選言型推論における 様相未分化 中垣 啓1 ・ 伊藤 朋子2 (1早稲田大学 ・ 2早稲田大学大学院教育学研究科) 日本発達心理学会第20回大会(日本女子大学) 2009/3/23 1 予備知識1:選言型推論スキーマ 選言(Disjunction)とは 2つの命題p、qを or(または)で結合した命題形 式「p or q」(命題論理学では「p∨q」と書く) 選言型推論スキーマ 大前提「p or q」,小前提「not-p」から結論「q」を 演繹する推論規則(DISと略記) 大前提「p or q」,小前提「p」から結論「not-q」を 演繹する推論規則(exDISと略記) DISは常に妥当、 exDISは排他的選言で妥当 2 予備知識2:選言型推論スキーマ Braine & Rumain (1983)によれば、 DISは思考の言語(language of thought) である DISは生得的に,あるいは,遅くとも5,6 歳に獲得される早期の獲得物である 実際、DIS課題を与えれば、5,6歳児でも妥 当な推論ができる(Braine et al.1981) 3 研究の仮説と目的 p∨qは複数の事例 p&q、p¬-q、not-p&qを含 む可能性の記述 年少児には演繹的推論における可能性と現実性の 区別が難しいため 大前提pVqは連言p&qに同化され,pVqは現実性の記 述p&qに還元されるであろう (もちろん、p¬-q、 not-p&qに同化,還元されることもありうる) DISにおいて、小前提not-pが与えられなくとも,大前提 pVqのみからpやqが推論されるであろう 上記様相未分化仮説を裏付けることが目的 Braine et al.(1983)のいうDISが早期に獲得されると考 える必要はないことを実証的に示す 4 方法 調査対象者 東京都内の公立小学校の児童3学年 1年生20名(平均=7歳0ヶ月) 3年生20名(平均=8歳10ヶ月) 5年生20名(平均=10歳10ヶ月) 手続き 調査者1名と調査対象者1名の個別面接形式 課題 推論スキーマ諸課題の中の選言型推論スキーマ課題 (質問1-1,質問1-2,質問2,質問3から構成) 5 選言型推論スキーマ課題の概要 1. 2. 3. 4. 中身が見えない箱を提示し、どの箱にもいくつか の果物が入っていることを教示する その中から2つの箱1,箱2を取り出す 2つの箱の中身を見た先生が、どちらの箱につい ても,「中にバナナ,または,パインが入っている箱 です」(大前提pVqに相当)と証言していると想定す る(先生の言っていることは本当で,先生は嘘をつかない ことを教示しておく) 以上の課題設定で、箱の中身について、児童に4 つの質問をする 6 質問1-1, 質問1-2(様相に関する問) 質問1-1 箱1の中身について、次のどれが当てはま るか? バナナが入っている バナナが入っていない どちらとも決められない 質問1-2 箱1の中身について、次のどれが当てはま るか? パインが入っている パインが入っていない どちらとも決められない 正判断はともに 『どちらとも決められない』 7 質問2(exDISに関する問) 調査者のみが箱1を覗いて見て 「バナナが入ってい ます」(小前提 p)と告げる 大前提 pVq と小前提 p とをヒントにすると、箱1の 中身について、次のどれが当てはまるか? パインが入っている パインが入っていない どちらとも決められない 正判断は 『どちらとも決められない』(両立的選言解釈) 『パインが入っていない』(排他的選言解釈) 8 質問3 (DISに関する問) 調査者のみが箱2も覗いて見て 「バナナは入ってい ません」(小前提 not-p)と告げる 大前提 pVq と小前提 not-p とをヒントにすると、箱 2の中身について、次のどれが当てはまるか? パインが入っている パインが入っていない どちらとも決められない 正判断は 『パインが入っている』 9 結果と解釈(1) (Table1) 質問2に対して 小1生の75%(15名/20名)が正判断(pVqを排他的選 言と解釈した場合) 大前提pVq,小前提pからnot-q を演繹 質問3に対して 小1生の半数以上(11名/20名)が正判断 大前提pVq,小前提not-pからqを演繹 一見,既に小1生の時点から,妥当な選言型推論形式 にしたがった推論が可能で,選言型推論スキーマが獲 得されているように見える 10 結果と解釈(2)(Table1) しかし,小前提が与えられていない質問1でも・・・ 小1生の6割以上が質問1-1,質問1-2に対して様 相未分化的反応 「p またはq、故に、pである」と推論! 「p またはq、故に、qである」と推論! 小5生でも半数近く(8名/18名)が質問1-1に対して 様相未分化的反応 「p またはq、故に、pである」と推論! 11 結果と解釈(3)(Table1) 質問1-1,質問1-2の両課題で「どちらとも決められ ない」を選択した正判断者の数 小1生ではわずか1名/20名 小5生になってようやく半数を超えた 両課題で「どちらとも決められない」と判断できない 理由を、「小学校低学年では、判断留保が困難なた めである」とすることはできない(中垣 1989) 12 Table1 Table1 「選言型推論スキーマ課題」の結果 ※分母は,対象者の総数 質問1-1 質問1-2 質問2 質問3 質問1-1,質問1-2 「pVq」 「大前提pVq,小前提p」 「大前提pVq,小前提not-p」 「pVq」 pと答 えた人 q と答えた人 not-qと答えた人 qと答えた人(正判断者) 共に「未決」と答えた人(正判断者) 小1生 13/20 12/19 15/20 11/20 1/20 小3生 9/20 5/20 13/19 16/20 9/20 小5生 8/18 4/18 14/19 16/20 10/19 13 考察(1) 質問1-1,質問1-2に対して 小1生の6割以上が,pVqから直ちにp、あるいは、qを推 論した 質問1-2では、小1生の9割以上が,pVqから直ちにq、 あるいは、not-qを推論した 選言pVqは,現実性の記述p&q (あるいは、 p¬-q、not-p&q)に還元されている 推論における様相未分化をよく示す 14 考察(2) 質問2,3の結果から,小1生の時点で既に選言型推論ス キーマが獲得されているように見えた。しかし,・・・ 様相未分化であれば, 質問3では,大前提pVqと小前提not-pから当然qと判断 するであろう(DISに沿う判断がこれで説明可能) 質問2では,現実性の記述に還元された上で、「pかqか どちらかを選べ」という選択(choice)の意味が考慮され ることで、大前提pVqと小前提pからnot-qと判断される であろう(exDISに沿う判断がこれで説明可能) 選言型推論スキーマを想定する必要がないことを示す 15 考察(3) 質問1-1や質問1-2の結果,特に,両課題に正判断した小1 生がほとんどいなかったこと 質問2,質問3での正判断を説明するのに、選言型推論ス キーマを想定する必要がないこと 小1生での選言型推論スキーマの早期獲得は,見 かけの現象と考えられる 命題的推論としての選言型推論スキーマの獲得は, 早くとも小5生以降であろう 16 文献 Braine, M. D. S., & Rumain, B. (1983). Logical reasoning. In J. Flavell, & E. Markman (Eds.), Handbook of child psychology: Vol.3 (pp.263-340). New York: John Wiley & Sons. Braine, M. D. S., & Rumain, B. (1981). Development of Comprehension of “Or”. Journal of Experimental Child Psychology, 31,46-70. 中垣 啓 (1989). 言明の真偽判断に関する発達 的研究 国立教育研究所研究集録 18号,1-23. 17
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