• EY 総合研究所 Web サイトのご案内 eyi.eyjapan.jp EY 総合研究所では、独自の調査・研究、広範囲に収集した最新情報や知見を、国内独自の視点を加味し た上で、Web サイトにて公開しております。また、所属する研究員、会社概要、メディア掲載、セミナー や提供しているサービスに関する情報についても紹介しておりますので、ぜひ、ご覧ください。 EY Japan および EY と連携した幅広い情報・ 知見をお伝えいたします。 会社案内、各種レポート、パンフレットも ダウンロードできます。 「EY 総研インサイト」のバックナンバーも掲 載しています。 レポート 景気の先行きを 左右する 実質購買力 ~過去の消費税率 引き上げからの 教訓~ 実質購買力の低下による消費回復の遅れ 2014 年の消費税率引き上げ後に、予想以上に消費 の回復が遅れたことが注目を集めた。その主因として、 消費税率引き上げを含む物価上昇に賃金上昇が追いつ かず、物価変動の影響を除いた実質購買力が低下した ことがあげられる。 そうした状況に、改善の兆しが見え始めた。物価変 動の影響を除いた実質賃金(事業所規模 30 人以上) は、15 年 4 月に前年同月比 0.0% と、ようやくマイ ナス圏から顔を出した(厚生労働省『毎月勤労統計調 査』)。原油安などによって消費者物価の上昇率が縮小 する一方で、ベースアップなどによって賃金が上昇基 調にあるからだ。このまま実質賃金の上昇が続けば、 実質購買力も回復するため、アベノミクスが想定する 「賃上げ→消費増→生産増→雇用増→賃上げ→・・・」 EY 総合研究所 • ナレッジ eyi.eyjapan.jp/knowledge/ EY 総合研究所では、総研に所属する精鋭のエコノミストと研究員によ エコノミスト 鈴木 将之 という好循環の実現が期待される。 その一方で、その好循環の実現には、乗り越える べき課題があることも事実だ。17 年 4 月には、10% へ消費税率引き上げが決まっている。日本の財政状況 を考えれば、さらなる消費税率引き上げは避けられな い。 る独自の調査・研究のみならず、これら各国の専門家や政策当局から日々 今後の消費税率引き上げにおいて、14 年と同様に もたらされる最新情報や知見やナレッジを広範囲に収集、国内独自の視 消費の回復が遅れれば、日本企業・経済の成長にとっ 点を加味した上で、幅広い情報発信を行っています。 て痛手となることは間違いない。そこで、本稿では、 また、シリーズとして複数編公表しているレポートについては、 「シリー 過去の消費税創設・税率引き上げの経験を踏まえ、実 ズレポート」のページにも収録し、まとめてご覧いただけます。 質購買力という切り口から今後の対応策について考え る。 • サービス eyi.eyjapan.jp/services/ EY 総合研究所では、研究員の持つ専門性を活かし、また EY Japan 内 実質購買力 の各サービスラインやセクターとも連携した独自サービスを開発し、提 供を開始しております。 • 資本市場リレーションシップ構築支援 ~「点」ではなく「面」の取り組みを通じた投資家との良好な関係の構築 eyi.eyjapan.jp/services/capitalism-relationship.html • おもてなし 2.0 による経営支援サービス ~ポストおもてなし経営の実現に向けた診断プログラム eyi.eyjapan.jp/services/omotenashi.html 24 EY Institute 物価の変動を除いた給料や年金な どの収入からなる購買力。消費を 増やすためには、この実質購買力 の底上げが欠かせない。そのとき 企業にとっての課題とは? EY 総研インサイト Vol.4 August 2015 25 Report 景気の先行きを左右する実質購買力 ~過去の消費税率引き上げからの教訓~ 89 年では消費へのマイナスの影響は比較的小さ かった一方で、97 年と 14 年ではマイナスの影響が には、消費税の負担増(5.2 兆円)に、96 年度まで 物価上昇の影響が大きく、引き上げ直前(Q1)に前 まず、1989 年の 3% の消費税導入、97 年の 5% 大きくなった。