聖マリアンナ医科大学 横浜市西部病院 救命 古澤 彩美 背景、目的 • 救命領域では、輸液によるCl投与は一般的に行われている • 脱水の補正や蘇生処置に使用される輸液はCl濃度の高いものが 多く、高Cl血症や代謝性アシドーシスを悪化させる。また、腎血管 収縮を増強し、GFR低下や尿量低下などを引き起こす可能性があ る • 最近行われた二重盲検比較試験で、2Lの生食投与がPlasma Lyte 投与と比較して、腎皮質の潅流を低下させることがわかった (Ann surg 2012;256:18-24) • AKIは死亡率が高く、RRTは高額な医療であることから、Cl投与の 腎への影響を検証することは意義があると考えられる • 今回我々は、救命領域でのCl制限輸液がAKIの発症および重症 度に影響するかについて比較検討を行った Method • 場所:メルボルン大学オースティン病院ICU • 研究:前向き、open-rabel、before-and-after pilot study • 期間: control period:2008/2/18~2008/8/17 phase-out period:2008/8/18~2009/2/17 intervention period:2009/2/18~2009/8/17 *Phase-out periodでは、ICUスタッフに対して 輸液の教育が行われた • 評価項目 年齢、性別、APACHEⅡ・Ⅲ、SAPSⅡ、医学的背景、 血清Cr濃度、RRT導入* * ICU入室前の血清Cr濃度(ベースライン)とICU入 院中の毎朝の血清Cr濃度を測定 ベースラインのCr値が不明な場合はMDRD式を用 いてGFR75ml/minと仮定して推測したCr値を用い た ★除外基準 元々透析導入されている末期腎不全患者 薬物中毒によりRRTを施行している患者 使用した輸液製剤 Cl制限輸液: ハルトマン液、Plasma-Lyte 148、20%アルブミン液 Cl無制限輸液: 0.9%生理食塩水、4%ゼラチン液、4%アルブミン液 • Primary outcome 血清Crのベースラインからの上昇、RIFLE分類 におけるAKIの発生率 • Secondary outcome RRT導入、ICU滞在期間および入院期間 Statistical Analysis • ベースラインとの比較:X²検定 • Cr上昇率:一般化線形モデル(generalized linear model) • RRT導入、AKI発症:ロジスティック検定 • 時間事象分析:cox比例ハーザードモデル • 生存曲線:logランク検定 Stata version 11およびSAS version 9.2を使用して解 析 Result 参加症例:1533症例 (Cl制限群773症例、Cl無制限群760症例) 入院期間は共に11日間 ベースラインの血清Cr濃度が不明な症例数: Cl制限群110症例、Cl無制限群104症例 いずれも有意差は認めなかった 患者背景 年齢、性別、 ベースラインの血清Cr濃度、 APACHEスコア、SAPSⅡ、 合併症、入院形態 に有意差は認めなかった ーの項目で有意差を認めた 輸液量、電解質投与量の変化 Cl無制限群 Cl制限群 p 0.9%生理食塩水 3.2 L/人 0.06 L/人 <0.001 ゼラチン液 0.7L/人 0 L/人 <0.001 ハルトマン液 0.6 L/人 4.1 L/人 <0.001 Plasma Lyte148 0.08 L/人 0.2 L/人 0.04 4%アルブミン液 0.35 L/人 0.1 L/人 <0.001 20%アルブミン液 0.1 L/人 0.35 L/人 <0.001 Cl 694 mmol/人 496 mmol/人 Na 750 mmol/人 623 mmol/人 K 3.5 mmol/人 22 mmol/人 Lac 18 mmol/人 120 mmol/人 すべての項目で有意差を認める Cr上昇およびAKI発症 • Cl制限群ではCr上昇、 AKIの発症(RIFLE分類で の、injury and failureの項目)、RRT導入が有 意に少なかった AKI発症 Injury,Injury and failureで有意差を認めた AKI発症 p<0.001 RRT導入 p=0.004 入院期間、死亡率、長期的な透析導入 いずれも有意差は認めなかった discussion • これまで、ICU入院中の患者において、Clを制 限した輸液が腎におよぼす影響について研 究したものはない。 • しかし、過去の動物・人間における研究で生 理的なCl濃度の輸液は腎臓に有害であると いうことが言われている。 (J Clin Invest. 1983;71(3):726-735.) (Am J Physiol. 1989;256(1 pt 2):F152-F157.) (Anesth Analg. 1999;88(5):999-1003.) (Analg. 2001;93(4):811-816.) Cl投与が腎へ与える影響 • Cl再吸収による腎血管収縮 • 緻密斑へのClが増加 ⇒尿細管糸球体フィードバックの活性化 ⇒血管収縮、メサンギウム細胞の収縮、 GFR低下 • トロンボキサンの分泌⇒血管収縮 しかしこれらのどれが影響をおよぼしているの かはわからない • 今回の介入のどの要素が結果に影響を与え たのかはわからない。 (Cl制限、Lactateを含む輸液、4%ゼラチン液の 投与量減少、20%アルブミンの投与量増加、Na 投与量減少、K投与量増加、これら複数の影響) • ゼラチン液投与は明らかにAKIのリスクを減ら すことがわかっている。 • 4%アルブミン液と生食で腎予後に有意差は ない。 • 高張アルブミン液の投与で腎イベントの発生 が増えるとの結果。 Significance of Study Findings • Clを制限した輸液ではより重症のステージの AKI発症およびRRTの発症を減少させることが 示された。 • 以上より、AKIの初期の患者やAKIのリスクの 高い患者では、Cl濃度の高い輸液を行う際は 慎重に投与する必要があると考える Limitation • 盲検比較試験でない ⇒輸液製剤は異なるパッケージ、ラベルで、容器の種類や大きさも 様々であるため盲検化は難しい • ベースラインのCrが不明の患者がおり、今回そのような患者では MDRDを用いてCrを推測した値を用いた。 ⇒MDRDを用いた患者を除外した解析でも同様の結果となった。 • 長期的なCl制限輸液の投与については評価していない。 Strengths • 症例数が多く、介入群とコントロール群で患者背景に明らかな有意差は 認めず、腎予後については患者背景で補正しても同じ結果となっている。 • 比較が同じ季節に行われている。 CONCLUSION 今回我々は、集学的ICUにおいてCl制限輸液と Clを多く含んだ輸液を比較するBEFORE and AFTER研究を行った。 Cl制限輸液は明らかにAKI発症とRRT導入のリ スクを下げることがわかった。 マリアンナ救急としての方針 本研究の評価できる点 ・ Cl制限輸液は、AKI発症やRRT導入のリスクを下げる可能性がある 本研究の問題点 ・ 非盲検化試験である、単施設である ・ 症例として心血管系患者が多く含まれており、敗血症等の疾患別でない ・ 初期輸液と維持輸液の区別がない 今後の方針 ・ 本研究では、Cl制限自体が腎障害発症に関与したかどうかは不明である ⇒ Na負荷が心不全患者のRRT導入を減らした可能性。疾患毎の解析が必要。 ・ 最も興味深いのは、敗血症における大量輸液に関して、初期(6時間以内)の大量輸液 と維持期(6時間以降)の輸液をどのようにするかであり、今後の研究が待たれる。 ・ 敗血症性ショックには、初期はNa含有量が最も多い生食を中心に行い、維持期には高Cl性 代謝性アシドーシスを回避するためにも Cl制限輸液を考慮する、という現在の臨床対応を 継続することが望ましい。
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