情報経済システム論:第9回 担当教員 黒田敏史 2015/9/30 情報経済システム論 1 政策評価のための計量経済分析 • 政策の評価 – ある政策がどのような成果を上げたかを統計的に 評価を行う – 同一の属性を備えた集団AとBに対し、一方にある 政策を投じ、他方に投じなかった場合の差を、政 策の効果と見なす – このような統計的手法を、実験アプローチと呼ぶ 2015/9/30 情報経済システム論 2 政策評価のための計量経済分析 • 政策評価における実験の重要性 – 医薬品における効果測定 • トリートメントグループ:医薬品の投与が実際に行われ るグループ • コントロールグループ:医薬品の投与が行われないグ ループ(プラシーボ効果を防ぐため、偽薬が与えられる) 2015/9/30 情報経済システム論 3 政策評価のための計量経済分析 • 政策評価における実験の重要性 – 医薬品における効果測定 同質 2015/9/30 医薬品の効果 情報経済システム論 4 政策評価のための計量経済分析 • 政策評価における実験の重要性 – コントロールグループが無い場合 – 1・医薬品の効果とプラセボの違いが特定できない – 2・事前と事後の間に生じたその他の変化の影響 を排除できない →薬の効果を知る事ができない – 政策においても、コントロールグループが無ければ 政策の効果を知る事ができない 2015/9/30 情報経済システム論 5 政策評価のための計量経済分析 • 政策評価における実験の重要性 – 政府の政策は公平で有るべきでは無いか? • 保育園から大学まで、教育補助金を受け取る額は公平 では無い。特に教育補助金は高所得の家の子どもであ ればあるだけ長い教育年数・高額の補助金が投じられ る学校に入る傾向があり、格差を拡大する。 • 公平の名の下に教育補助金の効果が評価されない結 果、このような不平等が是正されていないのは公平な 社会では無い。 • 人の生死に関わる医療で実験が行われているのに、そ の他の政策で実験が行われるべきでは無いとする道徳 的根拠はあるか? 2015/9/30 情報経済システム論 6 政策評価のための計量経済分析 • 政策評価における実験の重要性 – 次善の策:自然実験 • 何らかの歴史的偶然によって、同質の標本の中で政策 の対象となった者と、ならなかった者が生じた時の差を 利用 • 例:Ito, K (2010) 同じ都市の中で2つの電力会社が異な 流電力料金を設定。その結果、極めて似通った世帯が 異なる料金に直面。 2015/9/30 情報経済システム論 7 政策評価のための計量経済分析 • 政策評価における実験の重要性 – 次善の策:自然実験 • 例2:Angrist (1990): ベトナム戦争のある時期において、 誕生日をクジで引き徴兵が行われていた時期を用いて、 徴兵が収入に与える影響を分析。徴兵は平均で賃金を 15%下げる効果があったとされる。 • 例3:Angrist and Lavy (1999): イスラエルでは教室の人 数は40人までとルール付けられている。学校の同年代 が40人のコホートは40人学級、41人のコホートは半分 に分割されるため、この二つのグループは極めて似 通っているにもかかわらず、クラスサイズが大幅に異な る結果となる。分析の結果、クラスサイズが大きいこと で有意な学習効果の低下があったとされる。 2015/9/30 情報経済システム論 8 政策評価のための計量経済分析 • 政策の割り当てがランダムに生じている場合 – 政策の対称となったグループと、ならなかったグ ループの評価変数の平均値の差は政策の効果と なる – 平均値の差 E(Yi | Di 1) E(Yi | Di 0) – 平均値の差の検定 • t統計量(分散が既知の場合) E (Yi | Di 1) E (Yi | Di 0) t 1 N (Yi Y )2 N i i N 1 • 厳密にはt統計表を使う必要があるが、サンプルが大き ければ1.96以上で5%有意とみなす 2015/9/30 情報経済システム論 9 政策評価のための計量経済分析 • 平均値の差のバイアス – 政策がランダムに割り当てられていたとしても、平 均値の差には以下のようなバイアスが生じる – 1・共変量によるバイアス – 2・固定効果によるバイアス 2015/9/30 情報経済システム論 10 政策評価のための計量経済分析 • 共変量によるバイアス – 評価変数Yの値と相関のある共変量Xの値が、グ ループ間で異なっている場合に生じるバイアス – 対象となる標本数が無限大になれば消失するた め、しばしば小標本バイアスと呼ばれる • 固定効果によるバイアス – 分析者には観察することのできない固定的な変数 Xの値が存在する場合に生じるバイアス – 異質な集団から抽出されたデータや、パネルデー タ(多数の標本を追跡的に捉えたデータ)において 生じる事が多い 2015/9/30 情報経済システム論 11 政策評価のための計量経済分析 • 共変量によるバイアス – 例:米国の幼稚園における少人数クラスが成績に 与える影響に関する社会実験 • Tennessee STAR Experiment:1985-1986年の間に幼稚 園児11,600人を対象として行われた社会実験。