第4回駒場祭 演奏会 オルガン 11/22 ご挨拶 本日はお忙しい中お越し下さり、誠にありがとうございます。まだまだ未熟な腕前ではござい ますが、日頃の練習の成果を発揮すべく、精一杯演奏いたしますので、最後までお付き合い下さ いますよう、どうかよろしくお願い申し上げます。 これまで駒場祭演奏会は3回催して参りましたが、例年とは異なり、今年は夕刻の開催です。 メンバーが冷え性や朝寝坊であるため、ではなく、他企画との時間割調整により、やむなくこの 時間となりました。 気温が安定しているため、早朝に開演して来た例年よりも、オルガンを演奏する条件は良くな っています。しかし、平日であるため、お越し下さる皆様方にとって、ご都合をつけることが非 常に難しくなってしまったのではないかと思われます。ここに深くお詫びを申し上げますと共に、 このような悪条件にもかかわらずお越し下さった皆様方に心よりお礼申し上げます。 この度の平日開催の悪影響は出演者側にも及び、直前まで本郷キャンパスで授業を受けた後に 急いで来なくてはならない者もおります(本郷キャンパスにある諸学部は駒場祭に非協力的であ るため、授業は休講となりません)。更には、ここ数年間、我々同好会の中核を担って来た現3 年生達が、軒並み参加できないという事態ともなりました。 主力部隊を欠いたまま演奏会を開催するというのは、喩えるならば、太平洋戦争末期、ほとん どの青年達が国外の戦線に出征している状態で米軍に本土決戦を挑むというようなものであり ます。普段でさえ至らぬ演奏会であるのに、ましてこのような状態では、皆様方をお迎えするの に失礼なのではないかと、開催の是非について非常に悩みました。 しかし、毎年お越し下さる方々もいらっしゃることを考えると、その大変有り難い御厚意にお 応えするためには、やはり開催すべきであるという結論に到りました。また、駒場に存在するパ イプオルガンについて、少しでも多くの方に知って頂き、親しんで頂くことを目的とする我々同 好会の趣旨に照らしても、駒場祭という絶好の機会を見送ることはできません。 以上のような経緯で、新米と老兵のみの出演ではございますが、今年も開催することと致しま した。皆様方にご満足頂ける演奏会という遠大なる目標からまた一歩遠ざかってしまったように は思われますが、新米は新米なりに、老兵は老兵なりに、様々な工夫を凝らして演奏致します。 これによって、皆様方に少しでも面白がってお聴き頂ければ幸いです。 それでは皆様、どうぞごゆっくりお楽しみ下さい。 2010年11月22日 オルガン同好会一同 プログラム J. S. バッハ Johann Sebastian Bach (1685-1750) オルガン協奏曲 第2番 イ短調 (A.ヴィヴァルディ「2つのヴァイオリンのための 協奏曲 イ短調」からの編曲) より Allegro Konzert für Orgel in a-moll BWV 593 nach dem Konzert a-moll op. 3 Nr. 8 für zwei Violinen, Streicher und Basso continuo RV522 von Antonio Vivaldi – Allegro Organ : 山下 大之 Yamashita Daiji G. F. ヘンデル Georg Friedrich Händel (1685-1759) 歌劇「セルセ」 より アリア「ラルゴ(オンブラ・マイ・フ)」 Serse HWV 40 – Largo (Ombra mai fù) J. S. バッハ Johann Sebastian Bach 管弦楽組曲 第 1 番 ハ長調 より 序曲 Suite für Orchester Nr. 1 BWV 1066 – Ouverture Organ : 榊原 直樹 Sakakibara Naoki J. S. バッハ Johann Sebastian Bach フーガの技法 より 第11番 Die Kunst der Fuge BWV 1080 – Nr. 11 Organ : 豊岡 啓人 Toyo-oka Hiroto J. S. バッハ Johann Sebastian Bach 無伴奏ヴァイオリン・パルティータ 第 2 番 ニ短調 より 第 