Corporate Social Responsibility(CSR) 企業の社会的責任 CSR • CSR(Corporate Social Responsibility)は、日本語では「企業の 社会的責任」と一般的に言われ、文字通り、企業が社会の 一員として果たすべき様々な責任を意味します。この言葉が 近年急速に広まってきた背景を理解するには、「企業の社会 的責任」の内容や範囲が時代とともに移り変わってきている ということに着目する必要があります。 • 企業活動の大きな目的は事業活動を通じて経済的利益を生 み出すことです。しかしながら近年では、これらの項目に加 えて、積極的な情報開示と双方向のコミュニケーション、環 境への配慮、誠実な顧客対応、従業員のキャリアアップ支援 と仕事と私生活の両立への配慮、市民活動の支援なども企 業が自主的に取り組むべき責任として認識されつつあります。 CSR 欧州におけるCSR • 欧州では、酸性雨による森林や湖沼の被害の拡大、チェルノブイリ原発 事故による放射能被害などを経て、1980年代半ば以降、急速に環境意 識が高まりました。 • 1993年に発効されたマーストリヒト条約では、「持続可能な発展 (sustainable development)」という概念が明文化され、以後これを基本理 念に、欧州連合(European union:EU)を主導とした様々な具体的施策が 遂行されることとなりました。また、欧州では一般の人々が、政府や企業 よりもNPOに対して強い信頼感を持っているという社会的背景があります。 こうした環境や安全に対する意識の高まりや、NPOと社会との強固な信 頼関係が、今日のCSRに対する欧州の考え方の根本に流れています。 • 欧州では、欧州統合の動きがさらに拡大するにつれ、EU加盟国間の経 済格差や移民に対する差別の問題、失業率の悪化、財政支出の抑制義 務に伴う公共サービスの縮小など、各国政府だけでは解決できない課題 が次々と表面化しました。そうしたなか、企業を含む政府以外の主体が 「公」の役割を果たすことへの期待が膨らんできました。こうした背景を持 つ欧州のCSRの特徴として、2001年に英国で世界初の「CSR担当大臣」が 設置されたことに象徴されるように、「CSRは国際競争力のある経済と持 続可能な社会の実現に結びつく」という観点から、各国政府やEUがCSR の推進に積極的に関与している点が挙げられます。 米国におけるCSR • 一方、米国のCSRの特徴としては、企業に対して様々な立場から 関心を持つステークホルダーの影響力が大きいという点を挙げる ことができます。たとえば、社会的責任投資(Socially Responsible investment:SRI)を行う投資家層は、教会系の基金から、社会的責 任投資を専門に行う資産運用会社や公的年金基金まで幅広く存 在し、株主の立場から企業のCSRに関わる問題提起を数多く行っ ています。また、企業の反社会的な行動を監視したり反対運動 (キャンペーン)を繰り広げたりする活動家やNPOの存在感が非常 に大きいのも、米国の特徴です。よく知られているスポーツメー カーのナイキ(Nike)の途上国の工場における児童労働問題も、 1996年にNPOが告発を行ったのが発端で明るみに出ました。 • 近年の傾向としては、2001年の工ンロン事件、2002年のワールド コム事件を契機に、コーポレート・ガバナンスや企業倫理の問題に 対する関心が非常に高まっているということが挙げられます。また、 従来から米国の社会的な課題となっている、人種・性別など多様 な属性を持つ人々が平等に参画できる社会づくりは、企業の職場 においても重要なCSRの取り組み項目となっています。 日本におけるCSR • 近年、日本においてもCSRに対する注目が高まってきました。その 背景には、グローバリゼーションの進展によって欧米企業の動向 が日本企業に与える影響が増していることや、企業不祥事を契機 として消費者の意識が高まってきていることがあります。 • 日本企業の活動がグローバル化するにつれ、国外で資金調達、 資材調達、生産、販売を実施するようになり、欧米の価値基準や ルールに直面するようになってきました。こうした事例として、たと えば、途上国の取引先における労働管理や環境配慮の状況をき ちんと確認した上で取引を行う必要性が出てきていることが挙げら れます。 • 日本国内において消費者の意識が従来とは大きく変わりつつある ことも、CSRに対する注目が高まった大きな要因です。