窒素レーザー光に対する蛍光色素の量子効率の測定

7麗臨輔翰匿謬o胞
窒素レーザー光に対する蛍光色素の量子効率の測定
谷山哲哉
日本大学短期大学部工業技術学科(〒274千葉県船橋市習志野台7−24−1)
Quantum Ef行ciency ofF豆uorescen重Dye我nd PbotoAco秘stic Sigm亙for N2:Laser
TetsuyaTAMYAMA
/配n∫or CoZl686げSo∫6ηc8αn4乃chηoZo8}もノ〉’hon Un’vεr3めも7−24−1/Vα1ηshごno4α∫,F配nαわα5h∫Chめα274
(Received December l7,1996)
The aim ofthe present author is to study mechanisms ofphoto acoustic sigml generation in water solution of
dye for laser The photo acoustic s圭gnal is generated by photon,produced during thermal energy dissipation,
Since the excitation by laser does not result in significant quantities of intersystem crossing,the thermal
energy produced in重he water solution can be evaluated of either nuorescent radiation or non ra(1iative
transition.In the present wor≧,quantum effic隻ency offluorescent dye by N21aser is measured and the thermal
energy£or the source of photo acoustic signa王is evaluated.
KeyWords:Absolutequantume鉦iciency,Fluorescentdyes,N21aser,Photoacoustics
1.まえがき
光音響分光法を利用する方法は1977年にW.Lahmann2〉等
がArgonIonLaserを光源とし,マイクロフォン法で水溶液
蛍光色素の水溶液にレーザー光を断続的に照射すると
のRhodamine−6Gの蛍光量子効率を測定した時に試みてい
光音響信号が発生する.著者は光音響信号の発生機構を
究明したいと考えており,今回,照射したエネルギーの光
る.また同じく1977年にM.」.Adams3〉等も高気圧キセノン
音響信号に変わる割合を知るための実験を計画した.色
素の水溶液に光を照射すると,一重項に励起された分子は
硫酸キニーネの蛍光量子効率を測定し,従来の測定方法よ
蛍光放射と無放射失活および項問交差の三つの一分子的
挙動を行う.この内,無放射失活は吸収した光量子を熱エ
ネルギーとして放出するため光音響信号の発生原因とな
ショートアークランプを光源として,マイクロフオン法で
りも正確であると述べている.また,1992年にはS.E。
Braslavsky4)等が数多くの蛍光色素における量子効率の測
定結果を示している.尚,光音響分光法に関する参考文献
としては1986年A。C.Tam5〉の論文が極めて詳細である.
る.N2レーザーのパルス光で励起させた場合に色素水溶
液においてレーザー発振が生じれば,項間交差は少ないと
著者はPZT法を使用した光音響分光法を利用して蛍光量
考えられる.実際に燐光の強度は極めて弱い.従って,N2
推定した.以下に実験結果を述べる.
子効率を測定し,光音響信号の発生に関与する光量子数を
レーザーの吸収量と蛍光として放射される量の割合,即ち
2.蛍光量子効率
蛍光量子効率を求めれば照射したレーザー光のエネル
ギーの内の光音響を発生する割合を知ることができる.
しかし,蛍光量子効率は色素溶液の溶媒の種類,色素の濃
蛍光量子効率ηは蛍光試料によって吸収された光量子数
度,照射した光の波長などで著しく変わるため,過去に報
n、bSで蛍光として放射される光量子数nf、1を除したものであ
告された文献から蛍光量子効率を知ることは困難であり,
自ら実験で求めざるを得ない.
る.
蛍光量子効率の測定の歴史は古く,測定方法も既に確立
されているが1),正確な測定は非常に難しいとされてい
る.この原因は蛍光が空間的に分布するため,測定装置の
2.4 無蛍光試料
無蛍光試料における光音響信号の強度φ、
φ、=1ぐα、E
(1)
幾何学的配置の補正が非常に困難な点にある.著者はこ
の困難を回避する測定方法として光音響分光法を応用す
る方法を考えている.無蛍光色素溶液と蛍光色素溶液を
試料とし,両者が放出する光音響信号の強度比と蛍光試料
ただし,E:レーザー光のパルスエネルギー,偽:無蛍光
試料の吸収率,κ:光音響信号への変換係数である.
