特許法35条と職務発明制度についての理論と実証

特許法35条と職務発明制度
についての理論と実証
― 報奨をめぐる判決・和解と制度改定の
イベント・スタディ ―
山崎福寿・井上綾子
研究テーマ
1.近年の「相当の対価」をめぐる裁判判決や和解
成立は、企業価値にどのような影響を及ぼすか
⇒ 「オリンパス事件」の各判決と
「青色発光ダイオード事件」の和解についての
イベント・スタディ分析
2.企業の報奨制度改定は企業価値にどのような
影響を及ぼしたか
⇒発明者寄りの報奨制度改定を行った企業につい
てのイベント・スタディ分析
完備契約ケース

両者の利得合計
y  v ( x )  R  x  c ( R ) ・・・(1)
*F.O.C.
y
 v   R  1  0 ・・・(2)⇒企業の最適な
x
研究活動水準
y
 v ( x )  c   0 ・・・(3)⇒研究者の最適な
R
努力水準
特許法35条と不完備契約
発明の「相当の対価」が、自由な契約のもとで決
定される場合
⇒コースの定理が成立し、どちらに権限を帰属さ
せても本質的には変わらない
 特許法35条の存在=発明者と企業側の間の自
由な契約を超越した裁判所の判断が存在する
⇒「相当の対価」の額が事後的に裁判官によっ
て決定される。しかも算定基準は曖昧
⇒事前の完備契約が不可能
↓
不完備契約下での両者の活動水準は?

交渉モデル(ナッシュ交渉解)
2期間モデル
1期
開発投資x
研究努力R
option
(vf , vi )
2期
交渉
成果の実現
決裂した時のoutside
不完備契約ケース

企業にとっての利得
・・・(4)

発明者にとっての利得
i 

v  x   R  vi  R  v f R
2
 vi  R  cR 
・・・(5)
F.O.C.
v
(6) <完備契約ケース⇒投資過少
 R  1  0 2
(7) <完備契約ケース⇒努力水準過少
vx   vi  v f
2
 c  0
「相当の対価vi」変化の影響 その1
x
x1
x0
均衡E0
(成果R0・投資x0)
D → D’
↓V0上昇
研究者インセンティブ
E1
I
上昇
↓
E0
努力水準 c(R)上昇
I
↓
D
D’
均衡E1
R0
R1
(成果R1↑・投資x1↑)
相当の対価の影響 その2
均衡E0
(成果R0・投資x0)
↓Vi上昇
開発投資の減少(Belief)
X0
E0
↓
努力水準 低下
X1
E1
投資水準低下
↓
R1 R0
均衡E1
相当の対価Vi変化が及ぼす
企業利潤への影響

v i
f
 
1
2

R  (v ( x )  v i  v f )
所得再分配効果
dR
dv i

・・・(8)
インセンティブ効果
↓どちらの効果が大きいか?
企業による報奨制度の導入・改定
「相当の対価」に関する判決・和解 =Viの変化
と捉え、企業価値に及ぼす影響をイベント・スタ
ディ分析により検討
職務発明に関する最近の主要判例
企業
判決裁判
所.時点
オリンパ 最高裁
ス
H15.4.22
日立金属 東京地裁
H15.8.29
日立
東京高裁
H16.1.29
日亜化学 東京地裁
工業
H16.1.30
味の素 東京地裁
H16.2.24
判決
発明者の 職務発明規定
による支払額
貢献程度
5%
21.1万円 228.9万
円
10%
103.7万
円
14%
232万円 1億6284
万円
50%
2%
2万円
1128.8万
円
604億
3001万円
1000万円 1億8935
万円
オリンパス判決に関する
実証分析

オリンパス事件とは・・・
オリンパスの元社員が発明の対価の不足額を請
求して起こした裁判。平成15年4月22日に1審、
2審を支持する最高裁判決が下された。
2審の高裁判決は、近年の職務発明論議の発
端となった。『職務発明規定による事前の支払
いの有無に関わらず、発明者には「相当の対
価」についての事後的な対価請求権が存在す
る』と言う判決内容。企業に発明者への229万円
の支払いを命じた。
青色発光ダイオード事件に関する
実証分析