5 曲 シャコンヌ Partita für Violine solo Nr. 2 d-moll BWV 1004 – 5 : Chaconne Organ : 栗林 琢也 Kuribayashi Takuya J. L. F. メンデルスゾーン=バルトルディ Jakob Ludwig Felix Mendelssohn Bartholdy (1809-1847) 6つのオルガン・ソナタ より オルガン・ソナタ 第6番 ニ短調 Sechs Sonaten für Orgel op. 65 – Sonate für Orgel Nr. 6 d-moll Organ : 平澤 歩 Hirasawa Ayumu 曲目紹介 オルガン協奏曲 第 2 番 イ短調 より Allegro ヴィヴァルディ作曲「2 つのヴァイオリンのための協奏曲 イ短調」を、J. S. バッハ が編曲したものです。バッハはイタリア音楽に大きな関心を持っていたそうで、ヴィヴァ ルディの他の作品もオルガン曲に編曲されています。 今回演奏するのは、この作品の1曲目です。その特徴は、印象的な強弱の変化と輝かし さにあると思います。皆様にも感じ取って頂ければ、大変嬉しく思います。 山下 大之(教養学部前期課程理科一類) オルガン演奏会に初めて参加させて頂きます。選曲でちょっと背伸びし過ぎた 1 年生です。駒場で憧れのオルガンに触れるようになってから、あっという間に今 日を迎えた感じがします。 なかなか練習時間が取れず、技術的にはまだまだですが、曲とオルガンの素晴 らしさを生かせるような、皆さんに楽しんで頂ける演奏を目指します。 歌劇「セルセ」より アリア「ラルゴ」 「オンブラ・マイ・フ」または「ラルゴ」と呼ばれるこの曲は、ヘンデルの作曲した歌 劇「セルセ」第 1 幕第 1 場の中のアリアです。ペルシャ王セルセ(クセルクセス 1 世)に よって歌われる歌で、詩は木陰への愛を歌ったものになっています。 今日ではこのオペラの作品自体はほとんど上演されませんが、この曲は美しい小品とし て愛され、しばしば演奏されています。なお、元来はカストラートのための曲でしたが、 今日は主にソプラノによって歌われるのが主流となっています。 原 日本語訳 詩 こんな木陰は Ombra mai fù 今まで決してなかった di vegetabile, 緑の木陰 cara ed amabile, 親しく、そして愛らしい、 soave più よりやさしい木陰は 管弦楽組曲第 1 番 より 序曲 ヨハン・セバスティアン・バッハの「管弦楽組曲」はブランデンブルク協奏曲と並ぶ、 代表的は管弦楽作品の一つです。BWV1066 から 1069 までの独立した 4 つの組曲から成っ ており、それぞれバリエーション豊かな 4 作品は当時の様々な舞曲や宮廷音楽の集大成で あるといえます。 成立年代はそれぞれ、バッハが世俗器楽曲を多数作曲したケーテン時代(1717 年-1723 年)、 またはそれ以前のヴァイマル(1708 年-1717 年)時代と考えられていますが、トランペッ トやティンパニを含む第 3・第 4 組曲などの編成を見ると、当時のケーテン宮廷の小規模な 楽団には不釣り合いと考えられ、のちのライプツィヒ時代(1723 年以降)にコレギウム・ ムジクムでの演奏のために大幅に加筆された可能性が高いと考えられています。今回取り 上げるのは管弦楽組曲第一番の序曲で、序曲らしい華やかさに溢れた作品です。 今回演奏するのはオルガン同好会の平澤歩の手による編曲版です。 榊原 直樹(経済学部) 経済学部経済学科 4 年の榊原です。大学 1 年生の時にこのオルガン同好会に参 加し、この駒場祭のオルガン演奏会にも当時から参加していますから、もう 4 回 目の出演ということになります。1 年生の時は J. S. Bach のプレリュードとフーガ を演奏したのですが、今回の演奏会でも、J. S. Bach の作品を取り上げることにな りました。バッハというのはオルガンと切っても切り離せない作曲家で、特に我々 同好会にとっては特別な作曲家と言ってもいいでしょう。我々はこのような演奏 会のときは勿論、普段の練習の時にもバッハの曲はしばしば演奏しています。