中東諸国における経済格差と 政治体制の持続性 浜中 新吾(山形大学) 日本比較政治学会2007年度研究大会 自由論題5「政治体制をめぐる新アプロー チ」 論文の構成 • • • • • • はじめに 1.ミクロ的基礎を持ったマクロ理論 2.モデルとシミュレーション 3.経済格差と抑圧 4.実証分析 5.考察 はじめに 中東における権威主義体制の持続性 • 研究目的:中東で長期間持続している権威主義体制 の強靭さを説明したい • 理論的動向:体制崩壊と民主化を促す変数の特定 (集計変数を関係付けたモデル)から、「政治家に よる民主化の決断」という政治主体の選択に焦点が 移る • 問題提起:中東諸国の政治指導者達が民主化という 決断をせずに済んだのはどうしてか? • 結論:権威主義体制は均衡状態 1.ミクロ的基礎を持ったマクロ理論 • データ上の経験則を模しただけの「理論なき計測」 を避けたい • 80年代までのマクロ政治理論は明示的なミクロ的基 礎を欠く • 政治主体の選択を記述しているわけではない 1.ミクロ的基礎を持ったマクロ理論 Acemoglu and Robinson (2006) • Economic Origins of Dictatorship and Democracy • 政治発展、政治変動のメカニズムをミクロ経済学理 論から演繹的に組み立てたモデルを提示 • 生涯効用の最大化という仮定の下に主体の政治的選 択を分析している 2.モデルとシミュレーション 基本モデル:非民主体制と革命 • richとpoorで構成される社会を考える • 経済格差の大きさ(θ)がカギ • 非民主政治の場合、指導者は裁量的な財政、徴税、 再配分を有権者に諮ることなく行いうる • richは公共政策の決定に影響力を行使でき、一部は 権力のインナーサークルにいる • richにとって最も好ましい税率(τ)はゼロ 2.モデルとシミュレーション 基本モデル:非民主体制と革命 • もし革命が起これば、richは財産を失い、poorは革 命によって失われた部分μを控除した国富を手にす る • 政治家とrichは悲劇的結末を避けたいと考えるので、 再配分政策によってpoorの所得を増やすインセン ティブがある • poorは二つの政策オプション「革命」か「非民主体 制下で生活」を選ぶ • 自分自身の価値関数を最適化するため、制約条件の 下でμおよびτ(税率)を考慮しながら選択する 2.モデルとシミュレーション 基本モデルのシミュレーション結果 θL θH 2.モデルとシミュレーション シミュレーション結果のまとめ • 比較的平等な社会は格差のある社会に比べて騒乱が 生じにくい(μ*<μ**) • 革命の制約が維持されなければ(θ≦μ)、市民は決 起せずに非民主体制は生存する • μ*とθLの距離は小さく、μ**とθHの距離は大きい • よってθHの方が革命の脅威に脆弱である • θHの方が課税と再配分政策による政権維持の効果が 顕著である(Taxation Effect) 2.モデルとシミュレーション 拡張モデル:民主化と抑圧 • richの価値関数を導入し、革命の脅威が信憑性を持 つ場合の政治指導者の政策オプションを考慮する • 「民主化」するか「抑圧」するか • 資本・土地・労働という生産要素を導入する • シミュレーションでは資本=土地比率(k)を5とした • 指導者が「抑圧する」を選んだ場合、そのコスト (κ)は社会全体が負担する(機会費用) • 「民主化」した場合の価値関数と「抑圧」した場合 の価値関数を比較する 2.モデルとシミュレーション 拡張モデルのシミュレーション結果 2.モデルとシミュレーション 拡張モデルのシミュレーション結果 2.モデルとシミュレーション シミュレーション結果のまとめ • (13)式が満たされるとき、政治指導者は非民主体 制維持のために抑圧を行う • さもなければ、民衆に民主化を約束する • 抑圧コスト(κ)が大きすぎる場合、経済格差(θ) に関わりなく、richは民主制を好ましいとみなす • 図3より、抑圧コスト(κ)が0.35の近傍にある場合 のシナリオが興味深い • 経済格差(θ)が0.3から0.51の範囲にあるとき、 richは民主制よりも非民主制を好ましいとみなす 3.