情報経済システム論:第12回 担当教員 黒田敏史 2015/9/30 情報経済システム論 1 構造推定アプローチ • 需要関数の構造推定 – 本講義では需要関数の構造推定を取り扱う • • • • 需要関数の推定から解ること 1・需要の価格弾力性、属性弾力性 2・任意のモデルを設定した場合の均衡 3・モデルを特定した場合の限界費用 – 応用例 • 1・企業合併・合併条件に伴うシェアの変化 • 2・価格規制・関税・補助金による競争状況の変化 • 3・企業の参入・退出行動 等多数 2015/9/30 情報経済システム論 2 構造推定アプローチ • 需要関数の推定 – どのようなデータを用いるか – 個標データの利点 • 個々人が実際に購入した数量と支払った価格 • 個々人の属性や財の特徴などの影響を明示できる • パネルデータであれば動学的なモデルを推定できる – 集計データの利点 • データの入手が容易 • 市場のシェアを知る事ができる 2015/9/30 情報経済システム論 3 構造推定アプローチ • 需要関数の推定方法 – 1・AIDS(Almost Ideal Demand System)モデル • 多財の需要代替を取り扱う古典的手法 – 2・離散選択モデル • 複数の選択から単一の選択肢を選択するモデル • 製品の特徴を明示化できる – 3・CES型効用関数モデル • 製品の特徴を明示化できる • 1人の消費者が多数の購入を行う事を分析できる 2015/9/30 情報経済システム論 4 構造推定アプローチ • AIDSモデル – 市場にJ個の財が存在する場合を考える AIDS需要関数 J wi i ik ln pk i ln( X / P) ui i=1,...,J j 1 :財iの支出シェア :財iの価格 1 J J :価格指数 ln P 0 k ln pk ik ln pi ln pk 2 i k :総支出額 – 価格指数式とn本のAIDS需要関数式の連立方程 式を推定する Wi pj P X 2015/9/30 情報経済システム論 5 構造推定アプローチ • AIDSモデルの限界 – パラメータの数は4j+j*jあり、財の数の2乗に増加 する(n*n問題) • 寡占市場では高度に製品差別化されている場合が多く、 多数のパラメータが推定仕切れない場合がある • 例:自動車が100車種ある場合、少なくとも10400個のパ ラメータを推定する必要があるが、10400個のパラメータ を推定するためには各車種毎に10401以上の観測が必 要である。 – 市場から財が消失した場合をどう考えるか? – 市場に新しい財が登場した場合をどう考えるか? 2015/9/30 情報経済システム論 6 構造推定アプローチ • 離散選択モデル – 財を属性の束として捉え、財がもたらす効用を推 定する – 消費者行動モデル • 消費者iが財jを消費したときの効用は、観察できる財の 属性 X i と、観察不可能な消費者固有の好み ij として 表される uij X ij ' ij • 消費者が財jを購入するのは、財jの効用が uij uik k の時である • いずれか一つの選択肢の効用を0に基準化する。多くの 場合、選択肢に「どの財も利用しない」を加えて効用を0 とする 2015/9/30 情報経済システム論 7 構造推定アプローチ • 離散選択モデル – 例:携帯電話端末を価格・画面サイズ・OS・通信速 度で比較して購入する場合 • 画面1インチに5000円、Androidに10000円、iOSに15000 円、通信速度1Mbpsに1万円の価値を感じている消費者 の場合Aの満足度 価格 画面サイズ OS 通信速度 効用 端末A 30000円 3インチ Android 7.2Mbps 3*5000+10000+7200-30000=2200 端末B 40000円 4インチ iOS 14.4Mbps 4*5000+15000+14400-40000=9400 端末C 40000円 5インチ Android 37.5Mbps 5*5000+10000+37500-40000=32500 • 従って、消費者は端末Cを購入する 2015/9/30 情報経済システム論 8 構造推定アプローチ • 離散選択モデル – 一般的な場合 – ij は平均 分散 2 2 / 6 の独立で同一の極値分 布に従うと仮定 F ( ) exp exp – 消費者iが財jを選ぶ確率 Pij Pr(uij uik k ) Pr X ij ' ij X ik ' ik Pr ij ik X ik ' X ij ' f ( ij ik )d j k Xk ' Xi ' 2015/9/30 exp( X ij ' / ) k exp( X ik ' / ) 情報経済システム論 9 構造推定アプローチ • 離散選択モデル – 離散選択モデルのうち、誤差項の分布に極値分布 を用いたものを、特にロジットモデルと呼ぶ – 誤差項の分布を正規分布にしたものをプロビットモ デルと呼ぶ • 多選択肢の場合の数値計算量が極めて多くなるため、 多選択肢の場合に用いられる事は少ない – 傾向スコアの計算にも良く用いられる 2015/9/30 情報経済システム論 10 構造推定アプローチ • 離散選択モデル – パラメータの推定は最尤法を利用する • 尤度関数とは、モデルの当てはまりの度合いを表す関 数であり、各々の個人によって実際に選ばれた選択肢 が選ばれるモデルの予測確立の積である I L ( ) P • ij ij i j Iij