華 やかな面と感傷的な面、精緻に理論的な側面と高度に感覚的な側面など、様々な 要素があるのがバッハの曲の魅力であるように感じます。皆さまにもバッハの魅 力を、そしてバッハを通じてオルガンの魅力を感じていただけたら幸いです。 フーガの技法 より 第 11 番 作曲者は J. S. Bach(以下バッハ)、晩年の作品です。 フーガというのは、ある旋律をテーマとして定め(曲の冒頭や切れ目など、目立つとこ ろで掲示される。今回の 11 番では 3 つのテーマが使われる)、それを移調したり拍を変え たりしながら各声部(声部とはメロディーラインのこと。このころの曲は「伴奏とメロデ ィー」という構図よりも「複数のメロディーが合わさって全体」という構図のほうが多か った。だから 3 声と言ったら三つメロディーラインがあるということ。ちなみに今回の 11 番は 4 声)に登場させつつ、全体として楽曲になっている、そんなもののことを言います。 当然、テーマを使わないといけないという制約がある以上、作曲は難しいんでしょうが、 音楽の父バッハはこの手の細工の天才だったので、オルガン曲でも平均律等でも如何なく その力量を発揮しています。とくに今回弾くフーガの技法はタイトル通りバッハが円熟し たその作曲スキルの集大成として作り上げた傑作となっています。ただ楽曲として綺麗な だけではなく、曲構造の複雑さ・緻密さも美しい。ここがフーガの技法が未だ輝きを失わ ない理由だと思います。 実はこのフーガの技法は楽器指定がなされていません。鍵盤楽器用に作曲されたらしい のですが、それでもバッハは鍵盤楽器用楽譜ではなくオープンスコア(各声部ごとに記さ れた楽譜。バンドスコアと一緒)で遺しています。その為かウェブ上ではアンサンブルか らチェンバロ、果てはボーカロイドまでと様々な楽器で好き勝手に演奏されているのがよ く見られます。今回は手鍵盤だけのオルガンで弾くわけですが、オルガンの音色を変えら れるという特長を生かすべく、各テーマの導入時や複合時の度に音色を変えてみたいと思 います。奏するのはオルガン同好会の平澤歩の手による編曲版です。 豊岡 啓人(教養学部前期課程文科一類) 3曲目に弾くオルガン初心者です。唯一同好会のなかで、土木作業をする人の ような体型をしているので参考にして見つけてみてください。 ピアノは細々と続けていましたがペダル経験は皆無、なので今回は手鍵盤だけ による演奏しかできません。残念。 ただ逆に、手鍵盤だけでもこんなにオルガンの音は豊かなのかと皆さんに思わ せるチャンスとも言えます。とりあえず今回はそんなプラス思考で頑張りますの で、よろしくお願いします。 無伴奏ヴァイオリン・パルティータ第 2 番 ニ短調 より 第 5 曲 シャコンヌ 無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータ(BWV1001~1006)は、バッハが 1720 年に作曲したものです。この時期バッハは、ライプツィヒの北西約50キロに位置する小 さな城下町ケーテンで、若い領主レオポルド侯の元に集った優秀な音楽家からなる宮廷楽 団の楽長を勤めており、恵まれた制作環境の中、無伴奏チェロ組曲(BWV1007~1012)や ブランデンブルグ協奏曲(BWV1046~1051)、平均律クラビーア曲集(BWV846~869)な ど、多くの傑作を生み出しました。 シャコンヌは、無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ第2番(d-moll)の第5曲に納め られています。シャコンヌとは、一つの旋律の定型パターンを反復しながら次々と新しい 音楽を作ってゆく一種の変奏曲で、バロック時代に舞曲として愛好された音楽形式の一つ です。音楽を作曲するときに、音楽に変化を加えること、加えないこと、全く新しい別の ものを作ること、この3つを交互にバランス良く行い、それら全体でひとつながりのドラ マを知覚できるようにまとめる、というのはなかなか難しい作業です。その点でバッハは、 とても魅力的なシャコンヌを作り出しました。動機となっている音列は、冒頭 4 小節の最 低音に現れる D—C—B♭—(G)—A で、この音列を基にシャコンヌ全体が作られていま す。