が放出する蛍光の波長分布の測定から蛍光量子効率を求
2.2 蛍光試料
める方法について実験的検討を試みた.
蛍光試料における光音響信号の強度φfは(2〉式で与えら
584
レーザー研究 1997年8月
る.平均波数ワは分光強度曲線を数値積分して求めるこ
れる。
φ,=κ(㌔一E蝕、)
(2)
E、b、はレーザー光から吸収したエネルギーで,(3)式のよう
に示される.
(3)
E、b、漏αfE=n。hv,
とになる.この場合に積分範囲の分割数を幾つに設定す
るかが問題となる.今回使用した試料は蛍光の分光曲線
が単純で,光強度が最大となる波数vに極めて近い値であっ
たが,分光曲線が複雑な試料の場合には特に分割数の設定
が重要となる.ここでは200に設定した.
3.実験装置及び実験方法
Ef、1は蛍光試料から蛍光として放出されたエネルギーで,
(4)式のように示される.
Figure1に実験装置の概略を示す.光源はN2レーザーで
ソユ むぺ
貯∫n(v)》dv
(4)
ある.波長は336.2nm(波数v。は2.97×104c紅1〉,パルス幅は
Vmin
ただし,鋳:蛍光試料の光吸収率 、
25ns,立ち上がり時間5ns,一発のパルスエネルギーは約3」,
・n,:レーザー光から吸収した光量子数
45mmの円筒状レンズL1で幅0.5mm,長さ10mmの帯状に集
光し,溶融石英のセル(長さ45mm,幅10mm,厚さ1mm,溶融
石英の肉厚0.5mm)内の試料溶液に照射した.焦点の位置
は入射側の溶融石英板と試料溶液との接触面上である.
レンズL3と分光器M2は試料溶液を透過した光336.2㎜を計
繰り返し照射周波数は3Hzである.レーザー光を焦点距離
h:プランクの定数
v,ニレーザー光の波数
蛍光試料では,吸収したレーザー光のエネルギーから蛍
光として放出されるエネルギーを差し引いた残りのエネ
ルギーが熱として放出され,光音響信号を生じると考え
測し,試料溶液の光吸収率を決定する.そして,さらに試
料溶液から発せられる蛍光を測定し,分光強度曲線を求め
る.従って,φfは以下のように書ける.
て平均波数▽を決定する.またレンズL2と分光器MIは
軌一叫伽)喚〕 6)
336.2nmを検出し,ロックインアンプに参照信号として与え
る.光検出器P1とP2はAvalanchePhotoDiodeである.
ここで蛍光試料から放出される蛍光の波数の平均値▽を
さらに,図示のように溶融石英セルの壁面にPZTを取り
以下のように定義する.
付けて光音響信号を検出した.
レロコ ベ レロユ べ
試料は無蛍光試料としてK2Cr207(重クロム酸カリウム),
∫帥dv∫・(v)dv
蛍光試料としてRhodamine−590とRhod&mine−610(B)及び
レゆぬ ハ レボ v−Vmax 一レmax (6)
∫姻v∫1竪)dv
Rhodamine−640,そしてCoumadn−440の四種類である.但し,
TableIとTableIIでは,略称(Rho−590,Rho−610,Rho−640及び
Cou−440)で表示する.尚,Rhodamine−590はRhodamine−6G
ソバロ ソバ ただし,η(V):Vmi,から㌦、、の各波数において放出される蛍
「「邸㎞
光量子数,1(v):各波数における光強度である.
(5)式に(6)式を代入すると,
硲一榊藤喚〕
Laser beam
(7)
Ce11
蛍光量子効率ηは(8)式のように与えられるから,
・一無一窯轡
M1
(8)
蛍光試料の光音響信号の強度φfは(9)式で示されることに
P1
\
PZT
Lockin
amplifier
L2
なる.
一〔1一η妾〕
L1
L3
M2
(9)
P2
(1)式と(9)式の比を取れば,蛍光量子効率ηは(10)式から
得られることになる.
