2016年10⽉31⽇ Clinical Question ⽔痘帯状疱疹ウイルス髄膜炎・脳炎 独⽴⾏政法⼈ 国⽴病院機構 東京医療センター 作成:河⼝ 謙⼆郎 監修:森 伸晃,⼭⽥ 康博 分野:感染症 テーマ:疾患の臨床徴候,診断検査,治療 症例 72歳⼥性 主訴 頭痛,歩⾏障害 現病歴 来院2⽇前より右⼤腿部内側に疼痛,紅斑を認めた. 来院前⽇より「⼈⽣最⼤の頭痛」を⾃覚した. 右⼤腿部の⽪疹は増⼤傾向で,⼀部⽔疱を認めた. 歩⾏時に⾜取りが不安定となり,ふらつきを認めた. 来院当⽇,37℃台の発熱を認め救急外来を受診した. 既往歴 ⾻粗鬆症,胆嚢ポリープ,⾼⾎圧症 症例 72歳⼥性 ⼀般⾝体所⾒ BT36.4, HR65, BP123/66, SpO298%(RA) 頭頸部:眼球結膜⻩染なし,眼瞼結膜蒼⽩なし,リンパ節腫脹なし, 顔⾯・⽿介に⽪疹なし ⼼⾳:I,II⾳正常,過剰⼼⾳・⼼雑⾳聴取せず 呼吸⾳:清 四肢:右臀部外側から膝上内側にかけて紅斑を伴う⽔疱あり 項部硬直あり,ケルニッヒ徴候陰性,ブルジンスキー徴候陰性 <錐体路障害> 上肢バレー徴候:右で回内あり,下垂なし ミンガッツィーニ徴候:右下垂あり,バビンスキー反射:底屈/底屈 <脳神経所⾒> II/III/IV:正常,V:右顔⾯感覚低下,VI:正常,VII:顔しわ寄せ・閉眼運 動正常,右⼝⾓下垂,VIII:左聴覚低下,IX/X:⼝蓋垂左偏倚, XI,XII:正常 <⼩脳症状> 指⿐試験/回内回外試験/膝踵試験:いずれも右拙劣 <感覚> 温痛覚:右下肢感覚低下,触覚:右下肢感覚低下 <徒⼿筋⼒テスト> 上肢:上腕⼆頭筋4/5,上腕三頭筋4/5,⼿関節屈筋群4/5,⼿関節伸筋群 4/5,三⾓筋4/5 下肢:腸腰筋4/5,⼤腿四頭筋4/5,前頚⾻筋4/5,下腿三頭筋5/5 歩⾏:右⽅向への傾きあり ロンベルグ試験:開眼時でも後⽅荷重 症例 72歳⼥性 採⾎ WBC 4,600/uL, Hgb 12.1g/dL, Plt 18.7x104/uL, Na 140mEq/L, K 3.8mEq/L, Cl 105mEq/L, Ca 8.8mg/dL, AST 20U/L, ALT 12U/L, BUN 20.5mg/dL, Cr 0.82mg/dL, CRP 2.3mg/dL, ⾎糖値 107mg/dL 髄液 総細胞数 190(単核球 177,多核球 13),総タンパク質 86mg/dL, 糖 48mg/dL 頭部CT early CT signなし,出⾎性病変なし 頭部MRI 拡散強調画像で⾼信号域なし, MRAで異常所⾒なし 髄液培養 ⽩⾎球1+,菌を認めず 髄液PCR HSV DNA陰性,VZV DNA陽性 診断 ⽔痘帯状疱疹ウイスル(VZV)髄膜炎 Clinical Questions ① いつVZV髄膜脳炎を疑うべきか ② VZV感染と神経症状との関係 ③ VZV髄膜脳炎はどのように治療するか ④ VZV髄膜脳炎は予防可能か ⽤語について l 髄膜炎 脳脊髄液の細胞数の異常を伴う髄膜の炎症 l 無菌性髄膜炎 細菌培養陰性かつ髄液細胞増加を伴う急性発症の 髄膜症状と発熱を特徴とした症候 l 脳炎 意識障害や神経学的異常所⾒を伴う脳実質の炎症 l 髄膜脳炎 髄膜炎・脳炎両⽅の臨床徴候を伴う中枢神経系の 感染症 BMJ. 2008;336:36-40. ⽤語について l 無菌性髄膜炎と脳炎では,想定される原因が異な るため区別することが重要 UpToDate “Viral encephalitis in adults” l 脳炎では,髄膜炎よりも早期に意識障害が出現 することが多い Clin Infect Dis. 2008;47:303-27. l ⼀⽅,臨床的には鑑別は困難で信頼性に乏しい UpToDate “Viral encephalitis in adults” l 上記の点を踏まえた上で,本稿では簡便のために 髄膜炎/脳炎を区別せず,「髄膜脳炎」に統⼀し 使⽤する ①いつVZV髄膜脳炎を疑うべきか Answer ウイルス性髄膜脳炎を疑った場合, VZVを原因として積極的に考慮する ①根拠 l VZVは,同定されたウイルス性髄膜脳炎の原因で, エンテロウイルス(26%),HSV-2(17%)に次いで 3番⽬(8%)に多い Int J Infect Dis. 2013;17:e529-34. Neurology. 