経済活動とマネーフロー

金融市場論
Financial Markets
2013年度前期・商学科発展科目
⑤経済活動とマネーフロー
大学院商学研究科 齋藤一朗
マクロ経済循環と金融システム
• 社会的な分業と交換が高度に発展した現代の経済システム
において、すべての取引は貨幣を媒介として行われてお
り、個々の経済主体は貨幣に対する諸々の動機に基づいて
行動している。
• 例えば、家計部門では労働用役を企業部門に提供する代わ
りに賃金を獲得し、それを自らが欲する財やサービスに支
出することで、自己の満足を極大化しようと行動してい
る。
• 他方、企業部門においては、生産活動から得られる利潤を
極大化することが行動の目的となっている。
• もし、産出した財やサービスに対する貨幣支出-有効需要
-が大きく、その売上高が生産費用を上回るならば、企業
部門は操業度を引き上げ、生産要素・用役に余力のある限
り、生産を増加させようとするであろうし、その結果とし
て、雇用が増大するかもしれない。
• 反対に、有効需要が小さく、売上高が生産費用を下回るな
らば、損失を最小限に食い止めるために、操業度を引き下
げるであろう。
• その結果、生産要素・用役は遊休し、失業が発生する。ま
た、操業度を引き上げる余地がほとんどない完全雇用の状
態においては、産出物に対する有効需要の増大が、物価水
準の急激な上昇をもたらすこともある。
• このように、貨幣的な支出の変化は、産出、雇用、物価等
の変化と密接に関連しており、それゆえ、資金の流れを経
済循環に即して理解することが重要となる。
経済システムの資金循環
• J.M.ケインズは、こうした貨幣の流れを経済循環に即して
とらえ、財とサービスの「生産-流通-分配-消費」過
程を媒介する産業的流通と、資金の調達・運用に関わる
金融的流通に区分した。
• ここでは、これらふたつの貨幣の流れについて、その基
本的な関係をあらかじめ整理しておこう。
• なお、以下の議論では単純化のために、経済部門として
企業、家計および金融の3部門を想定し、これらの部門間
における財・サービスの流れや、金融資産(負債)の流
れ、そしてその裏側にある貨幣の流れに注目する。
貨幣の産業的流通
• 貨幣の産業的流通とは、生産された財・サービスの取引
や、生産諸要素への対価の支払いを媒介する貨幣の流れで
ある。
• 企業部門は家計部門から生産要素・用役(労働、資本およ
び土地)の提供を受けて生産活動を営み、財やサービスを
産出する。
• 家計部門は提供した生産要素・用役の報酬として貨幣所得
(賃金、利子および地代)を獲得し、この所得を以て、企
業部門が産出した財・サービスを購入する。
• ただし、企業が生産した財・サービスがすべて消費財であ
るとすれば、企業部門の売上高はすべて家計部門から企業
部門に還流することになる。財・サービスが消費財や中間
財、投資財から成り立っている場合には、中間財や投資財
の売買については、企業間において貨幣の流れが生じる。
• 図1は、家計部門と企業部門の間の取引関係を、貨幣の流
れの側面から描いたものである。実線は貨幣の産業的流通
を、点線は金融的流通を示している。
• 企業部門が支払う賃金の裏側には労働用役の流れがあり、
家計部門の消費支出の裏側には消費財の流れがある。
• 家計部門において消費されずに手許に残った残余所得(=
貯蓄)は金融システムに流れ込み、金融資産として蓄積さ
れる。
• 企業部門は消費財および中間財、投資財の売り上げから収
入を得て、これを賃金の支払いや中間財の購入、投資支出
に振り向ける。
• このとき、資金に不足が生じるならば、金融システムを通
じて資金をすれる。点線は、賃金の支払いや中間財の購入
に振り向ける資金を一時的に融通する運転資金の流れを表
すが、これは販売代金が回収された時点で、返済のための
貨幣の流れによって相殺される。
• 以上のような貨幣の流れを式で表してみよう。ただし、W
は賃金、Yは所得、Eは総支出、Cは消費、Iは投資を表して
いる。Sは貯蓄で、所得のうち消費されなかった残余部分
として定義される。添字のhおよびfはそれぞれ家計部門、
企業部門を表す。まず、家計部門については、
Yh=W
Eh=Ch から
Yh-Eh=W-Ch=Sh…(1)
となり、企業部門については、
Yf=Ch+Cf+I
Ef=W+Cf+I から
Yf-Ef=Cf-W=Sf-I…(2)
が成立する。
• 経済活動において、ある部門の支出は必然的に他の部門の
所得となる。このため、経済全体の総収入と総支出は必ず
等しく、Yh+Yf=Eh+Efとなる。この関係に(1)式と
(2)式を代入し、整理すると、
Sh=(I-Sf)…(3)
が得られる。これは、家計部門の貯蓄が正の値であれ
ば、企業部門は家計部門の貯蓄に等しい額だけ貯蓄不足
(投資超過)となることを意味し、不足分については外部
からの資金調達によって賄われる。さらに、(3)式のSf
を移項すると、
(Sh+Sf)=I…(4)
となり、実現する投資の額が経済全体の総貯蓄に等し
いことを意味する。
ただし、(4)式は事後的な貯蓄と投資の均等関係を示
すものでしかないことに留意する必要がある。
• 貯蓄と投資に関する意思決定が分権的に行われる市場経済
システムにおいては、貯蓄と投資が事前的に過不足なく
マッチングする保証はない。
• 金融システムの存在意義は、まさにこの点に関して、貯蓄
