3囚人問題はなぜ難しいのか: ベイズの定理学習後の解答分析 寺尾 敦 (青山学院大学) 伊藤 朋子 (日本学術振興会・早稲田大学) (変形)3囚人問題 • 3人の囚人A,B,Cがいて,1人が釈放され, 2人が処刑される. • それぞれの釈放確率は,1/4,1/4,1/2. • 誰が処刑されるか知っている看守に対し,囚 人Aが,「BとCのうち,処刑される1人の名前 を教えてくれないか」と頼む. • 看守は「Bは処刑される」と答えた. • Aの釈放される確率はいくらか? (変形)3囚人問題の問題 • とても難しい.→ なぜ? – 「主観的定理」(市川・竹市,1987;井原,1987) cf. Tversky, Kahneman – 頻度解釈の困難(伊東,1988,守,1989) cf. Gigerenzer – 視点の変動(佐伯,1987) – 適切な表象構成とその操作の困難(井原,1989;守, 1989;高橋,1989;竹市,1988) cf. メンタルモデル,フレーム問題 • 正解(1/5)を納得しがたい.→ なぜ? – 「主観的定理」 (市川・竹市,1987) – 直観改造のための「同型的図式表現」 (市川,1988) 難しさ解明へのアプローチ • 課題分析+実験 – 問題変形アプローチ • 頻度の導入(伊東,1988) • 視点の調整(佐伯,1987) – 同型問題アプローチ(橋田,1987) • 抽象記述(市川,1989) • 数理モデル(井原,1989) 先行研究の問題点(1) • ベイズ型確率推定問題そのものの難しさと, 3囚人問題特有の難しさが分離されていない. – 実験参加者のほとんどは,そもそもベイズの定理 をうまく使えない.同型問題に正解するのは,ベ イズの定理を「自然に」使えるよう誘導されている から.cf. pragmatic reasoning schema – ベイズの定理を使えないから「主観的定理」に頼 るのか? • 確率推定問題はそれ自体が難しく,「3囚人問 題」はその難しさが特に顕著(守,1988) • 確率を詳しく知っているわけではない人間は,ど のようにしてこの種の問題を解くのか(高橋,1989) • ベイズの定理を選択・生成できない人は,・・・受 動的に抽出した部分的情報,事後確率を求める という目標,および,その人の持つ確率計算図 式からなる問題解決の三組が統合されている場 合に問題を処理することができ・・・(井原,1989) 選考研究の問題点(2) • 課題分析や理論的分析による主張の,実験 的支持が不十分 – 3囚人問題で高い正答率を達成することに成功し ていない. – 「同型」問題は課題構造が異なる(市川,1989).課題 構造を変えることなく,ヒントなどによって困難を 除去できないか. 本研究 • 問題:3囚人問題はなぜ難しいのか • アプローチ: – ベイズの定理を学習した参加者 – 3囚人問題での高い正答率を目指す 出発点となるデータ • ベイズの定理を学習し,「ベイズ型くじびき課 題」への正答率が上がった後(54.4%)でも,3 囚人問題での正答率は0%だった.(教育心理 学会で昨年度に報告した実験での,未発表データ) ベイズ型くじ引き課題 くじびき遊びをします.くじ袋の中には,白箱と黒 箱がひとつずつ入っています.白箱の中には赤 いボール2個と青いボール1個,黒箱の中には 赤いボール1個と青いボール1個が入っていま す.箱もボールもそれぞれ同形同大で,触った だけでは区別できません.袋の中の箱もその中 のボールもよく混ぜてから,袋の中を見ないで手 を入れ,まず箱をひとつ選び,さらに,選んだ箱 の中から,箱の中を見ないで手を入れボール(く じ)をひとつ選びます.取り出したボールが赤な ら当たりで,青ならはずれです. 青 赤 赤 青 赤 方法 • 参加者:青山学院大学社会情報学部での1 年生必修科目「統計入門」受講者62名 方法 • 手続き:確率についての授業を2週にわたっ て実施. くじびき 第1週 第2週 テスト 学習 (加法定理・乗法定理) 学習 (ベイズの定理) くじびき テスト くじびき テスト 3囚人(1) 3囚人(2) 方法 • 3囚人問題では,参加者は2群に分かれた. – 樹形図群30名 – ルーレット群32名 • 樹形図,ルーレット図ともに,2回の授業で学 習した. • 1回目のトライでは未完成の図,2回目のトラ イでは完全な図が提示された. 方法 • 樹形図(未完成) A釈放 1 4 1 4 1 2 B釈放 C釈放 方法 • 樹形図(完成) 1 2 1 2 A釈放 1 4 1 4 1 2 「Bは処刑される」と言う 1 B釈放 「Cは処刑される」と言う 「Cは処刑される」と言う 1 C釈放 「Bは処刑される」と言う 1 1 4 2 1 1 4 2 1 1 4 1 1 2 方法 • ルーレット図(未完成) 1 P{A釈放}= 4 1 P{C釈放}= 2 1 P{B釈放}= 4 方法 • ルーレット図(完成) P{C釈放 and 「Bは処 刑される」と言う} 1 1 = 2 1 P{C釈放}= 2 P{A釈放 and 「Bは処 刑される」と言う} 1 1 = 4 2 1 P{A釈放}= 4 1 P{B釈放}= 4 結果(くじ引き課題) • 2回目の授業後では,樹形図群で11名 (36.7%),ルーレット群で8名(25.0%)が正答. • 最も多くみられた誤答は,「白箱かつあたり」 (1/3)である,「連言確率解」.樹形図群で7 名,ルーレット群で8名. 結果(3囚人問題1回目) • 1回目のチャレンジ(未完成の図)では,どち らの群でも正答者なし. • 代表的な誤答は, – 樹形図群では,「等比率解(1/3)」6名,「連言確 率解(1/8)」5名. – ルーレット群では, 「等比率解(1/3)」7名,「連言 確率解(1/8)」2名.「不変解(1/4)」6名. 結果(3囚人問題2回目) • 完全な図があるとき,樹形図群で7名 (23.3%),ルーレット群で3名(9.4%)が正解. • 正解者10名のうち,ルーレット群での1名を 除く9名は,くじ引き課題での正答者. • くじ引き課題での正答者(樹形図群11名, ルーレット群8名)の,3囚人問題での成績 – 樹形図群:7名が正答 – ルーレット群:2名が正答 考察 • ベイズの定理を使って基本的な課題に正解する スキルを獲得し,完成された図が提示されれば, 3囚人問題に正解することができる. – 正答率は低いが,先行研究および出発点データでの (ほぼ)0%の正答率に比べれば高い. • ベイズの定理を使用するスキルがあっても,完 全な図なしでは3囚人問題に正解できない.これ は問題表象構成の困難を示す. – 未完成の図にはない,尤度の表象が困難(市川,1988;井 原;1988) 結論 • ベイズの定理を使って基本的な課題に正解 するスキルを獲得し,完成された図が提示さ れれば,3囚人問題に正解することができる. • 3囚人問題の難しさは適切な表象構成が難し いことによる.
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