Network Economics (2) コンテスタビリティ理論

Network Economics (13)
複雑系とネットワーク・エコノミクス
京都大学 経済学研究科
依田高典
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第1節 複雑系の科学
「複雑系(Complex System)」
(1)非線形性(要素間の相互作用)、(2)開放性(情報や物資などの流入)、
(3)適応性(変動するシステムへの対応)、(4)自己組織性(要素の自立的
な組織化)。
サンタフェ研究所の複雑系ブーム
米国ニューメキシコ州にある非営利組織。原子力爆弾の開発で有名な
ロスアラモス国立研究所を母体。ジョージ・コーワン、マレー・ゲルマン、
ケネス・アロー等が1984年設立。
複雑系とは「多くの要素があり、その要素が互いに干渉し、何らかのパ
ターンを形成したり、予想外の性質を示す。そして、そのパターンは各要
素そのものにフィードバックすること」
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「カオス」決定論的な法則に従いながら、確率論的な振る舞いをする現象
図2左:気象学者ローレンツのカオス
3本の非線形微分方程式をコンピューターで計算。初期値を丸めて
代入した時、軌道が永遠に同じ点を通らない「ストレンジ・アトラクタ
ー」を発見。
図2右:数理生態学者ロバート・メイのカオス
動物の親と子の個体数を記述するために、ロジスティック写像を考
察していたときにカオス(a>3.5699・・・)が発生することを発見。
「フラクタル」部分と全体の間の自己相似性
マンデルブロ
計測単位の小さなスケールで測れば測るほど、沿岸の長さは長くな
る
図3:「シェルピンスキーの三角形」
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第2節 複雑系の経済学
2.1 伝道師アーサー
複雑系経済学
慢性的な資金難に悩むサンタフェ研究所がシティコープから資金援
助を獲得するための苦肉の策
アーサーの活躍
資源集約産業の経済学「収穫逓減・完全合理性」から知識集約産業
の経済学「収穫逓増・限定合理性」へ。
伝統派経済学の強い反発。
表2:アーサーの経済学
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表 2: アーサーの経済学
旧経済学
新経済学
収穫逓減
収穫逓増
19 世紀物理学
生物学
(均衡・ 安定・ 決定論的ダイ ナミ ッ ク ス )
(構造・ パタ ーン・ 自己組織化・ 生命サイ ク ル)
人間は同一
個人に焦点。 人間は分離し 異なる
外的ショ ッ ク ・ 差異がなければ、 シス テムは閉鎖的
外的ショ ッ ク ・ 差異が駆動力と なり 、 シス テムは開放的
要素は量と 価格
要素はパタ ーンと 可能性
対象は構造的に単純なも の
対象は本質的に複雑
ソ フ ト 物理学と し ての経済学
高度に複雑な科学と し ての経済学
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2.2 複雑系経済学の2つのアプローチ
日本の複雑系経済学の研究
伝統派:「複雑系経済システム研究センター」
異端派 :「進化経済学会」
表 3: 日本の 2 つの複雑系経済学
伝統派複雑系経済学
異端派複雑系経済学
推進母体
京大経済研究所
進化経済学会
対象
本質的に単純
本質的に複雑
要素
価格と 数量
構造と パタ ーン
模範科学
非線形物理学
進化生物学
均衡
均衡
不均衡
合理性
最適化と 限定合理性
満足化と 限定合理性
収穫法則
収穫逓減と 逓増の併用
主に収穫逓増
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第3節 複雑系とネットエコン
3.1 ネットワークの複雑性
「ネットワークの経済性」:ネットワーク・エコノミクスの二つの柱
供給側の規模の経済性である「ボトルネック独占」
規模・範囲・密度の経済性、生産の学習効果、情報複製のゼロ費用
需要側の規模の経済性である「ネットワーク外部性」
垂直的・水平的なネットワーク効果、消費の学習効果、評判効果、顧
客適合性
埋没費用・取引費用・消費者の選択変更のスイッチング費用