今日の消費 者は、相次ぐ企業不祥事に対して、その企業の製品・サービスの 購入を控えるなどの対応をとるようになってきました。製品の安全 性、環境への配慮、企業倫理といった点も含めて企業を選別する 消費者の割合が増えつつあります Corporate Social Responsibility(CSR) 企業の社会的責任 経済同友会「『企業の社会的責任』に関するアンケート」 CSRの取り組み分野 • CSRの具体的な取り組み分野については、明確な定義があ るわけではありません。日本の多くの企業では、「コンプライ アンス」「コーポレート・ガバナンス」「顧客・消費者」「従業員」 「環境」「社会貢献活動」などの切り口からCSRに取り組んで います。 • コンプライアンスとは、法規制にとどまらず、社会的な規範や 社内で自主的に定めた規則などを含む企業倫理を遵守する ことを指します。相次ぐ大企業の不祥事により、ステークホル ダーの企業を見る目はこれまで以上に厳しいものとなってい ます。ステークホルダーから信頼を得るために、企業は、法 令や社会的規範を遵守するための仕組みを構築し、社内の チェック体制を強化することが求められています。 CSRの取り組み分野 • コーポレート・ガバナンスは、株主利益の最大化のために、 経営の公平性と透明性を保つための監視の仕組みのことで す。経営者の不正行為や暴走を防ぎ、経営者の業務執行を 監督するために、取締役会や監査の機能を強化することが 求められます。また、IR(インベスター・リレーション)活動など によって経営の透明性を確保することや、経営者の業績を 評価し、動機付けを行うための役員報酬の決定の仕組みも 含まれます。 CSRの取り組み分野 • 消費者から信頼されることは企業の存続に必要不可欠であると言えます。企 業が消費者の信頼を獲得するための手法として、遵守すべき行動基準を自 主的に定め公表する動きが広がってきています。その一例として、2002年12 月に内閣府国民生活審議会消費者政策部会の自主行動基準検討委員会 から発表された「消費者に信頼される事業者となるために一自主行動基準の 指針」 と題する中間報告があります。この報告書では自主行動基準に盛り 込むことが望ましい項目として、消費者との関係が含まれています。 現在、企業不祥事の多発を背景に、消費者の事業者に対する信頼は大きく揺らいで いる。事業者には消費者の信頼を取り戻すための取り組みが求められているが、その 有力な方策が、事業者による自主行動基準の策定・運用である。自主行動基準は、事 業者が目指す経営姿勢や消費者対応等に関する方針を具体的に文書として明文化し たものであり、積極的に消費者等に公表することが望ましい。これによって、消費者は 事業者を評価・選択しやすくなり、商品・サービス等の選択を通じて事業者を消費者の 期待する経営姿勢に近付けることが可能になる。また事業者にとっては、情報の開示 により、経営の透明化が図られ、消費者志向の経営が消費者から評価される利点が ある。このアプローチは、従来の法令による規制や事業者による自主的対応とは異な り、具体的経営方針等を外部に示し、消費者等とのコミュニケーションを通じて信頼を 得ていくものであり、第三のアプローチとも言えるものである。(消費者に信頼される事 業者となるために―自主行動基準の指針―) • 顧客の信頼を獲得するためには、こうした自主行動基準の策定に加え、具体 的な改善の取り組みを行うことが必要不可欠です。特に、製品・サービスの 安全性や適正表示に関する消費者の関心は非常に高く、製品・サービスに 関しては、従来よりも広範な情報提供を行うことが求められています。 CSRの取り組み分野 • 優秀な従業員を採用し人材流出を防ぐことは、今日、企業にとって 非常に重要な活動の一つとなっています。そのためには、従業員 の工ンプロイアビリティ(雇用され得る能力)の強化を支援すると同 時に、仕事と私生活が両立できるような制度(ワークライフ・バラン ス)を整え、安全衛生や健康管理に配慮された職場環境を整備す ることが求められます。 • 具体的には、工ンプロイアビリティの強化策としては、従業員の キャリアプラン作成の支援、従業員自らがキャリアプランに基づい て選択できる教育研修の実施、自己啓発に関する情報の提供・経 費補助などがあります。また、ワークライフ・バランスを実現するた めの施策としては、フレックスタイム制度や、育児や介護を行う従 業員に対する支援制度として法定を上回る期間・回数の育児・介 護休暇制度を付与することや、金銭的な支援、子供の看護休暇制 度、事業所内託児所の設置などが考えられます。 