η一告〔1器〕
(10)
Computer
無蛍光物質と蛍光物質に照射するレーザー光のパルス
エネルギーを同じ値に設定して,夫々の試料におけるαSと
αf並びにφ、とφf及び▽を求めれば蛍光量子効率ηが得られ
第25巻第8号 窒素レーザー光に対する蛍光色素の量子効率の測定
Fig。1Experimental setup。
585
とも口乎ばれる.
PZTとの接触の状態が光音響信号の強度に大きく影響す
試料の溶媒は純水,色素溶液の濃度は総て1000cc当たり
る.従って,無蛍光試料から蛍光試料に試料を入れ替える
L3×10’4molとした.
ときにセルをPZTから一旦取り外すと接触の状態が変わっ
これらの蛍光試料を入れたセルにレーザー光を照射す
ると,セルの両壁面が光共振器となって色素レーザーとし
て発振する.ここではF圭g.2に示したようにセルを傾けて
て(1)式と(9)式のKが異なることになり,それぞれの試料
光軸をずらし,発振をさせない状態で蛍光強度の測定を
など試行を重ねたが,一度取り外すと元の状態に戻すこと
行った.
が困難で,未だ適当な方法は見つかっていない.従って,こ
次に,試料の光吸収率の測定は以下のように行った.
こではセルとPZTを取り外さないで行った.
におけるKを求めなければ(10)式の計算ができなくなるこ
とである.この点を改善するため,接触面にグリスを塗る
Figure3に示したように入射光強度をZoとすると,セルの溶
4.実験結果
融石英の厚さを4,光吸収率をαとして,セルの溶融石英の
板を通過した光の強度1iはム=Zoσ副となる.同様にして,空
のセルを透過した光の強度1’oは110=10σ2磁で示される.
Tab夏eIに平均波数▽,光音響信号の強度φ,光吸収率α,量
最初に,セルを試料溶液を作るための純水で満たした場
子効率ηの測定結果を示した.光音響信号の強度は純水を
合,純水の光吸収率をβ,厚さを4とすればセルを透過した
セルに満たしたときの光音響信号の強度1.37μVを差し引い
光の強度1’owは110w=10ε一(2顧β4)である.次にこの純水に
た値で,色素だけが発生させた光音響信号強度である.
色素を混ぜて,光吸収率がβ+△βになったとすれば,セル
Figure4は蛍光の分光強度曲線である。PhotoDiodeの分
を透過した光の強度1量oDは1bD=Zoσ(2副+(御β〉4〉となる.1重ow
光感度特性で補正した結果である.
と1IoDの比を取ると,(1’oD/1’ow)=〆β召となる.ム彫<1の
どの試料においても光強度が最大となる波長を境に光
強度分布はほぼ左右対称であった.TableIの平均波数マは
場合はび雌∼1述碑と近似できるので,セルの厚さ4=1mm
に選べば,色素のみの光吸収率は△β=(110w−110D)/1じowで
この曲線に対して(6)式を計算して求めた結果である.
得られる.(10)式では試料がK2Cr207の場合の△βをα、,蛍
尚,K2Cr207における測定結果を使用して(1)式からκを
光色素の場合のムβを隣で表示している.
求めると,1.05μV・mm・■1であった.
PZTで検出される光音響信号はセルの溶融石英と純水及
以上の実験結果に基づいて,光音響信号の発生に関係す
び色素が夫々発生する信号を総て含むから,純水のみの場
る熱エネルギーの発生率を推定した.
合の信号強度を色素を入れたときの信号強度から差し引
(9)式は以下のように書き直すことができる.
かねばならない.
この測定には問題点が一つある.無蛍光試料と蛍光試
料について光音響信号を測定することになるが,セルと
Solution
/
cも◎
硲 E{(1一η)+η筆▽/ EΩ
(11)
(11)式の右辺l l内第1項(1一η)は無放射失活により熱エ
ネルギーとして放出される光量子数である.第2項は蛍光
放射する光量子数の内で熱エネルギーの発生を伴う光量
子数の割合で,励起光の波数と平均波数の差v,一▽に比例
L
b
する.
即ち,光音響信号φfは無放射失活によるものだけではな
Table I Results ofmeasurement.
