情報経済システム論:第11回 担当教員 黒田敏史 2015/9/30 情報経済システム論 1 構造推定アプローチ • ミクロデータを用いた経済分析の類型(市村, 2010) – 1・特定の経済モデルとは直結せず、できる限り現 実をそのままに捉えようとする – 2・特定の経済モデルとは直結しない形で、何かを 行った事に対する効果(政策効果)を捉える – 3・ある経済モデル(選択、意思決定)に関するパ ラメータを推定し、人々や企業がどのような行動様 式を取っているかを捉える – 4・ある経済モデルの検証、あるいは政策効果が どのような仕組みで効果を持つに至ったかを検証 する 2015/9/30 情報経済システム論 2 構造推定アプローチ • 構造推定アプローチとは – 構造モデルの推定とは、理論モデルのパラメータ を推定する事である • エージェントの目的関数を推定する事を構造推定と呼 ぶ事もあるが、例えば均衡が複数あるときに、ある均衡 が選ばれる確率を推定する場合にはこの定義は当ては まらなくなる – 理論モデルパラメータの推定の利点 • 複雑な反実仮想(反事実的状況)の予測を可能とする – コスト • モデル・均衡・誤差項等に強い仮定が必要となる • 数値計算負荷が大きい 2015/9/30 情報経済システム論 3 構造推定アプローチ • なぜ構造推定アプローチが必要か – 計量経済分析におけるルーカス批判 – 政策効果の測定で効果が認められたものが、多 の状況下でも同様の政策効果を期待することがで きるか? – 不況に突入する前の貯蓄率を元に、政府が有効 需要創出のための財政支出を行ったとしても、 人々は不況以前とは異なる貯蓄行動を取るので はないか? – 制度・政策設計における人々の反応を知るために は、制度・政策に依存しない人々の行動原理を知 る事が必要 2015/9/30 情報経済システム論 4 構造推定アプローチ • 経済モデルパラメータの推定 – 経済モデルの基礎は人々の意思決定に置かれる – 市場における価格と人々の購入量の変化を観察 することは比較的容易である – 企業の財務データ・企業活動基本調査等から大ま かな財分類ごとの生産量を知る事はできるが、製 品レベルの生産量を把握する事はできない事が多 い – 需要関数(個々人の行動原理)の正確な推定と、 モデルから表される企業行動の組み合わせによる 分析アプローチが行われる事が多い 2015/9/30 情報経済システム論 5 構造推定アプローチ • 需要関数の推定 – – – – 識別性の問題 d q 需要関数 d d p d 供給関数 qs s s p s 数量を価格に回帰する線型モデル q p – 推定結果は需要曲線か、それとも供給曲線か? 2015/9/30 情報経済システム論 6 構造推定アプローチ • 需要関数の推定 – 市場で観察されるのは、需要関数と供給関数の交 点である – 需要曲線の推定のためには、 – 1・同一の需要曲線上にある、供給曲線のシフトに よって得られたデータ – 2・同一の供給曲線状にある、需要曲線のシフトに よって得られたデータ – を識別する必要がある 2015/9/30 情報経済システム論 7 構造推定アプローチ • 需要関数の推定 – – – – モデルに一方の関数のみに影響を与える変数を追加する 需要関数のみに影響を与える変数Y qd p p yY d 供給関数のみに影響を与える変数Z qs p p z Z s 価格、数量についてそれぞれ解く d s AY 1 A2 Z u1 P P P P P P Z p P s P Y * q Y Z P d B1Y B2 Z u1 P P P P P P p* Y Y Z Z – 価格・数量をY、Zに回帰したパラメータより需要曲線、供給 曲線のパラメータを得る B1 B2 B1 B2 B1 B2 P , Z A2 , P , Y A1 A1 A2 A1 A2 A1 A2 2015/9/30 情報経済システム論 8 構造推定アプローチ • 需要関数の推定 – 識別条件 • 複数の内生変数から構成される方程式体系を識別する ためには、内生変数と同じ数以上の外生変数が必要で ある – 内生変数 • 需給同時決定問題における価格・数量のように、モデル の解として得られる変数 – 外生変数 • 先の例におけるY、Zのように、モデルから独立に定まる 変数 • 特定の財における需給同時決定問題では、Yに所得、Z に天候や為替等の投入物費用等が用いられる 2015/9/30 情報経済システム論 9 構造推定アプローチ • 需要関数の推定 – 完全競争市場の場合 • 市場の集計量から価格・数量、その他外生変数を取得 し、構造方程式を推定すれば良い – 市場支配力が存在する場合 • 企業の価格付け(供給)は、需要関数を所与としたとき の、企業間のゲームの解として得られる • ゲームの違いは供給曲線の関数型の違いとなる • このとき、先の同時方程式モデルで得られたパラメータ 群は、異なるゲームの複数の需要・供給曲線の解と解 釈されうる • ゲームの構造の特定化が誤っていれば、推定される需 要曲線も誤りとなる 2015/9/30 情報経済システム論 10 構造推定アプローチ • 需要関数の推定 – モデルを外生変数に解かず、内生変数を含んだま まのモデルから、一致推定量を得る事を考える – 線形回帰モデル(OLS)が一致性を持つためには、 説明変数は誤差項と無相関である事が必要であ る – 需給同時決定問題において、需要関数のみを推 定する場合、供給曲線が存在する事によって価格 が内生変数となる(誤差項と相関を持つ) 2015/9/30 情報経済システム論 11 構造推定アプローチ • 需要関数の推定 – 需給同時決定による内生性 d q – p p yY d を単独で推定する場合を考える – 需給同時決定から得られた均衡価格決定式 p* Y P P Y Z P P Z d s P P – このとき、 d s 2 cov( p, d ) cov ,d 0 P P P P – 需要曲線単一のOLSは一致推定量では無い 