小児感染症に対する石鹸による手洗いの予防効果につい

小児感染症に対する石鹸による
手洗いの予防効果について
京都府立医科大学臨床分子病態・検査医学 准教授
監修 藤田 直久先生
WHO(世界保健機構)によると毎年、350万人以上の5歳未満の小児が
急性下気道感染症と下痢により死亡している。そこで、石鹸による手洗
いが、急性呼吸器感染症、膿痂疹、下痢の発生にどの程度予防効果を
有するかを評価するために無作為化対照試験が実施され、石鹸による
手洗いがこれらの感染症の予防に有効であることが、Stephen P Lubyら
により “Effect of handwashing on child health : a randomized controlled
trial, Lancet 2005 ; 366 : 225-233” にて発表された。
ここでは、小児肺炎に対する石鹸による手洗いの予防効果を中心に、
この報告について紹介する。
対象および方法
対象
●パキスタンのカラチ市周辺の多民族無断居住者の住居地域から選択した42区域
(これらの地域では石鹸で手を洗う習慣はない)
●15歳未満の子供が2人以上おり(うち1人は5歳未満)、試験期間中は住所を変更する予定のない
1,050家庭
調査方法
●手洗い促進地域として25地域から600家庭、対照地域として11地域から306家庭を無作為に
割り当て、手洗い促進地域の中から手指消毒剤(普通石鹸に抗菌物質トリクロカルバン1.2%含有)
支給300家庭、普通石鹸支給300家庭を無作為に割り当てた。
●調査員22名が週に1回以上、手洗い促進家庭と対照家庭を地域ごとに訪問し、 急性呼吸器感染症、
下痢、膿痂疹の症状を記録した。
●手洗い促進家庭には石鹸による手洗いの重要性や正しい手洗い方法について指導を行った。
●手洗い促進地域では毎日石鹸を使って入浴するように推奨した。
期間
●2002年4月15日~2003年4月5日の1年間
結果
5歳未満の小児において、普通石鹸による手洗い促進地域では対照群と比較し、肺炎の発生率が50%低
かった(図)。また、15歳未満の小児において、普通石鹸による手洗い促進地域では対照群と比較し、膿痂
疹の発生率は34%、下痢では53%低かった。手指消毒剤と普通石鹸では有意差は認められなかった。
●5歳未満の小児における肺炎の発生率
肺炎発生人数/100人/週
10
対照地域
手指消毒剤による手洗い促進地域
普通の石鹸による手洗い促進地域
8
6
4
2
4
月
5
月
6
月
7
月
8
月
9
月
2002 年
Stephen P Luby, et al : Lancet, 366, 225-233, 2005
10
月
11
月
12
月
1
月
2
月
3
月
2003 年
Reproduced with permission from Lancet. Copyright © 2007 Elsevier.
監修Dr.からのコメント (1)
京都府立医科大学臨床分子病態・検査医学 准教授
藤田 直久先生
石鹸で手を洗う行為「手洗い」は、日本では習慣的なものとなっていますが、発展途上
国では「石鹸で手を洗う」習慣のない国もあります。今回の研究では、石鹸による手指衛
生が習慣となっていないパキスタンのカラチの住民を無作為に3群に分け、手指衛生が
感染症発生におよぼす影響を調査しています。
本研究では、普通石鹸による手洗い群、抗菌剤(1.2%トリクロカルバン含有)入りの石
鹸による手洗い群、対照群の3群に分け、感染症の発生防止効果を見ています。
結論は、石鹸の種類に関係なく、5歳未満の小児の肺炎(WHOの臨床的肺炎の診断
基準:咳または呼吸数40回/分以上にもとづく)発生率が有意に減少したことに加え、15
歳未満の小児で急性呼吸器感染症(咳や呼吸困難の下気道感染症、あるいは鼻水・鼻
づまりなどの上気道感染症)の発生率の減少、さらに、15歳未満の小児での下痢および
膿痂疹発生率の減少が同時に観察されました。また、抗菌剤入り石鹸と普通石鹸との間
に発生率における差はなく、手を清潔にすること、すなわち汚れを落とすことで、手に付
着する病原体を減らすことにつながり、感染症発生を減らしていることが示唆されていま
す。さらに、5歳未満の幼児の肺炎の発生率が減少していることは、これらの幼児が手を
頻回に洗うことは考えられず、この発生率の減少には、親や兄弟など生活を共にしてい
る人々の手指衛生が、間接的に小さな子供の感染症を減らしたことが推測されます。
監修Dr.からのコメント (2)
京都府立医科大学臨床分子病態・検査医学 准教授
藤田 直久先生
過去に発展途上国や先進国で実施された研究において、手指衛生(手洗い)の実施に
より下痢疾患や呼吸器疾患の発生が減少することはすでにいくつか報告されています。
そしてこれまでの多くのデータは、家庭内や施設内で発生する急性呼吸器疾患が飛沫
感染よりも接触感染を主たる感染経路としていることを意味しています。
したがって、インフルエンザを含めた急性の呼吸器疾患防止において、手指衛生は極
めて重要であることを再認識してください。マスクを着用することは、手指衛生を省略す
る理由にはなりません。また飛沫感染は接触感染の一部であることを考えると、飛沫感
染をする疾患では必ず接触感染対策を同時に実施することが必須となります。
〔まとめ〕
1 呼吸器感染症では、飛沫感染とともに手指を介した接触感染も
重要な感染経路となる。
2 呼吸器感染症の予防には、手洗いが重要である。
〔トリクロカルバン〕
トリクロカルバンは、トリクロサンとともに薬用石鹸やデオドラント製品などに防腐殺菌
成分として添加されています。トリクロサンとの構造類似から、細菌の脂質合成の酵素
を阻害し、主にグラム陽性菌に対し殺菌効果を示すと考えられています。
(http://antoine.frostburg.edu/chem/senese/101/consumer/faq/triclosan.shtml)
日本では医薬部外品に対して成分表示をすることが義務づけられており(医薬発第270号平成
13年3月29日)、通常添加濃度は0.3%以下とされています。日本薬局方では医療用消毒剤と
して掲載されていません。最近米国でトリクロカルバンの環境での残留性が問題となり、
健康被害が懸念されています(Environ Sci Technol 2004 ; 38 : 4849-4855)。
〔急性呼吸器感染症〕
〔手指消毒剤 vs.