CSRの取り組み分野 • 日本企業の環境保全活動は、1990年代に製造業を中心に本格化 し、2000年以降には非製造業でも取り組みが広がり始めました。 環境法規制の遵守、環境マネジメントシステムの導入、環境リスク の管理にとどまらず、事業を通じてさらに積極的な姿勢で環境問 題に取り組むことが求められる時代になったと言うことができます。 • 企業の環境保全活動には、大きく分けて二つの柱があります。一 つは、事業活動から発生する環境負荷の低減を推進することであ り、もう一つは環境問題の解決に資する事業を立ち上げることや 製品・サービスを開発することです。前者としては、製造段階での 環境負荷の最小化、使用・廃棄段階の環境負荷を配慮した製品 設計などの取り組みが考えられます。後者の取り組みについては、 特に土壌・地下水汚染の浄化、廃棄物の処理・リサイクル、地球 温暖化対策などの分野において、強いニーズがあります。 CSRの取り組み分野 • 企業財団等を通じた自然科学、福祉、教育分野への助成事業が 主流であった1970年代、メセナやフィランソロピーが盛んになった 1980年代を経て、継続的かつ体系的な社会貢献活動に取り組ん でいこうとする動きが出てきたのは1990年代のことでした。企業の 中で社会貢献活動のための担当部署の設置が始まったのもこの 時期でした。そして2000年代に入り、CSRへの関心が高まるととも に、CSRの文脈での社会貢献活動のあり方が問われるようになっ てきました。 • 近年の動向として注目されるのは、社会貢献活動を単なる「慈善 活動」としてではなく「企業価値向上の一手段」でもあると捉えて、 活動のあり方を見直そうという考え方です。「慈善活動」としての社 会貢献活動には、企業の業績に左右されやすいという欠点があり ます。すなわち、業績がよい時期には多額の資金が投入されます が、業績が悪化すると活動の存続が危うくなってしまうということで す。単なる慈善活動ではなく、社会貢献活動を「企業価値向上の 一手段」として位置づけることは、結果として持続的な社会貢献活 動を可能にすることでもあります。 Corporate Social Responsibility(CSR) 企業の社会的責任 • 不祥事を生む企業体質 – 企業不祥事とは、企業による違法行為や社会ルール違 反である。これだけコンプライアンス(法令順守)が叫ばれ ているのに、企業はなぜ違法や違反を犯すのか。 – 現代経営学の原型をつくったC.I.バーナードは、理解され ない命令や、組織や自己の立場に反する命令は守られ ないことを理論的に明らかにしている。 – 多数の計量的研究から3つの要素が倫理的行動を妨げ る可能性を持つことが明らかにされた。それらの要素は 1)組織的あるいは上役からの過度の圧力、2)倫理観の 認識の不一致、3)あいまいな状況 暴走する経営者 • CSRを重視する企業体質とコンプライアンスを順守しようとする企 業文化があれば、たとえその従業員が問題を起こしても、その問 題に迅速に対応することが期待できる。しかし、最近の企業不祥 事をみるとトップ経営者やそれに近いレベルが関わっているケー スが多い、こうした場合、企業の自主的対応に待つことは非常に 困難であり、経営者の暴走を許してしまうことになりやすい。 • 経営者の暴走では、1997年の野村證券・第一勧業銀行の総会 屋への利益供与・不正融資がある。この事件では、両者のトップを 含んだ15人の逮捕者を出している。また、KDD事件(1980年)で は、贈収賄で逮捕された経営者が、下着などの日用品まで会社の 経費で落としていた実態があきらかにされた。 • 組織の実権を握る経営者の暴走をチェックし、歯止めをかけるの はよういではない。そこで、広く認識されてきたのが、コーポレー ト・ガバナンスの概念である。 三菱自動車 の事例 • 三菱自動車 – 2004年に三菱ふそう前会長や三菱自動車元社長が逮 捕された三菱自動車の不祥事は、これが初めてではない、 1992年にアメリカ三菱自動車でセクハラ事件が表面化 したが、これに対する違法意識がないため深刻化し、19 98年に3400万ドル(47億円)を支払って和解している。 1997年には総会屋への利益供与事件を引き起こしてた。 2000年にはリコール隠しが発覚し、業績を落とした経験 を持っている。 – 三菱自動車に企業倫理規定が無い訳ではなかった。事 実、立派な企業倫理規定はあった。しかし、それを守ろう とする組織文化が無かったのである。