経済格差と抑圧 中東の経済格差と地域別の概観 • Page(1998)によれば、中東の最高5分位層と最低5分 位層の所得比は10対1未満 • 南米は10対1から20対1の間 • ジニ係数を見ると、1990年代の中東・北アフリカの 平均値は0.357で、ヨーロッパや中央アジアに近い • サブサハラ・アフリカは0.448、南米は0.484 • Global Poverty Monitoringのデータによれば、貧困 層の定義は1日当たり1.08ドル未満で生活している 人々になり、中東でこれに当てはまるのは2%に過 ぎない • 東アジア・南米は15%、南アジアは32.9% 3.経済格差と抑圧 中東における抑圧コストの議論 • 体制守護者としての軍部の存在 • Crystal(1994)、Bellin(2005)の指摘 • 中東の軍隊は対外戦争よりも治安維持目的で機能し ている(Rubin, 2002) • 国民を監視する複数の部隊や組織が並存 • 軍事関連予算は「聖域」 • 政権存続の為に強制手段を行使した事例は数多い • 法律・法令による市民的自由の抑制 3.経済格差と抑圧 実証分析の先行研究 • Acemoglu-Robinsonモデルの仮説を支持する先行研 究の存在は確認できず • 実証分析の先行研究は3つの仮説を検証している • (1)経済格差は民主政治を不安定化する • (2)経済格差と政治体制には関連がない • (3)民主化は不平等を拡大するが、後に改善する • 共通の問題点ークロスセクション分析であること • Boix(2003)はパネルデータを用いたが、有効な経済 格差データのケース数は小さかった 4.実証分析 分析の手続き • サンプルは136カ国、time seriesは1970-1999年 • ジニ係数の多国間・長期時系列データを得られる データベースはテキサス大学の“Inequality Project”のみ • 抑圧コストの指標としては、Freedom Houseデー タからCivil Liberty indexを選んだ • 政治体制の変動を表す指標は、Polity IV Projectか ら政治参加の競争性(PARCOMP)を選んだ 4.実証分析 計量分析モデル • 従属変数の特徴より順序プロビット分析を使用 • 各国(ケース)が固有性と動態性を持つという前提 から、プーリング推定ではなく、ランダム効果モデ ルを採用した • 独立変数は経済格差(ジニ係数)と抑圧コスト (Civil Liberty; 値が小さいほどコスト高) • 統制変数としてGDP、経済成長率、宗教的亀裂、エ スニック亀裂、OECDダミーを加えた 4.実証分析 順序プロビット分析の結果 Variables Gini(log) GDP(log) Growth Civil Liberty Religious Fraction Ethnolinguistic Fraction OECD dummy μ1 μ2 μ3 N Log Likelihood Function **p<0.01; *p<0.05. Pooled Coefficient -0.443 0.219 -0.003 -0.964 -0.198 0.548 1.325 1.064 2.127 3.431 2125 -1729.524 estimate S.E. ** 0.106 ** 0.041 0.005 ** 0.024 0.131 ** 0.114 ** 0.118 ** 0.040 ** 0.045 ** 0.064 Random Effects Coefficient S.E. 0.351 ** 0.104 1.134 ** 0.058 -0.006 0.006 -1.025 ** 0.019 0.157 0.283 0.760 ** 0.215 1.252 ** 0.190 1.291 ** 0.027 2.555 ** 0.036 4.544 ** 0.058 2125 -1507.166 4.実証分析 分析結果の解釈 • ランダム効果モデルで見ると、経済格差(Ginilog)の係数が正、抑圧コスト(CL)の係数が負。 • よって「経済格差が大きければ、政治的自由化が進 み、抑圧コストが大きければ、政治的自由化が進 む」傾向があるといえる 5.考察 研究のまとめ • この研究では中東非産油国が長期にわたり権威主義 体制を持続させている要因を、経済格差の小ささに 求め、計量分析による実証を試みた。 • 政治体制の動態と経済格差の大きさに因果関係があ るとしたAcemoglu-Robinsonのフォーマル理論をもと に数値シミュレーションを行い、経済格差の政治変 動に対するインパクトを視覚化した • 136カ国30年分のパネル・データを用意し、ランダム 効果順序プロビット分析によって仮説が妥当である という経験的証拠を示した 5.考察 中東における権威主義体制の持続要因 • 体制変動ショックの起源を経済問題に求められると するならば、主体による政治的選択の背後に効用最 大化原理の仮定を置くことによって、首尾一貫した 理論構築をすべき • 「レンティア国家論」は有力な理論だが、中東諸国 のすべてがレンティア国家ではない • 中東地域の非産油国においては、経済格差および抑 圧コストの小ささによって権威主義体制という均衡 が維持されている、というのが本研究の結論 中東諸国における経済格差と 政治体制の持続性 報告本編スライドはここまで 以後、討論用スライド 1.ミクロ的基礎を持ったマクロ理論 • 中東政治の先行研究:体制を存続させると見られる マクロ要因と政治主体の行動を結びつけるロジック を欠いている • 集計的な社会経済変数(マクロ要因)と政治指導 者・体制支持集団および民衆それぞれの選択(ミク ロ要因)とが理論の中で明示的に結びついていない 2.モデルとシミュレーション 基本モデル:ベルマン方程式 (5 ) (6 ) 2.モデルとシミュレーション 拡張モデル:richの価値関数 (10 ) (12 ) (13 ) 2.モデルとシミュレーション 拡張モデルのシミュレーション結果 資本=土地比率(k) を逆転させ、農業主体 の経済モデルとした 3.経済格差と抑圧 中東諸国の経済格差指標(都市部ジニ係数) 0.500 0.450 Egypt Jordan Morocco Tunisia Iran 0.400 0.350 0.300 0.250 1980s 1990 1995 出典:Adams and Page (2003:2038) 2000 5.考察 フォーマル・モデルの意義 • 1990年代前半に中東で生じた限定的な政治的自由化 の動向から、研究者は楽観的な将来像を提示した • Cook(2006)はエジプトの「キファーヤ運動」を採り 上げて「協定理論」を下敷きにした民主化の可能性 を論じた • 政府穏健派と穏健イスラーム主義勢力との「協定」 • Kramer(2006)の批判 • 抗議行動はたいてい、特定の経済的関心か狭い政治的目的 によって突き動かされるものだ。 • よって、現実の動向に一喜一憂するのではなく、た とえ不完全であっても演繹的理論をある程度意識し て議論すべき 5.考察 数値シミュレーションの意義 • Acemoglu-Robinson Modelは、ミクロな人間行動の 洞察に関してKramerの指摘と一致しており、比較 民主化研究におけるベースラインモデルとしての 資格を有している • 数値シミュレーションは、モデルの数学的表現か らは分かりづらい、抑圧コスト変数による影響の 大きさを視覚化した • 抑圧コストをコントロールした場合、経済格差が 体制変動をもたらすメカニズムの理解を容易にし た 5.考察 中東における権威主義体制の持続要因 • 権威主義体制を均衡状態だと考えれば、均衡を成り 立たせている論理を追及することによって中東諸国 の状況を説明する一手段となる • Herb(1999)の王朝型君主制論やGeddes(1999)のモデ ルは、政治体制の類型によって変動ショックに対す る強さが異なるというロジックを持つ • 特定の体制が「ショックに強い」と主張しているに 過ぎず、分類にまつわる技術的問題も伴う
© Copyright 2024 ExpyDoc