発表者 前川桃子 3章で学ぶ内容 地域統合の現状を概観し、多くの国々に 注目されるようになった理由を明らかにし、 その経済効果を理論及び実態面から検討 する。 WTOのもとにおける世界レベルでの貿易自由化 が世界の経済成長には最も望ましい But WTO加盟国間の意見の違いにより難しい FTAが貿易自由化の手段として選択さ れている • FTAの経済的効果は加盟国にはプラス 非加盟国にはマイナス • FTAをいかにWTOでの貿易自由化につなげるか が重要な課題 1,地域統合の実態 • 近年、貿易自由化や投資に対する障壁の削 減によって、経済活動のグローバル化が進ん でいる • 他方、特定の国との経済効果を緊密化させる ことを目的とした地域経済統合も進んでいる • その中でもFTAが最も多く設立されている FTAとは 協定加盟国間の貿易に関する輸入関税の撤廃 を通じて貿易を自由化する一方、非加盟国に 対しては独自の関税を適用する取り決め。 地域統合の中では最も統合度が低い。 関税同盟・・・ 協定加盟国間の関税を撤廃するだけでなく、加 盟国が非加盟国との貿易に対して共通の関税を 適用する枠組み。 WTO・・・ 全ての加盟国を無差別に扱うという最恵国待遇 を基本理念とする (加盟国を優遇する差別的取り決めのFTAと関税同盟は 最恵国待遇の例外として認める) 地域統合がWTOで認められる条件 ①非加盟国に対する貿易障壁は地域統合前よ りも高めてはならない (関税の評価については貿易量を加味した加 重平均を採用) ②加盟国間の貿易障壁を事実上全ての貿易に ついて廃止する(90%以上の貿易を自由化) ③地域統合は妥当な期間内に完成させなけれ ばならない(10年以内) 近年設立されているFTAは貿易自由化だけでなく、 ・物品に対する基準・認証を相互に認証するような 貿易円滑化措置 ・直接投資の自由化・円滑化 ・人の移動、知的財産や競争対策など幅広い分野 でのルールの共通化 ・人材育成などの経済協力 等を含むような包括的な内容になっている。 (ex.新たな時代における経済上の連携に関する日本国とシン ガポール共和国との間の協定:JESPA) 近年におけるFTAの推移 RTA(WTOによるFTAと関税同盟のような地域差 別的な貿易協定の呼称)の数は1990年に入り 大きく増加 (1)欧州におけるFTA • 主なFTA・・・EU • 特徴・・・段階的に統合の内容が進化 発足時の加盟国は経済発展段階、政治体制 (民主主義)、 人種、宗教など共通点が多かった 1952年 仏、西独、伊、ベネルクス3国による欧州石炭鉄鋼共同 体から始まる 58年 関税同盟の欧州経済共同体(EEC)設立 67年 関税同盟が完成し、欧州共同体(EC)に発展 92年 労働や資本などの生産要素の国際間移動を認めるよ り深い統合を実現(EU) 99年 11ヶ国を構成メンバーとして共通通貨ユーロを導入 (2)北米におけるFTA 1960年代 米加間で締結された米加自動車貿易協定から始 まる 89年 米加自由貿易協定 94年 メキシコを加え、NAFTA設立 • 従来、GATT(関税と貿易に関する一般協定)のもとでの多 角的貿易自由化の推進役であったアメリカが、FTAも主要 な貿易対策とみなすようになる ⇒世界各国もFTAに対する関心を高めた • 北米と中南米を包含するようなFTAである米州自由貿易協 定(FTAA)設立の 交渉は行き詰まっている。 (3)東南アジアにおけるFTA • 東アジアはFTAに対して消極的だった。 1992年 東南アジア諸国連合(ASEAN)自由貿易地域(AFTA) 中国の経済的な台頭への市場統合による対応のため、 当時のASEAN加盟国によって設立 2010年 発足メンバー(ブルネイ、インドネシア、マレーシア、フィリ ピン、シンガポール、タイ)6ヶ国での自由化が完成 2015年 後発加盟国(ベトナム、ミャンマー、カンボジア、ラオス)の 自由化完成予定 • ASEANプラス1FTA・・・ASEANと他国のFTA 2009年 中国、韓国、日本とのFTA発効 2010年 インド、オーストラリア・ニュージーランドとのFTA発効 • ASEAN加盟国の中では、個別にFTAを進めている国も多く、シンガ ポールが特に熱心。 (4)北東アジアにおけるFTA • 21世紀に入ってからFTAに積極的になった。 チリ、ASEANとのFTAを発効、米と調印、EUと交渉、日 本とは意見の対立により中断 ・2001年にWTOに加盟、ASEANや数カ国とFTAを発効、 多くの国と交渉中 ・中日韓のFTAを提案するが、中国がWTO規定を遵守 するか見極めることが先であるとして日が拒否 2002年にシンガポールとのJESPAが初FTA その後東アジア諸国中心にFTA締結 (5)拡大するFTA • ASEANプラス3(中日韓)によるアジアFTA • ASEANプラス3にオーストラリア・ニュージーランド・ インドを加えたASEANプラス6による東アジア包括 的経済連携協定(CEPEA)構想 • 環太平洋諸国を含んだAPEC加盟国をメンバーとし たFTA(アジア太平洋自由貿易協定、FTAAP)構想 従来:FTAは地理的に近接した国々の間で設立され てきた 近年:遠隔地間でのFTAが増加 FTAの加盟国が拡大・多様化する傾向 2,地域統合の動機及び障害 動機 ①GATT/WTOでの多角的貿易自由化交渉の遅れ ②FTAによるFTA触発効果(ドミノ効果) ③WTOでのルール化が遅れている分野でのルール作りへの 世界各国による関心の高まり ④国内における様々な分野での規制緩和や公共部門の民 営化などによる構造改革の推進 ⑤国際市場や国際関係において、影響力を拡大するための 手段としてFTAを活用 ⑥1997・98年の通貨危機勃発をきっかけに地域協力の必要 性への認識が高まった(東アジア) 障害 競争力のある部門には利益 FTAにより海外市場でのビジネスチャンスが増える 競争力のない部門には不利益 輸入や直接投資を通じて競争力の高い外国企業からの 競争圧力を受けることから、生産や雇用が低下 こうした不利益はいかなる貿易自由化であっても生じるが、 ・WTOの自由化―貿易障壁の段階的削減 ・FTAの自由化―障壁の撤廃 ⇒FTAによる自由化の影響の方が大きいため、FTAに反対す る人々への対応が不可欠である。 障害 日本・・・高度な能力を持つ労働者や技術者及び資本多い 単純労働者や天然資源に乏しい →電子機器や輸送機器等の資本や技術集約型製造業で 競争力を持つ 天然資源集約型産業や単純労働集約型産業では 競争力がない 東アジア諸国など日本のFTA相手国・・・競争力の産業別パター ンが逆 理論的に、競争力パターンの異なる国々とのFTAは大きな経済 的利益をもたらす But 損失を被る人々からの反対が強い 日本のFTA推進にあたっては、農業部門による反対が大きな 障害 障害 東アジア諸国とのFTA 労働者の移動が日本にとっての障害 フィリピンやインドネシアは少子高齢化の進む日 本への医療従事者の「輸出」に関心が高い But 日本の医療関係者は、国内の雇用機会に とって脅威であるとして反対 (ex.フィリピンとインドネシアとのFTAでは、人数を限定し、専門の資格 及び日本語能力をもつ看護師・介護士を受け入れることに合意) 障害 相手国においては、逆のパターンの障害が存在 ex.東アジア諸国:自動車産業のように競争力を持たない 産業の自由化に対する抵抗が強い。 →幼稚産業保護論 ・・・発展の初期段階にある産業を競争力のある外国の企 業による競争から一時的に保護することで、将来幼稚 産業が競争力を持つようになれば、保護政策を実施 した国だけでなく、世界全体が利益を得るとする考え 障害 非経済的障害も存在 ex.日本 中国や韓国とのFTAにおいては、歴史、安全保障、領土など の問題が障害となっている。 