また、14 年は 97 年に比べてマイナ の特別減税の廃止(2.0 兆円)、社会保険料の引き上 年同月比▲ 0.5% と、実質雇用者報酬が前年を下回っ への消費税率引き上げ、14 年の 8% への消費税率引 ス影響が相対的に大きかったといえる。なぜ、14 年 げ(0.6 兆円)や医療費負担増(0.8 兆円)などの ていた。 き上げの三つのケースについて、経済成長と消費の動 のマイナスの影響は、過去に比べて大きかったのだろ 社会保障負担が重なり、計 8.6 兆円の負担増だった。 つまり、97 年は名目雇用者報酬の増加によって実 きを確かめておく。ここでは、消費税導入・税率引き うか。その謎を解くヒントは、消費を左右する実質購 この時の税制改革全体としては、所得税減税(▲ 3.8 質購買力が保たれていた一方で、14 年は名目雇用者 上げ前の駆け込み需要がある第 1 四半期(Q1)と、 買力にある。そこで、以下では、それぞれの時期に実 兆円)や年金の物価スライド(▲ 0.1 兆円)など社 報酬の増加が不十分であったため、実質購買力が損な 反動減の第 2 四半期(Q2)からの回復過程の第 3 四 質購買力に影響を及ぼした要因を抽出する。 会保障関係の支援策によって、差し引きゼロで設計さ われたといえる。 れていた。しかし、実施期間のズレや社会保険負担 14 年の実質雇用者報酬が前年割れとなった要因は、 によって、税率が引き上げられた同年度に注目する 実質賃金である。97 年、14 年の実質賃金をみると、 と、家計負担は増している(経済企画庁(現内閣府) 消費税率引き上げ後に前年比マイナスという共通点が 過去の消費税創設・税率引き上げとの相違 半期(Q3)の経済成長率における消費の寄与度に注 目した<図 1 >。 89 年の実質購買力の下支え ー消費税以外の税制改正の影響 • 89 年 Q3 の消費の寄与度は 4.8 ポイントと、Q1 このときは、実質購買力に影響を及ぼす要因として、 の 6.8 ポイントの 7 割まで回復している。さらに、 消費税以外の税制改正が注目される。 Q4 には 5.9 ポイントと消費が経済成長を押し上 げる傾向が続いた。 (1998))。 一方、14 年も雇用者報酬は増えていた。しかし、 あるものの、大きな相違に気付く<図 3 >。 14 年は、8.4 兆円の負担増(消費税率 1% 分の税 一つ目の相違点は、実質賃金の減少率の違いである。 消費税導入時の税制改革では、消費税の他にもさま 負担= 2.7 兆円で換算)であった。大きな減税措置 97 年 Q2 で前年同期比▲ 0.2%、Q3 で同▲ 0.5% と、 ざまな税制改正が行われた。税制調査会(2004)に がなく、全体でみても増税色が強かった。 小幅減少にとどまった一方で、14 年 Q2 は同▲ 3.4% よると、消費税導入(5.4 兆円)やその他の課税の適 つまり、消費税の導入時は、トータルでは減税となっ と、大幅な減少となった。両期間とも、雇用者数が増 の 4.8 ポイントの 4 割弱にとどまった。ただし、 正化など(1.2 兆円)で計 6.6 兆円の負担増となっ たために実質購買力は高まった一方で、それ以降の消 えた点では共通しているものの、実質賃金と雇用者数 Q4 以降では、金融危機などの影響から消費が減速 た一方、自動車や家電などに課されていた物品税など 費税率引き上げ時には、実質購買力が低下したと考え の掛け算である実質雇用者報酬については、97 年は して、日本経済もマイナス成長に陥った。 既存の間接税の廃止(▲ 3.4 兆円)、所得税減税(▲ 3.3 られる。 増加、14 年は減少と明暗が分かれる結果となった。 • 97 年 Q3 の消費の寄与度は 1.8 ポイントと、Q1 • 14 年 Q3 の消費の寄与度は 0.8 ポイントと、Q1 兆円)や相続税減税(▲ 0.7 兆円)などによって計 9.2 の 5.2 ポイントの 2 割弱にすぎなかった。Q3 も 兆円の負担減となり、差し引きで 2.6 兆円の減税だっ 0.9 ポイントとプラスを保ったものの、力強さに た。 は欠けていた。 