2006;66: 75-80. l ⽪疹がなくても,VZV髄膜脳炎は除外できない • VZV髄膜脳炎で44%は⽪疹が認められない J Clin Virol. 2002;25: 293–301. • 帯状疱疹発症から6ヶ⽉以上経過後に発症した報告例あり UpToDate “Clinical manifestations of varicella-zoster virus infection: Herpes zoster” 髄膜脳炎を疑う臨床徴候 発熱に加えて l 頭痛 l 意識障害 l 脳機能障害 - 認知機能障害,⾏動変容,神経巣症状, 痙攣 等の症状を認めるときに,髄膜脳炎を疑う Eur J Neurol. 2010;17:999-1009. 病歴 髄膜脳炎原因ウイルス同定の ⼿がかりとなる病歴・⾝体所⾒ l 頭痛,光線過敏 l 関連症状:⽪疹,咽頭痛,扁桃腫⼤,嘔吐, 泌尿器・⽣殖器症状 l ⾏動,認知機能,性格,意識レベルの変化 l 新規発症の痙攣 l シックコンタクト (e.g. ⿇疹,ムンプス, インフルエンザ) l 性交歴 l 海外渡航歴 (e.g. マラリア,アルボウイル ス,狂⽝病,トリパノソーマ) l 最近のワクチン接種 (e.g. ムンプス, ADEM) l 動物接触歴 (e.g. 狂⽝病) l 淡⽔曝露歴 (e.g. レプトスピラ症) l 蚊/ダニ接触歴 (e.g. アルボウイルス, ライム病,ダニ媒介脳炎) l 免疫能低下 l HIVリスクファクター ⾝体所⾒ l 発熱,髄膜刺激徴候 l ⽪疹 (e.g. 紫斑-髄膜炎菌,⽔疱-⼿⾜⼝病, 帯状疱疹,リケッチア症) l リンパ節腫脹 l 咽頭炎 l 扁桃腫⼤ l 性器ヘルペス l ⾆咬傷 l ⼝,指,眼瞼の痙攣 l 神経巣症状 l 乳頭浮腫 l 弛緩性⿇痺 l 注射痕 l 動物咬傷 (e.g. 狂⽝病) l ⾍刺傷 (e.g. アルボウイルス) BMJ. 2008;336:36-40. J Infect. 2012;64:347-373. ウイルス性髄膜脳炎の診断 脳脊髄液(CSF)検査 l 髄膜脳炎疑いの患者において, 腰椎穿刺は診断の核となる不可⽋な検査 J Infect. 2012;64:347-373. Eur J Neurol. 2010;17:999-1009. l CSF所⾒ ウイルス性髄膜脳炎でも, 感染初期は好中球優位の 場合があることに注意 ウイルス性髄膜脳炎の診断 CSF PCR検査 l 英国ガイドラインでは, ウイルス性髄膜脳炎疑いの患者全例で, HSV-1,-2, VZV, エンテロウイルスのCSF PCR が推奨 J Infect. 2012;64:347-373. l IDSAガイドラインでは,HSV-1,-2のCSF PCR のみが推奨 ※IDSA:Infectious Diseases Society of America Clin Infect Dis. 2008;47:303-27. PCR検査の保険収載について l HSV・VZVのCSF PCRは保険範囲内で検査可能 単純疱疹ウイルス・⽔痘帯状疱疹ウイルス核酸定量は,免疫不全状態 であって,単純疱疹ウイルス感染症⼜は⽔痘帯状疱疹ウイルス感染症 が強く疑われる患者を対象としてリアルタイムPCR法により測定した 場合に,⼀連として1回のみ算定できる 「2016年医科点数表 D023 微⽣物核酸同定・定量検査」 l エンテロウイルスのCSF PCRは保険未収載だが, ⾃費での外注検査は可能 ウイルス性髄膜脳炎の診断 画像(脳炎の場合) l 頭部MRIが最も感度の⾼い画像検査 l T1,T2,FLAIRに加えて拡散強調画像も撮影 l ⼊院してから24-48時間以内が望ましい J Infect. 2012;64:347-373. ウイルス性髄膜脳炎の診断 脳波 l ⾮特異的な検査 l 髄膜脳炎疑い全例での実施は不要 l ⾮痙攣性てんかん,精神症状の鑑別には有⽤ Eur J Neurol. 