タバコ価格・税の大幅引き上げ 日本学術会議シンポジウム 「脱タバコ社会の実現のためにーエビデンス に基づく対策の提言」 2007年7月23日 法政大学大学院エイジング総合研究所 小椋 正立 タバコ価格・税の大幅引き上げ 1. はじめに 2. タバコ需要と消費者理論 3. 5. 所得効果 代替効果と依存症 需要の価格弾力性 弾力性に関する実証研究 4. タバコ価格引き上げの重要性 アメリカの先行研究 日本の研究事例 価格引き上げの効果 集計データによる日本のタバコ需要関数の推計 タバコ価格引き上げの重要性(1) タバコ規制に関するタバコ価格引き上げの重要性 『タバコ規制のための国家能力の構築ハンドブック』 (WHO2004)第12章「経済措置および資金調達のイニシ アチブを探る」) 「タバコおよびタバコ製品の価格引き上げは、消費を単独で減らす ことのできる最も有効な方法である。紙巻タバコの価格を10%引き 上げると、高所得国では5%までの消費の低下になり、低・中所得 国では8%の低下につながる」(p.203) 「全世界でタバコ税10%の増税による紙巻タバコ価格の引き上げ は、実際には税収を平均7%増加させる。(…)世界中で喫煙者が 推定4,200万人減少し、1,000万人の命が救われる(p.204) タバコ価格引き上げの重要性(2) 日本のタバコ価格は先進国で は最も低いグループ 英国 1140円 米国 800円 フランス 690円 ドイツ 550円 日本 300円 韓国 250円 中国 150円 日経H18年9月20日夕刊 その理由の一つは日本のタバ コ税が先進国ではもっとも低い グループ(右図)に属すること 日本は世界でもっともタバコ価 格が低い国である(WHO日本 レポート) タバコ税の税率 タバコ税 7,929円 (1000本あたり) うち国のタバコ税 地方タバコ税 道府県 市町村 3,552円 4,372円 1,074円 3,298円 タバコ需要と消費者理論(1) 経済学の消費者理論とタバコ需要 価格の変化が需要(数量)に及ぼす影響 =代替効果+所得効果 一般には、消費者がある特定の財に強い嗜好を持つ ほど、他の財やサービスでその財を代替することが困 難(つまり割高)になるため、代替効果は小さい 多くのタバコ消費者は、ニコチン依存症により、タバコ に対して、極端に強い嗜好を持つと考えられる しかし、所得効果があるため、このような財でも、「価 格が上昇すると需要が減少する」という経済学の基本 法則(サミュエルソン)は働く タバコ需要と消費者理論(2) 所得効果 毎月タバコ代に1万円使う人は、例えばタバコの価格 が2倍になると、実質的に月収の1万円の減少を経験 するため、タバコ消費を削減する (ケース1)月収5万円、所得の20%減と同じ効果 (ケース2)月収10万円、所得の10%減と同じ効果 (ケース3)月収20万円、所得の5%減と同じ効果 所得水準が低いケースほど、消費者のタバコ需要量は 価格に敏感に反応する 若年者や低所得者のタバコ需要は価格に敏感に反応 する。開発途上国でも同じ現象。 タバコ需要と消費者理論(3) 所得効果は一定でも、 代替性が高い財では代替 効果が大きいので、価格の 上昇は大幅な需要の減少 をもたらす(A財) 代替性が小さいほど、代替 効果は小さくなり、価格の 上昇がもたらす需要の減 少幅は小さくなる(B財) 強力な麻薬などでは所得 効果がゼロの可能性も。