中東諸国の政治文化 慶応義塾大学２１世紀COEプログラム 報告者：浜中新吾（山形大学） Puzzle • 「中東地域に民主化の波が現れないのは なぜか？」 • Lisa Andersonの指摘 – 「起こらないこと」を説明しようとする不思議 • より生産的な問題提起を • 「なぜ中東の権威主義体制は成功してい るのか？」 民主化理論がはらむ問題 • 民主化の移行を促す環境的条件（構造的 要因）を帰納的に数え上げただけ • 異なる時代において生じた民主化を統一 的に説明する枠組みの欠如 • Weingast(1997)のモデル – マクロ政治現象にミクロの基盤を与えた – 政治文化の成熟という含意を持つ – 「市民勢力の間での調整」 本研究の課題 • 中東諸国における市民文化の状況を検討 • 市民文化概念によって、中東を国際比較 の中で位置づけ、中央政府が良好なパ フォーマンスを示し得ないことを説明 • 中東政治研究の文脈からイスラームとの 関連性を論じる • 本研究の理論的含意を探求するために、 ソーシャル・キャピタルの視座からも分析 アプローチの方法 • 中東諸国における政治文化の状況を検討 する • クロスセクション・データの分析 • 各国別サーベイ・データの分析 • World Values Survey Ⅳを用いる 分析概念：市民文化 • R. Inglehartらによる“Self Expression Values” を市民文化の測定指標として用いる • 次の５つの変数の主成分として構成 – – – – – Liberty Aspiration Tolerance Signing petition Life satisfaction Interpersonal trust 分析概念：ガバナンス • 政治体制の評価概念 • 定義：「stakeholderの利益のためのagent の規律付け」 • 国民と政府はプリンシパル・エージェント関 係にあると想定 • Governance Indicator Ⅳを採用 • 民主政治のガバナンスは高い 分析概念：信仰心 • 中東地域政治の文脈から特別に関心が持 たれている – 「イスラームと政治」 – 「イスラームと民主主義」 • 「信徒」と「帰属意識者」に区分 • 宗教回帰（イスラーム復興）は「帰属意識 者」が「回心」して熱心な「信徒」になるプロ セスと捉えることができる • 「強い宗教」(G. Almond) 分析概念：ソーシャル・キャピタル • R. Putnam(1993)以降、政治学だけでなく社 会科学全体で注目される • 「互酬性の規範」と「市民的参加のネット ワーク」から「社会的信頼」が現れる • 「普遍化信頼」と「特定化信頼」 • 中東の街路におけるソーシャル・キャピタル は「特定化信頼」か？ • クライエンティリズムは「特定化信頼」 Greifのエージェント問題論 • 中世における遠隔地貿易の研究 • 集団主義的均衡 – ギルドを形成し、逸脱行為は集団的に懲罰 – 特定化信頼に基づく均衡 • 個人主義的均衡 – 自由契約に基づき、新しい交換関係を作る – 普遍化信頼に基づく均衡 戦略的調整 • B. Bueno de MesquitaとG. Downsが提唱 • 特定の状況において、政治権力を手にす るために必要な活動を行うための戦略 • 民主化勢力は「戦略的調整」を進めたい – 普遍化信頼が必要とされる • 抑圧的な政権はこれを阻止したい – 中東諸国の政府はさまざまな法的、制度的手 段を用いて、「戦略的調整」を阻止している 実証分析：市民文化とガバナンス 2.00000 Finland New Zeal Austria Australi Sweden Switzerl g o ve rn a n ce in d ica to r 2 0 0 4 Netherld G.B. Chile 1.00000 Portugal Spain Japan Hungary France Taiwan Slovenia Lithuani Latvia South Af Jordan Macedoni Israel Georgia Pakistan Philippi Argentin Vietnam Ukraine Azerbaij El Salva Egypt Serbia Algeria Uruguay Mexico Dominica Uganda -1.00000 Italy Croatia Romania Bulgaria Turkey Tanzania Czech R. South Ko Slovakia Poland 0.00000 U.S.A. Indonesi Iran Banglade Nigeria Belarus Zimbabwe -2.00000 -2.00000 -1.00000 0.00000 1.00000 se lf e xp re ssio n va lu e 1 9 9 5 -2 0 0 0 2.00000 実証分析：市民文化とガバナンス 表１：市民文化とガバナンスの回帰分析 従属変数：ガバナンス 独立変数 モデル① モデル② 自己表現価値 0.3453 * 0.4019 ** (2.465) (2.866) 経済発展水準 0.6245 ** 0.6119 ** （1,000$） (3.961) (3.873) エスニック亀裂 -0.0254 (-.107) 共産圏ダミー 0.2673 (1.942) 1995年までに 民主化 （定数） -0.7200 ** -0.7804 ** (-3.788) (-3.331) 調整済みR2乗 0.7873 0.7947 N 68 68 注：（）内はt値。