総予算 は1200億ドル。 小 無料昼食 白人/アジア人比率 1985年の年齢 追跡率 幼稚園クラス平均人数 幼稚園におけるテストスコア(%) 0.47 0.68 5.44 0.49 15.10 54.70 クラスサイズ 標準 標準/補助教員 0.48 0.50 0.67 0.66 5.43 5.42 0.52 0.53 22.40 22.80 48.90 50.00 グループ平均が異なる確率 0.09 0.26 0.32 0.02 0.00 0.00 • 少人数クラスと標準サイズクラスの成績の間には統計 的に有意な差が存在する 2015/9/30 情報経済システム論 12 政策評価のための計量経済分析 • 共変量によるバイアス – 政策はランダムに与えられたが、共変量が完全に コントロールされているとは限らない – 成績と相関を持つと考えられる様々な変数を用い て重回帰分析を行う – 重回帰分析(最小二乗法) Yi regWi ' Xi 'Wi ( Xi X ) i • Y:非説明変数、X:説明変数のベクトル、Wi:政策の対 象となった固体は1を取り、それ以外は0を取る変数 – 最小二乗法による政策の効果 ˆregression arg min (Yi regWi ' X i 'Wi ( X i X ))2 , . , 2015/9/30 情報経済システム論 13 政策評価のための計量経済分析 • 固定効果によるバイアス – 統計によって捉え切れない標本固有の差が存在 するかもしれない – 例:建物の設計、学校の立地、校長の管理能 力・・・ – このような観察されない学校毎の固有の効果を取 り除くため、学校ダミー変数を導入する • 固定効果ダミー:ある学校に属していれば1、それ以外 の学校では0を取る変数。10校あれば、学校1、学校 2・・・、学校9を表すダミー変数を9つ作成する 2015/9/30 情報経済システム論 14 政策評価のための計量経済分析 • 固定効果によるバイアス – ダミー変数を用いる方法以外に、差分を用いて固 定効果を除去する方法も存在する – 平均との差 Yi g X i ' i , Y g X i ' Yi E (Yi ) X i ' X ' i – 1期ラグ Yit g X it ' it , Yit 1 g X it 1 ' it 1 Yi Yit 1 X i ' X it 1 ' it it Yi X i ' it 2015/9/30 情報経済システム論 15 政策評価のための計量経済分析 • 固定効果によるバイアス – Difference in Difference – 政策の対象となったグループと、コントロールグ ループそれぞれの事前と事後の差を推定し、その 差を求めることを、特にDifference in Difference (DID)と呼ぶ事がある – DIDは共変量Xiに時間を加えた重回帰分析に他 ならない – このとき、政策の効果を得るには、 Yi BAWi 1Ti i では無く、Yi DIDWi 1Ti 2Ti Wi i を回帰する必 要があることに注意 2015/9/30 情報経済システム論 16 政策評価のための計量経済分析 • 交差項を入れる意味 – 回帰式 Yi DIDWi 1Ti 2Ti Wi i は以下の図のよ うな値を得ている – 回帰式 Yi BAWi 1Ti i は DID と 2 (政策の導入 前後に生じたその他の差)を含んだ値になる DID 2 1 2015/9/30 T0 情報経済システム論 T1 17 政策評価のための計量経済分析 • 重回帰分析の結果 クラスサイズがテストスコアに与える影響の実験の推定値 説明変数 (1) (2) (3) (4) クラスサイズ 4.82 5.37 5.36 5.37 (2.19) (1.26) (1.26) (1.19) 標準/補助員付き 0.12 0.29 0.53 0.31 (2.23) (1.13) (1.09) )1.07) 白人/アジア人比率 8.35 8.44 (1.35) (1.36) 女の子比率 4.48 4.39 (0.63) (0.63) 無料昼食比率 -13.15 -13.07 (0.77) (0.77) 