B 財の無差別曲線のLの垂 直部分がすべて重なって いるケース A:代替性がある財 10 5 A B:代替性がない財 10 5 B タバコ需要と消費者理論(4) 依存症と代替効果 タバコ消費の代替効果は依存症に反比例 喫煙歴半年 喫煙歴30年 代替効果は大きい(パネルA) 代替効果はほとんどない(パネルB) 短期的な代替効果と長期的な代替効果 依存症の強さは短期的には一定 価格上昇により、少ない喫煙量が続けば、次第にニコチン依存症 は軽くなる このため長期的には、代替効果が回復して、より敏感に価格に 反応する可能性もある タバコ需要と消費者理論(5) 需要の価格弾力性(定義) 価格が1%上昇すると、需要(量)は何%変化するか。 価格が上昇(+)すれば需要は減少(-)するから、需要の価格弾 力性は通常はマイナスの数値である 価格弾力性と売り上げ(収入)の関係 収入の変化率(%) =価格の変化率(%)+数量の変化率(%) =[1+価格弾力性]x価格の変化率(%) 価格を引き上げて、収入が増加するかどうかは価格弾力性の絶 対値が1より小さいかどうかにかかる。 価格弾力性がマイナス0.5なら、価格が1%上昇すると、収入は 0.5%増加する。マイナス1なら、収入の変化率は0%。マイナス 1.5なら、収入の変化率はマイナス0.5%。 タバコ需要と消費者理論(6) 時間と価格弾力性の関係 タバコ価格が上昇するにつれて、軽度の依存症喫煙 者は節煙・禁煙するが、重度の依存症喫煙者の消費 量はあまり変化しない。このため市場全体で見た価格 弾力性の絶対値は、初めは大きくても、次第に小さく なっていく。 ただし、喫煙者ひとりひとりでは、長期の価格弾力性 は短期の価格弾力性よりも(絶対値が)大きい。 Chaloupka(2001)はタバコについては、長期の価格 弾力性は短期の価格弾力性の2倍だとしている。 価格弾力性に関する実証研究(1) アメリカの実証研究のサーベイ(Surgeon General’s Report 2000, Chapter 6) 集計データによる推計(資料Table 6.7) 需要の価格弾力性の幅はー0.14からー1.12 これだと価格が上昇しても収入が増えるか減るかさえも判らない しかし大半はー0.3からー0.5の間に分布 個票データによる推計(資料Table 6.8) 。 需要の価格弾力性の幅はほぼ同じ このデータがあれば、一人の喫煙者が何本タバコを吸うか、とい う決定のほかに、 喫煙するかしないか(禁煙するか)、という決定 を同時に分析できる Chaloupka(2001)によると、タバコの実質価格が10%恒常的に 上昇すると、喫煙者数は1%減少する 価格弾力性に関する実証研究(2) 日本のタバコ消費の価格弾力性 実証研究がようやく始まったところ アメリカのように州単位のタバコの販売価格差がないので集 計データを使った推計は難しい これまで日本のタバコ価格はあまり改定されていないので、 個票を使った研究には、タバコの消費量だけでなく、詳細な 個人情報が数千人分以上も必要となる アメリカの先行研究のように、標本ごとに推計結果が大きく 異なる可能性があるので、かなりの数の研究蓄積が必要 しかし、これまでのアメリカやヨーロッパの先行研究の 常識を覆すことはないだろう 価格弾力性に関する実証研究(3) タバコ需要の価格弾力性: これまで集計データを用いた推計では-0.4~-0.6 小椋(2007) 被説明変数:市町村タバコ税の税収から計算された地方自 治体(680余)の住民一人当たりのタバコの年間販売数量 タバコの価格データ:各県のタバコの実質価格 他の説明変数:地方自治体の人口構成および経済特性 期間:2002年から2005年(2003年7月にタバコ税引き上 げ) 推計方法はパネル推計 一人当たり販売数量の価格弾力性=-0.3~-0.5 価格弾力性に関する実証研究(4) 喫煙決定とタバコの価格 個票を用いた研究例1:角田、小椋、鈴木(2005) 個票を用いた研究例2:高橋(2007) タバコの価格が上昇すると、喫煙しない若い人が増え、すでに 