→ 非可逆的な参入・退出障壁 → 先行者利得・独り勝ち
ネットワーク社会の初期値鋭敏性とロックイン
「ゆらぎ」どの企業が独り勝ちするかは予測不可能
「ロックイン」ネットワークの経済性は正のフィードバックを持つ
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ネットワーク社会
従来の主流派経済学が想定する静的・最適な一般均衡状態のような
楽観主義は通用しない。
正のフィードバックが故に、複数均衡の中の最適な均衡に収束する保
証はなく、歴史的なゆらぎで早期にクリティカル・マスを獲得した非最
適な戦略や技術が採用され(過剰転移)、さらに長期間ロックインする(
過剰慣性) 。
表4:ネットワーク社会では、多様性と標準化のトレードオフ。
戦略や技術のライフサイクルの初期と晩期においては多様性の便益
が標準化の便益を上回る。
中期においては標準化の便益が多様性の便益を上回る。
最も望ましいライフサイクルは初期に多様性の便益を享受し、中期に
標準化の便益を享受し、晩期にまた多様性の便益を享受することで
ある。
しかし、しばしば初期に過剰な転移が、中期に過剰な多様化が、晩期
に過剰な慣性が生じたりする。
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表 4: 多様性と 標準化のト レード オフ:
標準化
多様性
初期
過剰転移
多様性の便益
中期
標準化の便益
過剰な多様性
晩期
過剰慣性
多様性の便益
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3.2 複雑系のネット・エコン・モデル
アーサーのモデル
収穫逓増性が引き起こす複数均衡・非効率性・ロックイン・経路依存性を
説明
2つの技術(A・B)、2つの消費者タイプ(R・S)、各技術を採用する消費者数
(nA・nB)を想定
パラメータに応じて、収穫逓減・収穫一定・収穫逓増とに区分。
収穫逓減のケースも収穫逓増のケースも、上限バリアと下限バリアの範
囲内では、Rタイプは技術Aを採用し、Sタイプは技術Bを採用
ランダムな運動のために、技術採用シェアが上限バリアまたは下限バリア
に衝突する場合、収穫逓減のケースでは反射して安定的領域へ収束して
行くが、収穫逓増のケースでは突破して不安定領域へ拡散していく(図6参
照)。
収穫逓減・収穫一定の世界では、均衡一意性・柔軟性・安定性・効率性が
成立するが、収穫逓増の世界では、均衡複数性・ロックイン・経路依存性・
非効率性が成立。
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図 6: Arthur (1989,1994)のモデル
収穫逓減ケ ース
技術シェ ア
収穫逓増ケ ース
技術シェ ア
上限バリ ア
上限バリ ア
消費者数
下限バリ ア
消費者数
下限バリ ア
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依田のモデル
全部でn個の企業または地域がそれぞれ独自のシステム標準を提唱。
各地域が協力してシステム標準の規格統一に成功すれば、ネットワー
ク外部性が作用し、各地域の効用が高まる。
「グローバル標準」n個の全ての標準が互換性で結ばれる
「ローカル標準」m(<n)個の標準のみが部分的互換性で結ばれる
グローバル標準の進化的安定性
「市場の成熟」標準の多様性の数nが十分なクリティカル・マスに到達し
ているかどうかによって区分
標準の多様性がクリティカル・マスに到達していない未成熟の市場では
、非互換性のみが進化的に安定した均衡
標準の多様性がクリティカル・マスに到達している成熟した市場では、
互換性と非互換性とも進化的に安定した均衡
初期時点において互換性に賛成する標準の比率がある閾値を上回れば互
換性がロックインし、非互換性に賛成する標準の比率が閾値を上回れば非
互換性がロックイン
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図 7: グ ロ ーバル標準の進化的安定性
市場成熟前のグ ロ ーバル標準の進化的安定性
互換性
非互換性
市場成熟後のグ ロ ーバル標準の進化的安定性
互換性
非互換性
閾値
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