図 1 実質経済成長率の要因分解 15 公的需要 純輸出 実質経済成長率(GDP) 10 5 5 0 0 010 -5 -5 15 5 0 -5 -5 -10 -15 1988 1989 Q1 Q3 Q1 Q3 Q1 -10 -10 消費税率引き上げ5% 消費税創設 Q1 Q2 Q3 Q4 Q1 Q2 Q3 Q4 Q1 Q2 1990 -15 1988 -15 Q1 Q2 Q3 Q4 Q1 Q2 Q3 Q4 Q1 Q2 1996 1997 1989 <図 2 >をみると、金融危機の影響が大きくなる 97 これらを踏まえると、14 年の実質購買力が損なわ 年 Q3 までは、名目雇用者報酬の上昇率が高く、実質 れた要因は、実質賃金の減少の大きさと期間にあると 雇用者報酬が前年の水準を上回っていた。 考えられる。 名目雇用者報酬 実質雇用者報酬 1998 2013 2014 9 3 3 8 2 2 7 1 1 6 0 0 5 -1 4 1990 Q1 Q2 Q3 Q4 Q1 Q2 Q3 Q4 Q1 Q2 出典:内閣府『四半期別 GDP 速報』(2015 年 1-3 月期・2 次速報)より EY 総合研究所作成 EY Institute ら実質賃金がマイナス圏で推移していた。 (前年同期比%) 消費税率引き上げ8% 5 -15 年比プラスだった。それに対して、14 年は、前年か 97 年については、雇用者報酬の動きが注目される。 15 10 -10 97 年には、消費税率引き上げ直前まで実質賃金が前 ー雇用者報酬の増加 図 2 雇用者報酬の推移 民間投資 15 10 二つ目の相違点は、実質賃金が減少した期間である。 97 年の実質購買力の下支え 2015 3 -2 消費税創設 Q1 Q2 Q3 Q4 Q1 Q2 Q3 Q4 Q1 Q2 1988 1989 -1 消費税率引き上げ5% 1990 -3 -2 Q1 Q2 Q3 Q4 Q1 Q2 Q3 Q4 Q1 Q2 1996 出典:内閣府『四半期別 GDP 速報』より EY 総合研究所作成 1997 1998 -3 消費税率引き上げ8% 10 8 6 4 2 0 -2 -4 -6 1981 1983 1985 1987 1989 1991 1993 1995 1997 1999 2001 2003 2005 2007 2009 2011 2013 2015 民間消費 (前期比年率%) 26 一方、97 年に消費税率が 5% に引き上げられた際 Q1 Q2 Q3 Q4 Q1 Q2 Q3 Q4 Q1 Q2 2013 2014 2015 EY 総研インサイト Vol.4 August 2015 27 Report 景気の先行きを左右する実質購買力 ~過去の消費税率引き上げからの教訓~ 89 年では消費へのマイナスの影響は比較的小さ かった一方で、97 年と 14 年ではマイナスの影響が には、消費税の負担増(5.2 兆円)に、96 年度まで 物価上昇の影響が大きく、引き上げ直前(Q1)に前 まず、1989 年の 3% の消費税導入、97 年の 5% 大きくなった。また、14 年は 97 年に比べてマイナ の特別減税の廃止(2.0 兆円)、社会保険料の引き上 年同月比▲ 0.5% と、実質雇用者報酬が前年を下回っ への消費税率引き上げ、14 年の 8% への消費税率引 ス影響が相対的に大きかったといえる。なぜ、14 年 げ(0.6 兆円)や医療費負担増(0.8 兆円)などの ていた。 き上げの三つのケースについて、経済成長と消費の動 のマイナスの影響は、過去に比べて大きかったのだろ 社会保障負担が重なり、計 8.6 兆円の負担増だった。 つまり、97 年は名目雇用者報酬の増加によって実 きを確かめておく。ここでは、消費税導入・税率引き うか。その謎を解くヒントは、消費を左右する実質購 この時の税制改革全体としては、所得税減税(▲ 3.8 質購買力が保たれていた一方で、14 年は名目雇用者 上げ前の駆け込み需要がある第 1 四半期(Q1)と、 買力にある。そこで、以下では、それぞれの時期に実 兆円)や年金の物価スライド(▲ 0.1 兆円)など社 報酬の増加が不十分であったため、実質購買力が損な 反動減の第 2 四半期(Q2)からの回復過程の第 3 四 質購買力に影響を及ぼした要因を抽出する。 会保障関係の支援策によって、差し引きゼロで設計さ われたといえる。 れていた。