喫煙を開始した人にも禁煙する人が増える 喫煙率の価格弾力性は男性-0.6、女性ー0.4 喫煙者にタバコの価格の上昇に応じて禁煙するかどうかを回 答してもらい、それを分析(コンジョイント分析) 依存度に応じた弾力性、~-0.2、女性喫煙率の価格高=ー 0.92、中=ー1.45、低=-1.61 ただしあくまで「意向」に過ぎない(禁煙は非常に難しいので、 喫煙者が過大評価している可能性が強い) 集計量を用いた研究例:小椋(2007) データは老健健診の受診者(40歳以上) 男性喫煙率の価格弾力性は-0.3 女性喫煙率の価格弾力性はほぼゼロ ドイツなみのタバコ税のケース 設定例:現行のタバコ税を180円増税 仮定:喫煙の弾力性-0.1、タバコの価格弾力性-0.4 1. 2. 平均価格は約60%上昇 喫煙人口は216万人減少 3. タバコ販売数量は648億本減少 4. タバコ販売数量の変化(%)=-0.4x60%=-24% (現在)2700億本x0.24=648億本の減少 タバコ税収は1.2兆円増加 5. 喫煙率の変化=-0.1x60%=-6% (現在)3600万人x6%=216万人減少 タバコ税収の変化(%)=200x(1-0.76)-100x1=+55% (現在)2.2兆円x0.55=1.2兆円の増税 JTのタバコ国内販売額は3,600億円減収 タバコ販売数量の減少がそのまま売り上げの減少になる (現在)1.5兆円x0.24=3,600億円の減収 集計データによる日本のタバコ 需要関数の推計 日本学術会議シンポジウム 「脱タバコ社会の実現のためにーエビデンスに基づく対策の提言」 2007年7月23日 法政大学大学院エイジング総合研究所 小椋 正立 タバコの実質価格 タバコの実質価格(単位=円、2000年東京区部価格基準) 340 2002実質価格(円) 2005実質価格(円) 320 300 280 円 260 240 220 200 名 札 青 盛 仙 秋 山 福 水 宇 前 埼 千 東 横 新 富 金 福 甲 長 岐 静 名 目 幌 森 岡 台 田 形 島 戸 宮 橋 玉 葉 京 浜 潟 山 沢 井 府 野 阜 岡 古 価 格 屋 津 大 京 大 神 奈 和 鳥 松 岡 広 山 徳 高 松 高 福 佐 長 熊 大 宮 鹿 那 津 都 阪 戸 良 歌 取 江 山 島 口 島 松 山 知 岡 賀 崎 本 分 崎 児 覇 山 島 県別住民あたりタバコ税収(市 分) 住民一人当たりタバコ税収(市分のみ) 11 10 9 平成14年度 平成17年度 8 7 6 5 4 3 2 全 北 青 岩 宮 秋 山 福 茨 栃 群 埼 千 東 神 新 富 石 福 山 長 岐 静 愛 三 滋 京 大 兵 奈 和 鳥 島 岡 広 山 徳 香 愛 高 福 佐 長 熊 大 宮 鹿 沖 国 海 森 手 城 田 形 島 城 木 馬 玉 葉 京 奈 潟 山 川 井 梨 野 阜 岡 知 重 賀 都 阪 庫 良 歌 取 根 山 島 口 島 川 媛 知 岡 賀 崎 本 分 崎 児 縄 喫煙本数の価格・所得弾力性(1) 喫煙本数の価格・所得弾力性(2) 喫煙本数の価格・所得弾力性(3) 喫煙本数の価格・所得弾力性(4) 喫煙本数の価格・所得弾力性(5) 喫煙本数の価格・所得弾力性(6) 平均喫煙本数の価格・所得弾力性 日本の集計データ分析の結論 タバコ需要の価格弾力性の推定中心値はマ イナス0.4からマイナス0.5ていどであり、95% 信頼区間はマイナス0.2からマイナス0.7であ る。 タバコ需要の所得弾力性はプラス0.2とプラス 0.4の間にある。 どちらも欧米のタバコ需要に関するコンセンサ ス推計の範囲内である。
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