楽曲は 256 小節から成るため、主題を4小節とみれば 64 の変奏、あるいは 8 小節とみ れば 30 の変奏曲ということになります。64 回、同じ動機を繰り返しながら、それが単調に 陥らず、バランスの取れたひとつのドラマとなっているのは、バッハの優れた音楽的意匠 の所以であり、大変興味深いです。 まず音楽は、4 分の 3 拍子で 2 拍目に付点の音符で重みがおかれた、サラバンド風の主題 から始まります。(譜例 1) この重音奏法を駆使した和声的に厚みのある音楽と、主題の確保以降に現れる単旋律の ソリスティックな変奏が、曲全体を構成します。主題の付点のリズム音型は中間部で主題 の再現以外にも用いられ、音楽が、細かい音価での変奏によりヴィルトゥオーソ的な流麗 さを増してゆくのに対して、落ち着いた時間の流れを取り戻し、音響の緊張度を引き締め 直す効果を持っています。 また主題は、1 拍を欠いた 1 小節目の 2 拍目から開始しています。これは、後に続く 3 拍子構造の中にシンコペーションを意識するきっかけとなり、等間隔の打拍に絶妙な間合 いと浮揚感を自然のうちにもたらすことになります。一般的に、1 拍目に重みを持った長短 短格(Daktylus)の音楽での和声進行は、1 拍目の主和音が強調されるので、属和音から 主和音への解決での宿命的で硬質な意識の流れが想起されます。一方、2 拍目の弱拍にスラ ーや音価の差などでアクセントが与えられた短長短格(Amphibrachys)の音楽からは、主 和音への解決の衝撃が弱まることによって、解決を経てなお新しいどこかへ飛翔するよう な、刷新性と未知の可能性を希求する軽やかな意識の流れが想起されます。 (譜例 2)(譜例 3) 主音 D(主和音)から属音 A(属和音)に必ず到るように制約された音響の範囲内で新 しい音響運動を考察するときに、2 種類の異なる性格の旋律の流れを拍子構造の中に用意し ておくことで、これだけ多くの数の音楽変奏を作り出すことが可能になったのだと推察し ます。 この変奏の背景にあるのが、全体に均整の取れた調の構成です。均整というと、バッハ が楽曲と共に残した、4 小節(和声進行の周期)と 256 小節(全体)という数字があります。 そこには 4 の 4 乗=256、また 64+64+64+64=256 などの数理的な均整の美しさがありま すが、全体を調性から捉えてみた時に、楽曲は大きく次のような 3 つの部分に分かれます。 132 小節 (d-moll)+76 小節 (D-dur)+48 小節 (d-moll ) =合計 256 小節 あまり数理的な整合性は見出せませんが、主調がちょうど音楽全体の長さの半分あたりで 転調し、再び主調に回帰して音楽が終わるように配置されていて、転調はとても適切な位 置で行われているように聴こえます。3 部形式のようにも聴こえます。 転調は同主短調から同主長調への転調がとられています。これは両者において属和音が 共通していることが、性格が異なる別世界をいっそう強く感じさせるので、音響に変化を もたらすという点でとても有効な方法です。この転調が起こる以前と以降では、d-moll の 調を決定する第 3 音 F 音は、D-dur において Fis 音に変わり、和声進行を経過的に装飾す る音程も短 3 度から長 3 度中心の響きとなります。長3度の響きが繰り返し連結されてい くなかに、はっきりとした明澄さが加わります。 133 小節目からの D-dur の音楽は、2 拍目におかれた付点 4 分音符から開始していて、 これは主題のリズム音型が用いられています。同じ小節の 1 拍目には、前の小節から続く d-moll の属和音の音楽が、主和音で終止していますが、この主和音は第 3 音を欠いた空虚 な主音のオクターブの配置のみで、この瞬間は調性が判明しません。2 拍目に、これまでに は存在しなかった Fis 音が新しく現れることで、すぐに D-dur に転調したことが判明しま す。(譜例 4) ...... 面白いのは、1拍目の D 音が、後から遅れて D-dur の主音に変わるということです。簡 単にいえば、記憶された D 音の響きが現実の Fis 音の響きと聴覚上で互いに溶け合い、後 になって D-dur の構成音の一部として聴こえるのです。