しかし、実施期間のズレや社会保険負担 14 年の実質雇用者報酬が前年割れとなった要因は、 によって、税率が引き上げられた同年度に注目する 実質賃金である。97 年、14 年の実質賃金をみると、 と、家計負担は増している(経済企画庁(現内閣府) 消費税率引き上げ後に前年比マイナスという共通点が 過去の消費税創設・税率引き上げとの相違 半期(Q3)の経済成長率における消費の寄与度に注 目した<図 1 >。 89 年の実質購買力の下支え ー消費税以外の税制改正の影響 • 89 年 Q3 の消費の寄与度は 4.8 ポイントと、Q1 このときは、実質購買力に影響を及ぼす要因として、 の 6.8 ポイントの 7 割まで回復している。さらに、 消費税以外の税制改正が注目される。 Q4 には 5.9 ポイントと消費が経済成長を押し上 げる傾向が続いた。 (1998))。 一方、14 年も雇用者報酬は増えていた。しかし、 あるものの、大きな相違に気付く<図 3 >。 14 年は、8.4 兆円の負担増(消費税率 1% 分の税 一つ目の相違点は、実質賃金の減少率の違いである。 消費税導入時の税制改革では、消費税の他にもさま 負担= 2.7 兆円で換算)であった。大きな減税措置 97 年 Q2 で前年同期比▲ 0.2%、Q3 で同▲ 0.5% と、 ざまな税制改正が行われた。税制調査会(2004)に がなく、全体でみても増税色が強かった。 小幅減少にとどまった一方で、14 年 Q2 は同▲ 3.4% よると、消費税導入(5.4 兆円)やその他の課税の適 つまり、消費税の導入時は、トータルでは減税となっ と、大幅な減少となった。両期間とも、雇用者数が増 の 4.8 ポイントの 4 割弱にとどまった。ただし、 正化など(1.2 兆円)で計 6.6 兆円の負担増となっ たために実質購買力は高まった一方で、それ以降の消 えた点では共通しているものの、実質賃金と雇用者数 Q4 以降では、金融危機などの影響から消費が減速 た一方、自動車や家電などに課されていた物品税など 費税率引き上げ時には、実質購買力が低下したと考え の掛け算である実質雇用者報酬については、97 年は して、日本経済もマイナス成長に陥った。 既存の間接税の廃止(▲ 3.4 兆円)、所得税減税(▲ 3.3 られる。 増加、14 年は減少と明暗が分かれる結果となった。 • 97 年 Q3 の消費の寄与度は 1.8 ポイントと、Q1 • 14 年 Q3 の消費の寄与度は 0.8 ポイントと、Q1 兆円)や相続税減税(▲ 0.7 兆円)などによって計 9.2 の 5.2 ポイントの 2 割弱にすぎなかった。Q3 も 兆円の負担減となり、差し引きで 2.6 兆円の減税だっ 0.9 ポイントとプラスを保ったものの、力強さに た。 は欠けていた。 図 1 実質経済成長率の要因分解 15 公的需要 純輸出 実質経済成長率(GDP) 10 5 5 0 0 010 -5 -5 15 5 0 -5 -5 -10 -15 1988 1989 Q1 Q3 Q1 Q3 Q1 -10 -10 消費税率引き上げ5% 消費税創設 Q1 Q2 Q3 Q4 Q1 Q2 Q3 Q4 Q1 Q2 1990 -15 1988 -15 Q1 Q2 Q3 Q4 Q1 Q2 Q3 Q4 Q1 Q2 1996 1997 1989 <図 2 >をみると、金融危機の影響が大きくなる 97 これらを踏まえると、14 年の実質購買力が損なわ 年 Q3 までは、名目雇用者報酬の上昇率が高く、実質 れた要因は、実質賃金の減少の大きさと期間にあると 雇用者報酬が前年の水準を上回っていた。 考えられる。 名目雇用者報酬 実質雇用者報酬 1998 2013 2014 9 3 3 8 2 2 7 1 1 6 0 0 5 -1 4 1990 Q1 Q2 Q3 Q4 Q1 Q2 Q3 Q4 Q1 Q2 出典:内閣府『四半期別 GDP 速報』(2015 年 1-3 月期・2 次速報)より EY 総合研究所作成 EY Institute ら実質賃金がマイナス圏で推移していた。 (前年同期比%) 消費税率引き上げ8% 5 -15 年比プラスだった。それに対して、14 年は、前年か 97 年については、雇用者報酬の動きが注目される。 