ,このよ
するものであろうことが推定される.
うな呼吸作用の低下が現われたものであると考えられ
ここで,房水産生機転について考察して見よう.赤
る.又,刺戟後極めて僅か乍ら,酸素気中解糖作用の
木によると,従来行われている説を大別すると次の4
増加の傾向が見られることは,組織構造の変化による
つになる.即ち.1)DuKe−Elder一派の:透析説,2)
呼吸抑制の結果と考えられ,これは一つの傷害新陳代
Greeff, Seide1, Mawas等の分泌説,3)Leber一派
ま ナ
謝の型として理解することが出来る.次回興酸素気中
の超濾過説,4)Kinsey等の分泌拡散特等である・し
解糖作用について見ると,正常眼においてQ評が十
かしこれらの何れによっても,房水産生機転に対し,
12.8で,刺戟直後十11.8,30分後が十11.2,1時間
未だ充分な解明が与えられているとは考えられていな
後が十10.3,2時間後が十10.2,6時間後が十13.0
いようである.その理由としては,分泌機能の存在が
の値を示し夫々,直後7.9%,30分後12.5%,1時
確認されない一方,単なる透析乃至は超濾過によって
間後19.5%,2時間後20.3%,の低下を示し,6時
は説明出来ない所の,房水及び血液成分め種類や濃度
間後には1.5%の上昇を示した.このように呼吸作用
の矛盾が挙げられている.その一つとして房水の滲透
の低下に比較しては;無酸素気中解糖作用の変化は,
圧が,血清の滲透圧より高い事実がある.この滲透圧
梢ヒ軽度ではあるが,やはり低下が認められ,この変
の差は,:Hodgsonによれば, Naclの5mM/しに相
化も組織構造の変化に一連の関係を持つものと見徹さ
当するとのことであり,これは4.34カロリーのエネ
れ得る.
ルギーに相当するという.即ち,房水産生にはこれだ
このように,交感帯刺戟によって虹彩毛様体機能は
けのエネルギーを必要とするということである.毛様
明らかに低下するのであるが,毛様体の所産である前
体上皮細胞における,所謂腺細胞としての分泌機能の
房水の変化について次に考察を加えて見たいと思う.
存在は,今日なお明らかでないが,上記の如き房水産
前房水においては,永井・伊藤は,交感帯刺戟によっ
生に必要なエネルギーが,毛様体上皮細胞の仕事によ
て前房水蛋白の増量が起ることを報告し,前房水への
って供給されているという考え方は,Kinseyの分泌
ウラニン移行量の増加を認めた.私は,総窒素及び残
拡散設に採り入れられているものである.それが毛様
余窒素の定量を行ったのであるが,刺戟後2時間にお
体上皮細胞のみの機能によるものか,或いは血管の内
いて,残余窒素量は対照値の1.1倍に過ぎないのに対
皮細胞の機能によるものか,その両者が関与するもの
し,蛋白性窒素は対照の6.9倍に及ぶ増加を示すこと
か否かは別として,何れかの細胞において,房水産生
を認めた.この,蛋白性窒素の増加を認めたことは,
に必要なエネルギーを放出する仕事が行われているこ
二等の成績とその軌を一にするものである.このよう
とは容易に想像出来る所である.更に最近の生化学に
に,交感帯刺戟によって前房水中蛋白の著明な増加が
おける知見では,細胞の滲透圧的仕事には,ATPの
確認されたわけであるが,永井等は,その原因につい
ような高エネルギー燐酸結合が関与していると考えら
て,森本により報告された,交感帯刺戟時における血
れている.このような実験事実は,房水生成が単なる
清蛋白量の増加がその主な原因であろうと考えてい
濾過の如き単純なものでなく,これに毛様体の特異な
る.しかしこれは房水産生機転に関する問題でもあ
細胞機能が関与していることを示すものであると考え
り,このようないわば単純と思われる考え方には,首
られる.正常前房水中における蛋白量は,血清のそれ
肯し難いものがある.一方で氏等は,血清蛋白量の増
に比して極めて少量であり,正常状態では,毛様体の
加率と前房水蛋白量の増加率を比較した:場合,後者の
機能によってこの平衡が保たれていると考えられる.
【 6 】
視床下部交感帯刺戟の虹彩毛様体組織呼吸及び前房水中蛋白成分に及ぼす影響について
839
前房水中の蛋白量の急激な増加は,毛様体のこれを調
り,細胞の機能低下が招来されるものと考えられる.
節して正常に保つ機能が低下したと考えるべきであ
最:後に交感帯刺戟時の全身的変化は,その症候か
り,交感帯刺戟による血清中蛋白量の増加に比較し
ら,Cannonの緊急反応,或いはSelyeの警告反応中
て,前房水中蛋白量の増加が著しいことは,このよう
の抗ショック期に相当する系統的反応であろうと考え
な毛様体機能低下による,血清蛋白の前房水中への漏
られる.汎適応症候群の抗ショック期においては,血
出と考えてよいであろうと思う.私の認めたQo2の
圧の上昇と末梢抵抗の増大により,Moonによれば,
低下は,前述の如く,毛様突起の充血,浮腫,毛様体
循環器系において内皮の障碍が起ることが認められ,
上皮の脱落等の組織学的変化と密接な関係を持ち,呼
毛細管の拡張,充血につれ,実質組織及び漿膜・粘
吸酵素系の活性度の低下によることは明らかである
膜表面に点状出血像が見られるが,Chambersによれ
が,さきに述べた細胞の滲透圧的な仕事が,エネルギ
ば,恐らく細胞間質の異常が重要な役割を演ずるので
ーを必要とする仕事である以上,正常状態において
あろうとされている.ここで血管の透過性に触れる
は,酸化的代謝によるエネルギーの発生が房水産生機
と,ここに線維素溶解酵素の問題がある.即ち,スト
転に対し,役割を有するであろうことが容易に考えら
レス状態で凝血中の線維素が溶けることが知られ,シ
れる.前房水中蛋白量の異常な増加は,血清蛋白が増
ョック,不安状態,外傷,アドレナ,リン注射後などで,
加したためというような理由のみならず,毛様体の細
線維素溶解現象が起ることが知られている.Selyeに
胞機能の障碍によって,細胞膜の透過性が変化し,正
よれば,鉱質コルチコイドと糖質コルチコイドの総量
常状態では許されない大量の血清蛋白の通過が許され
並びにこの2者の間の比率の変化が,毛細管及び膜透
るに至ったものと考えられる.即ち,前房水中蛋白の
過性の変化をもたらすとのことであるが,畔柳によれ
増加は,交感帯刺戟による毛様体の機能低下の一つの
ば,ストレスの場合のみならず,細胞の破壊,特に胸
結果と見倣され得,一つの病的乃至は傷害的な房水産
腺淋巴組織の破壊により,線維素溶解酵素が賦活さ
生機転に基くものと考えられる.
