地震防災ゲーム 「クロスロード」 東海地震編の開発 小山研究室 3051-6012 小柳優里 ① 研究目的 静岡県は、東海地震の被害を多大に受ける 可能性が極めて高い地域であるが、もう150 年以上も何も起きないまま過ぎており、県民 の危機管理・危機意識は低下し、地震に対す る知識にも乏しい。 そうした人々に正しい知識を身につけさせ、 危機意識を持ってもらうためには、ゲームの ような身近で気軽にできるものが適切である。 ② 防災ゲームからどのように学ぶのか 1人1人が見ている「社会的現実」は異なるが、他 人の意見を聞き、新しい見方や考え方に気付くこと によって、意識的に共有することが可能となる。 概存のゲームを体験した後に「自分ならどんな内 容・ルールに変えるか」ということを考えることで、 次の段階の学びとなる。 吉川(2006) ゲームの利点=「誰もが先生になる可能性を持つ」ということ →防災教育の問題点である指導者不足の解消になる 本研究では、実績もあり教育ツールとして優れた ゲームである「クロスロード」を採用した。 「クロスロード」とは? ③ カードに書かれた災害で起こる 様々なジレンマに対し、YES/NO の二者択一の選択肢のどちらかを 選び、何故その選択をしたのか5 人1組のグループ内で討論するこ とで、多様な視点を共有すること が可能となるゲームである。 現在公表されているものには、地 方自治体の職員を主人公とした 「神戸編・一般編」、市民を主人公 とした「市民編」がある。 ④ 研究方法 東海地震で起こりうる問題を想定し、地域が 直面している具体的な課題をコンテンツとして 取り上げ、問題を作成する。 作成した問題でクロスロードを行う。 クロスロード実施後にアンケートを書いていた だき、それを集計し分析する。 集計後の結果から、対象者が深く悩んだジレ ンマや興味を持ったジレンマなどを選別して、 完成版を作成していく。 ⑤ 「クロスロード」(静大編1) あなたは…妻と2人の子どもをもつ 会社員…です. 狭いアパート暮しはもう限界.資金 が貯まったので,勤め先のある静岡 市内に自宅を購入しようと思い立ち ました.しかし,妻は東海地震が起 きてから買うべきと反対です.気に せず家を買う? YES (買う) NO (待つ) 「クロスロード」(静大編2) あなたは…静大生…です. 朝起きたら,東海地震観測情報が発 表されたとのニュース.しかし,今 は大学の試験期間中.しかも今日の 試験を落とすと卒業が危ない.大学 に行きますか? YES (大学に行く) NO (行かない) 「クロスロード」(静大編3) あなたは…静大生…です. 東海地震注意情報が発表されたため, 大学は休講になった.しかし,バイ ト先の店舗は平常通り営業している. バイトを休まず働きますか? YES (働く) NO (当分休む) 「クロスロード」(静大編4) あなたは…静岡県沖で操業中の漁 船乗組員…です. 警戒宣言発令.東海地震が起きる と津波が発生するから,沖に留ま る方が安全.しかし,自宅にいる 家族のことが心配.危険を承知で 港に戻る? YES (港に戻る) NO (沖に留まる) 「クロスロード」(静大編5) あなたは…病院関係者…です. 警戒宣言発令.外来診療は停止し たが,入院患者の移送などで多忙. しかし,自宅には高齢の親と二人 の子どもがいる.できれば欠勤し たいが,どうするか? YES (欠勤する) NO (欠勤しない) 「クロスロード」(静大編6) あなたは…静岡県知事…です. 警戒宣言発令.ところが地震が発生 しないまま,3日後に注意情報のレ ベルに戻った.新幹線と高速道路が 再開されたが,沿線住民から「恐ろ しいので止めてほしい」との要望が 殺到.JRや高速道路会社と交渉す るか? YES (交渉する) NO (様子を見る) 「クロスロード」(静大編7) あなたは…富士山麓の市町村長…で す. 警戒宣言が発表され,多数の住民が 避難所に避難.ところが,富士山の 火山活動が活発化しているとの報道. 万一に備えて富士山寄りの避難所の 使用を禁止する? YES (禁止する) NO (様子を見る) 「クロスロード」(静大編8) あなたは…村長…です. 村の海岸に原子力発電所の建設話 が舞い込んだ.過疎化と赤字に悩 む村にとっては願ってもない話. しかし,村は東海地震の予想震源 域内にある.建設に合意する? YES (合意する) NO (反対する) 「クロスロード」(静大編9) あなたは…ホテル支配人…です. ホテルは砂浜に面し,海水浴客に人 気.しかし,東海地震の津波対策の ため,高さが10mもある防潮堤が海 岸に作られることになった.そんな ことをしたら海岸の景観が台無し. 防潮堤の建設に合意する? YES (合意する) NO (反対する) 「クロスロード」(静大編10) あなたは…静岡県外に帰省中の 静大生…です. 