青色発光ダイオード事件とは・・・
元従業員の中村氏が日亜化学工業に対し
て起こした裁判。青色発光ダイオードの世界
初の実用化に対し、東京地裁は200億円の
請求額全額を認めた。この判決では発明の
相当の対価を約604億円と算出し大きな話題
となった。その後和解が成立。和解金は相当
の対価6億円と遅延損害金を合わせ、合計約
8.4億円。
今回の実証研究での解釈
 オリンパス事件の判決
⇒高額な「相当の対価」と発明者の事
後的請求権を認める = V0の上昇
 青色発光ダイオード事件の和解
⇒前判決での莫大な「相当の対価」額
が大幅に引き下げられる = 高額過
ぎたV0評価の下方修正
分析手法(イベント・スタディ)
今回使用したイベント・スタディの概要は・・・
分析対象となるイベント(出来事)が起こらな
かったとしたら実現していたであろう収益率と、
実際の収益率の差を「異常収益率Abnormal
Return」として求め、その分析・検定を行う。
*異常収益率が有意に正(負)
⇒そのイベントは対象企業の価値を高める(低め
る)方向へ作用した
*サンプル全体が受ける影響によるバイアス除
去のため、コントロール・グループの統計量との
差分を取り、イベントの影響の有意性を検証

モデル
R it   i   i R mt   it
R it R mt t 日における企業
t 日における
i の株式投資収益率
TOPIX の市場収益率
ˆ R )
ˆi 
AR i   R i   Rˆ i   R i   ( 
i
m
推定ウィンドウ

-204
イベント・ウィンドウ
-5
0 2
(イベント日)
4 6
分析結果
差
地裁判決 高裁判決
最高裁
和解
日数
3日間
0.0002
0.0168
***
0.0036
0.0106
***
5日間
0.0031
0.0208
***
-0.0059
0.0085
**
7日間 0.0095
(9日間)
0.0217
***
-0.0099
*
0.0163
***
報奨制度導入のイベント・スタディ
報奨金額上限の上昇などの報奨制度改定(V0上昇)
研究者の
発明意欲増大
(インセンティブ効果+)
↓
技術革命促進
経営上の
不安定性の増大
(所得再分配効果-)
&
職場の
不平等感の増大
↓
↓
企業価値の上昇
⇔
企業価値の下落
どちらが大きいか?
モデル
R it   i   i R mt   it
R it R mt t 日における企業
t 日における
i の株式投資収益率
TOPIX の市場収益率
AR i   R i   Rˆ i   R i   ( ˆ i  ˆ i R m  )
推定ウィンドウ
イベント・ウィンドウ
S₁
-160or-140or-120
-21
S₂
-10 -1,0 1,2
S3
10
分
析
結
果
140
日
AAR の Z 検定
day
AAR の順位検定
AAR
CAR の Z 検定
CAR
統計量
統計量
-10
0.299
0.850
0.356
-9
0.580
1.484
-0.186
-8
0.603
1.642
2.187**
-7
-0.976
-2.600***
0.466
-6
0.099
0.391
0.923
-5
0.735
2.333**
0.804
-4
-0.109
-0.566
0.899
-3
0.001
0.098
0.448
-2
-0.111
-0.289
-0.405
-1
0.109
0.207
-0.210
0
0.669
2.259**
2.504**
1
0.525
1.773
1.408
2
0.044
0.010
0.658
3
0.548
1.822*
0.277
4
0.393
0.831
0.634
5
-0.163
-0.253
-1.188
6
-0.348
-0.762
0.737
7
0.727
1.693*
1.328
8
-0.287
-1.049
1.871*
9
-0.263
-1.181
1.429
10
-0.031
0.061
-1.706*
統計量
1.229
1.123
1.195
2.851***
0.622
0.391
報奨制度改定に関するCARの推移
(推定期間140日)
CAAR
4
3.5
3
2.5
2
1.5
1
0.5
0
τ
-10
-9
-8
-7
-6
-5
-4
-3
-2
-1
0
イベント期間(τ)
1
2
3
4
5
6
7
8
9
考察
オリンパス事件の判決・報奨制度改定によるV0の変化
↓
インセンティブ効果等による
所得再分配等による
企業利得増大効果
>
企業利得減少効果
(+)
(-)
青色発光ダイオードの和解によるV0の変化
↓
経営リスク、
研究者のインセンティブ
財政負担の減少等による
低下等による
企業利得増大効果
(+)
>
利得減少効果
(-)