れ,毛細管透過性及び膜透過性の真進が起るという.
以上,私の実験結果における,虹彩毛様体組織呼吸
とも猷れ,このような毛細管透過性及び膜透過性の変
の低下,前房水中蛋白性窒素の増加が,虹彩毛様体の
化は,当然滲出性変化の発現を予想せしめるものであ
組織学的変化に基く傷害的新陳代謝,或いは傷害的房
る.
水産生機転によるものであろうことを述べた.次に,
ここで,さきの交感碓刺戟時の虹彩毛様体の変化に
これらの虹彩毛様体の組織学的変化の発生の要因如何
ついて考えると,組織学的検査において,浮腫の発現
という問題について考えて見たい.
が確認されている.交感帯刺戟時の全身反応が汎適応
交感帯刺戟により,急激な血圧上昇及びそれに伴う
症候群の警告反応に相当するとするならば,当然線維
眼圧の上昇が見られることは,伴等及び永井によって
素溶解酵素の賦活が予想されるところであり,毛細管
報告された所であり,これらの急激な血圧上昇及び末
透過性,膜透過性の充進が起ることはこれ又容易に考
梢抵抗の増大が,虹彩毛様体における組織学的な変化
え得るところであろう.しかしこの問題については,
を起す主因であろうことは,高木・武村も述べている
現在の段階では,これ以上深く立入ることは避けたい
所で諭を要しないと思う.即ち,交感帯刺戟による急
と思う.
激な血圧上昇により,容易に毛様体の浮腫,充血が起
論
結
黒津b交感帯の電気刺戟により,次の結果を得た.
同様刺戟後1乃至2時間において変化は最も著明であ
1)虹彩毛様体組織呼吸においては,Qo2は刺戟直
って,19∼20%に及ぶ低下が見られ,刺戟後6時間で
後より低下し,その度は刺戟後1乃至2時間において
略ζ旧に復する.
最も著明であり,対照に比し30∼19%に及ぶ低下が
見られ,刺戟後6時間で略ζ旧に復する.Q謙には,
2)前房水中の総窒素量は,‘刺戟後30分において,
梢ζ上昇の傾向が窺われるが,著明な変動は現われな
い.Q評は,刺戟直後より軽度の低下を示し, Qo2と
最も多くなって,対照に比し1.2∼1・7倍に達し,6
増加の傾向を示し,刺戟後気時間乃至2時間において
時間後には略ζ旧に復する.
【7 】
840
沢
深
3)刺戟2時間後において,前房水中の残余窒素量
ては細織呼吸の低下として現われ,他方においては,
は,対照の1.1倍に過ぎないのに対し,蛋白性窒素量
房水産生機能の傷害となって,房水巾蛋白性成分等の
は対照の7.4倍に達する.6時間後には,残余窒素,
異常な漏出が起るものと考えられる◎
蛋白性窒素共に略ヒ旧に復する.
(本実験は,昭和29年度文部省科学研究費の補助を
4)交感帯刺戟により,虹彩毛様体には浮腫,充血
受けたものであって,ここに感謝の意を表しま’す.)
が起るが,これによる細胞機能の低下が,一方におい
献
文
1)Baldwin 3 Dynamic Aspects of Bioche−
41,608,昭12.
mistry,岩波書店,1954. 2)Cannon:
39,昭24.
10)黒津=脳研究3,
11)畔柳:細胞化学シンポ
12)児玉:生理学講
Am・J・M. Sc.189,1,1935. 3)Dixon:
ジウム,1,149.
Multi−Enzyme Systems,納谷書店,1954・
座,12,臨床生化学微量定量法,13.
13)
4)Long:生化学,23,1,1951. 5)
14)
高木・武村:日眼56,999,昭27.
Selye: The Story of Adaptation Syndrome,
尿井:阪大医誌2, 1,1,昭25. 15)
Acta, Montrea11952。 6)Umhreit:
1,65,昭26.
永井・伊藤:阪大医誌4,
Manometric techniques and tissue metabolism
16)伴・富士田・正井・堺、:
阪大医誌 1,69,
i60, Burgess Publislling Co,1951. 7)
昭25. 17)藤田:
検圧法とその応用,
赤木:臨眼7,277,昭28. 8)倉知:
岩波書店,昭24.
日眼39,1476,昭10. 9)倉知: 日眼
誌,54,122,昭27.
【 8 】
18)山本:十全医会
・㍉麗
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8π
ごぺ」.
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擁灘畿区
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璽∂岬
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窟思。
藩臣裁
1(×翼霞