20.愛知県における流入下水中のヒトパレコウイルス (HPeV)の遺伝子検出と解析 ○伊藤 雅、安達啓一、廣瀬絵美、山下照夫(愛知県衛生研究所 生物学部) 【研究目的】 愛知県感染症発生動向調査の一環として、当所は主に小児を対象に県内の病原体定点医療機関 で採取された患者検体中の病原ウイルス検索を行っている。パレコウイルス属(PeV)のヒトパ レコウイルス(HPeV)は主に小児の胃腸炎や呼吸器疾患患者から検出され、ウイルス分離及び遺 伝子解析が可能である。現在までに 16 遺伝子型が報告されているが、型による病原性の特徴の報 告は少ない。 HPeV-31)は、近年不明熱や敗血症様症状の新生児 2-5) 、成人筋痛症 6)など、他の型 に比較して多様な臨床像の報告がある。HPeV は小児麻痺の病原体であるポリオウイルスと同じ ピコルナウイルス科に属しており、腸内で増殖し糞便中に排出される。当所では、調査研究とし て週 1 回採取された環境水(流入下水中)に存在するヒト由来のウイルスについての分離及び該 当ウイルスの遺伝子学的調査を実施している。下水からは、顕性、不顕性感染に関わらずヒト集 団で流行中のウイルスを検出可能と考えられ、HPeV の調査は HPeV の流行状況をより正確に把 握する一助となる。そこで、愛知県における継時的採水調査による流入下水中の HPeV の遺伝子 検出・解析を実施し、同時期の小児を対象とした感染症発生動向調査検体から検出される HPeV の遺伝子と比較、解析した。 【材料と方法】 1)下水検体:2009 年 4 月から 2014 年 3 月までの 5 年間に境川浄化センター(愛知県刈谷市衣崎 町)において週に一度採水された(258 検体)流入下水約 50ml を材料とした。2,000xG、20 分の 粗遠心後、上清 40ml をポリエチレングリコール 6,000 沈殿法にて 10 倍濃縮し検査検体とした。 200μl から QIAamp Viral RNA Mini Kit(QIAGEN)を用いウイルス遺伝子を抽出し、PrimeScript RT reagent Kit(TaKaRa)を用い cDNA 作成後、HPeV の VP1 領域(ウイルス構造遺伝子)約 690bp を増幅 する特異的プライマー7)を用いた PCR 法を行った。1.5%アガロースゲル電気泳動後、ethidium bromide 染色下に検出した PCR 産物を pGEM-T ベクターに組み込みクローニング後、塩基配列を 決定した。 2)臨床分離/検出株:同期間に愛知県感染症発生動向調査事業(病原体サーベイランス)で約 6,100 名の患者検体が調査された。その内 HPeV が検出された 0 か月齢から 9 歳の小児患者由来株(38 株)について患者情報より発病年月及び VP1 領域の塩基配列を比較解析するために使用した。 3)分子系統樹解析:下水由来、患者由来の HPeV 遺伝子については、データベース上に登録され ている HPeV-1~-8 及び HPeV-14 各標準株 HPeV-1:Harris(L02971) 8), HPeV-2:Williamsos (AJ005695)9), HPeV-3:A308/99(AB084913)1), HPeV-4:K251176-02(DQ315670)10), T75-4077 - 98 - ( AM235750 ) 11), HPeV-5:86-6760 Connecticut/86 ( AF055846 ) 12), T92-15 ( AM235749 ) 11), HPeV-6:NII561-2000(AB252582)13), BNI-67-03(EU024629)14), HPeV-7:PAK5045(EU556224) 15) , HPeV-8:BR2172006(EU716175)16), HPeV-14:451564(NL,2004)(FJ373179)17)とパレコウイ ルスに属し野ネズミ由来の Ljungan virus(AF327920)18)の塩基配列を基に MEGA Ver6.0 ソフト ウェアを用いて、アライメントを行い、遺伝的距離を算出し、近隣接合法(NJ: Neighbor-Joining 法)を用いた分子系統樹解析を行い、遺伝子型を同定した。 【結果】 1.下水検体(図1)及び臨床検体(図2)からの HPeV 遺伝子の検出 5 下水検体 HPeV-6 4 下水検体 HPeV-3 3 下水検体 HPeV-1 2 1 2009年度 図1 2010年度 2011年度 2012年度 8 1月 7月 10月 4月 1月 10月 7月 4月 1月 7月 10月 4月 1月 10月 7月 4月 1月 10月 7月 4月 0 2013年度 臨床検体 HPeV-4 7 6 臨床検体 HPeV-3 5 臨床検体 HPeV-1 4 3 2 1 図2 2009年度 2010年度 2011年度 2012年度 1月 10月 7月 4月 1月 10月 7月 4月 1月 10月 7月 4月 1月 10月 7月 4月 1月 10月 7月 4月 0 2013年度 下水 258 検体のうち 31 件の HPeV 遺伝子が検出された。