と投資を効率よくマッチングさせることにあり、金融取引
に伴う非対称情報の縮減やリスク分担機会の提供を通し
て、事前的な貯蓄と投資の均衡化を促している。
• もし、こうした金融システムの基本機能が様々な要因から
機能障害に陥るならば、両者の均衡化は達成されず、貯蓄
が有効に活用されなかったり、投資に必要な資金の調達が
困難になる。
貨幣の金融的流通
• 一方、貨幣の金融的流通とは、財やサービスの流れに対応
した貨幣の流れではなく、金融資産(負債)の取引に関連
して生じる貨幣の流れである。
• これには、企業部門が金融機関から調達する長短借入金を
はじめ、株式や債券といった証券の発行・流通、商業手形
や売掛金・買掛金等の企業間信用などが含まれる。
• 企業部門からみて、この貨幣の金融的流通は、次のふたつ
のタイプに分けることができる。
• ひとつは、短期の運転資金の調達に伴って生じる貨幣の流
れである。企業部門では生産活動に先立って、それに必要
な生産要素・用役を購入する資金を調達しなければならな
い。
• なぜなら、生産要素・用役の購入に伴う支払は、産出した
財やサービスの売上金を回収する以前に行われるのが一般
的であり、こうした支払と回収の時間的なズレを資金的に
つなぐために、所要資金を外部から調達しなければならな
いからである。
• もうひとつは、企業部門がその生産規模を拡大しようとす
る際の設備投資に関連して生じる。
• 設備投資のための資金は、その回収に長期間を要するた
め、企業財務の安定性を考えるうえでは、長期資金の需要
に対して、これに安定的に応えることのできる資金源泉を
必要とする。設備投資資金を調達するに当たって、企業部
門が社債や株式等の有価証券を発行したり、金融機関から
長期資金の借り入れを行うのは、このためである。
• 他方、家計部門はその所得をすべて消費せず、一部を貯蓄
に振り向ける。
• 一般に、貯蓄の大半は銀行等への預貯金や生命保険、有価
証券投資等の金融資産の取得に向けられるが、金融資産を
どのような形で保有するかは、家計部門が抱く貯蓄動機
や、そのときどきの金融環境に依存している。
• さらに、金融システムについては、一方で経済主体の手許
で形成された貯蓄を吸収するとともに、他方では、それを
投資を企図している経済主体に融通する機能を果たしてい
る。
• 通常、ある一定期間(通常は1年)において、貯蓄が投資
を上回る経済主体を貯蓄超過主体(もしくは資金余剰主
体)、投資が貯蓄を上回る主体を投資超過主体(あるいは
資金不足主体)と呼んでいる。
• 前者は最終的な貸し手となり、その典型は家計部門であ
る。後者は最終的な借り手となり、企業部門に代表され
る。しかし、近年では最終的な借り手として、政府部門の
存在も無視できなくなっている。
• さて、資金は貯蓄超過主体から投資超過主体へと流れる
が、図2ではそれを点線で示している。貯蓄超過主体は、資
金提供の見返りに金融資産(債権)を手に入れ、投資超過
主体は金融負債(債務)を負うことになる。図の実線は、
こうした債権・債務の移転を表している。
• 一方、貯蓄超過主体と投資超過主体の間を流れる資金の
ルートに着目するならば、それはふたつのルートを通じて
実現する。すなわち、直接金融のルートと間接金融のルー
トである。
• 前者は、資金が最終的な貸し手から最終的な借り手に直接
流れる場合をいう。最終的な借り手が発行する債務証書の
ことを、金融論では「本源的証券」と呼ぶが、直接金融と
は最終的貸し手が本源的証券と引き換えに資金を最終的な
借り手に直接提供することである。
• これに対して、間接金融とは最終的な貸し手と最終的な借
り手との間に金融仲介機関が介在する資金の流れをいう。
• 最終的な貸し手が金融仲介機関の発行する金融負債(間接
証券)と交換に資金を提供し、金融仲介機関は本源的証券
との交換で最終的な借り手に資金を融通する。
• 換言すると、金融仲介機関は本源的証券を受け入れ、これ
を間接証券に転換すること(資産変換)によって、最終的
な貸し手から最終的な借り手へと資金の移転を仲介するの
である。
• 以上のように、貨幣の金融的流通は基本的に、産業的流通
から漏れ出した家計部門の貯蓄と企業部門の投資を結ぶ貨
幣の流れであるといえよう。
まとめ
• これまで述べてきた貨幣の産業的流通と金融的流通の関係
についてまとめておこう。
• まず企業部門は財やサービスを生産するにあたり、賃金や
中間財購入の支払いを行うために資金を金融システムから
調達する(貨幣の金融的流通)。
• 次に、企業部門は手に入れた資金で各生産要素に対して、
その報酬を払う。これは家計部門の所得となるが、他方で
は家計部門の消費支出を通して企業部門に還流する(貨幣
の産業的流通)。
• 企業部門の手許に還流した資金は、当初の金融システムか
ら調達した資金の返済・償還に充てられる(貨幣の金融的
流通)。
• 家計部門の所得のうち消費されなかった部分、すなわち貯
蓄は様々な金融資産の形態で金融システムに流れ込み、金
融システムはこの資金を、企業部門に設備投資資金として
供給する(貨幣の金融的流通)。
• このように、貨幣の産業的流通と金融的流通は相互に密接
に絡み合いながら、全体としての貨幣の流れを形成してお
り、それゆえ、資金の流れは、単に経済の実物的な動きを
反映するばかりではなく、経済の実物的な行方を左右する
ほどの大きな影響を及ぼすこともある。