コンプライアンス (法令順守)は組織文化となって、日々の企業実践に定 着しなければ、実効性は乏しいだろう。 事例:タイレノール事件 • 米国の医薬品会社のジョンソン・エンド・ジョンソン(Johnson&Johnson)の 「タイレノール事件」での対応がしばしば引き合いに出されます。1982年、 米国シカゴで、毒物を混入された鎮痛・解熱剤タイレノールを服用した市 民が相次いで変死する事件が発生した際に、ジョンソン・エンド・ジョンソ ンは「我が信条(0ur Credo)」と呼ばれる企業理念を判断の拠りどころとし て、優先順位の第一に「人々の安全を守ること」、第二に「製品を守るこ と」を掲げた対応を行いました。同社は、事件発覚後すぐにあらゆるメ ディアを通じてタイレノールを服用しないことを呼びかけ、消費者向けの 無料ホットラインを開設し、数日後に全米でタイレノールを自主回収する といった迅速かつ適切な対応をとりました。その結果、タイレノールの市 場シェアは10週間後に24%にまで回復することができたと言います。「責 任・誠実・信乳という企業姿勢を貫いた結果、企業のブランド・イメージを 守り、さらには高めることができた事例と言えます。 ジョンソン・エンド・ジョンソンの「我が信条(Our Credo)」 •我々の第一の責任は、我々の製品およびサービスを使用してくれる医師、看護師、患者そして母親、父親をはじめとする、す べての消費者に対するものであると確信する。消費者一人一人のニーズに応えるにあたり、我々の行なうすべての活動は質的に 高い水準のものでなければならない。 •適正な価格を維持するため、我々は常に製品原価を引き下げる努力をしなければならない。 •顧客からの注文には、迅速、かつ正確に応えなければならない。 •我々の取引先には、適正な利益をあげる機会を提供しなければならない。 サプライヤーとの交渉のケース • アンドレアはサプライヤーとの厄介な契約の交渉を担当して いる。このサプライヤーは、アンドレアの会社にとって必須の 部品を供給しており、納期、条件、価格をめぐって厳しい駆け 引きが行われている。丸1日かけてホテルの会議室で面倒 な交渉を行った後、サプライヤーの交渉担当者たちは、依然 として合意に達しないまま、その場を後にした。彼らが立ち 去った後、アンドレアはテーブルの下に書類入れが落ちてい るのに気がついた。書類入れを拾い上げ中を一瞥した彼女 は、その中に価格に関する非常に重要な書類が入っている ことにすぐに気がついた。さて彼女はそうすべきか。 • 彼女が直面しているのは倫理上の問題であるが、ここでは3 つの面、1)権利と義務、2)公正さ、それと3)メリット・デメリッ ト、から考察して、彼女がどうすべきか考慮しましょう。 サプライヤーとの交渉のケース • • • • 一つ目は、「書類入れは彼女の所有物ではなく、したがって中に入っている書類を読 むべきではない。また、いかなる形であれ、それを利用してはならない」という主張で ある。アンドレアには、許可なく他人の所有物を利用する権利があるだろうか。 二つ目は、公正さに関する主張である。この主張によれば、書類入れの中の情報を読 めば、アンドレアは相手の企業を不利な立場に追い込むことになる。彼女は先方が彼 女に対して秘密にしている何かを知ることになり、それゆえに彼女はその情報を利用 する権利はない。アンドレアは「対等な立場」で交渉に臨まないことになり、それは不 公正である。だが、この次元では、別の主張もありうる。ビジネスは独自のルールを持 つゲームないし制度であるという考え方だ。つまり、「恋愛と戦争とビジネスでは何をし ても公正である」という立場である 第三の主張は、アンドレアのとった行動のもたらす結果に注目するものである。取引 先の企業との関係は今後も維持できるだろうか。他の人々から、アンドレアは性格の 悪い女性と思われやしないだろうか。情報を利用することは、アンドレアの企業にとっ てプラスになるだろうかマイナスになるだろうか。相手の企業にとってはどうだろうか。 何らかの結果がもたらされるゆえに、アンドレアは倫理上の問題に直面している、とい う考え方である。 通常、倫理問題には二つのレベルがある。一つは個人的なレベルであり、上述の書 類入れの例がその状況を端的に表現している。アンドレアは、自分が何が正しいと信 じているのか、何が自分の生き方や原則、価値観と一致しているのかを理解しなけれ ばならない。だが、それだけでは結論は出せない。アンドレアがどう判断するかによっ て他人にも影響を被るのだから、他の人たちの利害も重要になってくる。