これは転調におけるとても巧みな 音響の操作です。音楽の進行に沿って聴いていくと、d-moll の属和音から主和音 D 音の単 音への解決を聴くとき、F 音が現実には鳴っていなくても、人は頭の中で F 音の響きの存 在を想像しながら D 音の響きを聞いています。もちろん、どこか落ち着きの悪い不完全さ も感じています。そこへ、Fis 音が打たれます。それは d-moll の世界がとっくに過ぎ去っ たことと、もう新しい D-dur の世界が訪れて、自分は既にそこに足を一歩分(1 拍分)踏 み入れている、と一瞬にして直感させることになるのです。つまりある音を旧世界の終結 部のものとして聴かせながら、その音を一瞬で新世界の音に変えてしまうのです。2 つの音 響同士の交替を 1 拍という短い時間の上に交差させて知覚させるというのは、とても大胆 で巧妙な発想です。 209 小節目から音楽の主調が回帰する重要な箇所でも、これと似た構造で転調しています。 d-moll の旋律が 2 拍目から回帰する小節の 1 拍目は、前の小節から続く D-dur の属和音の 音楽が主和音で終止していて、この主和音も第 3 音 Fis 音を欠いた主音の D 音のみがオク ターブで打たれます。(譜例 5) このときに、d-moll の音楽を聴く体験の途中である以上、D-dur の響きはこれ以上続く ことは適わず、この D 音のみの単音の持続もいずれ必ず d-moll の響きに収斂されてゆくだ ろうと充分に予測はされています。2 拍目の旋律の開始音に F 音を出現させれば、d-moll は再び確立します。しかし、だからといって、ちょうど D-dur の明るい世界が十分提示さ れて楽曲としての興が盛り上がったタイミングで、全体の響きが急速に長調から短調へと 戻ってしまうのは、あまりにも聴き手に対して配慮が少ない音楽になってしまいます。こ こでバッハは、d-moll の 6 度音である B♭音を効果的に登場させます。B♭音は、1 拍目か ら準備された D 音と長 3 度の響きを作り出します。この明るい響きは、新しい方向から別 の光が射し込んできたかのように響き、旋律は緩やかに d-moll の属和音へ到り、なめらか に主和音へと解決します。音響の交替を 1 拍の上で行っていることに加えて、聴き手に明 るさを感じさせながら高揚感を損なわずに短調の音楽へ導いてゆくという音楽を実現して いる点は、ひとつの聴き所です。 中間部での変奏は、一定の和声進行を保ちながら上昇と下降の振れ幅を大きくしてゆき、 楽節は 8 小節単位になって複雑になります。ここでもバッハは音楽を巧みに構成しており、 変奏の中に細かい音価の経過音が多く挿入されて、旋律の輪郭線が聴き取りにくくなり始 めるタイミングで、ゼケンツァを登場させたり、音価の細分化が限界に近付くタイミング で、低音域から高音域までの広い音域にまたがる走句型や、多声的なアルペジオの音楽を 配置したりしています。そこには、人の音の知覚を絶えず先取りして、新鮮さと驚きに満 ちた音楽体験をもたらそうとする強い意志をもった創作姿勢が感じられます。 さて今回、オルガンによるシャコンヌの演奏に挑みます。演奏は、ヴァイオリンのため に書かれた旋律を、森オルガンが良く響く音高と音色に置き換えて、適宜、構成音を補い ながら編曲したものを演奏致します。変奏されてゆく音楽を、場面ごとにオルガンでいろ いろと音色を変えて演奏してみると、独奏のための音楽でありながら、管弦合奏にも置き 換えが可能と思えるような、多様な性格付けがされた充実した音楽が随所にあり、ひとつ の作品として非常に音楽が豊かに作られていることが際立って見えてきます。いくつもの 倍音と強い音圧を備えたオルガンは、和声的に作られた主題を重厚に、高くそびえる大樹 のように堂々と響かせます。また、細かい音価の音階的な単旋律が、きらめく倍音を伴っ て流れる様は、音程の差を聴くというよりも、眩い鋭い光線が目の前を反射しながら通り 過ぎてゆくようです。オルガンでの演奏によって、ヴァイオリンが奏でていた音楽は倍音 の響きの海で新しい音色を獲得し、本来持っているものとはまた違った魅力を見せること でしょう。 