市川伸一・伊東祐司(編)『認知心理学を知る<第3版>』おうふう 第1章 知覚の成立過程 執筆者:行場次郎 授業者:寺尾 敦 atsushi [at] si.aoyama.ac.jp Twitter: @aterao この章で学習すること • 知覚はいかに成立するのか? – ヘルムホルツ,ギブソン,マーの知覚論を理解す る. – トップダウン,ボトムアップという考え方を理解す る. – その他のアプローチ • 並列分散処理(ニューラルネット) • 脳科学 1.ヘルムホルツ的見解による 知覚のとらえ方 • ヘルムホルツ的見解 – H1:眼に入る刺激には,外界の事物の属性をあ いまいさなく決定するには不十分な情報しか含ま れていない – H2:主体内に蓄積した既存の知識や記憶,およ び期待や推論などの内的媒介過程が積極的に 働くことにより,私たちの知覚世界は成立する 無意識的推論 • 異なった刺激が,網膜上では同じ像になるこ とがある. – これを利用したトリックに,「エイムズの部屋」があ る(テキスト図1-1). • さまざまな可能性のうち,どれを採用するの か?ヘルムホルツは,ここに無意識的推論が 働くとした. トップダウン処理 • 知識や仮説が先行して外界情報の分析を制 約する情報処理様式を,トップダウン処理あ るいは概念駆動型処理と呼ぶ. – 階層的ネットワーク構造をした知識を仮定するこ とが多い.スキーマ.(図1-2,図1-3) – ノイズを多く含んだ情報の処理において効力を発 揮する. • ヘルムホルツ的見解はトップダウン処理を主 張している. 2.ギブソン的見解による 知覚のとらえ方 • 比較的下等な生体も,知識や期待を働かせ た知覚を行っているのか? • ギブソン的見解(生態学的視覚論) – G1:対象や環境の属性の知覚に必要なすべての 情報は不変項として刺激の中に豊富に与えられ ている. – G2:生体は単にそれを検出すればよく,解釈や推 論などの内的処理は必要がない. • ヘルムホルツと異なり,外界の知覚に必要な 情報は十分に与えられていると考える. – 奥行きの情報として,きめの勾配やオプティカル フロー(相対的運動での移動速度)など. – エイムズの部屋は人工的に情報を制限. • 情報処理を考えない. – トップダウン処理もボトムアップ処理も考えない. 3.ウォルツの積木画像の 解析プログラム • コンピュータによる,積み木の線画の認識 – 線画の理解は,各線分に,稜線,境界線,影と いったラベルを,整合的につけていくこと.(図17) – 制約(constraints)の利用.不可能なラベル付け (図1-8)を排除することで,線画認識を行うことが できた. • ギブソンの考え方にしたがって,知覚を成立 させることはできるのか? • 現実の世界は積み木の世界よりもはるかに 複雑.属性の決定に必要な光学的不変項を 特定することは,かなり難しいように思われる. 4.マーの計算論的アプローチ • 計算論的アプローチ(computational approach) – M1:対象や環境の属性の知覚に必要なすべて の情報は不変項として刺激の中に豊富に与えら れている.(仮定G1と同じ) – M2:視覚はダイレクトに生起するのではなく,表 現形式の変換を経て,外界が徐々に復元される 過程である. • 表現形式(representation)の変換(図1-9) – プライマルスケッチ – 2 1 2 Dスケッチ – 3-D モデル • ボトムアップ処理(データ駆動型処理) – データから特徴抽出を行う.外的世界が持つ制 約を利用しながら,低次の表現形式から高次の 表現形式へと推論を行う. • プライマルスケッチ:濃淡レベルの情報を持 つ画像から,エッジやバー(局所的な明るさの 変化),ブロッブと呼ばれる小塊を検出.その 方向,大きさ,コントラスト,終点位置などの 情報を記述. • 21 2 Dスケッチ:プライマルスケッチで得られ た情報をもとに,対象の面の傾きや観察者か らの距離が,観察者を原点とした座標系で記 述される. • 3-D モデル:対象の形状や空間的位置関係を, 対象を原点とした座標系で記述する.これに より,視点によらず,対象は一貫性を持つ. 対象の記述には一般円筒表現が用いられる. • マーによる研究水準の区別 – 計算論的レベル:計算(情報処理)の目的,入力 と出力,制約条件 – 表現とアルゴリズム:情報の表現,計算アルゴリ ズム – 実装レベル:情報処理を実現する実体.たとえば, 神経細胞,コンピュータの部品 5.並列分散処理モデルによる アプローチ • 1980年代後半から,神経回路網の特性から ヒントを得て,並列分散処理モデルによるア プローチが発展した.(図1-10) – ニューロンの働きに似せた処理ユニット – 処理ユニット間のネットワーク結合(シナプス結 合) – さまざまな処理が同時並行で進む – 最下層のユニットが入力,最上層のユニットが出 力に対応する • 各ユニットの活動状態は,シナプスを通して 他のユニットに伝播してゆく.興奮性の結合 は,受け手のユニットの活動を強める.抑制 性のユニットは,受け手のユニットの活動を 弱める. • ユニット間の結合の強さは,学習によって変 化する. • ノイズに強い. • ネットワークが部分的に壊れても情報処理が 可能.学習によって修復(新しいネットワーク 状態). • フィードバック結合を用意することにより,ボト ムアップ処理だけでなく,トップダウン処理を 実現できる. 6.脳科学からのアプローチ • Hubel と Wiesel は,大脳後頭皮質にある視 覚第1野(V1)と視覚第2野(V2)に,単純な特 徴を持つ刺激(特定の位置にある,特定の傾 きを持った線分)に反応するニューロンを発 見した. – 神経結合を追っていくことで,マーの考えたような 情報処理プロセスが明らかになるかもしれない (マーの仕事は脳科学の影響を受けている). • 現在の脳科学では,神経系をいくつかの経路 や機能単位に分ける. • 脳の視覚情報処理には,2つの経路があるこ とが明らかになっている. – 背側経路:対象の位置関係や運動知覚に関わる. 「どこ」経路. – 腹側経路:対象の知覚や色の認知に関わる. 「何」経路.
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