朝起きたら,東海地震の観測情報 が発表とのニュース.しかし,今 日は静岡に戻って彼女(彼)と デートの約束.予定通り静岡に戻 る? YES (戻る) NO (様子を見る) 「クロスロード」(静大編11) あなたは…静大生…です. 大学で講義を聞いていたら,東海地 震注意情報が発令されたため,授業 が休講になりました.バスや電車は まだ動いているそうです.当分の間, 実家に戻ることにしますか? YES (実家に戻る) NO (戻らない) 「クロスロード」(静大編12) あなたは…コンビニ店長…です. 警戒宣言発令.ただちに東京の本社 から一時閉店の指示が来た.しかし, すでに地域住民が殺到.いま閉める とかえって混乱を招いて事故が起き るかもしれない.ここは独自判断で 営業を続ける? YES (営業継続) NO (閉店する) 「クロスロード」(静大編13) あなたは…会社員…です. 車で帰宅途中に東海地震発生.貴方 は幸い軽いケガで済みました.しか し,行く手にある安倍川の橋が倒壊 して自宅に戻れません.道路は大渋 滞.幸い水量はなく,川は徒歩で渡 れそうです.川を渡る? YES (渡る) NO (渡らない) 実施した問題一覧 ⑥ カード 人物設定 問題内容 番号 1 妻と2人の子供をもつ会社員 静岡市内に家を購入するか、地震を待つか 2 静大生 観測情報発令時 試験を受けに大学へ行くか、行かないか 3 静大生 注意情報発令時 バイトを休まず働くか、当分休むか 4 静岡県沖で操業中の漁船組合員 警戒宣言発令時 港に戻るか、沖に留まるか 5 病院関係者 警戒宣言発令時 家には高齢の親と子供 欠勤するか、しないか 6 静岡県知事 警戒宣言が注意情報に 要望に応え交通機構と交渉するか、しないか 7 富士山麓の市町村長 警戒宣言発令時富士山の活動活発化 富士山よりの避難所 使用を禁止するか、様子を見るか 8 村長 過疎化と赤字に悩む村 原発建設に合意するか、反対するか 9 ホテル支配人 津波対策で防潮堤建設 海岸の景観が台無し 合意するか、反対す るか 10 県外へ帰省中の静大生 観測情報発令時 デートで静岡へ戻るか、様子を見るか 11 静大生 注意情報発令時 実家に戻るか、戻らないか 12 コンビニ店長 警戒宣言発令時 一時閉店の指示 だが店に住民が殺到 営業継続 か、閉店か 13 会社員 帰宅途中地震発生 安倍川の橋が倒壊 川を渡るか、渡らないか 実施条件 ⑦ 10月21日に「現代科学実験」でクロスロードを実施 した。指導者は本研究者。対象者は総合科学専攻 1年生29名と4年生1名の計30名。 1,6,7~13番 の9問を実施。 11月8日に「現代防災科学」で クロスロードを実施した。受講生 44名の指導は本研究者。1~7番 の7問を実施。 同日、静岡大学全学防災訓練にて教育学部425名、 人文学部207名、農学部56名、理学部215名の計 903名に対しても行ったが実施した問題番号は不 明。 ⑧ アンケート結果 実施方法が若干異なるので2つの講義と4学部のデータを分けて集計した。 問1.ゲームは楽しかったですか? 楽しくなかった 無回答 どちらかといえ 楽しくなかった ば楽しくなかった 3% 0% 10% 1% 27% どちらかといえば 楽しかった 楽しかった 16% どちらかといえば 楽しくなかった 楽しかった どちらかといえば 楽しかった 70% 4学部合計 (903名) 「現代科学実験」 (30名) 楽しくなかった どちらかといえば 7% 2% 楽しくなかった 34% どちらかといえば 楽しかった 「現代防災科学」 (44名) 楽しかった 57% 24% 49% 2つの講義では約8割が「楽しかった」と答 えたが、4学部合計では約7割と減少した。 クロスロード実施状況の差や、司会者の声 が聞こえない・資料が配布されていない等 の不備があった事が原因に挙げられる。 問2.ゲームは有意義だったと思いますか? どちらかといえば 有意義ではな 7% かった 23% どちらかといえば 有意義だった 有意義ではなかった 0% 有意義では なかった どちらかといえば 有意義ではなかっ た 21% 無回答 11% 1% 有意義だった 17% 有意義だった 70% どちらかといえ ば有意義だった 4学部合計 (903名) 「現代科学実験」 (30名) どちらかといえば 有意義ではな 11% かった どちらかといえば 有意義だった 36% 「現代防災科学」 (44名) 有意義ではなかった 2% 51% 有意義だった 50% 問1とほぼ同様の結果が得られた。 否定的な回答者の多くは「問題設定 が曖昧すぎて二択では決められな い」「正解が無ければ意味が無い」 「解説が不十分」というような理由か ら有意義ではないと考えていた。クロ スロードの目的の説明が不十分だっ たと思われる。 問1と同様の原因も挙げられる。 問3.