視 点 青島の消費市場と地下鉄 佐藤 秀二 (ジェトロ 青島事務所長) 山東省のトレンドの発信地といえる青島の消費市場では、最近、日系企業の存在が目立って きている。山東省の人口は広東省に次いで第 2 位の 9,685 万人。域内総生産(GRP)では広東 省、江蘇省に次ぐ第 3 位と大きいものの、これまで市場としての注目度は必ずしも高いとは言 えない状況であったが、ここにきて潮目が変わってきている印象を受ける。 青島での日系流通業のパイオニアは 1998 年に出店した「イオン(旧ジャスコ) 」であり、山 東省内では青島市を含む 6 都市に 9 店舗を出店している。山東省は省市別では広東省に次いで 2 番目の店舗数を誇る。その後に続くのは、2009 年に出店した、同じくイオングループ傘下の コンビニエンスストア「ミニストップ」であり、青島の消費市場は、日系ではイオングループ の独壇場となっていた。 ところが、2012 年 11 月に青島エリアにコンビニエンスストア「セブン-イレブン」が進出し、 着々と店舗を増やし 23 店舗を展開しているほか、イオン系列の食品スーパー「マックスバリ ュ」が 2013 年 8 月青島市中心部に 1 号店を開設、さらに 2014 年 3 月には 2 号店をオープン した。牛丼チェーンの「吉野家」は 2014 年 3 月に 1 号店をオープン、8 月には 2 号店もオー プンし、今後も出店を予定している。さらには、セガが運営する屋内型アミューズメント施設 「ジョイポリス」が 2015 年にオープンする予定となっている。この屋内型アミューズメント 施設は、2009 年にアラブ首長国連邦ドバイに開業した施設に続く、日本国外では二つ目の施設 になるという。 これら、新たに進出した、あるいは、これから出店しようとしている日系企業の方々に話を 伺ったところ、進出の理由として、所得の向上および購買力の上昇や、より良い商品やサービ スを求める消費者の増加に加え、地下鉄などの交通網の整備が挙げられた。青島市では、現在、 地下鉄の建設が進められており、最も建設の進んでいる 3 号線は 2015 年下半期に完成する予 定となっている。2013 年末の青島市の常住人口は 896 万人であるが、市区部は 481 万人であ る。しかし、地下鉄などの交通網が整備されることで、より広い地域から顧客が訪れることに なり、市場の拡大につながると考えているという。実際に、前述のマックスバリュの店舗は、 地下鉄はまだ開通してはいないものの、2 店舗ともに地下鉄の駅に隣接する形で出店している。 中国では青島に限らず、各地で地下鉄をはじめとする交通網が急速に整備されている。中国 語版ウィキペディアによると、中国では、北京、香港、天津、上海、広州など既に 23 の都市 で地下鉄が運行中であり、青島、福州、南昌、東莞、蘭州、太原、徐州などの 17 の都市で地 下鉄が建設中であるという。さらに、7 都市で新たに地下鉄の建設が計画されているという。 中国は「世界の工場」から「世界の市場」へと変貌を遂げている最中である。この市場への 進出を検討する際には、地下鉄等の交通網の整備の行方にも注目したい。 -1- 中国経済 2014.10 トピックスレポート 拡大する対中貿易赤字 ―双方輸入ベースでみた構造変化と要因分析― 清水 顕司 (ジェトロ 海外調査部 中国北アジア課 課長代理) 〔要 旨〕 □ 2013 年、中国は 8 年ぶりに日本の最大の貿易赤字国となった。対中貿易赤字は 2012 年に過去最大となる 443 億ドルを記録。2013 年は前年を上回る 517 億ドルに拡大し た。2014 年上半期は前年同期比で 18.1%増加しており、通年では 2 年連続で過去最 大を更新する可能性が高い。 □ ただ、日本の対中輸出には香港を経由して中国に向かう財が少なくない。貿易統計が 輸出を仕向地主義、輸入を原産地主義で計上しているため、香港経由の対中輸出(仕 向地を香港としている財)は日本の対中輸出には計上されない。 □ そこで、日本を原産地とするすべての財が計上される中国の対日輸入統計を用い、よ り実態に近い双方輸入ベースで両国間の貿易をみると、日本の対中貿易赤字は 2013 年が 186 億ドル、2014 年上半期が 123 億ドルだった。財務省統計に比べ、赤字額は 2013 年が約 3 分の 1、2014 年上半期が半分以下の水準にある。 □ しかし、気になるのは 2012 年に前年の 103 億ドルの黒字から一気に 107 億ドルの赤 字に転じたこと、それ以降の赤字幅の拡大スピードが速いことである。2013 年は前年 比 73.7%増、2014 年上半期は前年同期比 37.0%増と、いずれも大幅増となっている。 □ 概況品別に貿易収支の推移をみると、2012 年に赤字に転じた主因は、一般機械の黒字 減(2011 年 150 億ドルから 2012 年 36 億ドル)と電気機器の赤字転換(66 億ドルの 黒字から 23 億ドルの赤字)にある。さらに 2013 年は一般機械も 20 億ドルの赤字と なり、電気機器の赤字額は 90 億ドルにまで拡大した。 □ 一般機械は半導体・液晶生産設備やマシニングセンターの輸出減が大きく響いており、 電気機器は集積回路(IC)などの半導体等電子部品の輸出減とスマートフォンをはじ めとする通信機の輸入増が背景にある。特に通信機は、中国がスマートフォン製造の 一大拠点であることなどから、構造的に今後も赤字基調で推移するものとみられる。 □ 日本の赤字拡大の主因といわれる鉱物性燃料の対中輸入は少ない。にもかかわらず対 中赤字が双方輸入ベースでみても高水準で推移している。日中間における産業構造変 化の影響をより強く受け、日本は黒字を稼ぎにくくなっているようだ。日本の最大貿 易相手である中国との関係が日本の貿易構造変化の縮図ともいえる。 中国経済 2014.10 -2- 現地レポート 長江経済帯の発展計画と上海市の発展モデル転換 王 淅 (ジェトロ上海事務所 シニアアドバイザー) 〔要 旨〕 □ 中国の指導者は中国経済の成長戦略として、 「長江経済帯」の発展計画を提起した。そ の狙いは長江の輸送力を引き上げることによって、中西部の内陸を含む長江沿い地域 の経済一体化を推進し、内需型経済への構造転換を加速させることにある。発表した 発展指針によると、長江経済帯は長江デルタ経済圏、長江中流都市群、成都・重慶都 市群の三つに依拠して発展計画を進めていく。 □ うち、上海・長江デルタ経済圏は、中国で産業集積度と都市化が最も進んでいる地域 である。長江デルタ経済圏 16 都市の 2013 年の域内総生産(GRP)の合計は 9 兆 7,760 億元と中国全体の GDP の 17.2%を占めている。そのほか、2012 年の都市化率は約 70%と中国三大経済圏(上海を中心とする長江デルタ経済圏、広州・深圳を中心とす る珠江デルタ経済圏、北京・天津を中心とする渤海経済圏)中トップである。 「長江経 済帯」の中西部地域にとって、上海・長江デルタ経済圏は、地域一体化から都市圏形 成まで模範的な位置付けで、特に上海市は、 「長江経済帯」を牽引する「龍頭」だと、 中央政府がその役割を定義した。 □ 長江経済帯を牽引する「龍頭」のほか、当該地域の発展を支える「四つのセンター(国 際貿易・金融・運航・金融のセンター) 」および「イノベーションセンター」という新 しい役割を果たすため、上海市自身の持続的発展のモデルチェンジも必要である。上 海市は人口増加に伴う土地不足、行政区間の垣根による無計画な発展、産業移転など の問題に対する解決策を模索している。 □ 中国(上海)自由貿易試験区で実施されている制度改革が既に長江経済帯で推進され 始めている。どのような分野で日系企業の参入機会が増えていくのかに注目していき たい。 1. 「長江経済帯」の発展計画 2013 年 11 月に開催された中国共産党第 18 期中央委員会第 3 回全体会議(三中全会) では「長江経済帯」という発展戦略が提起された。 