2004年に開始された日韓FTA交渉が竹島問題、靖国問題によ り難航 FTA設立の障害を克服するためには 経済的障害 非経済的障害 ・貿易自由化を段階的に進め、 ・人々の交流などを通して相 互理解を深める 産業調整を行う時間的な猶 予を設ける ・失業を余儀なくされる人々に 対し、一時的な所得補填や 新たな技能を身に付ける教 育や訓練を提供する ・国内における構造改革を進 め、貿易自由化による調整コ ストを低下させる 3,地域経済統合の経済分析 分類 ①静態 的効果 貿易への影響 加盟国へ の影響 貿易創出効果 加盟国間の貿易障壁の撤廃により加盟国間の貿 易が創出される効果 ○ 貿易転換効果 効率的な非加盟国からの輸入が非効率的な加盟 国からの輸入に転換される効果 △ 交易条件効果 加盟国間の貿易量増大及び非加盟国との貿易減 少を通じて加盟国の交易条件を改善させる効果 ○ 市場拡大効果 加盟国間の交易障壁の撤廃による市場規模の拡 大により、大規模生産が可能になることで生産効 率が向上する効果 ○ 競争促進効果 独占もしくは寡占的であった産業が競争にさらさ れることにより、生産が上昇する効果 ○ ②動態 的効果 貿易転換効果 貿易転換効果については、消費者は低い価 格での輸入が可能になることから利益を得るが、 関税収入の喪失が大きい場合には経済全体に とって不利益をもたらす。 衣類価格 S 生産効率の高さ C国>B国>A国 P’c PB Pc D 0 ・A国の需要曲線(D)と供給曲線(S) ・B国とC国の輸出供給曲線(A国から見ると輸入供給曲線) 衣類数量 貿易がない場合にはA国ではDとSの交点に対応する価格が成立 衣類価格 S P’BとP’Cを比べると P’Cの方が低い P’B P’c PB 関税分UP Pc D 衣類数量 0 FTA設立以前 A国はB国とC国からの輸入に対して同一の関税をか けていることから、より低価格(PC’)で輸入できるC国か ら輸入する。 衣類価格 S 関税かからない PBの方が低い P’c PB Pc D 0 衣類数量 そこでA国はB国とFTAを設立し、両国間の貿易に関する関税を撤廃 ⇒B国からの輸入価格(PB)がC国からの輸入価格(PC’)よりも低くなる A国はC国からではなくB国から衣類を輸入するようになる。 貿易転換効果によるA国の経済的厚生への影響を検討する 衣類価格 P’c PB S a b c d e Pc D 0 S1 S0 D0 D1 衣類数量 消費者余剰はa+b+c+dの大きさだけ拡大するので消費者は利益を得るが、 生産者余剰はaだけ縮小するので生産者は損失を被る。 衣類価格 P’c PB S FTAによって輸入供給 元をC国(FTA非加盟国) からB国(FTA加盟国)へ 移転させることによって 生じる資源配分の 非効率 a b c d e Pc D 0 S1 S0 D0 D1 衣類数量 関税が撤廃されることから、政府は関税収入c+eを失う。 政府収入の減少のうちcの部分は消費者余剰の増加によって相殺されるが、 eの部分は完全に失われてしまう。 衣類価格 P’c PB S a b c b+d-e>0 向上 b+d-e<0 低下 d e Pc D 0 S1 S0 D0 D1 衣類数量 貿易転換効果のA国の経済厚生への影響は、b+d-eの大きさに依存する。 ⇒FTAの設立によって貿易転換効果が発生する場合には、FTAが加盟国の 経済厚生を向上させるのか、低下させるのかは、一概には判断できない • ただし、貿易転換効果が発生する場合におい ても、FTA加盟国の中に効率のかなり高い生 産国が含まれているならば、eの部分が小さく なることから経済厚生が低下する可能性は 低くなる • また、FTA加盟国数が多ければ多いほど、貿 易転換の可能性が低くなり、経済厚生低下の 可能性も低くなる FTAの影響 • 以上の5つの効果を総合⇒FTAは加盟国に利益をもたらす 可能性が高い • FTA非加盟国に対しては、貿易転換効果と交易条件効果は 負の影響となるが、他の効果は利益をもたらす ⇒負の影響を受ける非加盟国は他の非加盟国とFTAを形 成して対抗しようとする ⇒FTA競争が生じ、それらのFTAが閉鎖的な性格を持つ場 合、世界経済では貿易縮小により経済不況が発生 そのような状況を回避するために、GATTやWTOではFTA設立 にあたって、条件が課された 貿易転換効果による負の影響を最小にするには ・効率的な国を加盟国に含める ・非加盟国に対する関税率を低くする ⇒WTOでの貿易自由化がベスト FTAをWTOでの自由化につなげていくには ・モデルになるFTAを作成し、既存のFTAや新規に設 立されるFTAをモデルFTAと同じような内容を持つ FTAとし、それらを結合させる ・EUのような加盟国数も多いFTAに他の国々が参加し、 加盟国を拡大していく • FTAは直接投資にも影響 FTAにより地域的な貿易障壁が取り除かれ、 市場が拡大する →消費地での生産を狙った直接投資が活発化 →投資自由化も含む包括的な内容のFTAが設立 ⇒直接投資が促進(FTAの投資創出効果) 4,地域経済統合の経済的影響 FTAなどの地域経済統合の経済影響に関する数量 分析 ①経済モデルを用いたシミュレーション分析(事 前分析) ②FTA設立後にその影響を分析する事後分析 (1)FTA利用度に関するもの (2) 2国間の貿易量を決定する要因を明らかに するもの ①事前分析 CGEモデル・・・現実の経済を市場機能の作用を中心にモデ ル化したもの) CGEモデルを用いてFTAが存在する場合の経済状況を作り出 し、存在しない場合と比較する →FTAの経済的影響はFTA加盟国にはプラス、 非加盟国にはマイナス、 世界全体としてはプラスという結果 FTAの加盟国へのプラスの影響は、加盟国の数が多いほど 大きい。 ⇒世界レベルのFTAが形成された場合、+の効果は最大 ②事後分析 (1) FTA加盟国間の貿易において、実際どのくらいの割 合の貿易が関税免除という優遇措置を用いたか ・在ASEAN日系企業のうち2割がFTAを利用 20~30%の企業が利用を検討中(2006~2008) ・FTA発行期間の経過とともに利用度が上昇する →FTA利用によるメリットの情報が普及するまでに時 間がかかる ・中小企業よりも大企業の利用度が高い →FTA利用にあたっては原産地証明を取得する費用 がかかる (資金や人材の乏しい中小企業は不利) ②事後分析 (2)FTA設立によりFTAが存在しない場合と比較して、どの 程度貿易量が拡大したのかを明らかにする分析 (2国間の貿易量は2国の距離に反比例し、2国の経済規模に比例 することを想定するグラビティ・モデルを応用) ・FTAにより2国間の貿易が促進される(貿易創出効果が 存在する) ・発展途上国は先進国と比べ高い関税率を課している →FTAを設立すると、効率的な国からの貿易が抑制 ⇒発展途上国を加盟国とするFTAの場合には、貿易転換 効果が発生しやすい 地域経済統合 地域経済統合にはさまざまな形があり、伝統的には、バラッサにより提唱された、 5段位階分類が用いられている。 ①加盟国間の貿易に関する関税および数量制限が撤廃される「自由 貿易」または「自由貿易協定」(FTA) ②FTAに加え加盟国により非加盟国に対して共通関税が適用される 「関税同盟」 ③貿易上の制限の撤廃にとどまらず、加盟国間での資本・労働(ヒト) 等の生産要素の移動の制限も撤廃される「共同市場」 低 統 合 度 合 い ④共同市場を基礎として加盟国間で経済政策の調整がある程度行 われることになる「経済同盟」 ⑤経済政策が完全に統一され超国家的機関も設置される「完全な経 済統合」 現時点で最も統合度合いの高い地域統合はEU(第4段階) 高
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