HPeV-1 は 20 件、 HPeV-3 は 9 件、HPeV-6 は 2 件であった。検出年月を型別に図1に示した。同時期に患者検体から検出された HPeV 臨床 検体 38 件について図2に同様に示した。HPeV-1 は 20 件、HPeV-3 は 17 件、HPeV-4 は1件で - 99 - あった。5 年間の調査期間中、小児患者では夏季を中心に 2009 年、2012 年に HPeV-1 の流行が、 また 2011 年には HPeV-3 の流行がみられた。患者由来と推測される流行中の HPeV 型が同時期の 下水検体から検出された。 2.下水検体及び臨床検体の HPeV 遺伝子の系統樹解析(図3) 図3 HPeV 遺伝子の分子系統樹解析(NJ 法) 下水検体を●番号-分離年(月)、臨床検体を A 番号-分離年(月)、標準株を太字で示す。 検出ウイルスの塩基配列を比較すると、患者及び下水から検出される同型株間での相同性は HPeV-1 で 86%~99%、HPeV-3 で 92~99%と非常に高かった。 - 100 - 【考察】 本研究の結果、下水検体から HPeV 遺伝子が検出された。検出された HPeV の遺伝子型は 1,3,6 型であった。同期間に小児患者から検出された HPeV は 1,3,4 型であった。患者からは検出され ていない HPeV-6 が下水検体から検出されており不顕性感染または小児患者以外から排泄されて いる可能性が考えられた。一方、患者から検出されている HPeV-4 は下水から検出されなかった。 愛知県では夏季を中心に 2009 年、2012 年に HPeV-1 の流行が、また 2011 年には HPeV-3 の流 行がみられた。この流行状況は、下水検体から検出される HPeV 遺伝子の検出期間及び頻度にも 比例しており、さらに継続調査を続ければ、流行の規模を推測することが可能であると考えられ た。今後は、下水検体中の HPeV 遺伝子の量を定量するリアルタイム PCR 法を検討し、流行状況 との相関性を解析していきたい。 分子系統樹解析の結果、下水検体と臨床検体から検出されるウイルス遺伝子の相同性は非常に 高く、下水検体から検出されるウイルスの遺伝子情報は、新たな感染症の流行を推測する上でも 非常に重要であると考えられた。HPeV-1 は、図3の点線で囲んだ下水検体と臨床検体では、検 出年が一致しており相同性が 98~99%であったが、遺伝的距離の比較では臨床検体及び下水検体 の検出年が同一クラスターを形成することはなく、由来の異なる株が同時に流行を起こしている 可能性が推測された。一方、HPeV-3 は 2011 年に流行があり、検出された下水検体と臨床検体が 同一のクラスターを形成しており比較的変異の少ない株が県内で流行していたことが推測された。 2014 年 2 月に下水から検出された 2 株は、今後の流行にどのように関わっていくのか興味のある ところである。 ウイルスの分離培養法による検出に限ると患者から検出されるが、下水からは検出されにくい ウイルスまたその反対がある。環境中でのウイルスの量やウイルス粒子の安定性などが影響する と考えられる。また、細胞培養法では検出できないノロウイルスなどは、依然として遺伝子検出 が行われる。当所では、細胞培養法にて下水検体からのウイルス分離も実施しているが、HPeV が下水検体から分離された例はない。HPeV は分離されにくいウイルスの可能性もある。しかし、 今回の遺伝子検索で HPeV の下水中の存在が明らかとなった。小児患者から検出されることの少 ない HPeV-6 が下水検体から検出されたことより、小児を対象としたサーベイランスでは検出さ れにくいウイルスの流入が推測された。下水検体は採水地点を増やし、定期的に調査することで 流入流域における小児のみならず成人からの顕性及び不顕性感染の病原体を検出するために利用 でき、流行状況の推測に役立つと考えられた。 【まとめ】 HPeV 感染患者発生状況が、下水からの HPeV 遺伝子検出に反映されており、HPeV 遺伝子の環 境水中での安定性、さらに患者検体からは検出を期待し難い型の HPeV の存在についても下水中 の存在が確認され、下水中の HPeV 遺伝子検出は流行予測に有用であると考えられた。今後も継 続的なサーベイランス及びウイルス解析が重要である。 - 101 - 【引用文献】 1) Ito M, Yamashita T, et al. 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