15 10 -10 97 年には、消費税率引き上げ直前まで実質賃金が前 ー雇用者報酬の増加 図 2 雇用者報酬の推移 民間投資 15 10 二つ目の相違点は、実質賃金が減少した期間である。 97 年の実質購買力の下支え 2015 3 -2 消費税創設 Q1 Q2 Q3 Q4 Q1 Q2 Q3 Q4 Q1 Q2 1988 1989 -1 消費税率引き上げ5% 1990 -3 -2 Q1 Q2 Q3 Q4 Q1 Q2 Q3 Q4 Q1 Q2 1996 出典:内閣府『四半期別 GDP 速報』より EY 総合研究所作成 1997 1998 -3 消費税率引き上げ8% 10 8 6 4 2 0 -2 -4 -6 1981 1983 1985 1987 1989 1991 1993 1995 1997 1999 2001 2003 2005 2007 2009 2011 2013 2015 民間消費 (前期比年率%) 26 一方、97 年に消費税率が 5% に引き上げられた際 Q1 Q2 Q3 Q4 Q1 Q2 Q3 Q4 Q1 Q2 2013 2014 2015 EY 総研インサイト Vol.4 August 2015 27 Report 景気の先行きを左右する実質購買力 ~過去の消費税率引き上げからの教訓~ 14 年の実質購買力の下支えー年金等の増加 図 4 実質可処分所得の増減率の要因分解 17 年の実質購買力の見通しは? (前年同期比%) (-)社会保険料 雇用者報酬 年金等 その他 可処分所得 以上のように、14 年には、税制改革などによる後 以上を踏まえると、17 年に予定されている 10% 押しを欠く中で、数少ない購買力の下支え役が年金 への消費税率引き上げの企業への影響は、どのように だった。 なると考えられるだろうか。 そこで、年金等を含めた所得を総合的にみるために、 まず、89 年のように、減税など制度要因によって 可処分所得に注目した。可処分所得とは、雇用者報酬 購買力が下支えされる姿は想定しにくい。財政健全化 や年金などの収入から、税金や社会保険料を除いたも を狙った消費税率引き上げであるので、大幅な減税措 0 ので、最終的に消費か貯蓄のいずれかに回るものであ 置はありえないからだ。また、97 年のように雇用者 -2 る。 数の増加によって雇用者報酬を押し上げる効果も限ら -4 高齢化が進むことで、一般的に、勤労者数の減少に れるだろう。14 年の完全失業率は 3.6% まで低下し -6 ともない雇用者報酬が減る一方で、年金が増える傾向 ており、完全雇用に近い。少子高齢化もあって、雇用 がある。実際、年金等の現金給付は 56 兆円と、可処 者数を今後大幅に増やすことは難しいためだ。さらに、 分所得の 20% を占めるほどで、97 年度から 8 ポイ 14 年の購買力を下支えした年金等にも大きな期待は ントも割合を高めている(2013 年度、内閣府『国民 禁物だ。就業者数の減少を反映して、年金給付額を抑 経済計算』)。 えるマクロ経済スライドによって、今後の物価上昇に れて、経済成長の足を引っ張ることになりかねない。 とき、重要な視点は、消費税率引き上げに対する備え これまで、年金等の収入は高齢化に伴い確実に増え 年金給付が追い付かず、実質的な購買力が低下する設 20 年までの財政健全化計画では、10% 以上の消費 という一過性のものではなく、企業の中長期的な成長 てきた<図 4 >。97 年には、年金等の寄与度が目立 計になっている。 税率引き上げは封印されている。しかし、今後の財政 につなげることだと考えられる。 ち始めているものの、主に可処分所得を押し上げてい 17 年に控える 10% への消費税率引き上げは、8% 健全化を考えれば、10% 以上への引き上げも当然視 ここでの課題を整理すると、実質賃金の上昇という たのは雇用者報酬だった。それに対して、13 年には、 から 10% への 2 ポイント分の負担増であり、14 年 野に入ってくるだろう。これらを踏まえると、今後の コスト増を労働生産性の上昇によって相殺すること 団塊の世代が 65 歳を迎え始めたこともあって、年金 の 3 ポイント分(5% から 8%)より小さい。その一 日本の経済成長は、ますます実質購買力の動向に左右 と、企業を中長期的に成長させることの両立といえる。 