「長江経済帯」とは、上海市、江蘇省、浙 江省、安徽省、江西省、湖北省、湖南省、四川省、重慶市、雲南省、貴州省の 11 の省・ 直轄市が含まれる地域で、2013 年、国家発展改革委員会と交通部が起草した「長江に依拠 する中国の経済成長の新しい支点建設に関する意見」よって指定された(図表 1) 。 2013 年の長江経済帯の域内総生産(GRP)は 25 兆 9,525 億元と、中国の GDP の 45.6% を占めている。また、面積は国土の 5 分の 1 を占め、およそ 6 億人がこの地域に暮らして 中国経済 2014.10 - 16 - 現地レポート 中国の電子商取引市場拡大と小売業への影響 森 詩織 (ジェトロ 大連事務所) 〔要 旨〕 □ 中国では、インターネットやスマートフォンの普及、電子商取引(EC)サイトのサー ビス向上などを背景に、近年、EC 市場が急成長している。市場規模は 2013 年に 1 兆 8,851 億元となり、小売総額に占める EC の割合は 8.0%となっている。 □ EC 市場では従来、個人消費者対個人消費者(C2C)取引が圧倒的なシェアを占めて いたが、最近は企業対個人消費者(B2C)取引の拡大が加速している。中国大手 EC サイトの「天猫」や「京東商城」「蘇寧易購」などが市場獲得に向けた競争にしのぎ を削っている。 □ 上海市、広州市、北京市といった 1 級、2 級都市だけでなく、県級市でも住民がブラ ンド品を EC で調達する動きがあることから、EC サイトは県級市での広報活動も強 化している。 □ 都市部の 20~30 代を中心に、EC 市場と実店舗を自由に行き来する消費スタイルが形 成されつつある中、小売業では両チャネルを融合させて顧客を囲い込む戦略を打ち出 している。 □ EC 市場では海外からの輸入品に対する需要も増えてきている。ただし、平行輸入品 や偽物が多く、商品をめぐるトラブルも少なくない。 □ 食品や日用品など日本製品を扱う卸売り、小売り会社にとっても、EC と実店舗の各 チャネルの特性を踏まえた一貫したマーケティング戦略が重要だ。 1.EC 市場の急成長 インターネットやスマートフォンの普及、EC サイトや配送会社のサービス向上などを 背景に、2008 年に 1,300 億元であった EC 市場は、2013 年に 1 兆 8,851 億元となり、5 年間で 10 倍以上へと拡大し、急成長を遂げている注 1)(図表 1) 。小売総額に占める EC の 割合は、2009 年の 2.1%から 2013 年には 8.0%にまでなり、2014 年には 1 割近くに達す ると予測される(図表 2) 。 中国インターネットネットワーク信息中心(CNNIC)によると、2014 年 6 月、中国の ネット人口は 6 億 3,200 万人となり、中国全人口の約半数を占める。このうち EC 利用者 は 3 億 3,200 万人に当たり、中国の全人口の約 4 分の 1 が EC を利用している計算になる 注 2) 。 - 27 - 中国経済 2014.10 特 集 中国における外資政策の転換と日本企業の対応 -内外企業税制一本化以降の動向分析に基づく示唆- 佐野 淳也 (日本総合研究所 調査部 主任研究員) 〔要 旨〕 □ 中国では、成長率が低下する局面にあっても、外資企業に対する優遇措置を見直す取り 組みは進められ、企業税制が一本化された。 □ 内外企業の税制一本化と並行して、中国政府は産業政策に基づく選別的な企業誘致、内 陸部への外資誘導といった新方針に基づく政策調整を講じた。 □ 習近平政権の発足後、サービス業重視の市場開放に加え、ネガティブリストの導入や規 制緩和など、 事業環境の改善を外資企業誘致策の中心に置いた取り組みが顕著になって いる。2013 年 9 月に開設された中国(上海)自由貿易試験区は、その先行実験地と位 置付けられる。 □ 対内直接投資額は拡大基調で推移しており、内外企業税制の一本化に伴う量的な影響は ほとんどなかった。