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力と速さ、速さの変化について
-教える側の認識と学ぶ側の認識の違いを題材とし
てー
2010.12.11
個人会員(前都立青山高校、聖光学院高校)
北 村 俊 樹
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はじめに
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物理の授業の後で、学習した項目についてテス
トで理解の程度を調べる。
出題者は物理法則や現象を問に盛り込み、ど
んな意味なのか、どう現象が起きるかを生徒に
尋ねる。
しかし、教員が生徒に求める答と、生徒の答と
の間にずれがある場合がある。
この出題者側と生徒との認識のずれを、最近の
年の都立高校入試問題を題材として、その問題
点と改善案を指摘する。
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2. 力と速さ、速さの変化について
H20年度都立高入試大問6
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解答 記号:ア 2点 記述「物体にはたらく力
が大きいほど速さの変化が大きい」3点
但し書き「物体にはたらく力と物体の速さとの
関係は正答以外でも正しいと認められる場合に
は点を与える。」
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.中学3年生(中学物理のみ既習)の正答と思われる解答例
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①はたらく力が大きいほど速さは大きくなる
②はたらく力は、速さが速いほど大きくなる
③はたらく力は速さに比例
物理的には正解
④物体にはたらく力が一定なので速さは速くなる
一定の力がはたらき物体は速さが速くなる
⑤力がはたらき続けると物体の速さは速くなる
物体にはたらく力があると、物体の速さは速くなる
⑥力が働く時間が長いほど、物体の速さは速くなる
⑦速さは力に比例する
⑧速さが速くなっても力一定、力は速さに関係せず一定。
はたらく力の大きさは速さが変わっても変わらない。
⑨はたらく力が変わっても速さは同じ(同じ位置なら))
⑩力一定の時、速さは時間に比例
グラフからはいえる
⑪はたらく力はグラフの傾きが大きいほど速さが増える
⑫力が大きいと速さは短時間で速くなる
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高2生:物理既習(高1生:物理未習)の解答
都の正答「力が大きいほど速さの変化が大きい」と答えた者
2% (2%)
A:物理的正答の「力の変化と速さの変化」を記述した者
①力が大きいと速くなる 37% (46%)
②速さは力に比例する
22% (12%)
小計 66% (60%)
B:物理的正答の「一定の力の元での速さの変化」を記述した者
⑨一定の力が働き続けると速くなる 2% (10%)
⑩一定の力が働き続けると一定の割合で速くなる 4% (0%)
小計 11% (29%)
正答計 77% (85%)
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問題及び正答についての問題点
1)条件や場面を限定しておらず、正答以外の答えが自由に書け適切でない。
2)関係を問う場合、答を比例、反比例の答えに誘導しがちである。
3)「速さは速くなる」が通常の生徒の考えであり、これを答えることを出題者が
認識して ているのかどうか疑問がある。「速さの変化が大きい」はまれな答
えである。
4)都教委の求める正答「物体に働く力が大きいほど速さの変化が大きい」では、
v-tグラフから速さの変化の割合である加速度 (傾き)を求める、傾きの変
化をグラフから読み取ることを求めている。
5)答に「速さの変化」を求めるなら、「力と速さの関係」でなく「力と速さの変化
の関係」 と指示しないと多く生徒は「力が大きくなると速さが大きくなる」と答
えてしまいがちだ。
6)都教委の発表した正答や、生徒の予想解答に対して、入試実施の事前の検
討がなされたか。
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生徒の答と問題に対する検討
(1) 履修済みの高2生、未履修の高1生ともに、物理的な正答が約8割以
上で、力が加わると速さが変化することを理解している。
(2) 都の正答「力が大きいほど速さの変化が大きい」は高2生、、高1生と
もに2%である。入試の正答率(部分正答を含む)が20.7%となったのは、
各校の判断で物理的な正答を数えたため。
(3) 高校受験生に都の正答を解答した者はほとんどいなかったと考えられ
ることから、問としては、この問題文のままでは不適切である。
(4) グラフより速さがどう変わるかを生徒が見ているかは、、ある時刻で速さ
が速くなったか(力の変化と速さの変化)、一定時間あたりの速さの変化
(力の変化と「速さの変化」の変化)かはっきりしない。
(5)教員による学習内容あるいは教員の認識と、生徒の認識とのずれを、
無くしたり、少なくするには、教員側としては、このような生徒の認識や
答の傾向をよく知った上で、何を聞くかを問題文で明確に表現して、正
答できるように問を作るべきだ。