2010;17: 999-1009. J Infect. 2012;64: 347-373. Clin Infect Dis. 2008;47: 303-27. VZV髄膜脳炎の診断 CSF PCR/CSF VZV IgM抗体 l PCR:Se.80-95%, Sp.>95% (易感染性例) Clin Infect Dis. 2008;47: 303-27. l 免疫学的検査:PCR陰性の場合に⽤いる J Infect. 2015; 71: 281-293. 1~3週間 測定のタイミングによっては PCRが陰性化していることもある VZV髄膜脳炎の診断 画像(脳炎の場合) l 頭部CT/MRIで異常所⾒を⽋くことが多い l MRIの⽅がCTより感度が⾼い J Infect. 2015;71: 281-293. l T2強調画像で,⽪質にびまん性,多巣性に⾼信号域 Am J Roentgenol. 1993;161: 167-76. ①まとめ þ 髄膜脳炎が臨床的に疑われる場合は, ⽪疹の有無によらずVZV髄膜脳炎を鑑別 þ 腰椎穿刺は必須の検査 þ CSF VZV PCR検査を実施 þ 脳炎症状が強い場合は,⼊院後48時間以内に 頭部MRIを実施 ②VZV感染症と神経症状との関係 Answer VZV感染症では 多彩な神経症状を合併しうる ②根拠 合併症 症状 VZV再活性化部位 無菌性髄膜炎 頭痛,髄膜刺激徴候 脳神経V ベル⿇痺 ⽚側性顔⾯神経⿇痺 脳神経VII 眼部帯状疱疹 ⾓膜炎,上強膜炎,虹彩炎,結膜炎,ぶどう膜炎, 脳神経II, III, V 急性網膜壊死,視神経炎,急性緑内障 聴覚障害 難聴 脳神経VIII 運動ニューロパチー 筋⼒低下,横隔膜⿇痺,神経因性膀胱 感覚神経節 ヘルペス後神経痛 ⽪疹消失後の持続性疼痛 感覚神経節 Ramsay-Hunt症候群 ⽿痛,外⽿道の⼩⽔疱,⾆前部の感覚低下, 顔⾯⿇痺 脳神経VII 膝状神経節, 脳神経VIIIへ進展 横断性脊髄炎 半⾝⿇痺,感覚喪失,肛⾨括約筋障害 椎⾻動脈神経節 脳⾎管障害 脳⾎管の⾎管炎,意識障害,痙攣,TIA,脳卒中 脳神経V 次ページ以降で詳しく解説 N Engl J Med. 2013;369: 255-63. VZV vasculopathy l VZV感染により⽣じる脳⾎管障害 l 虚⾎性脳梗塞が最多 l ⼀過性脳虚⾎発作,出⾎性脳梗塞,脳出⾎, 脳動脈瘤,クモ膜下出⾎,動脈拡張 J Neurovirol. 2014;20: 157-163. l 帯状疱疹発症6ヶ⽉以内は,脳卒中リスクが 約1.5倍に増加 l 眼部帯状疱疹では3倍以上に増加 Clin Infect Dis. 2014;58: 1497-503. VZV vasculopathyの病理 l VZVが脳⾎管に直接感染 l 壊死性⾎管炎,慢性⾎管炎症,⾮炎症性⾎栓症 などを引き起こす l VZV vasculopathy症例の病理解剖で, 脳⾎管の外膜にVZVを認めたとの報告 Arch Pathol Lab Med. 2001;125: 770-80. VZV vasculopathyの診断 VZV vasculopathyの診断⽅法は確⽴されていないが, CSF中のVZV DNAまたは抗VZV IgG抗体の存在が必須 J Neurovirol. 2014;20: 157-163. VZV vasculopathyの診断 疑う病歴 l 数週間〜数ヶ⽉前の帯状疱疹既往 l 脳卒中や意識変容を伴う帯状疱疹 l 機序不明の脳卒中 参考検査所⾒ l CSF:単核球増多 l MRI • ⽪髄境界部分での梗塞・出⾎所⾒ • 多発性かつ/または両側性脳卒中 J Neurovirol. 2014;20: 157-163. VZV vasculopathyの診断 CSFの抗VZVIgG抗体/VZV DNAの検査特性 臨床経過,画像,⾎管造影,CSF所⾒に基づいて VZV vasculopathyと診断した14例の横断研究 Neurology. 2007;68: 1069-1073. 