主題から派生して次々に生みだされる変奏は、一本の太い幹とそこから伸びる枝葉が、 季節によってさまざまに移ろってゆく姿を眺めるようでもあり、ひとつの源から涌き出た 水が、本流となり支流となっていく景色を眺めるようでもあります。 ぜひ音楽が、緊張と弛緩を繰り返しながら、厳しく優しく、朗々と歌うように変化して いく様子を楽しんで戴けたら幸いです。 森オルガンという大きな樹の元にお集まりいただいた皆様の前に、音楽が清々しく立ち 昇り、心地好く流れゆくことを祈っています。 最後になりましたが、オルガンの演奏という、大変貴重な機会を与えて下さった東京大 学オルガン同好会の皆様に、心より感謝を申し上げます。 栗林 琢也 初めまして。この度、縁あって外部から演奏会に参加させていただけることに なりました栗林琢也と申します。音楽を聴いたり、作曲したり演奏することを通 じて、表現芸術の世界を学んでいます。 バッハの作品は、モダン建物のようです。平静な佇まいの作品をドライな気持 ちで譜読みしていくと、こちらがびっくり驚くような大胆で意外な音の配置に出 くわすことがあります。他の部分と比べて何かおかしい「バッハの手違いか?!」 と思われるような異質な響きです。はらはら心配しながら聴いているうちに、そ れが耳にしっくりくるようになり、むしろ全体の調和に対してその手違いが活き ているように聴こえてくる。次第にそれは手違いなどではなく、むしろ確信犯的 なものに聴こえてくる。熱い情熱を冷静沈着なマスクに隠した、胆の座った手強 い大人物だという印象があります。 本日は、楽しい演奏会になるよう、張り切って臨みます。どうぞよろしくお願 い致します。 6つのオルガン・ソナタ より オルガン・ソナタ第6番 ニ短調 この曲は、メンデルスゾーンが、1844 年から 1845 年にかけて制作した「6つのオルガ ン・ソナタ」のうちの1つで、コラール変奏曲・フーガ・終曲の3部構成となっています。 古典的な旋律・技法とロマン的な和声・展開とが自然に馴染みあい、晩年(というには余 りに若過ぎますが)のメンデルスゾーンの円熟を感じさせられる作品です。 ところで、「ソナタ」とは何ぞや、と思って、『音楽辞典(楽語)』(堀内敬三・野村良雄 等編、音楽之友社、1954 年 9 月)を引いてみると、以下のような内容が示されていました。 ソナタとは、17 世紀初頭には単に器楽曲の一般名称だったのだが、何やら時代を追うごと に意味を変えて行ったようで、18 世紀以降は、第一楽章にソナタ形式を置く多楽章の組曲 で、舞踏の観念を排除したもの、というような意味となった。それでは、「ソナタ形式」と は何ぞや、と言うと、「基本の形は、第一部(主題呈示部) ,第二部(主題展開部) ,第三部 (主題再現部)からなる三部形式の発展したものと考えられる」が、これに導入部や終始 部を加えて四部構成にしたり、第二部を省いて二部構成にしたりするという。 要するに何を言いたいのかと申しますと、この「オルガン・ソナタ」は、どう引っ繰り 返して眺めて見てもソナタ形式は見られず、従ってソナタではない、ということです。何 故そんなものを「ソナタ」と銘打ったのか、理由はナゾです。あるいは、これは当時懇意 にしているイギリスの出版社からの委託で作曲されたものだったので、もしかすると、「オ ルガンソナタを出版したいのでお願いします」と頼まれたために、全然ソナタでも何でも ないものを作ってしまった後で、題名だけ「ソナタ」にして入稿したのかもしれません。 第1部 コラール変奏曲 ニ短調 コラール「Vater unser im Himmelreich(天にまします我らが父よ) 」の主題(譜例1) に基づく変奏曲。 (譜例1) ・コラール主題 全ての声部が一体の和音となって、主題を呈示する。 両手:Holzgedackt 8’+Principal 4’ 足 :Subbass 16’+Gedackt 8’+Choralbass 4’ ここで使用する「Principal」や「Choralbass」は「プリンツィパル族」と呼ばれ、力強 い音色が特徴です。コラールの合唱をはっきりと伝えるのに最適ではないかと考え、上の ようなレジストレーション(音色の組み合わせ)にしました。 ・第一変奏 Andante sostenuto 絶えず 16 分音符で動き回る内声部の上で高音部が主題を奏で、低音がそれらを静かに支 える。 