倫理問題は ほぼ必ず個人的なレベルと社会的なレベルで同時に問われるものである。 ビジネスと倫理 • ビジネスと倫理を結びつけるには、まず、企業は単に株主だけで なく、もっと多くの人に影響を及ぼすものであることを理解するの が第一歩である。事実、顧客、サプライヤー、従業員、地域コミュ ニティ、それに株主といったグループ全てが、企業によって大きな 影響を受ける。これらのグループを、企業の「ステークホルダー (利害関係者)」と呼ぶ例が増えている。ステークホルダーという概 念は、誰が企業の影響を受けるのかを正確に示し、価値創造型企 業を構成している一連の関係性を明らかにしようというものである。 ステークホルダーという概念は、経営学者であるエリック・リーマン、 イゴール・アンソフ、ラッセル・アツコフらの研究を通して、1960年代 に発展したものである。この考え方は、企業を孤立した、本質的に まったく経済的な存在としてではなく、「企業は社会を構成する一 部である」とするきわめて伝統的な考え方に結びついたものであ る。ステークホルダーに対する理解・分析は、本来は企業内の多 数の構成要因を認識する素朴な手法だった。そこで得られた主な 成果は、企業幹部は自社の成功に不可欠なグループに対し、真 剣な注意を払わなければならないという洞察だった。 ビジネスと倫理 • ビジネス社会の変化が加速するにつれ、経営学者を中心に、「企業はス テークホルダーともっと密接な関係を維持し、企業の日常的な業務に対 する参加意識を持たせるべきだ」という声が高まった。消費者諮問委員 会、QCサークル、ジャストイン・タイム方式の在庫管理チーム、地域コミュ ニティの諮問グループなどはすでに出現しているが、こうした組織は企業 が自社の将来に影響を及ぼす重要な関係者との接触を充実させること を目的としている。 • 1980年代には「ステークホルダー・マネジメント」という概念により、「企業 による影響を受ける可能性があり、あるいは現に影響を受けているグ ループ」の利害を組織的に考える手法が明確に提示されている。先にも 述べたように、最近では、ビジネス倫理に関連する強力な運動が登場し ている。ビジネス倫理にかかわる運動の大半は、石油流出、金融スキャ ンダル、官民の癒着、有名な内部告発事件など、企業の行き過ぎた活動 に対する反応として生まれたものである。だが、少数ながら、企業の目的 そのものに疑問を投げかける声も出始めている。企業は株主に奉仕す べきか、企業の行動から影響を受ける人々に奉仕すべきか。この選択は、 企業が株主に奉仕するように作られうるのか、ステークホルダーに奉仕 するように作られうるのか、という形でストレートに提示された。 企業が直面する倫理的課題 • ステークホルダー協力の原則 – 価値が創造されるのは,ステークホルダーが他のステークホルダーと協力して自らの ニーズや願望を満たしうるからである。 – (資本主義がうまく機能するのは,起業家やマネジャーが,資本の所有者の代理人と なるのではなく,ステークホルダーと協力し取引を維持するからである) • 複雑さの原則 – 人間は複雑な生物であり,さまざまな価値観に基づいた行動を行いうる。なかには利 己的な価値観もあれば利他的な価値観もあり,その多くは他者との共同で作り上げら れ,共有される。 – (複雑さは,資本主義に対立するのではなく,むしろそれを支えている) • 持続的創造の原則 – ステークホルダーと協力し,価値という動機を与えられながら,企業人は継続的に新し い価値の源を作り出す。 – (資本主義がうまく機能するのは,破壊的な力ではなく,主として創造的な力が働きつ づけるからである) • 競争発生の原則 – 比較的自由で民主的な社会では,ステークホルダーのために別の選択肢を生み出す ことができる。 – (資本主義がうまく機能するのは,本源的な競争欲求に基づくのではなく,ステークホ ルダー間の協調から生まれるからである) 企業が直面する倫理的課題 • 現代のグローバルなビジネス環境には倫理上の問題が数多くあり、マネジャーとしてもそれに対処する 方法を学んでおかねばならない。 • まず最初は、いわゆる「クロスカルチャー(異文化)問題」である。世界各国で、自国とは異なるビジネス 慣行に遭遇した場合に生じる問題だ。つまり、人々が抱いている前提や動機が異なっているのである。 たとえば、クロスカルチャー問題の典型とも言えるのが「賄賂」である。米国などでは、官僚に賄賂を渡す ことは社会的に認められない(違法である)。だが、国によっては申請を受け付けてもらうために官僚にお 金を渡すことは当たり前のこともある。