検査感度 l 抗VZV IgG抗体:100%(77-100%, 95%CI) l VZV DNA PCR:28%(8-58%, 95%CI) 髄液中のDNAは感染から13週間で消失するが, IgGは遅れて上昇し⻑期間陽性となることが影響 ②まとめ þ VZV感染症の合併症は多彩な神経症状 þ VZVが脳⾎管へ直接感染することにより 脳⾎管障害(VZV vasculopathy)もきたしうる þ VZV vasculopathyは臨床診断だが, CSF 抗VZV IgG抗体/VZV DNA陽性が必要 ③VZV髄膜脳炎は どのように治療するか Answer アシクロビル 10-15mg/kg 1⽇3回 14-21⽇間 ± プレドニゾロン 60-80mg 3-5⽇間 ③根拠 l VZV髄膜脳炎に対する抗ウイルス薬の効果を⽰し た⽐較対照試験はない l 症例報告や症例シリーズに基づき, アシクロビル 10-15mg/kg 1⽇3回 10-14⽇間 が推奨 Clin Infect Dis. 2008;47: 303-27. l EFNSガイドラインでは,21⽇間投与が推奨 ※EFNS:European Federation of Neurological Societies Eur J Neurol. 2010;17: 999-1009. ③根拠 l ステロイド使⽤を⽀持する臨床試験は存在しない Clin Infect Dis. 2008;47: 303-27. l 重症脳炎に対しては,抗炎症作⽤を期待して プレドニゾロン 60-80mg 3-5⽇間 が推奨 N Engl J Med. 2000;342: 635-645. l ステロイドパルスの有⽤性を⽰唆する症例報告あり 進⾏する意識障害をきたしたウイルス脳炎 5例に ステロイドパルスを⾏ったところ,24時間以内に 3例が意識清明に改善 Eur Neurol. 2003;50: 225-229. ③根拠 l 症例数に乏しくVZV vasculopathyの治療法は 確⽴されていない l 経験的に髄膜脳炎に準じてアシクロビル投与 l 治療期間は臨床症状に応じて設定 UpToDate “Stroke caused by varicella zoster virus” l VZV vasculopathyの治療にアシクロビルと ステロイドを併⽤することで神経予後が改善 改善率:アシクロビル単剤 66% vs ステロイド併⽤ 75% Neurology. 2008;70: 853-60. ③まとめ þ þ þ þ VZV髄膜脳炎の治療法は未確⽴ アシクロビル 10-15mg/kg 10-14⽇ 臨床症状の程度によって21⽇まで延⻑可 脳炎や脳⾎管障害が疑われる場合には, プレドニゾロン 60-80mg 3-5⽇間 投与 ④VZV髄膜脳炎は予防可能か Answer VZVワクチン接種 による予防は可能かもしれない ④根拠 JAMA. 2011;305: 160-166. l Kaiser Permanente Southern California health plan加⼊者を対象とした過去起点コホート研究 l 期間:2007年1⽉1⽇〜2009年12⽉31⽇ l 免疫能正常な60歳以上に帯状疱疹ワクチン接種 ④根拠 ワクチン未接種 帯 状 疱 疹 発 症 率 ワクチン接種 帯状疱疹 HR, 0.45; 95% CI, 0.42-0.48 眼部帯状疱疹 HR, 0.37; 95% CI, 0.23-0.61 帯状疱疹での⼊院 HR, 0.35; 95% CI, 0.24-0.51 ④根拠 l ワクチン接種でVZV髄膜脳炎の発症率が低下する ことを直接⽰した研究はない l ワクチン接種で帯状疱疹発症率が低下することは ほぼ実証されている l 帯状疱疹発症の予防はVZV髄膜脳炎の予防につな がると期待される Take Home Message þ 無菌性髄膜脳炎の鑑別疾患としてVZV髄膜脳炎 は常に考慮 þ 診断にCSF PCR/抗IgG抗体を提出 þ VZV髄膜脳炎では多彩な神経症状を合併 þ 治療はアシクロビル±ステロイド þ ⾼齢者には帯状疱疹ワクチンを推奨
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