儒家の民本主義とその意義

中国における民本主義の意味
比較文化E
愛知文教大学国際文化学部助教授
慶應義塾大学総合政策学部非常勤講師 川田健
殷周革命
• 商(殷)紂王ー暴虐無比
• 諸侯ー有徳の西伯(文王)に紂王討伐を要請
→君臣の義を犯すことを恐れる
• 武王ー紂王を討伐ー周王朝建国
• 周王朝ー諸侯封建と礼制国家を建築したとさ
れるー儒家の理想像となる。
周の東遷
B256
B1050?
周
西周
東周
B770
春秋
犬戎の圧迫 平王 洛陽遷都
→五覇の時代
晋の分割(韓・魏・趙)を周王室が承認
→上下の分の崩壊
秦 周の赧王(たんおう)を滅ぼす
B403
B221
戦国
孟子
• B 372?‐B 289? 斉の鄒の人
• 戦国期にあって、民本主義に基づく王道政治
を諸侯に説く・・・尊崇されるも用いられず
→弟子とともに著述に入る
• 堯舜・殷の湯王・周公らの聖人の徳治主義を
主張・・・・民意=天意
激烈な民本主義
• 「民を重しと為す。社稷 之に次ぐ、君を軽しと為
す。」
ー天子とは民に信を得られてはじめて存在する
• 「君主が臣下を自分の手足のように見れば、臣下も
自分の体の一部のように(大切に)君主を思うし・・・
君主がゴミのように扱えば、臣下は君主を仇敵のよ
うに見る。」
ー臣下が君主をどのように見るかは、君主の態度
次第である。
殷周革命に対する評価
• 「(臣下である)武王が(君主である)紂王を討
伐したことは本当ですか?」
• 「仁をそこない、義を損なうものを『一夫』(た
だの人)という。私は『ただの人』である紂を討
伐したということは聞いたことがあるが、君主
を討ったなどということは聞いたことがない。」
→天意を失ったことで紂王は「天子」の位を
失ったとみなされる
・・・「君臣の義」問題の回避
易姓革命のモデル
天
天子位
剥奪!
天子
任命
即
位
命
令
違
反
再選定-下命
天子
任命
暴政
民
即位
民は「主体」か?
• 君主はどうして存在するのか?
• 君主なき時代→原初の時代
*民 農業を知らない・・食の不足
工業を知らない・・衣服の不足
礼を知らない・・・争い・異性との無差別
• →禽獣と異なることなし・・生存権が脅かされている
• 聖人の出現 君主として無知蒙昧な民を教導する
• 儒家=文明主義・・・君主が民を教導する
民:君主がいなくては生存できない存在
→庇護されるべき
民とは
• 衆萌也(『説文解字』)(萌=氓)
〈土着を民といい、外来を氓という〉
• 人也ー「天生民」・・・天が民を生じたのは・・
貴賤を統べて言う(『書経』 注)
• 無爵の称・・・→官民(『周礼』
• 瞑也ー「士は事、民は瞑」(『春秋繁露』)
• 無方之民←→有方之士(『荀子』)
• 無知の者ー「和其民人(『孝経』」
皇侃疏:民ー広く無知に及ぶ。人ーやや仁義を識る。
自覚して「士」となる
• 「士」ー「弘毅ならざるべからず」:死ぬまで努力し続
ける(『論語』)
• 「予は天民の先覚者」:民を目覚めさせ「堯舜の民」
と同じように幸せにする・・・(『孟子』)
• 労力者と労心者
・・・労力者=食人 労心者=食於人。
労力者=治於人 労心者=治人
食=養
*於:受け身
→天下の通義なり
「民」・・・自立不能
君と民・・モデル
国
責家
任に
あ対
りし
て
君
臣
退職
仕官
民
国
責家
任に
な対
しし
て
君ー臣ー士/民
君
)
先
覚
者
官にあるもの(臣下)
科挙(第一段階で可)に合格した者
士
教に 天
導責 子
す務 を
るを 補
負佐
いし
、て
民国
を家
儒家教養
民
科挙とは何をはかる試験か
• 儒教経典の知識を問うー実務能力をはかる
わけではない。
↓
• 「士」として民を教導できる「人格」を有してい
るかどうか。
• 科挙合格者・・・民より「人格的」に上位に位
置する。(身分ではない)
尊重される「民」とは?
• 天・・・民を生じ、天子にその養育を任ずる
• 天は「個々人」の民と結びつかない?
→「天」の祭祀は皇帝の専権事項
• 「民意」=民の「総」意→公
• 「公」≠「私」の集合体
ーあらかじめ存在する「総体」。一つの秩序体系が先にあり、
「個々の民」はその一部。
• 尊重される「民意」ー秩序の体系
• 民の集合体が天下・国家なのではなく、天下という秩序体系
が最初に存在し、それを安寧ならしむるのが国家(王朝=統
治階級)。
• ゆえに 尊重される「民」とは全体の秩序
「中華帝国」の成立と孟子
• 「革命」→王朝維持には危険思想
一方で現王朝成立の根拠を示すもの
・・・・全否定するわけにもいかない
• 伯夷・叔斉伝説ー周の粟を食らうことをよしとせず、餓死
周の権威or君主の絶対性
• 漢代 *陰陽五行説と王朝交替を結びつける→超自然的、
形而上学的議論に「棚上げ」
*「爵禄を班つ」「天子一位・公一位・侯一位・・・」 「天
子は爵位の一種か?」→爵位ではないという解釈を取ろうと
する
「中華帝国」の成立と孟子(つづき)
• 宋代:君主専制の完成。 孟子批判 (例; 司馬光『疑孟』)
一方で孟子の性説は宋代哲学の根幹・・「亜聖」
• 「一夫紂を討つ」-上が桀紂くらいの暴君で、下が湯武くらい
の聖人であって初めて許される行為である(朱子)
「理と分」の分離(『孟子大全』)・・・理としては民の方が貴いが、
分としては君主の方が貴い。
• 大学「大学之道、在明明徳、在親民、止於其善」の「親」を
「新」と読み替える。
「後覚者は必ず先覚者にならって『旧』を『革』めよ」
易姓革命ー日本との対比
• 天→天子を任命 天子の権威は天によって保証さ
れるが、理念としては民の「総意」によって革命が起
きれば天子は交替される。
• 江戸時代ー王道政治提唱者として尊崇するも、易
姓革命については否定
徳川初期に 織豊→徳川の交代を易姓革命説に
よって説明(林羅山)
中国:天-(任命)→天子
日本:天皇-(任命)→征夷大将軍
• 中国では超自然的存在である「天」が日本では人格
を持つ「天皇」とされている。
参考文献
• 武内義雄・小林勝人訳注(1968)『孟子』上,岩波書店,(岩波文庫)
• 武内義雄・小林勝人訳注(1972)『孟子』下,岩波書店,(岩波文庫)
• 石田一良(1976)『思想史Ⅱ』,山川出版社
(体系日本史叢書23)
• 溝口雄三(1980)『中国前近代思想の屈折と展開』
,東京大学出版会
• 野口武彦(1986)『王道と革命の間』,筑摩書房
• 溝口雄三(1995)『中国の公と私』,研文書院(研文選書 62 )
• 平勢隆郎(2005) 『都市国家から中華へ : 殷周春秋戦国』
( 『中国の歴史』2)講談社
• 黄俊傑等(1995)『孟子思想的歴史発展』,台湾中央研究院文史研究所
籌備処(孟子学研究叢刊③)
• 宗福邦等(2003)『故訓匯纂』商務印書館