調達担当・マーケテイング担当の幹部に対する贈答や接待、身内 や大切な顧客の親戚に対するえこひいきなどは、どれも国によって扱い方がまったく違う。女性やマイノ リティの扱い、最低賃金、労働条件に関する雇用慣行は、国によって大きく異なる。企業幹部は、企業の 方針にきちんと適合するような高度な手法で、これらの問題に取り組まなければならない。 トーマス・ドナルドソンが、こうした問題の解決を意図した帰納的な方法を提示している(Thomas Donaldson, The Ethics of International Business(New York:Oxford University Press 1989))。ある具体的な 慣行、たとえば少額の賄賂が、本国では認められないが進出先の国では認められると仮定してみよう。 ドナルドソンは、幹部は二つの問いを投げかけるべきだと主張する。一つは、そうした慣行に与すること が、進出先でビジネスを行うための必要条件かどうか。もし必要条件でないならば、そうした慣行を受け 入れるべきではない。「本国では倫理的に認められていない」と言えば、そうした行為を行わない理由と しては十分であろう。もう一つの問いは、その慣行が本国と進出先の国が調印している国際条約で規定 されている重要な人権侵害に当たらないかどうかという点である。仮にその慣行がビジネス上必要で あっても、企業は人権侵害に相当することを行うべきではない。「国によっては、発注を迅速に行うために 税関担当者に多少の金銭をつかませることが現実に必要であり、しかも人権侵害には当たらない」という 意見もあろう。ドナルドソンは、そうしたケースと、危険な労働慣行や基本的人権を侵害するような状況と を区別している。 • 企業が直面する倫理的課題 • 倫理上の問題として第二のグループに属するものを、「競争の問 題」と呼んでおこう。リストラクチャリングやリエンジニアリング、業 務のアウトソーシング、契約社員あるいは臨時社員の採用、生産 の海外移転といった多くの問題は、すべて現在のビジネス環境に 見られる倫理上の問題である。「企業にとって最善の選択肢だ」と いった態度で対処するにしても、倫理的な正当化が不要だというこ とにはならない。「ステークホルダー」という枠組みを採用すれば、 もっとうまく対応できるはずだと私たちは考えている。だがいずれ にせよ、最近の情報テクノロジーの発展を考えれば、「パブリシ ティ・テスト」にパスしうるような方法で対処しなければならない。こ の解決策は、白日の下にさらされても大丈夫か。私たちがやった ことが新開に報道されても大丈夫か。競争上の問題は、特に巨大 な多国籍企業の場合は、公的な性格を強く帯びるようになりつつ ある。国によって別様の解決策を取るという戦略は通用しなくなっ ている。 企業が直面する倫理的課題 • ビジネスにおける倫理的な課題の最後のグループに属するのは、「日常の問題」と呼 べるだろう。率直な業績評価、目標設定、オープンなコミュニケーション、従業員への 権限委譲、顧客の苦情処理、サプライヤーに対する公平な処遇、企業業績の正直な 開示、問題社員への対処、家族と仕事の問題、セクシャル・ハラスメント、女性に対す る昇進差別、採用・昇進に際しての人種差別、マイノリティの優先的雇用などは、企業 が毎日取り組まなければならない倫理的問題のごく一部である。問題は複雑で多岐 にわたっているが、倫理的な分析を行う際には、以下の設問がガイドラインとして役に 立つだろう。 1. 2. 3. 4. 5. 6. • 誰がステークホルダーなのか。この間題で影響を受けるのは誰か。どんな影響を受けるのか。各 当事者はどんなリスクにさらされているのか。 各ステークホルダーにとって、重要な価値は何か。各ステークホルダーは、想定しうるオプション のそれぞれによって、どのような被害/利益を受けるのか。 どのような権利・義務が絡んでいるか。 どんな原理やルールがかかわっているのか。 類似したケースとしてはどのようなものがあるか。 では、私たちは何をすべきなのか。 こうした設問は、単に、ビジネスにおける倫理に関する問題意識を踏まえた分析上の 出発点を提示しているにすぎない。ビジネスにおける倫理問題はますます複雑になっ ていくと同時に、その役割はますます重要になっていくだろう。今日の企業幹部には、 ビジネスと倫理の双方の観点からこうした問題を察知し対処する能力が求められてい るのである。
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