他方、投資の内陸部へのシフトやサービス業向けの割合が 50%を 超えたことなど、新しい外資政策に沿った質的な変化がみられる。 □ 日本の対中直接投資額は、2013 年後半以降大きく落ち込んでいる。半面、中国をなお 有望な事業展開先と評価し、 拠点の新増設が続いている状況にも着目しなければならな い。中国における外資政策の転換をチャンスととらえ、新方針に沿った中国事業展開を 検討することが日本企業にとって重要になろう。 1.はじめに 日本企業は少子化の進展に伴う日本国内の市場の縮小傾向や人材不足を受け、新興国市 場での事業拡大に注力している。とりわけ、中国は高成長が続き、産業集積地あるいは消 費市場としての魅力が増してきたことから、有力な事業展開先と長らく位置付けられ、他 国と比べて高い関心を集めてきた。ところが、日中間の政治的対立や中国国内の人件費高 騰を契機に、生産拠点としての中国の位置付けが低下し、対中直接投資額は足元で大きく 落ち込んでいる。 他方、景気減速下においても、中国政府は外資企業に対する税制優遇措置の見直しを続 けてきた。内外企業税制の一本化が 2010 年末に完了した後も、生産過剰や地域格差など を是正する観点から、外資政策の調整を続けている。習近平政権の発足以降、規制緩和や 市場開放による経済の健全かつ持続的な発展という基本方針に沿って、こうした取り組み は一段と加速している。 これらの状況を踏まえ、 本稿では、 主要関連規定および新しい外資導入方針の分析から、 中国経済 2014.10 - 36 - グラフでみる中国経済動向 中国の在留邦人数と海外在留邦人数に占める割合の推移 (2000~2013年) (万人) (%) 16 14 11.4 10.7 12 10 7.4 5.7 8 6.4 6 9.9 4 0 11.3 11.3 11.5 8.5 10 2 11.8 11.8 11.9 10.3 12 8 14 12.0 4.6 5.3 6.4 11.5 12.5 12.8 12.6 12.7 13.2 14.1 15.0 13.5 6 4 7.7 2 0 2000 2001 2002 2003 2004 2005 2006 2007 2008 2009 2010 2011 2012 2013 (年) 中国の在留邦人数 海外在留邦人数に占める中国の在留邦人の割合 〔注〕中国の在留邦人数数には香港・マカオの邦人数を含む。 〔出所〕外務省「海外在留邦人数調査統計」各年版 2013年10月1日現在の集計で、中国の在留邦人数を見ると、前年比10.2%減の13万5,078 人だった。前年比で減少が見られたものの、2000年の4万6,090人から2.9倍に増加し、海外 在留邦人数に占める割合も2000年の5.7%から10.7%に拡大している。 日系企業(拠点)数上位10カ国・地域(2013年10月時点) (単位:社、%) 順 位 1 中国 日系企業 (拠点)数 31,661 1.9 49.6 2 米国 7,193 4.3 11.3 3 インド 2,510 46.5 3.9 4 タイ 1,580 7.6 2.5 5 ドイツ 1,571 2.9 2.5 6 インドネシア 1,438 2.9 2.3 7 マレーシア 1,390 31.6 2.2 8 ベトナム 1,309 8.1 2.1 9 フィリピン 1,260 3.8 2.0 10 台湾 1,119 ▲1.9 1.8 合計(その他含む) 63,777 4.9 国・地域名 前年比 構成比 〔注〕中国には香港・マカオを含む。 〔出所〕外務省「海外在留邦人数調査統計」平成26年要約版 2013年10月1日現在の集計で、中国(香港・マカオ含む)に進出している日系企業の総 数(拠点数)は、少なくとも3万1,661拠点で、日本の領土外に進出している日系企業の総 数の49.6%を占めている。 中国経済 2014.10 - 56 -
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