は個人iが選択肢jを選んでいたときに1、それ以外の 選択肢を選んでいたときに0を取る関数 • 対数を取って和算にする事で取り扱いやすくなるため、 対数尤度関数を最大にするパラメータを求める Iij LL( ) ln Pij iij ln Pij i j i j 2015/9/30 • 対数尤度関数は大域的な凹関数である 情報経済システム論 11 構造推定アプローチ • 離散選択モデル – モデルの適合度 – 線形回帰モデルの決定係数に相当する指標として、 マクファーデンの疑似決定係数が良く用いられる 1 LL( ) LL(0) • 分母のLL(0)は全てのパラメータを0としたときの対数尤 度値 • 疑似決定係数は0から1の値をとり、予測力0で0、完全 一致で1を取る 2015/9/30 情報経済システム論 12 構造推定アプローチ • 離散選択モデル – ロジットモデルによる財の価格弾力性 – 財jの属性lが変化した時の自己弾力性 Pij xijl xijl Pij xijl exp( X ij ' / ) xijl l xijl 1 Pij exp( X ik ' / ) Pij k – 財jの属性lが変化した時の財mの交差弾力性 Pim xijl xijl Pim xijl 2015/9/30 exp( X im ' / ) xijl ml ximl Pim exp( X ik ' / ) Pim k 情報経済システム論 13 構造推定アプローチ • 離散選択モデル – ロジットモデルのメリット – 選択確率が閉区間[0,1]に収まるため、確率の定 義と整合的である • 確率を説明変数とした線形回帰モデルでは、選択確率 の予測値が確率の定義を満たさなくなることがある – 無関係な選択肢からの独立性 • 選択肢AとBの選択確率の比は、AとBの属性のみに依 存する PA / PB exp( X A ' / ) exp( X B ' / ) exp( X A ' / ) / exp ( X A ' X B ' ) k exp( X k ' / ) k exp( X k ' / ) exp( X B ' / ) 2015/9/30 情報経済システム論 14 構造推定アプローチ • 離散選択モデル – ロジットモデルのメリット: – 厚生評価が容易である • iの効用を価格の関数として表示すると、 J • V ln exp(u / ) k j 1 となり、消費者の効用を容易に計算できる • ある財の効用はある財の属性のみによって表されるた め、財が存在しなくなった場合や、新たな財が登場した 時に既存パラメータをそのまま用いる事ができる • 参入・退出や新製品の影響などが消費者に与える影響 を容易に知る事ができる 2015/9/30 情報経済システム論 15 構造推定アプローチ • 離散選択モデル – IIAの検証 – 実際に消費者が行っている行動がIIAを満たして いるか否かをハウスマンテストによって検証する – Step1:全ての選択肢を含んだモデルの推定を行う – Step2:ある選択肢を含まないモデルの推定を行う – Step3:推定されたパラメータが同一であるか否か 1 [ ]'[ V V ] の検定統計量 all sub all sub [all sub ] を用 いて検定する • 同検定統計量はカイ二乗分布に従う 2015/9/30 情報経済システム論 16 構造推定アプローチ • 離散選択モデル – ロジットモデルの制約 – IIAが成立しないような状況を取り扱う事ができな い • 例:公共交通機関の選択肢に、車体の色以外が全く同 じ赤バスと青バス、そしてタクシーが存在したとする。こ のとき、赤バスが廃線になったとき、青バスとタクシーの 選択比率は一定に保たれる • [赤バス:青バス:タクシー]=[40%:40%:20%] →赤バス廃線後[青バス:タクシー]=[66%:33%] • 赤バスの乗客の殆どは青バスに代替するため、 [80%:20%]なりそうだという直感と矛盾する 2015/9/30 情報経済システム論 17 構造推定アプローチ • 離散選択モデル – IIA制約の緩和 – 方法1:誤差項の相関を認める事で、財の代替性 に一定の様式を与える →一般化極値分布(GEV)モデル – 方法2:属性の係数に確率分布を持たせる →混合ロジット(Mixed Logit)モデル 2015/9/30 情報経済システム論 18 構造推定アプローチ • 離散選択モデル – GEVモデルの特徴 – GEVモデルは特定の代替パターンを実現するよう に誤差項に相関を与える事で、様々な代替パター ンを実現する事ができる – 他方、モデルの予測結果が与えた代替パターンに 従うことになるため、代替パターンそのものを知る ためには様々なモデルを推定し、事後的に比較を 行う必要がある 2015/9/30 情報経済システム論 19 構造推定アプローチ • 離散選択モデル – GEVモデルの一例:入れ子ロジットモデル – 消費者行動モデル – 消費者はG個のグループに分類されるJ個の財の 中から一つの財を選択する • グループは互いに排他的であるとする • グループを更にグループに分類し、3段階以上の選択構 造を構築することもできる – 消費者は財グループの選択を行った後、グループ の中から財の選択を行う 2015/9/30 情報経済システム論 20 構造推定アプローチ • 離散選択モデル – 2段階の入れ子ロジットモデルの場合 – 誤差項が以下の分布に従うとする G g F ( ) exp exp ij