公共経済学

公共経済
三井 清
15. 年金1
15.1 重複世代モデル
15.2 積立方式
15.3 賦課方式
15.4 年金の財政方式と公債発行による国庫負担
15.1 重複世代モデル
各世代は 2 期間(青年期と老年期)生きるとする。
第t世代=t期の期首から t+1 期の期末まで生きる世代
ct1 :第t世代の青年期(=t期)の消費量
ct 2 :第t世代の老年期(=t+1 期)の消費量
Lt :第t世代の人口
Yt :第t世代の青年期における労働所得(老年期の労働所得はゼロ)
s t :第t世代の青年期における私的な貯蓄
r :利子率(一定)
bt :第 t 世代の一人当たり年金負担額(保険料)
 :一人当たり年金給付額(受取額)
期
世代
1
1
2
Y1 c11 b1 s1

3
4
5
c12
Y2 c21 b2 s 2
2
3

c22
Y3 c31 b3 s3

c32
Y4 c41 b4 s 4
4

c42
第 t 世代の青年期と老年期の予算制約式は次のように求められる。
ct1  Yt  st  bt
ct 2  (1  r )st  
:青年期の予算制約式
(15-1)
:老年期の予算制約式
(15-2)
15.2 積立方式
1 期から(保険料の徴収を開始するとともに、2 期から年金の給付を開始する)積立方式の
年金制度を導入したとする。
t 期の年金負担額(積立金) bt は運用されて t+1 期には元利合計が (1  r)bt になる。した
がって、t+1 期の公的年金の収支が均衡するためには
 Lt  (1  r )bt Lt
[給付総額=運用資金の元利合計総額]
(15-3)
が成立する。すなわち、保険料 bt と給付額  には、
bt 

1 r
( t  1, 2, )
(15-4)
という関係が成立している必要がある。
(15-1)、(15-2)、(15-4)より第 t 世代の 2 期間(青年期と老年期)を通じた予算制約式を、
bt を用いずに表すと
ct1 
である。
ct 2
 Yt
1 r
(15-5)
(問題 15-1)第 t 世代の 2 期間を通じた予算制約式(15-5)を図示しなさい。また、
最適消費点 (ct*1 , ct*2 ) とその点を通る無差別曲線を図示しなさい。さらに、
最適な私的貯蓄と公的貯蓄の和 st*  bt を図示しなさい。
ct 2
ct1 
ct 2
 Yt
1 r
ct*2
1 r
ct*1
Yt
st*  bt
ct1
(問題 15-2)公的年金制度を拡充(  あるいは bt を増加)しても、私的な貯蓄と公的な貯
蓄の和 st*  bt が変化しないことを示しなさい。また、 bt を1単位増加させたと
き、最適な私的貯蓄 st* はどのように変化するだろうか。
ct1  Yt  st  bt
(15-1)
ct*1  Yt  st*  bt
st*  Yt  ct*1  bt
問題 15-1より (ct*1 , ct*2 ) は  あるいは bt には依存しない。
st*  bt  1
(st*  st*の増分, bt  btの増分)
(15-5)より各世代の最適な消費パターン (ct*1 , ct*2 ) は年金給付額 (すなわち年金
積立額 bt )に依存しない。
したがって、積立方式の公的年金制度の導入は個人の効用水準にも何ら影響し
ないことになる。
また、 bt を増加させることによる公的な年金制度の充実は、最適な私的貯蓄 st* をその
増分と同額だけ減少させる。
st*  bt
換言すれば、積立方式による公的年金の拡大によって私的貯蓄と公的貯蓄の和 st*  bt
は変化しない。
15.3 賦課方式
2期から(保険料の徴収を開始するとともに年金給付を開始する)賦課方式の年金制度を
導入したとする。
そのとき、t 期の年金給付総額が Lt 1 であり保険料総額が bt Lt であるから、公的年金の収
支が均衡するためには
Lt 1  bt Lt
( t  2,3, )
(15-6)
が成立する必要がある。また、人口成長率が一定の値 n であるとする( n  1 )
。すなわ
ち、
Lt  (1  n) Lt 1
( t  2,3, )
である。
Lt  Lt 1
n
Lt 1
(15-7)
したがって、(15-6)と(15-7)より、 bt を  と n を用いて表すと、
bt 

1 n
( t  2,3, )
である。なお、 b1  0 である。
Lt 1  bt Lt  bt (1  n) Lt 1
(15-8)
【第 2 世代以降の各世代の予算制約式】
(15-1)、(15-2)、(15-8)より第t世代( t  2,3, )の2期間を通じた予算制約式を、
bt を用いずに表わすと
ct1 
ct 2
 (n  r )
 Yt 
1 r
(1  r )(1  n)
ct1 
ct 2
b (n  r )
(15-9)
 Yt  t
1 r
1 r
が成立する。
ct1  Yt  st  bt
ct 2  (1  r )st  
bt 