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問の改善案
(その1) 加速度について聞く場合
「<実験>の(1)と(2),および図5から、物体は時間とともにその速
さが変化していくことがわかります。図5より、物体に働く力が大きく
なるとき、速さのグラフの傾きはどのように変わりますか、「物体に
はたらく力」と「速さのグラフの傾き」という語句を持ちいて簡単に書
け。」
(その2) 加速度について聞く場合
「・・・図5より、物体に働く力が大きくなるとき、物体の加速度はど
のように変わりますか、「物体にはたらく力」と「物体の加速度」とい
う語句を持ちいて簡単に書け。」
(その3) 加速度について聞く場合
「・・・図5より、物体に働く力が大きくなるとき、ある時刻の速さはどの
ように変わりますか、「物体にはたらく力」と「ある時刻の速さ」とい
う語句を持ちいて簡単に書け。」
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3.大気圧の変化と水面の位置の変化について
H22年度都立高入試大問3
○解答
問2:ア
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○都教委「平成20年度都立高学力検査結果に関する調査」
1)正答率 問2 46.0%
2)誤答例 「問2」では,「高気圧Aの影響を受けている」と考えた誤答が多
く見られた。移動性高気圧や温帯低気圧が西から東へ移動することに
ついての知識・理解が十分でないと考えられる。
3)まとめと指導の改善の視点: 目的意識を持った観察や実験を一層重視
するとともに,その結果を処理したり,グラフ化してまとめ,総合的に考
察することで科学的な思考力や判断力、表現力の育成を目指した指導
を行っていくことが大切である。
○高校生の答
受験生の正答率は46%であったが解答の傾向がわからないので、高3理
系クラスで、ペットボトル気圧計の水面がどうなるか予想させた。
圧力が高くなると水面は上がる 34%
下がる 16%
水面は殆ど変化しない 50%
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都教委の入試解答および評価について
1)実験より、大気圧が下がるとペットボトルの水面が上がる
2)<実験1>と<実験2>から水面が下がる原因の答えは、
「イ」となり、発表された正答は誤答である。
3)都教委の「評価」では『「高気圧Aの影響を受けている」と考え
た誤答が数多く見られた』と述べているが、こ、実験結果か
らでは誤答とされた高気圧と答えた生徒の中に正答がある。
4)都教委の「まとめと指導の改善の視点」(イ)「目的意識を持っ
た観察や実験を一層重視するとともに,その結果を処理した
り,グラフ化してまとめ,総合的に考察することで科学的な思
考力や判断力、表現力の育成を目指した指導を行っていくこ
とが大切である。」と述べているのだから、実験問題には実
際に実験をし確認するなど、細心の注意を払う必要がある。
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大気圧の変化と水面の位置の変化の問の改善案
気圧を判定するペットボトルの原理を明らかにして問うか、気圧計を低
気圧で水面が下がるタイプに変える必要がある。
(その1)「平成21年3月13日では水面が徐々に上昇し、平成21年3月1
4日では水面が徐々に上昇する様子が見られた」となおし、この気圧計
では、大気圧が下がると水面がわずかに上昇する事が観察されます」
を追加する。また、問2の選択肢の「水面が徐々に下降してきたことか
ら」を「水面が徐々に上昇してきたことから」に直す。
(その2) 「ペットボトルの口にガラス管を通したゴム栓をしたところ」を
「ペットボトルの口に上部が閉じているガラス管を通したゴム栓をしたと
ころ」に変更する。
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4. 位置エネルギーの大きさの判断
H22年度都立高入試大問6
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5. レンズによる作図
H20年度都立高入試大問1
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おわりに
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先生方は、授業で単振り子を描くときに振れ角度を大きく描いている
だろうか、小さく描いているだろうか。単振り子では振れ角が大きいと
単振動からずれてしまうのを知っていても、つい大きく描いてしまう。
振れ角の大きさの意味が生徒だけでなく自分自身にもしっかりと定着
しているだろうか。
東京都の入試問題を例に、問題に対する教員側あるいは出題者側
の認識と、生徒側の認識の違いを述べた。出題側の意図することが
必ずしも、生徒側に正しく伝わるとは限らない。出題者側が問題を吟
味する際に、生徒側の反応や認識、考え方をよく知り、これを理解し
た上で、問題文の表現や聞き方、解答法などを丁寧に、わかりやすく
作るのが重要である。その際に、特に物理法則にかなっていることは
言うまでもないことである。筆者も、定期テスト等で失敗をさんざん繰
り返してきた。自分自身への自戒とともに報告を終える。
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