大地震の前に日本海沿岸の広域に 現れた地震活動の静穏化 吉田明夫 青木元(気象研究所地震火山研究部) 地学雑誌 Journal of Geography 111(2) 212-221 2002 紹介者 総合科学専攻 3081-6024 前田 江里 Ⅰ.はじめに 大地震が離れた場所で同期して発生 隣接域に移動(例えば,Richter, 1958; Mogi,1974, 1979) アリューシャン海溝 千島海溝 北アナトリア断層 など プレート境界では応力の蓄積が広い範囲で同時進行 巨大地震が発生するとその影響が 他の場所の活動を誘発しやすい テクトニックな構造単元が大きい場所で 広域地震活動の相関現象が観察しやすい Ⅰ.はじめに 日本列島では・・・ ・4枚のプレートが交錯 ・活動的な火山が多数分布 (地殻構造が複雑) 広域での地震活動の関連性を見ることは困難? ・プレート境界巨大地震の発生に関係して地震活動の活動期や 静穏期が存在 (関東、東北、近畿などの各地域) ・1990年代半ばに日本列島全域において地震活動が活発化 日本列島とその周辺で地震活動が広域で ほぼ同時に変化していることは事実 ⇒19世紀以降の200年間の地震のデータを検証 Ⅱ.濃尾地震 日本の内陸で発生した 地震としては最大規模 1890~1909年の M5以上の地震分布 黒丸は濃尾地震 (1891年) 動いた断層の総延長は80km 北西‐南東走向 温見断層、根尾谷断層、 水鳥断層、梅原断層 等 地表で最大8mの水平ずれ。 (松田、1974) 断層の走向と共役な 北東‐南西方向 (Yoshida,1987) Ⅱ.濃尾地震 1944年東南海地震 ~1948年福井地震前日までの M4以上の地震分布 (Yoshida,1989) 巨大地震後に 地震活動の帯 地殻内応力の変動が 伝わりやすい経路 (Yoshida,1989) GPS観測 地震配列の方向に沿って 地殻歪の収束帯が存在 (Sagiya et al,2000) 同様な方向の 地震活動の顕著な配列 (Yoshida,1989) 大阪‐新潟へ延びる 収束帯は日本海東縁沿いに 北に続いている (国土地理院、2001) Ⅱ.濃尾地震 (a) 1800年~1925年の M6以上の震央分布 (b) 内陸及び日本海岸沿いに 発生した地震の時空間分布 Ⅱ.濃尾地震 (d) 個数の積算 (c) M-T図 1891年濃尾地震の 前30年間ほど、 地震活動が静穏化 1800~1884年は宇佐美(1996)、 1885~1925年は宇津 (1979,1982) Ⅱ.濃尾地震 1600年以降の地震の震央分布と数の積算 (a) M6以上 (矢印は濃尾地震の発生時) デクラスター処理済み 地震数の増加 50km,100日以内に2個 以上発生している 場合には最大地震のみ ⇒余震、直接の誘発地震 を取り除く 活動の低下 Ⅱ.濃尾地震 1600年以降の地震の 震央分布と数の積算 (b) M6.5以上 地震数の増加 活動の低下 Ⅱ.濃尾地震 1600年以降の地震の 震央分布と数の積算 (c) M7以上 すべての積算図で濃尾地震前の 地震数の増加 活動低下が明瞭に認められる。 活動の低下 濃尾地震後はM6,M6.5クラスだけでなく、 M7クラスの地震も増加 活発化が周辺域に及んだことを 示している Ⅱ.濃尾地震 濃尾地震前の地震活動の静穏化 ◎幕末~明治半ばの変革期 ⇒ 記録の欠落の可能性 ・日本海沿岸の広範囲にわたる地震活動の静穏化 が他の巨大地震に関連しても現れている。(次節参照) ・M6.5以上の地震について、18世紀半ばの活動低 下期間を除くと、17世紀半ば以降積算曲線の勾配 がほぼ一定 (発生率:10年で約2個) 実際に活動が低下していたと考えられる Ⅱ.濃尾地震 ・濃尾地震前の広域にわたる地震活動の減少は、 1858年飛越地震(跡津川断層)後に始まったように 見える ・1847年善光寺地震でもそれ以前10年間で地震活 動が静穏化 (図2,本論では図示なし) 日本海中部地震の例から、その低下は 濃尾地震の準備時課程と関連していると推定 Ⅲ.日本海中部地震 日本海沿岸領域 1926年以降 M5以上の地震 深さ40㎞以浅の震央分布 デクラスター 処理なし デクラスター 処理あり Ⅲ.日本海中部地震 時空間分布図 デクラスター処理なし デクラスター処理あり Ⅲ.日本海中部地震 M-T図 デクラスター処理なし デクラスター処理あり Ⅲ.日本海中部地震 北海道渡島半島沖合から 若狭湾までの広範囲 地震の個数の積算図 デクラスター処理なし 1983年の日本海中部地震 (M7.7)の前約10年間ほど、 日本海沿岸域で 地震活動が静穏化 震源域でM3以上の地震活動が 5年間ほど静穏化(Mogi,1985) M5以上の地震の静穏化は それ以前から広域で デクラスター処理あり Ⅲ.