悪性リンパ腫の予後改善を目指した包括的臨床研究

横浜医学,₆₅,₅₀₉-₅₁₃(₂₀₁₄)
総説(平成25年度横浜市立大学医学会賞受賞研究)
悪性リンパ腫の予後改善を目指した包括的臨床研究
富 田 直 人
横浜市立大学大学院医学研究科 病態免疫制御内科学
要 旨:悪性リンパ腫の治療成績は,特に抗 CD₂₀抗体である Rituximab(R)の登場により特に B 細
胞性リンパ腫の代表的組織型である diffuse large B-cell lymphoma(DLBCL)においては約₇₀%の治癒
率を認めている.しかし,約₃₀%の DLBCL は標準的治療とされる R-CHOP 療法では治癒に至らず,
難治性である.T 細胞性リンパ腫においては有効な新薬の出現がなく,最近₂₀年での治療成績の向上
は認められていない.我々は悪性リンパ腫の予後改善を目指し,多数症例を対象に様々な臨床研究を
行ってきたため,その主な成果を報告する.
Key words:
malignant lymphoma,central nervous system,double hit lymphoma,prognosis
1 悪性リンパ腫の中枢神経(CNS)浸潤に関する検討
はじめに
中枢神経系(central nervous system; CNS)は R-CHOP 療
悪性リンパ腫は血液悪性腫瘍の中で最も頻度の高い腫
法の各薬剤や他の多くの化学療法剤が到達しないため,
瘍であり,本邦での発症率は人口₁₀万人あたり年間₁₂-
リンパ腫細胞にとっての聖域とされる.CNS 浸潤のパター
₁₅人程度と考えられている.悪性リンパ腫の予後は現在,
ンは,
( ₁ )CNS 原発リンパ腫,
( ₂ )初発時に全身性と
代 表 的 な 組 織 型 で あ る diffuse large B-cell lymphoma
CNS の療法に病変あり,
( ₃ )全身性のリンパ腫の増悪
(DLBCL)においては抗 CD₂₀抗体である Rituximab
(R)
に伴って発症,
( ₄ )CNS 単独再発に分類される ₃ ).我々
発売後,標準的な治療である R-CHOP 療法にて約₇₀%の
は 上 記 の( ₃ )( ₄ ) に つ い て,aggressive lymphoma
₄ 年無増悪生存
が得られており,それ以前の約₄₀%
₁)
₂)
(DLBCL を中心とした中悪性度リンパ腫;無治療の場合
と比較して長足の進歩をとげている.
数ヶ月で死亡)を対象として検討した.CNS 浸潤の頻度
我々横浜市立大学血液グループでは₁₉₉₆年以降の悪性
は約 ₈ %であり,初診時の血清 LDH が正常上限の ₂ 倍以
リンパ腫症例につき治療開始前の臨床データを「初診表」
上であることは CNS 浸潤の risk factor であると報告し
として蓄積しており,現在までに₃₀₀₀例を越えるデータ
た ₄ ).当時は CNS 浸潤の高リスクと考えられる症例につ
が登録されている.横浜市立大学血液グループは ₉ 施設
いては CNS 予防目的でメソトレキセートの髄腔内投与を
(横浜市立大学附属病院,横浜市立大学附属市民総合医
完全寛解到達時に ₄ 回投与することを原則としていたが,
療センター,神奈川県立がんセンター(血液科および腫
実際の臨床では CNS 予防が行われない症例も多くみられ
瘍内科)
,藤沢市民病院,横須賀市立市民病院,大和市立
た.そこで実際に CNS 予防効果の有無を確認する目的
病院,静岡赤十字病院,済生会横浜市南部病院,横浜掖
で,同一治療(A-COMP-B 療法)で完全寛解に到達した
済会病院)より構成され,最近数年では年間の悪性リン
症例に対し,CNS 予防施行群と CNS 予防非施行群を後方
パ腫症例数は₃₅₀例程度となっている.これは本邦全体で
視的に比較し,CNS 予防を行わないことは CNS 再発の
の悪性リンパ腫の約 ₂ %に相当する.
risk であること,および CNS 予防は予後を改善させるこ
私は₁₉₉₀年に横浜市立大学医学部を卒業し,₁₉₉₆年ご
とを報告した ₅ ).
ろより悪性リンパ腫の臨床研究に興味をもつようになっ
B 細胞性悪性リンパ腫(悪性リンパ腫の約₈₀%は B 細
た.その後の約₂₀年での臨床研究の中で,主な ₄ つの研
胞性)の治療に関して最近₂₀年での最も大きな話題は
究について御紹介したい.
Rituximab(R)
(商品名リツキサン;抗 CD₂₀モノクロー
富田直人,横浜市金沢区福浦 ₃ - ₉ (〒₂₃₆-₀₀₀₄)横浜市立大学大学院医学研究科 病態免疫制御内科学
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