白人教員比率 -0.57 (2.10) 教員経験年数 0.26 (0.10) 教員の修士号取得 -0.51 (1.06) 学校固定効果 No Yes Yes Yes 決定係数 0.01 0.25 0.31 0.31 2015/9/30 標本数 N=5,681 情報経済システム論 18 政策評価のための計量経済分析 • 重回帰分析の結果 – 平均値の差は5.9であったが、重回帰分析により他 の属性をコントロールした結果、5.36~5.37へスコ ア差は減少 – 平均値の差には10%程度のバイアスが存在したと 考えられる – 逆に、固定効果を考えない(1)では4.82と過小評価 を行っている – ランダムな割り当てであっても、政策の対象となっ た学校とそれ以外には観察されない不均一性が 存在していたことが示唆される 2015/9/30 情報経済システム論 19 政策評価のための計量経済分析 • セレクションバイアス – 政策がランダムに割り当てられない場合に生じる。 政策の対象になりやすさがもたらすバイアス。 – 例:教育年数と賃金 • 教育年数の長い人の方が賃金が高い • 元々の能力が高く、教育を受けることで賃金が伸びる事 が期待される人が教育を受け、そうではない人は教育 を受けない – 例:ワインと健康 • ワインを飲む人はそれ以外の飲酒をする人よりも長生 きである • ワインを飲む人はその他のお酒を飲む人よりも高所得 であり、より良い生活環境・医療サービスの下にある 2015/9/30 情報経済システム論 20 政策評価のための計量経済分析 • 潜在的な成果アプローチ – 関心のある観察された変数 Yi • Yiが政策の対象となった場合にとる値 Yi(1) • Yiが政策の対象とならなかった場合にとる値 Yi(0) • Yi(1)とYi(0)はいずれか一方しか観察されない – 政策の対象となった事を表すダミー変数 Wi – 観察されたYi Yi Yi (Wi ) Yi (0)(1 Wi ) Yi (1)Wi – 政策の効果 差 Yi (1) Yi (0) • ただし、iへの政策が j ( i) へ影響を与えない、すなわ ち外部性が存在しない場合を想定している 21 政策評価のための計量経済分析 • 条件付き独立アプローチ – 政策の割り当てが外生変数Xiの下で条件付き独 立(CIA)が成立している、つまりXiの条件の下で成 果に割り当てが依存しないのであれば、Xiの下で の因果を知る事ができる。 – CIA(Conditional Independence Assumptions) Wi (Yi (0), Yi (1)) | X i – Xiの下での独立性を成立させる方法 – 1・傾向スコア法(Propencity Score Methods) – 2・マッチング法(Matching Methods) 2015/9/30 情報経済システム論 22 政策評価のための計量経済分析 • 傾向スコア加重法(Propensity Score Weighting) – 傾向スコアとは、標本が政策を受ける確率である – ある標本iがXiの下で政策を受ける確率を p( X i , ) とする。 – このとき、iが政策を受けた個体として観察される可能性は p( X i , ) となり、政策を受けなかった個体として観察される 可能性は1 p( X i , ) となる。 • 直感的解釈 – 政策がランダムに割り当てられていたのであれば、政策の 対象となったiは1/2の確率で観察されるはずである – 標本iが政策を受ける確率が p( X i , ) の場合、政策を受け たiは本来の確率より p( X i , ) だけ過剰に観察されているた め、iをウエイト 1/ p( X i , ) で重み付けて評価する – 政策を受けていない標本は 1/ 1 p( X i , ) で重み付ける 2015/9/30 情報経済システム論 23 政策評価のための計量経済分析 • 分析方法:傾向スコア加重法 多く出現する観察なので、 低いウエイト(1/1-P(x))で評価 希少な観察なので、 高いウエイト(1/1-P(x))で評価 W 0 xi 1 P( xi ) xi xi 0 W 1 希少な観察なので、 高いウエイト(1/P(x))で評価 多く出現する観察なので、 低いウエイト(1/P(x))で評価 24 政策評価のための計量経済分析 • 傾向スコア法 – 傾向スコアによって加重された平均値の差は政策 の効果である ˆweight (1 Wi )Yi 1 N WY i i N n 1 p( X i , ) 1 p( X i , ) – 傾向スコアの計算方法にはProbit、Logit等と呼ば れる統計分析手法が用いられることが多い – Probit,Logitについては明日取り扱う 2015/9/30 情報経済システム論 25 政策評価のための計量経済分析 • マッチング法(Matching method) – マッチング法は 標本iの成果と、標本iとコントロー ル変数の値が近いが、政策の受け方が異なるM 個の標本の集合 J M (i) の成果の平均値の差を政 策の違いとする – 標本間の近さの指標 • 1・各変数の差の絶対値を分散の逆数をウエイトとして 加重した指標を標本間の距離とする • 2・傾向スコアの値の近い標本を標本間の距離とする – 傾向スコアを用いる場合、傾向スコアには同じ方向で影響する が、成果には逆の影響を与えるような変数が存在する場合に バイアスが生じるため、1を用いる方が望ましい? 2015/9/30 情報経済システム論 26 政策評価のための計量経済分析 • 分析方法:マッチング法 – W=1の対照群としてW=0の標本から近い2標本と マッチさせる場合 W 0 xi W 1 xi 27 政策評価のための計量経済分析 • マッチング法 – マッチした対照群から、潜在的な成果を求める • 政策の効果とならなかった場合の潜在的な成果 Yi if Wi 0 ˆ Yi (0) 1 Y j if Wi 1 M j J M (i ) • 政策の対象となった場合の潜在的な成果 1 Yˆi (1) M Y j if Wi 0 jJ M ( i ) if Wi 1 Yi – 政策の効果 ˆmatch 2015/9/30 1 N ˆ Yi (1) Yˆi (0) N i 1 情報経済システム論 28 政策評価のための計量経済分析 • 小標本バイアス・固定効果への対処 – 政策がランダムに割り当てられた場合同様に、共 変量によるバイアス、固定効果によるバイアスが 存在する – 実際の政策分析を行う上では、傾向スコア法、マッ チング法によってセレクションバイアスを除去し、 重回帰分析によってその他のバイアスを除去する 手法を用いることが好ましい 2015/9/30 情報経済システム論 29 政策評価のための計量経済分析 • 傾向スコア法と回帰の合成 – Double Robustness (Robins and Rotnitzky, 1995) • Regression methodsとPropensity score Weightingを組み 合わせた方法 • 何らかの方法でpropensity score p( X i , ˆ) を推定し (Yi 0 '0 ( X i X ))2 (Yi 1 '1 ( X i X ))2 min , min 0 , 0 1 , 1 i:W 1 p( X i , ˆ) 1 p( X i , ˆ) i:Wi 0 i を求めることで、政策の効果ˆdouble ˆ1 ˆ0 を得ることが できる – Propensity scoreか、regressionのいずれか一方の 定式化が正しければ一致性を持ち、定式化が共に 正しければより効率的な推定量となる 2015/9/30 情報経済システム論 30 政策評価のための計量経済分析 • マッチング法と回帰の合成 – Bias Corrected Matching Estimator (Abadie et al, 2001) • Bias Corrected Matching Estimatorは、iと J M (i) のコント ロール変数の値の差によって生じる小標本バイアスを 線形回帰によって修正する手法である • iが他の標本のマッチに利用される回数を KM (i) とし、潜 在的な成果関数 ( ˆw0 , ˆw1 ) arg min を推定する 2015/9/30 i:Wi w K M (i)(Yi w 0 w1 ' Xi ) 2 情報経済システム論 31 政策評価のための計量経済分析 • マッチング法と回帰の合成 – Bias Corrected Matching Estimator (Abadie et al, 2001) • 得られた条件付き市場成果の推定値 ˆw ( x) ˆw0 ˆ 'w1 x から、潜在的な成果は以下のように表される Yi if Wi 0 ˆ Y (0) 1 • i Yj ˆ0 (Xi ) ˆ0 (Xj ) if Wi 1 M j J M (i ) 1 M Y j ˆ1 ( Xi ) ˆ1 ( X j ) if Wi 0 ˆ • Yi (1) jJ M (i ) Yi if Wi 1 1 N ˆ • 政策の効果は、 ˆM Yi (1) Yˆi (0) となる N i 1 2015/9/30 情報経済システム論 32
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