普通石鹸〕
通常、風邪症候群といわれる上気道呼吸器感染症の80~90%がライノウイルス、コロ
ナウイルス、RSウイルス、インフルエンザウイルスなどのウイルス性であり、これらのウ
イルスは環境において数時間から数日、クラミジアや肺炎球菌なども数時間は生存して
いることが報告(BMC Infect Dis 2006 ; 6 : 130)されています。したがって、これらの微生物に汚染さ
れた環境に触れた手を介して、粘膜に微生物が接種され、感染症を発症することとなり
ます。
過剰な衛生習慣により多くの家庭で殺菌成分の入った製品が使用されていますが、こ
れらの効果への疑問と耐性菌出現への危惧が存在しています。そこで、米国の家庭を
対象に、家庭における手指衛生や掃除に殺菌作用のある製品(トリクロサン、4級アンモ
ニウム塩、塩素系消毒剤)を使う群と通常の殺菌成分を含まない製品を使う群に分けて、
一年間下痢や上気道炎などの症状の発生率を比較したところ、差は無かったとする報
告があります(Ann Intern Med 2004 ; 140 : 321-329)。さらに、長期にわたる観察が必要ではあるが、観
察した1年間では、これらの使用により耐性菌の増加は認められなかったとも報告され
ています(Emerg Infect Dis 2005 ; 11 : 1565)。
ちょっと余分な知識
その1
【トリクロカルバン】
トリクロカルバンは、トリクロサンとともに薬用石鹸やデオドラント製品などに防
腐殺菌成分として添加されています。トリクロサンとの構造類似から、細菌の脂
質合成の酵素を阻害し、主にグラム陽性菌に対し殺菌効果を示すと考えられて
います。(http://antoine.frostburg.edu/chem/senese/101/consumer/faq/triclosan.shtml)
日本では医薬部外品に対して成分表示をすることが義務づけられており(医薬
発第270号平成13年3月29日)、通常添加濃度は0.3%以下とされています。日本薬局方
では医療用消毒剤として掲載されていません。最近米国でトリクロカルバンの環
境での残留性が問題となり、健康被害が懸念されています(Environ Sci Technol 2004 ;
38 : 4849-4855)。
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ちょっと余分な知識
その2
【急性呼吸器感染症】
通常、風邪症候群といわれる上気道呼吸器感染症の80~90%がライノウイ
ルス、コロナウイルス、RSウイルス、インフルエンザウイルスなどのウイルス
性であり、これらのウイルスは環境において数時間から数日、クラミジアや肺
炎球菌なども数時間は生存していることが報告(BMC Infect Dis 2006 ; 6 : 130)されて
います。したがって、これらの微生物に汚染された環境に触れた手を介して、
粘膜に微生物が接種され、感染症を発症することとなります。
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ちょっと余分な知識
その3
【手指消毒剤 vs. 普通石鹸】
過剰な衛生習慣により多くの家庭で殺菌成分の入った製品が使用されてい
ますが、これらの効果への疑問と耐性菌出現への危惧が存在しています。そ
こで、米国の家庭を対象に、家庭における手指衛生や掃除に殺菌作用のあ
る製品(トリクロサン、4級アンモニウム塩、塩素系消毒剤)を使う群と通常の
殺菌成分を含まない製品を使う群に分けて、一年間下痢や上気道炎などの
症状の発生率を比較したところ、差は無かったとする報告があります(Ann Intern
Med 2004 ; 140 : 321-329)。さらに、長期にわたる観察が必要ではあるが、観察した
1年間では、これらの使用により耐性菌の増加は認められなかったとも報告
されています(Emerg Infect Dis 2005 ;
11 : 1565)。
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