*：p＜.05； **：p＜.01。 モデル③ 0.3949 ** （2.790） 0.5951 ** （3.279） 0.2793 * (2.027) 0.0008 (0.314) -0.7980 ** (-4.171) 0.7958 67 実証分析：宗教と政治 2.00000 Iceland New Zeal Denmark Sweden Australi Switzerl Canada Ireland Netherld g o ve rn a n ce in d ica to r 2 0 0 4 G.B. 1.00000 France Japan Belgium Chile Germany Taiwan U.S.A. Portugal Spain Italy South Ko Uruguay South Af 0.00000 Jordan Turkey El Salva Brazil Mexico Dominica Peru Tanzania India Argentin Uganda Philippi Egypt -1.00000 Iran Indonesi Algeria Banglade Venezuel Pakistan Nigeria Zimbabwe -2.00000 0.00 20.00 40.00 60.00 80.00 m o n th ly ch u rch -m o sq u e a tte n d a n ce 100.00 実証分析：宗教と政治 Sweden Netherld se lf e xp re ssio n va lu e 1 9 9 5 -2 0 0 0 2.00000 Denmark Norway Finland Switzerl Iceland Canada Australi France G.B. Belgium Austria Germany 1.00000 Japan U.S.A. Ireland Italy Spain Uruguay Argentin 0.00000 Chile South Ko Taiwan Iran Portugal Dominica Venezuel South Af India Egypt Brazil Mexico Peru Nigeria Philippi Indonesi Turkey -1.00000 El Salva Algeria Uganda Banglade Jordan Zimbabwe Tanzania Pakistan -2.00000 0.00 20.00 40.00 60.00 80.00 m o n th ly ch u rch -m o sq u e a tte n d a n ce 100.00 実証分析：宗教と政治 表２：宗教的カテゴリの比率（％） 信徒 帰属意識者 （全く行かない） エジプト 44.7 55.3 (25.1) ヨルダン 46.7 53.3 (42.5) トルコ 40.0 60.0 (35.2) イラン 46.5 53.5 ( 3.9) アルジェリア 48.4 48.1 (26.3) 実証分析：宗教と政治 表３：市民文化の分散分析 (「信徒」－「帰属意識者」) 標準誤差 平均の差 t値 エジプト 1.469 0.034 0.023 ヨルダン -2.514 * -0.095 0.038 トルコ -3.834 ** -0.092 0.024 イラン -2.453 * -0.099 0.041 アルジェリア -0.422 -0.018 0.042 注： *：p＜.05； **：p＜.01。 実証分析：ソーシャル・キャピタル 2.00000 Iceland g o ve rn a n ce in d ica to r 2 0 0 4 Austria Chile 1.00000 Portugal Slovenia Slovakia Hungary South Af Latvia Tanzania Uganda Bulgaria Macedoni Bosnia Algeria Japan Spain Italy Taiwan Dominica India Armenia China Vietnam Ukraine Philippi -1.00000 Germany Jordan Mexico Turkey Peru Netherld Sweden Israel El Salva Romania U.S.A. Denmark South Ko Croatia Brazil Switzerl Ireland Lithuani Uruguay 0.00000 Norway Australi G.B. Estonia Finland New Zeal Egypt Serbia Indonesi Russia Iran Pakistan Georgia Venezuel Belarus Azerbaij Nigeria Zimbabwe -2.00000 0.00 0.10 0.20 0.30 0.40 in te rp e rso n a l tru st 2 0 0 0 0.50 0.60 0.70 実証分析：ソーシャル・キャピタル 表４： ソーシャル・ キャピタルと市民文化・ ガバナンスの相関 「普遍化信頼」と「自発的結社」 0.237 「普遍化信頼」と「ガバナンス」 0.433 ** 「自発的結社」と「自己表現価値」 0.531 ** 「自発的結社」と「ガバナンス」 0.448 ** 注： *：p＜.05； **：p＜.01。 