1 n
(15-1)
(15-2)
(15-8)
ct1  Yt 
ct 2  
c 

 bt  Yt  t 2

1 r
1 r 1 n
(問題 15-3)第 t 世代の 2 期間を通じた予算制約式(15-9)を図示しなさい。また、
最適消費点 (ct*1 , ct*2 ) とその点を通る無差別曲線を図示しなさい。
ct 2
ct1 
ct 2
 (n  r )
 Yt 
1 r
(1  r )(1  n)
ct*2
1 r
ct*1
Yt 
 (n  r )
(1  r )(1  n)
ct1
(問題 15-4) n  r と n  r のそれぞれのケースにおいて、賦課方式の公的年金の拡充
(  あるいは bt を増加)が、第 2 世代以降の世代の消費パターンと、それら
の世代の効用水準にどのような影響を与えるかを検討しなさい。また、bt を1
単位増加させたときの最適な私的貯蓄 st* の増分の最大値を求めなさい。なお、
各期の消費財が正常財(=上級財)であるとする。
ct 2
nr

ct*2
1 r
ct*1
Yt 
 (n  r )
(1  r )(1  n)
ct1
(問題 15-4) n  r と n  r のそれぞれのケースにおいて、賦課方式の公的年金の拡充
(  あるいは bt を増加)が、第 2 世代以降の世代の消費パターンと、それら
の世代の効用水準にどのような影響を与えるかを検討しなさい。また、bt を1
単位増加させたときの最適な私的貯蓄 st* の増分の最大値を求めなさい。なお、
各期の消費財が正常財(=上級財)であるとする。
ct 2
nr

ct*2
1 r
ct*1
bt  1
ct*1  0
Yt 
 (n  r )
(1  r )(1  n)
ct*1  st*  bt  st* 1  0
ct1
 1  st*
(問題 15-4) n  r と n  r のそれぞれのケースにおいて、賦課方式の公的年金の拡充
(  あるいは bt を増加)が、第 2 世代以降の世代の消費パターンと、それら
の世代の効用水準にどのような影響を与えるかを検討しなさい。また、bt を1
単位増加させたときの最適な私的貯蓄 st* の増分の最大値を求めなさい。なお、
各期の消費財が正常財(=上級財)であるとする。
ct 2
nr

ct*2
1 r
bt 
bt  1

ct*1
1 n
ct*1 
nr
1 r
Yt 
st*  ct*1  1  
 (n  r )
(1  r )(1  n)
ct1
nr
1 n
1  
0
1 r
1 r
n  1
st*  0
【第1世代の予算制約式】
第 1 世代の 1 期の予算制約式は
c11  Y1  s1
(15-10)
であり、2 期の予算制約式は(15-2)に t  1 を代入したものであるので、
c12  (1  r )s1  
(15-11)
である。
したがって、第 1 世代の 2 期間を通じた予算制約式は
c11 
となる。
c12

 Y1 
1 r
1 r
(15-12)
(問題 15-5)賦課方式の公的年金の拡充(  あるいは bt の増加)が、第 1 世代の消費点
*
*
(c11
, c12
) と、その世代の効用水準にどのような影響を与えるかを検討しなさい。
なお、各期の消費財が正常財(=上級財)であるとする。
c22
c11 
c12

 Y1 
1 r
1 r

*
c12

1 r
*
c11
Y1
Y1 

1 r
c11
問題 15-2 より積立方式の公的年金の拡充は、私的貯蓄と公的貯蓄の和を変化させない。
しかし、問題 15-4 と問題 15-5 より、賦課方式の公的年金の拡充は私的貯蓄(と公的貯蓄
の和)を減少させることになる。
bt  1
 1 if n  r
s  
0 if n  r
*
t
c11*  Y1  s1*
c11*  s1*  0
賦課方式のもとでは公的貯蓄は存在しないことに注意。
Q.医療保険が賦課方式であるとはどういう意味だろうか。
15.4 年金の財政方式と公債発行による国庫負担
重複世代モデルを用いて、
(満期が 1 期間の)公債を発行することにより、
賦課方式の年金を積立方式の年金に転換できることを検討しよう。なお、
ここでは n  r のケースに着目する。
① 2 期目に公的年金を導入するとともに、第 1 世代には 100%国庫負担で一人あたり  の
年金を給付する。なお、第 1 世代の年金給付のための国庫負担は全て公債発行で賄う。
② 第 2 世代以降の一人あたり保険料  /(1  n) が預託された年金基金は公債で資産を運用
する。したがって、1 期後の一人あたり運用資産額は
1 r
1 r
 であり、年金積立率は
1 n
1 n
となる。
③ 積立不足分は公債発行により調達された財源で国庫負担される。
とくに、 n  r のときは年金による資産運用で、第 2 世代以降の年金給付を 100%賄うこと
ができるので、この年金は(完全な)積立方式になっている。
t 期の青年一人あたり公債発行額(=残高)を Bt とおいて、政府の予算制約式について検
討しよう。t 期の利払い費 rBt 1 Lt 1 と債務償還費 Bt 1 Lt 1 を合わせた公債費は (1  r ) Bt 1 Lt 1
である。
また、公的年金基金に対する国庫負担額(国庫からの繰入額)は Lt 1  (1  r ) Bt 1 Lt 1 であ
る。
したがって、t 期に発行しなければならない一人あたり公債発行額 Bt は
Bt Lt = (1  r ) Bt 1 Lt 1 +( Lt 1  (1  r ) Bt 1 Lt 1 )= Lt 1
を満たさなければならない( t  1, 2, )。つまり、
B2  B3   

1 n
(15-13)
(15-14)
であり、一人あたり公債残高が一定のまま推移することになる。
したがって、公的年金基金における一人あたり積立額と公債発行残高が一致している。
以上のような公債発行、国庫負担、そして積立方式が組み合わされた財政方式のもとで、
各世代が直面する 2 期間を通じた予算制約式は、15.3 節の賦課方式の年金制度のもとで導
かれた予算制約式と一致する。
すなわち、実質的に同じ状況でも、公的年金の積立不足を政府の公債残高(財政赤字)に
を変換することが可能であり、それぞれを独立に議論する際にはこの点に十分留意する必
要がある。
Q.賦課方式の公的年金を公債発行と国庫負担により積立方式に変換する
ことのメリットはなんだろうか。
15. 年金1
15.1 重複世代モデル
15.2 積立方式
15.3 賦課方式
15.4 年金の財政方式と公債発行による国庫負担