日本海中部地震 1926年以降、日本海沿岸領域で発生した地震 新潟地震の前の地震活動の (デクラスター処理済み) 静穏化がはっきりしない (b)時空間分布 ⇒1961年の北美濃地震(M7.0)に (c)M-T図 伴う活動によって静穏化が乱された (d)個数の積算 新潟地震、北海道南西沖地震も 日本海中部地震同様 1964年 新潟地震 1993年 北海道南西沖地震 発生前に地震活動が静穏化 北美濃地震 1948年福井地震 ~1984年長野県西部地震の 一連の地震活動(西北西‐東南東)の 系列内で発生 (Yoshida,1989) Ⅲ.日本海中部地震 (b) 内陸及び (a) (d) 1800年~1925年の (c)個数の積算 M-T図 日本海岸沿いに発生した M6以上の震央分布濃尾地震後、琵琶湖‐新潟のゾーン 地震の時空間分布 だけではなく、東北地方 でも地震活動が活発化 1984年 庄内地震 1896年 陸羽地震 1964年の新潟地震後も同様 (信濃川に沿う領域の地震活動が活発化) M4以上の地震の時空間分布 1964-1966年の活発化が際立つ (Yoshida,1987) Ⅲ.日本海中部地震 周辺に活動が拡大した様子が はっきりと見えない 震源域の北隣でちょうど10年後の 1993年に北海道南西沖地震 先行して地震活動の抑制をする様なプロセス 1926年以降の日本海沿岸領域における M4クラスの地震まで見ると、日本海中部地震の 震源域にかけての海域で地震活動が活発化 Ⅳ.鳥取県西部地震 鳥取県西部のほぼ同じ場所 1989年以降、同域でM5クラスの地震が 1989,1990,1991,1997年とM5クラスの 続いていることに注目(吉田,2000) 地震を含む活動が繰り返し出現 一連の活動を包含する様にM7クラスの 1991年の場合には主活動域は島根県東部 地震の発生が予想できなかった。 この間の地震活動としては最大のM5.9の地震 も発生 更に広い領域の中に位置づけて 1989年以降の地震活動をみていなかった 全体として北西‐南東方向に分布 M5クラスの地震のメカニズム解が 東西主圧力軸の横ずれ断層解であることと整合 Ⅳ.鳥取県西部地震 1961年以降発生したM4以上、深さ30km以浅の地震 (島根県から京都府北部にかけての日本海沿岸領域) (a) (c)震央分布 M-T図 (b) 矩形領域内の 地震の時空間分布 (d) 個数の積算 1980年代末以降 地震活動が静穏化 1980年代末以降 地震活動が静穏化 領域内全体で静穏化 鳥取県西部のみ活動 1980年代末以降 地震活動が静穏化 Ⅳ.鳥取県西部地震 ・日本海沿岸で発生する大地震の前には海岸に沿う 広域で静穏化現象が生じる傾向がある ・静穏化した領域内で2000年鳥取西部地震の震源 域のみで特異な活動が続いていた →応力の集中しているアスペリティ(Wyss et al.1981) これらを念頭に観測事実を検証 直前予知は難しくとも、発生領域への注意は 可能だったかもしれない Ⅴ.まとめと議論 日本海沿岸の広域で地震活動の静穏化 最も広範囲: ・1891年濃尾地震(M8.0) 静穏化現象が異常に広範囲の濃尾地震を除く三地震 濃尾地震 ・1964年新潟地震(M7.5) 静穏化が日本海沿岸域で見られたことは示唆的 鳥取県西部地震は ・1983年日本海中部地震(M7.7) 中国地方に限定 ・2000年鳥取県西部地震(M7.3) 日本海沿岸は、まさにテクトニックな 意味での構造境界にあたる 地震活動の変化(活発化・低下)の影響を受ける範囲は 震源域の何倍にもわたる領域で静穏化現象 地殻のブロック構造に規制されると予想 準備過程に広域での地殻や地下水の動き、 若しくは応力状態の変化が関係していることを示す Ⅴ.まとめと議論 日本海沿岸の広域で地震活動の静穏化 東北日本西岸が褶曲活動構造帯 (Huzita,1980) 日本海東縁は実は 新生プレート境界であるという説 (小林、1983)(中村、1983) 東北日本西岸‐フォッサマグナのゾーンで 東北日本の日本海沿岸で発生した 1964年男鹿半島沖地震(M6.9,M6.5,M6.3)と 大地震後に、西日本で地震活動が活発化 新潟地震(M7.5)が相次いで発生 本州の東のブロックから その翌年には松代群発地震 このゾーンは現在でも重要な意味を持つ 西のブロックへ日本海沿岸に沿って 活動構造帯であると推定 応力が伝えられる仕組み (茂木、1981) (Oike and Huzita,1988) Ⅴ.まとめと議論 大地震の“前兆的”静穏化現象 テクトニックな構造境界に沿って震源域よりも広域で発生 プロセスを明らかにする メカニズムの詳細は不明 中規模地震の前にも同様にして静穏化現象(吉田ほか、1996) ①地震発生の仕組みの本質を 理解することにつながる ②地震予知への有力な手がかり 大地震は小さな破壊が偶然に拡大して起きるものではない 周辺域を含めて事前に準備が進んでいる ところでいわば機が熟す形で発生
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