防災への理解は深まりましたか? どちらかといえば 深まらなかった 10% 深まらなかった 無回答 1% 深まらなかった13% 0% 深まった どちらかといえば 深まった 深まった どちらかといえば 深まらなかった 26% 53% 37% 14% 4学部合計 (903名) 「現代科学実験」 (30名) どちらかといえば 深まった 46% 深まらなかった どちらかといえば 14% 深まらなかった 0% 39% 深まった どちらかといえば 深まった 47% 「現代防災科学」 (44名) 2つの講義のデータと比べ、4学部合 計の理解度が6割と低かった。 問1・2と同様の原因が挙げられる。 問4.一つの問題に多様な考えがあると感じましたか? どちらかといえば 0% 感じなかった 0% 感じなかった 20% どちらかといえば 感じた どちらかといえば 感じなかった 2% 0% 7% 感じた 「現代防災科学」 (44名) 感じた 45% 4学部合計 (903名) 30% どちらかといえば 感じた どちらかといえ 11% ば感じなかった 37% 80% 無回答 感じなかった 感じなかった 6% どちらかといえば 感じた 感じた 「現代科学実験」 (30名) 無回答 1% 61% 全て高い評価を得た。 問題に対し上手く意見が分かれ たようなので、クロスロードの目的 である「リスク環境下での問題解 決には多様な視点が存在してい ることに気付いてもらう」は果たさ れたと思われる。 問5.「正解」をYESかNOのどちらかに確定する 必要があると思いますか? 必要はない 17% 無回答 必要がある 23% 1% 13% 必要がある 必要はない 34% 23% どちらかといえば 必要はない 27% どちらかといえば 必要がある 33% 「現代科学実験」 (30名) 無回答 必要がある 5% 11% 27% 18% どちらかといえば 必要がある 必要はない 「現代防災科学」 (44名) 39% どちらかといえば 必要はない どちらかといえば 必要がある 4学部合計 (903名) 29% どちらかといえば 必要はない 意見が大きく分かれた。 「必要がある」と答えた人は、「家族と の意見の一致は必要」「最適解が欲し い」と考え、「必要はない」と答えた人 は、「置かれた状況下によって判断は 変わってくるものなので確定する必要 はない」と考えていた。 ⑨ 問6.他の参加者の「決定」 および、その理由・根拠に 関して、あなたが最も強く 「なるほど」と感じた問題は どれか? 8 人 数 4 上記2つの講義では、6番の 問題を選んだ人が1番多い。 4学部合計では、2番と5番の 問題を選んだ人が多かった が、全ての問題を実施したの かわからないのであまり信頼 できるデータとはいえない。 3 3 4 3 2 2 1 1 8 9 1 0 1 4 6 7 10 11 13 問題番号 20 「現代科学実験」 受講生30名 6 6 15 10 19 「現代防災科学」 受講生44名 7 5 6 2 2 1 2 3 4 5 1 0 1 5 6 7 250 191 200 150 106 4学部合計903名 95 100 118 76 無し 225 92 50 0 1 2 3 4 5 6 無し 問6の考察 ⑩ 2番を選んだ人は、「大学と家ではどちらが安全か」 といった論点で話し合い、1番身近な問題だったた め印象深かったようだ。 5番を選んだ人は、特に教育学部の人が「教師が 生徒を置いて帰るのと同じこと」と考え、非常に悩 んでいた。 6番を選んだ人は、「交通の要所なので経済的損 失が大きい」「知事の役目を果たすため条件付きで 交渉する」など色々な状況を考えながら議論してい た。条件に幅があるため、相手の意見の思わぬ発 想に納得することも多かったと思われる。 ⑪ 問7.あなた自身がクロスロードの項目を作成するとし たらどのような項目を作成しますか? 主人公を教師と設定して問題を考えている人が、「現代科 学実験」では3名、「現代防災科学」では6名、教育学部で は16名おり、約1割の人が将来自分がなりうる立場に意 識が向いていた。 「現代科学実験」では、主人公をバスの運転手と設定して 問題を考えている人が約1割おり、普段利用する交通機 関に興味をもつ人が多かった。 全般的に、主人公を静大生と設定する人が多く、自宅通 いや下宿生といった違いも加えられ、バリエーションも豊 富だった。実際にわが身に起こりうる問題に興味を持つ人 が多かった。 ⑫ 結論 クロスロードは防災ゲームとして優れたツール であり、全般的に好評だった。 明確な正解を求める人や、二択では決められ ない人、そもそもこんな状況には自分はならな いと考える人も多く存在した。 自分にとって身近な問題や将来起こりうる問題 に興味をもつ人が多かった。
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