の寄与度が大きくなっていた。14 年も同じ傾向が続 方で、上記のように、雇用者数の増加には上限がある。 される可能性が高いと考えられる。 国内企業の中長期的な課題として、少子高齢化による き、年金等が家計の購買力のバッファーになったと考 また、受給者数は増えても年金給付額が抑えられるた えられる。 め、年金等による下支えに大きな期待はできない。そ すでに 65 歳以上人口が 26% を超えており、消費 のため、17 年の消費税率引き上げ後には、14 年と や購買力においても、高齢化の影響が見逃せなくなっ 同じくらい実質購買力が低下する恐れがある。仮に、 以上のように、今後、消費税率引き上げなどによっ 一般的に、実質賃金の上昇に耐えうるように、労働 ている。 そうなれば、消費税率引き上げ後に、消費の回復が遅 て、実質購買力が左右されるならば、企業の対応とし 生産性を高めるためには、技術進歩などの生産性を高 て何が求められるだろうか。政府は、実質購買力を下 めること、資本装備率を高めることの二つの手段があ 支えする経済対策を実施するとみられるものの、財政 ることが知られている。一つ目は、研究開発などによっ 問題などもあって、企業にも一定の役割が求められる て、企業の技術力などを含む生産性を高めることを意 だろう。例えば、これまでのように、政労使三者会議 味する。また、二つ目は、設備投資を増やして、一人 図 3 消費者物価(CPI)と実質賃金の動き 実質賃金 (前年同期比%) CPI(総合) CPI(生鮮食品を除く総合) CPI(持家の帰属家賃を除く総合) 10 4 8 3 6 2 2 1 4 1 0 0 -2 8 6 4 2 0 -2 -4 -1 -3 -4 Q3 -1 Q1 2 -8 3 1981 -2 -5 Q1 Q2 Q3 Q4 Q1 Q2 Q3 Q4 Q1 Q2 1988 1989 1990 -6 -3 Q1 Q2 Q3 Q4 Q1 Q2 Q3 Q4 Q1 Q2 1996 1997 1998 Q1 Q2 Q3 Q4 Q1 Q2 Q3 Q4 Q1 Q2 2013 2014 2015 出典:内閣府『国民経済計算』より EY 総合研究所作成 (注)実質化には家計最終消費支出デフレータを用いた。 消費税率引き上げ対策から中長期的な成長を 視野に 人手不足、省エネ・環境対策などがある。それらを克 服せずして、中長期的な成長を実現することはできな い。 5 5 5 などによって、企業は賃上げに迫られる可能性が高い。 あたりの資本ストックを増やすことである。ただし、 4 4 4 消費税率引き上げ後の消費の減速は、企業業績を悪化 中長期的な課題に取り組むことを考えれば、必要な設 3 3 3 させるため、賃下げ圧力になりやすい。しかし、引き 備投資の性格は、生産能力の増強や省エネ・環境対策 2 2 2 上げ以前の景気回復や駆け込み需要によって、企業業 などの技術進歩を通じて、生産性を向上させることで 1 1 1 績が改善しているとみられるため、14 年のように賃 ある。 0 0 0 上げ機運が高まるだろう。 以上のように、消費税率引き上げによる実質購買力 -1 -1 -1 そのようなコスト増を避けるために、海外進出を加 の低下に備えつつ、中長期的な成長を目指すためには、 -2 -2 -2 速させる企業がある一方で、国内で事業を続ける企業 国内企業は、生産性の向上につながるような研究開発 が多いことも確かだろう。国内企業にとっては、いか や設備投資などに、積極的に資金を振り向けていく攻 に賃上げを進めながら成長するかが課題となる。この めの経営が求められている。 -4 -3 -4 Q1 Q2 Q3 Q4 Q1 Q2 Q3 Q4 Q1 Q2 1988 1989 1990 消費税率引き上げ5% 1997 消費税率 -3 Q1 Q2 Q3 Q4 Q1 Q2 Q3 Q4 Q1 Q2 1996 5 4 3 2 1 0 -1 -2 -3 -4 Q1 Q2 Q3 Q4 Q1 Q2 Q3 Q4 Q1 Q2 消費税創設 -3 -4 1988 引き上げ8% EY Institute 1989 1990 Q1 Q2 Q3 Q4 Q1 Q2 Q3 Q4 Q1 Q2 1998 出典:総務省『消費者物価指数』、厚生労働省『毎月勤労統計調査』より