実証分析：ソーシャル・キャピタル Sweden Netherld 2.00000 Denmark se lf e xp re ssio n va lu e 1 9 9 5 -2 0 0 0 Finland Iceland France G.B. Japan 1.00000 Canada U.S.A. Belgium Austria Germany Ireland Italy Spain Czech R. Slovenia Chile South Ko 0.00000 Belarus China Russia Iran Bosnia Romania Egypt -1.00000 India Bulgaria Ukraine Vietnam Algeria Albania Pakistan Serbia Croatia Peru Philippi Turkey Jordan Venezuel Portugal Nigeria Indonesi South Af Uganda Banglade Zimbabwe Tanzania -2.00000 1.50 2.00 sp e n d tim e a t vo lu n ta ry a sso cia tio n 2.50 実証分析：宗教・市民社会・市民文化 表５：宗教および市民社会と市民文化の回帰分析 従属変数：自己表現価値 独立変数 宗教的つきあい -0.3244 * (-2.440) 自発的結社 0.5697 ** (3.021) 経済発展水準 0.9172 ** (1,000$) (8.424) （定数） -1.3128 ** (-4.300) 調整済みR2乗 0.8705 N 52 注：（）内はt値。*：p＜.05； **：p＜.01。 実証分析：宗教・市民社会・市民文化 表６：市民文化の分散分析 (「参加」－「非参加」) t値 平均の差 標準誤差 エジプト 1.872 0.059 0.031 市民社会の 参加割合(%) 16.1 ヨルダン 3.593 ** 0.250 0.070 7.6 -0.043 0.059 14.2 0.104 0.050 22.8 イラン アルジェリア -0.737 2.100 * 注： *：p＜.05； **：p＜.01。 考察：市民文化とガバナンス • 社会レベルの自己表現価値（市民文化指 標）がより大きければ、ガバナンスは良好 • ガバナンスへのインパクトは、市民文化指 標よりも、経済発展要因の方が大きい • 中東諸国における市民文化の水準は低く、 ガバナンスも良好とはいえない 考察：宗教とガバナンス・市民文化 • 国際比較分析によれば、熱心な「信徒」の 割合と中央政府のガバナンスは、一般的 に負の相関関係を持つ • 市民文化の水準でも同じ傾向 • 中東諸国は「信徒」の割合と宗教的「帰属 意識者」の割合がほぼ同じか、若干「帰属 意識者」の方が多い社会 考察：世俗化説 • 中東は、「信徒」の少なさにもかかわらず、 ガバナンスや市民文化の水準が低い • 各国別の分析を行うと、「信徒」と比べて 「帰属意識者」の方が高い自己表現価値を 示したのは、ヨルダン・トルコ・イラン • 「世俗化=脱近代志向への変化」の構図 を、ヨルダン・トルコ・イランに当てはめるこ とができる • エジプトとアルジェリアでは当てはまらない 考察：市民社会と市民文化 • 自発的結社への参加と市民文化との関係 を観察すると、正の相関が認められた • 中東は自発的結社への参加が積極的で はなく、国際比較では低い水準にとどまる • 「宗教的なつきあい」と「自発的結社への 参加」を説明変数にした回帰分析を行った ところ、自発的結社へ参加する社会ほど市 民文化の水準が高くなる傾向がある 考察：市民社会と市民文化 • モスクや教会などで過ごす時間が長い 人々が多いほど、社会全体の市民文化の 水準は低くなる • 各国別では、自発的結社への参加が最も 少ないヨルダンと、最も多いアルジェリアで 統計的に有意 • エジプトとイランだとパットナム説のトレンド が認められない 考察：宗教・市民社会と市民文化 • 中東諸国すべてに共通する統計的証拠を 見出すことはできなった • 市民文化の低さは、「社会に内在する伝統 的制度」つまり非公式なコネや人間関係、 パトロン－クライアント関係といった要素か ら説明する余地がある 結論 • 中東における社会関係は普遍化信頼ではなく、 分節化された小社会内部でのみ通用する特定 化信頼に支えられているかもしれない • 官僚主義的で腐敗し、非効率な政府をモニタリン グすることは困難で、エージェント問題は解決さ れない • 政府側は、政治的自由化ないし民主化をもくろむ 市民の戦略的調整を容易に阻止できる
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