2015/9/30 情報経済システム論 12 構造推定アプローチ • 需要関数の推定 – 2段階最小二乗法 * p – 需要関数の推定において、 の代わりに、 E( p* ) を 用いる qd p p* yY d – 均衡価格決定式の期待値から、 – E ( p* ) Y Y Z Z 従って、 cov( p* , d ) 0 P P P P – 二段階最小二乗法 2015/9/30 ˆ2 SLS arg min q p p* yY • この推定量は一致性を持つが、不偏性を持たない • 標本数が十分に大きければ、供給曲線を明示せずに需 要曲線の一致推定量を得る事ができる 13 情報経済システム論 構造推定アプローチ • 需要関数の推定 – 2段階最小二乗法のステップ • 1・需要曲線を定式化する • 2・価格に影響を与えるが、需要に影響を与えない変数 (企業のコスト変数など)を用いて、均衡価格決定式を 回帰する • 3・均衡価格決定式の回帰結果から得られた価格の予 想値を価格の代わりに用いて、需要関数をOLS推定す る • OLSの分散は真の分散からバイアスを持つので、バイ アスを補正する必要がある • 大抵のパッケージソフトウェアには2SLSの係数と不偏 分散を求めるコマンドが用意されている 2015/9/30 情報経済システム論 14 構造推定アプローチ • 需要関数の推定 – 価格決定式の回帰のみに用いられる外生変数の ことを、操作変数と呼ぶ – 操作変数の関連性(relevance) • 操作変数は、価格に対して十分な説明力があるか – 操作変数の妥当性(validity) • 操作変数は、需要に直接的な影響を持たないか – いずれかが満たされない場合、推定値はバイアス を持つ 2015/9/30 情報経済システム論 15 構造推定アプローチ • 需要関数の推定 – 操作変数の関連性の確認 • 価格決定式のF検定を行い、回帰式が説明力を持つこ とを示す – 操作変数の妥当性の確認 • 2SLSのように、操作変数が回帰式に含まれる内生変数 の数と等しい場合、妥当性を検証することは不可能であ る。 • この場合、OLSと2SLSの推定結果を比較し、推定結果 が変わらない場合はより効率的なOLSを用いればよい。 (但し一致性は保証されない) • GMMと呼ばれるより多くの操作変数を用いるモデルで あれば、検定が存在する。 2015/9/30 情報経済システム論 16 構造推定アプローチ • 需要関数の推定 – その他の推定方法 • Stata、Eviews等には、内生変数を含んだモデルを推定 知るためのコマンドとして、2SLSの他、操作変数法、制 限情報最尤法(LIML)、GMM等が用意されている – 操作変数推定法 • 真のパラメータの元では、誤差項と外生変数は直交す るはずである。外生変数と内生変数に強い相関があれ ば、外生変数の十分な変動は内生変数の変化につい ての十分な情報を持つはずである。 • 操作編推定量 ˆIV cov( z, y) cov( z, x) は確率極限におい て、 p lim(ˆIV ) p lim(cov( z, y) cov( z, x)) cov( x, y) cov( z, x) であり、xがyに与える影響の一致推定量となる 2015/9/30 情報経済システム論 17 構造推定アプローチ • 需要関数の推定 – その他の推定方法 – 一般化積率法(GMM) • 誤差項と外生変数が直交する事に着目し、 E zi ' i E zi '( yi xi ' ) 0 • このとき、操作変数zが方程式の数より多く存在する時、 全ての方程式を満たすパラメータは存在しないが、全体 としての誤差を最小にする推定量を求める ˆGMM 1 I ˆ 1 I arg min zi i 'W zi i n i 1 n i 1 • 方程式が1本、操作変数zが1本の時は操作変数推定法 と同じ推定量となる 2015/9/30 情報経済システム論 18 構造推定アプローチ • 需要関数の推定 – – – – Q ˆGMM その他の推定方法 一般化積率法(GMM)における操作変数の妥当性 操作変数は E z '( y x ' ) 0 を満たすはずである 検定統計量 I 1 1 I zi ' y x ' ˆGMM ' zi zi ' y x ' ˆ2 SLS n i 1 N i 1 2 1 1 I ˆ n zi ' y x ' GMM i 1 はモーメント条件式の数を自由度とするカイ二乗 分布に従う 2015/9/30 情報経済システム論 19 構造推定アプローチ • 需要関数の推定 – その他の推定方法 – 制限情報最尤推定(LIML) • 2SLSと漸近的には一致するが、操作変数に置くウエイト が異なっており、有限標本において2SLSやGMMよりも バイアスが少ない事が知られている • 推定量は以下のk-class estimatorと呼ばれる推定量の 特殊ケースである ˆLIML X ' I kM z 1 X ' I kM z y kは Y ' M Z Y Y ' M X1Y Y ' M Z Y M z I Z (Z ' Z )1 Z M X1 I X ( X ' X )1 X 1/2 2015/9/30 情報経済システム論 1 1/2 の最小の固有値 20 構造推定アプローチ • 需要関数の推定 – Angrist and Pischke (2009)による2SLS、GMM、 LIMLの比較 2015/9/30 情報経済システム論 21 構造推定アプローチ • 需要関数の推定 – Angrist and Pischke (2009)による2SLS、GMM、 LIMLの比較 2015/9/30 情報経済システム論 22 構造推定アプローチ • 需要関数の推定 – Angrist and Pischke (2009)による2SLS、GMM、 LIMLの比較 2015/9/30 情報経済システム論 23
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