EY 総合研究所作成 28 (-)税 2013 2014 2015 <参考文献> 経済企画庁(1998)「平成 9 年経済の回顧と課題-試される日本経済の変革力-」 税制調査会(2004)「消費税関係-消費税の歴史」第 17 回総会(平成 16 年 10 月 15 日)資料基礎小 22-1(http://www.cao.go.jp/zeicho/ siryou/b17kai.html) EY 総研インサイト Vol.4 August 2015 29 Report 景気の先行きを左右する実質購買力 ~過去の消費税率引き上げからの教訓~ 14 年の実質購買力の下支えー年金等の増加 図 4 実質可処分所得の増減率の要因分解 17 年の実質購買力の見通しは? (前年同期比%) (-)社会保険料 雇用者報酬 年金等 その他 可処分所得 以上のように、14 年には、税制改革などによる後 以上を踏まえると、17 年に予定されている 10% 押しを欠く中で、数少ない購買力の下支え役が年金 への消費税率引き上げの企業への影響は、どのように だった。 なると考えられるだろうか。 そこで、年金等を含めた所得を総合的にみるために、 まず、89 年のように、減税など制度要因によって 可処分所得に注目した。可処分所得とは、雇用者報酬 購買力が下支えされる姿は想定しにくい。財政健全化 や年金などの収入から、税金や社会保険料を除いたも を狙った消費税率引き上げであるので、大幅な減税措 0 ので、最終的に消費か貯蓄のいずれかに回るものであ 置はありえないからだ。また、97 年のように雇用者 -2 る。 数の増加によって雇用者報酬を押し上げる効果も限ら -4 高齢化が進むことで、一般的に、勤労者数の減少に れるだろう。14 年の完全失業率は 3.6% まで低下し -6 ともない雇用者報酬が減る一方で、年金が増える傾向 ており、完全雇用に近い。少子高齢化もあって、雇用 がある。実際、年金等の現金給付は 56 兆円と、可処 者数を今後大幅に増やすことは難しいためだ。さらに、 分所得の 20% を占めるほどで、97 年度から 8 ポイ 14 年の購買力を下支えした年金等にも大きな期待は ントも割合を高めている(2013 年度、内閣府『国民 禁物だ。就業者数の減少を反映して、年金給付額を抑 経済計算』)。 えるマクロ経済スライドによって、今後の物価上昇に れて、経済成長の足を引っ張ることになりかねない。 とき、重要な視点は、消費税率引き上げに対する備え これまで、年金等の収入は高齢化に伴い確実に増え 年金給付が追い付かず、実質的な購買力が低下する設 20 年までの財政健全化計画では、10% 以上の消費 という一過性のものではなく、企業の中長期的な成長 てきた<図 4 >。97 年には、年金等の寄与度が目立 計になっている。 税率引き上げは封印されている。しかし、今後の財政 につなげることだと考えられる。 ち始めているものの、主に可処分所得を押し上げてい 17 年に控える 10% への消費税率引き上げは、8% 健全化を考えれば、10% 以上への引き上げも当然視 ここでの課題を整理すると、実質賃金の上昇という たのは雇用者報酬だった。それに対して、13 年には、 から 10% への 2 ポイント分の負担増であり、14 年 野に入ってくるだろう。これらを踏まえると、今後の コスト増を労働生産性の上昇によって相殺すること 団塊の世代が 65 歳を迎え始めたこともあって、年金 の 3 ポイント分(5% から 8%)より小さい。その一 日本の経済成長は、ますます実質購買力の動向に左右 と、企業を中長期的に成長させることの両立といえる。 の寄与度が大きくなっていた。14 年も同じ傾向が続 方で、上記のように、雇用者数の増加には上限がある。 される可能性が高いと考えられる。 国内企業の中長期的な課題として、少子高齢化による き、年金等が家計の購買力のバッファーになったと考 また、受給者数は増えても年金給付額が抑えられるた えられる。 め、年金等による下支えに大きな期待はできない。そ すでに 65 歳以上人口が 26% を超えており、消費 のため、17 年の消費税率引き上げ後には、14 年と や購買力においても、高齢化の影響が見逃せなくなっ 同じくらい実質購買力が低下する恐れがある。