g g 1 jg • このとき、同じグループに属する選択肢間では誤差項に 相関が生じるが、異なるグループに所属する選択肢間 の誤差項は独立となる • 1 gはグループ内の財の相関の大きさを表す • 0の場合に無相関(IIAを仮定したLogitモデル)となる • 1の場合に完全相関(グループ内の財は無差別)となる 2015/9/30 情報経済システム論 21 構造推定アプローチ • 離散選択モデル – 入れ子ロジットモデルによる、グループgに属する 財jの選択確率 1 Pij exp( X ij ' / g ) exp X G g 1 g g ij ' / g exp X ij ' / g g g – 消費者がグループgを選択する確率 Pig とグループ gの中からjを選ぶ確率に分解する事ができる Pij Pij|g Pig exp X ' / exp X ' / g Pig g G g 1 2015/9/30 ij g g ij g Pij| g g 情報経済システム論 exp( X ij ' / g ) g exp X ij ' / g 22 構造推定アプローチ • 離散選択モデル – 同じグループgに属する選択肢jとmの選択比率 Pij Pim exp( X ij ' / g ) exp( X im ' / g ) – グループ g A と g B に属する選択肢iとmの選択比率 1 Pij Pim ) exp( X ij ' / g A ) exp( X im ' / g B gA gB exp X exp X ij ' / g A im ' / g B gA gB 1 – グループ内でのIIAとグループ間でのIIAの緩和が 確認できる 2015/9/30 情報経済システム論 23 構造推定アプローチ • 離散選択モデル – 入れ子ロジットモデルの推定 • 推定にはロジットモデルと同様に対数尤度関数の最大 化を行えば良い • 対数尤度関数は大域的な凹性を持たないため、推定に よって得られた値が極大値であり、最大値では無いかも しれない • 得られた解が最大値か、極大値かを判別する方法は無 いため、数値計算のアルゴリズムを変える、様々な初期 値を試す、等を行う事が望ましい 2015/9/30 情報経済システム論 24 構造推定アプローチ • 離散選択モデル – 入れ子ロジットモデルの限界 – 同一の財が複数のグループに属するような場合を 取り扱う事ができない – このような場合を取り扱うためのモデルに、Paired Combinatorial Logit、Generalized Nested Logit等 のモデルが開発されているが、これらを提供して いるパッケージソフトは不明 – 入れ子ロジットが利用可能なパッケージソフトには、 NLOGIT(limdep)、Stata、Eviews等がある 2015/9/30 情報経済システム論 25 構造推定アプローチ • 離散選択モデル – 混合ロジットモデル – パラメータに確率分布を持たせる L uij X ij ' j l x jl vil ij , vi ~ N(0,1) l 1 – すなわち、各属性は個々人i毎に異なる値が分布 からドローされる。これは、個々人の選好の多様 性を表して居ると考えられる。 – 効用の個々人に依存しない部分 j X j ' j • 市場における平均的な効用(mean utility)と呼ばれる L – 選好の多様性を表す部分 ( X j , , i ) l x jl vil 2015/9/30 情報経済システム論 l 1 26 構造推定アプローチ • 離散選択モデル – 混合ロジットモデルの選択確率 – 個人iが財jを選択する確率 Pij exp j ( X j , , i ) K exp k 1 k ( X k , , i ) – 代表的個人の選択確率は、 Pij の期待値から Pj sij j , i f ( i )d i 2015/9/30 情報経済システム論 27 構造推定アプローチ • 離散選択モデル – 混合ロジットモデルの選択確率 – 先の積分型式で表された選択確率は解析的な解 を持たないため、シミュレーション積分を用いて確 率を求める – シミュレーション積分 i ~ N(0,1) からR個の値 r をドロー Pj • • • 2015/9/30 1 R Pij ir R r 1 シミュレートされた確率 Pj は Pi の一致推定量 ドローRの数の上昇に伴って分散は減少 Pj は連続で2回微分可能 情報経済システム論 28 構造推定アプローチ • 離散選択モデル – 混合ロジットモデルの推定 – 先のシミュレートされた選択確率を用いて、シミュ レートされた対数尤度関数SLLを作成 N J SLL I ij lnPj n 1 j 1 – 混合ロジットモデルのパラメータはSLLを最大化す るパラメータとして得られる • 一致推定量を得るためには、 N に比べて速い速度でR を増加させる必要がある 2015/9/30 情報経済システム論 29 構造推定アプローチ • 離散選択モデル – 混合ロジットモデルの弾力性 – 選択肢mのk番目の属性値が変化した時の、選択 肢jの変化率 Pj xmk xmk i Pij ( ) Pim f ( i )d i xmk Pj Pj • 従って、弾力性は選択肢i,m以外の全ての選択肢に依 存する 2015/9/30 情報経済システム論 30
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