右手:Gemshorn 8’+Rohrflöte 4’ 左手:Holzgedackt 8’ 足 :Subbass 16’ 「Gemshorn」と「Rohrflöte」は金管、「Holzgedackt」と「Subbass」は木管という材 質上の違いはありますが、いずれも「フルート族」と呼ばれるもので、柔らかい音色が特 徴です。また、ここでは Tremulant という補助装置も使用します。これは、空気の勢いを 断続的に変えて音を揺らし、旋律を美しく歌わせる効果があります。 ・第二変奏 主題が再び和音として現われ、その下で足鍵盤が三連符を刻み続ける。 両手:Holzgedackt 8’+Principal 4’+Principal 2’ 足 :Subbass 16’+Gedackt 8’+Choralbass 4’ 基本的には主題提示部と同じレジストレーションですが、手鍵盤に「Principal 2’」を加 えました。音色を表すドイツ語の横に書いてある「8’」や「4’」という数字は音高を表し、 数字が半分になると、同じ鍵を弾いてもオクターブ上の音が出ます。従って、同じ 「Principal」でも「Principal 2’」は「Principal 4’」よりもオクターブ高く、これらを同時 に使用すると、指一本でオクターブの和音を鳴らすことができるのです。ここでは更に 「Holzgedackt 8’」もありますから、指一本で 2 オクターブに渡る 3 音を鳴らしていること になります。 ・第三変奏 中低音が主題を渋く鳴らし、高音部が和声を担う。 右手:Gemshorn 8’+Principal 2’+Quinte 4/3’ 左手:Trompetenregal 8’ 足 :Subbass 16’+Gedackt 8’ 「Quinte 4/3’」は、パイプの形状・音色は「Principal」と同じですが、鍵盤上の音より も 5 度上の音を鳴らすのが特徴です。つまり、 「ド」の鍵を押すと「ソ」の音が鳴ります。 これを他のパイプと併用することで、常に 5 度の和音を出し続け、明るい響きをもたらし ます。 主旋律を担うのは「Trompetenregal 8’」、これまで用いてきたものが笛の原理で鳴る「フ ルー管」というものであったのとは異なり、これは金属の板の振動によって音を鳴らす「リ ード管」です。「ジジジー」という音色は独特で、賑やかな和声の中でもしっかりと単旋律 の個性を主張できます。なお、ここでも Tremulant を使用します。 ・第四変奏 Allegro molto 両手がめまぐるしく分散和音を奏で、その下で足鍵盤がしっかりとコラール主題を進行 させる。後半になると主題は手鍵盤に移動し、高中低の各音部の間で次々と受け渡される。 そして、最後に巨大な和音となってコラールを再現させ、変奏曲を閉じる。 両手:α(Principal 4’+Mixtur 2-3 f+Trompetenregal 8’)+β(Gemshorn 8’+Principal 2’+Quinte 4/3’) ―→(第 95 小節~)α+β+Krummhorn 8’ :α+β+γ(Subbass 16’+Choralbass 4’) 足 ―→(第 49 小節~)β+γ ―→(第 91 小節~)α+β+γ ―→(第 95 小節~)α+β+γ+Krummhorn 8’ スケールが大きく、賑やかな曲なので、 「Mixtur 2-3 f」を加えます。これは、1 つの鍵あ たり 2,3 本のパイプが同時に鳴るというもので、非常に輝かしい響きを実現します。また、 最後の最後に登場する「Krummhorn 8’」は、 「Trompetenregal 8’」と同様にリード管の一 種ですが、もう少し柔らかい音色です。本当は単独で使うとその渋さがよく発揮されるの ですが、今回はその機会が無さそうです。 第二部 フーガ Sostenuto e legato ニ短調 コラール旋律の一部分を用い、それを主題(譜例2)にした4声のフーガ。後半部でじ わじわと和声的緊張を重ねて行く展開は、ロマン派的。 