仮に、 以上のように、今後、消費税率引き上げなどによっ 一般的に、実質賃金の上昇に耐えうるように、労働 ている。 そうなれば、消費税率引き上げ後に、消費の回復が遅 て、実質購買力が左右されるならば、企業の対応とし 生産性を高めるためには、技術進歩などの生産性を高 て何が求められるだろうか。政府は、実質購買力を下 めること、資本装備率を高めることの二つの手段があ 支えする経済対策を実施するとみられるものの、財政 ることが知られている。一つ目は、研究開発などによっ 問題などもあって、企業にも一定の役割が求められる て、企業の技術力などを含む生産性を高めることを意 だろう。例えば、これまでのように、政労使三者会議 味する。また、二つ目は、設備投資を増やして、一人 図 3 消費者物価(CPI)と実質賃金の動き 実質賃金 (前年同期比%) CPI(総合) CPI(生鮮食品を除く総合) CPI(持家の帰属家賃を除く総合) 10 4 8 3 6 2 2 1 4 1 0 0 -2 8 6 4 2 0 -2 -4 -1 -3 -4 Q3 -1 Q1 2 -8 3 1981 -2 -5 Q1 Q2 Q3 Q4 Q1 Q2 Q3 Q4 Q1 Q2 1988 1989 1990 -6 -3 Q1 Q2 Q3 Q4 Q1 Q2 Q3 Q4 Q1 Q2 1996 1997 1998 Q1 Q2 Q3 Q4 Q1 Q2 Q3 Q4 Q1 Q2 2013 2014 2015 出典:内閣府『国民経済計算』より EY 総合研究所作成 (注)実質化には家計最終消費支出デフレータを用いた。 消費税率引き上げ対策から中長期的な成長を 視野に 人手不足、省エネ・環境対策などがある。それらを克 服せずして、中長期的な成長を実現することはできな い。 5 5 5 などによって、企業は賃上げに迫られる可能性が高い。 あたりの資本ストックを増やすことである。ただし、 4 4 4 消費税率引き上げ後の消費の減速は、企業業績を悪化 中長期的な課題に取り組むことを考えれば、必要な設 3 3 3 させるため、賃下げ圧力になりやすい。しかし、引き 備投資の性格は、生産能力の増強や省エネ・環境対策 2 2 2 上げ以前の景気回復や駆け込み需要によって、企業業 などの技術進歩を通じて、生産性を向上させることで 1 1 1 績が改善しているとみられるため、14 年のように賃 ある。 0 0 0 上げ機運が高まるだろう。 以上のように、消費税率引き上げによる実質購買力 -1 -1 -1 そのようなコスト増を避けるために、海外進出を加 の低下に備えつつ、中長期的な成長を目指すためには、 -2 -2 -2 速させる企業がある一方で、国内で事業を続ける企業 国内企業は、生産性の向上につながるような研究開発 が多いことも確かだろう。国内企業にとっては、いか や設備投資などに、積極的に資金を振り向けていく攻 に賃上げを進めながら成長するかが課題となる。この めの経営が求められている。 -4 -3 -4 Q1 Q2 Q3 Q4 Q1 Q2 Q3 Q4 Q1 Q2 1988 1989 1990 消費税率引き上げ5% 1997 消費税率 -3 Q1 Q2 Q3 Q4 Q1 Q2 Q3 Q4 Q1 Q2 1996 5 4 3 2 1 0 -1 -2 -3 -4 Q1 Q2 Q3 Q4 Q1 Q2 Q3 Q4 Q1 Q2 消費税創設 -3 -4 1988 引き上げ8% EY Institute 1989 1990 Q1 Q2 Q3 Q4 Q1 Q2 Q3 Q4 Q1 Q2 1998 出典:総務省『消費者物価指数』、厚生労働省『毎月勤労統計調査』より EY 総合研究所作成 28 (-)税 2013 2014 2015 <参考文献> 経済企画庁(1998)「平成 9 年経済の回顧と課題-試される日本経済の変革力-」 税制調査会(2004)「消費税関係-消費税の歴史」第 17 回総会(平成 16 年 10 月 15 日)資料基礎小 22-1(http://www.cao.go.jp/zeicho/ siryou/b17kai.html) EY 総研インサイト Vol.4 August 2015 29
© Copyright 2024 ExpyDoc