T
Fig.2Model oflight absorption by specimen.
d』一ぞ
一
Specimen ワ×104cm−1φ(幽
K2Cr207 φs=0。07
Rho−590
Rho−610
Rho−640
Cou−440
α(mm曽1)Efficiencyη
αs=0.022
L66 φf=O.16
αf=0.100
0。89
1.59 φf=0.17
αf=0.090
L51 φf=0。10
αf=0.047
0.74
0.63
2.24 φf=0.52 αf=0.280
0.56
d卜
Cou.440 Rho−610
冒
ぐ
⊇ 1
£
\ Rh哩/膨64・
皿
Specimen
毛r許d+Pご)
毛re
>
oo
仁
Φ
仁
Φ
>
①
石
窪
0
400 500 600 700
Wave length lnm】
Fig。3 Set“p of celL
586
Fig。4Distr呈bution of nuorescent,
レーザー研究 1997年8月
2)現在,一つの試料の蛍光量子効率を測定するのに,約60
Table II Results of caIculation.
Specimen
First term of
Second term of
equation(11)
equation(11)
Ω
K2Cr207
Rho−590
Rho−6玉O
0.26
Rho−640
0.37
Cou−440
0.44
0.11
0.39
0.24
0.31
0.14
0.50
分を要する.この原因はレーザーの繰り返し照射周波
数が3Hzと遅いことにある.レーザーの出力を電気信号
に変えてロックインアンプの参照信号とするため,光音
0.60
0.68
響信号の測定にこのような長時間を要している.レー
ザーの繰り返し周波数を出来る限り高く設定すること
0.58
である.
く,第2項による光量子数が加わったΩによって発生するこ
6.むすび
とになる.Table IIに各試料における(11〉式第1項と第2項
以上,光音響分光法を応用した蛍光量子効率の測定法に
及びΩの値を示した.
5、考察
ついて述べると共に蛍光量子効率と光音響信号との関連
性についても述べた.この測定方法は装置が簡単で,且つ
取り扱いが容易な方法と思われる.
5.1 蛍光量子効率
最後に,この研究でご協力下さった浅井賢氏(現在NTT
N2レーザー光の336.2nmにおける各試料の蛍光量子効率
勤務),ご討論を賜った日本大学理工学部電気工学科中田
の測定例は見当たらなかった.しかし,366nmにおける
順治教授並びに鈴木薫助教授に感謝致します.
Rhodamine−610(B)の蛍光量子効率が見つかったので,実験
結果と比較した.純水を溶媒としたときの絶対法による
参考文献
蛍光量子効率は0.766・7),エタノールを溶媒として硫酸キ
ニーネ法では0.738)である.Tab夏eIの測定結果は0.74であ
り,ほぼ一致した値を得ている.このことからRhodamine−
6io(B)以外の試料についても妥当な値が得られていると
考えている.
1)徳丸克己:有機光化学反応論(東京化学同人,1974)p.37.
2)W.LahmannandH.J.Ludewig:Chem.Phys.Lett』45(1977)177.
3)M.J,Adams,」.G.Highfield,andG.F.Kirkbright:Anal.Chem.49
(1977)1850.
4)S。E.Braslavsky and G.E.Habel:Chem.Rev.92(1992)1381.
5)A.C.Tam:Rev.Mod.Phys.58(1986)381.
6)」.B.Birks andI.M.Munro:T11εFJ配o君召so召nc6乙幽〃n8げAzo〃z副o
5.2 今後の課題
早急に検討したい課題は二つある.
1)(11)式の右辺第1項と第2項による光音響信号には時間
差があると考えられる.この位相差を検出し,両者を分
MoZ6c躍6(G。Porter,ed.,Pmg耀∬∫n R6αc’∫onκ’n6オ’c34,Pergamon
Press1967)P.239.
7)H.V.Drushe1,A.L.Sommers,and R.C.Cox:AnaL Chem.35
(1963)2166.
8)G.WeberandF.W.J.Teale:Trans.Faraday Soc.53(1957)646,
離できるか否か検討する.
第25巻第8号 窒素レーザー光に対する蛍光色素の量子効率の測定
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