ソプラノ,アルト:α(Gemshorn 8’+Rohrflöte 4’+Principal 2’+Quinte 4/3’) ―→(第 79 小節~)β(Holzgedackt 8’+Principal 4’) ―→(第 83 小節~)α+β テナー:β ―→(第 72 小節~)α ―→(第 83 小節~)α+β バス :γ(Subbass 16’+Choralbass 4’) ―→(第 83 小節~)α+γ このフーガは、両手で同じ鍵盤を弾くのが普通のようですが、今回は敢えて二段鍵盤を 使い分け、右手で上2声、左手で下1声を弾きます。それは、内声部の旋律と低音部の旋 律の高低が入れ替わる場面(譜例3の2小節目)で、全てを同じ音色で弾くとその入れ替 わりが分かりにくくなってしまうからです。多くの演奏家はおそらく、内声部が右手で届 かない部分(譜例4の3小節目)を気にかけて二段鍵盤の使用を控えるのでしょうが、そ こは内声部を上の鍵盤にしたまま左手で弾けば(この時、左手はソを下段で、シを上段で 弾く)、内声部の旋律の音色が途中で変わってしまうという問題は解決します。 (譜例2) (譜例3) 第三部 終曲 (譜例4) Andante ニ長調 コラール主題とは関係ない旋律(譜例5)だが、静かな雰囲気を持つ優美な曲で、ソナ タ全体を静かに締めくくる。 両手:Holzgedackt 8’+Rohrflöte 4’ ―→(第 9 小節~)Rohrflöte 4’ ―→(第 17 小節~)Holzgedackt 8’+Rohrflöte 4’+Quinte 4/3’ ―→(第 21 小節~)Holzgedackt 8’+Rohrflöte 4’+Principal 2’+Quinte 4/3’ ―→(第 31 小節)Holzgedackt 8’ 足 :Subbass 16’+Gedackt 8’ 曲の盛り上がりに合わせて、手鍵盤の音色を何度も変えてみます。オルガンはピアノと は異なり、打鍵の強さによってクレッシェンド/デクレッシェンドすることはできません が、このようにレジストレーションを頻繁に変えることによって、ある程度の強弱の変化 は表現できます。 振り返ってみると、私がこのソナタを弾く際に、全曲を通じて使い続けたのは「Subbass 16’」だけでした。これは、標準音高の「8’」よりも1オクターブ低い音を出し、目立たな いながらも全体の響きを下から静かに支える、縁の下の力持ちです。色々と音色を変える ことを旨とした本演奏ですが、これだけは省くことができませんでした。 (譜例5) 平澤 歩(人文社会系研究科博士課程) いつもバッハのフーガばかり弾いている私ですが、今年は皆がバッハを弾くと いうので、メンデルスゾーンにしました。バッハを弾かない演奏会は4年ぶりで す。手も足も動き方が全く異なり、なかなか苦労します。 パイプオルガンの魅力は、第一に迫力ですが、第二には音色の多様さです。レ ジスター(ストップ、音栓)と呼ばれる装置を操作することによって、同じ鍵盤 を叩いても全く異なる音色・音高のパイプを鳴らすことができます。そして、そ のレジスター操作の組み合わせをレジストレーションと謂います。900 番教室のオ ルガンは全部で 12 の音色があるので、理論的に選択できるレジストレーションは、 2 の 12 乗=4096 通り。12 ストップというのは、パイプオルガンとしては小規模 な方ですが、それでもこれだけの組み合わせが可能なのです。 今回の演奏では、レジストレーションを頻繁に変え、様々な音色を用いてみま す。そして、せっかく様々な音色を使うので、曲目解説では曲ごとのレジストレ ーションを示し、併せてそれぞれの音色について紹介を附しました。どの名前の パイプがどのような音を出すか、その結果どのような雰囲気の演奏になるのか。 このようなオルガン演奏の面白さについて、少しでもお伝えできれば幸いです。 演奏会のパンフレットでレジストレーションを公開するオルガニストはあまり いません。それは、レジストレーションが職業上の秘密であるというわけではな く、当日、リハーサルや本番の時に思いつきで変更することがあるからだと思い ます。そして、もう一点、いちいち書いているとパンフレットが長くなってしま うというのも、その原因なのでしょう。 プログラム制作 貝田 龍太(工学部)
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