保険数理学特論ⅢA リスク理論1(第2回) リスクの概念とリスク管理の手法 死亡率と生命関数 大阪大学大学院 金融保険教育研究センター 2015年4月27日 大塚忠義 1 講義資料 http://tyotsuka.cocolog-nifty.com/blog/ から各自事前にダウンロードしてください 2 Agenda 前半 リスクの概念とリスク管理の手法 •リスクの概念 •リスクの分類 •リスクへの対応策 •リスク管理の手法 3 Agenda 後半 死亡率と生命関数 • 死亡率 • 生命表 • 記号の定義 • 連続空間上の生命関数 • 死力 • 死亡法則 4 リスクの概念(1) 現代社会においては我々は多くの リスクに取り囲まれている •一般にリスクとは結果が不確実な状況 をいう •定義されているように思えても場面ご とで使い分けられている不幸な用語 •我々は無意識のうちにこの言葉を受 け入れている 例えば 5 リスクの概念(2) 1. 働き手である父親の死亡 2. 取引先の倒産による貸付の回収不 能 3. 地震・台風等の自然災害 4. 人口構造の変化による年金財政の 破綻 5. 株式市場の下落による投資損失 6 リスクの定義(1) 結果が不確実な状況:その1 リスク=結果の期待値または確率 人はいつ死ぬか、地震はいつ来るか 不明! しかし、死亡率、発生確率は 存在する 結果が確実な状況、確率=1: 明日も太陽は昇る 7 リスクの定義(2) 結果が不確実な状況:その2 リスク=結果の期待値周りの変動性ま た標準偏差、分散 「株式投資は預金よりもリスクが高い」 株に投資すると大儲けすることもある が損することもある。預金に比べると変 動性が大きい 収益性:株>預金、変動性:株>預金 =リスクを取って高収益を狙う 8 確率とは(1) 確率( probability)とは、ある現象が起こる度 合い、ある事象が現れる割合 対象となる現象、事象は、結果があらかじ め定まっていないもの 「起こる度合い」「現れる割合」は偶然性を含 まない一意に定まった数値であり、発生の 度合いを示す指標 9 9 確率とは(2) ある現象が起きる度合いを0から1までの数 値で表した尺度 結果が不確実・不確定な現象を確率を使っ て解釈することができる 将来ある事象が(偶然に)発生する度合(可 能性)を偶然性を含まない数値で表現した もの 10 10 確率論 確率論(probability theory)とは、偶然現象に 対して数学的なモデルを与え、解析する数 学の一分野である 確率空間:可測空間(S, M)に確率測度(μ(S) = 1)を入れた測度空間(S, M , μ) 確率論:確率空間における確率測度の理論: アンドレイ・コルモゴロフの公理 ⇔確率論は神々への反逆 11 11 確率は神々への反逆 将来の事象は神々の領域 人々は運命を受け入れる ➩人の生き死に、 豊不作、天候 そして博打の勝ち負けを 確率論でコントロール下に 『リスク』 ピーター・バーンスタイン 「日本経済新聞社」 12 12 リスクの分類1 • 純粋リスク・・・1.3 経済的不利益・損失のみを発生させ る。社会全体でみても損失のみが発 生する • 経済的リスク・・・2.4.5 社会全体で見たら利益も損失も発 生していない。個人で見ると利益を生 むが損もする(期待通りの利益が得ら れない)や、損だけすることが含まれ る 13 純粋リスク 結果の期待値(統計学での結果の平均 値)をリスクと称する • 死亡率 • 交通事故率 • 大地震の発生確率 コイン投げの場合、1/2 主に保険が扱うリスク 14 経済的リスク(1) 分散・標準偏差(統計学での期待値周りの 変動性)をリスクと称する • 株式投資 • 新規事業・海外進出 • 競馬・宝くじ 経済的リスクは、さらに価格リスクと信用リス クに分類される 15 経済的リスク(2) 価格リスク 価格変動リスク:株、石油、人件費 外国為替リスク:円ドルレート 金利リスク:金利上昇 信用リスク 取引の相手方の倒産等 決済リスク:代金の受取 貸倒れリスク:貸付金の回収 16 リスクの分類2 静態的リスク 社会経済の変動に基づかずに生じるリスク 自然災害・交通事故・死亡・傷害 動態的リスク 社会経済の変動に基づいて生じるリスク 人口構成の変化・自動車の増加による交通 事故の増加 17 リスクの分類3 人的リスク 人の生命に係わるリスク 物的リスク 財産の損失を生じるリスク 責任リスク 人または物に関して損害賠償責任を生ずる リスク 18 リスクへの対応策 • • • • リスクの回避 リスクの軽減 リスクの保有 リスクの移転 19 リスクの回避 最も安全な方法 • 飛行機事故に遭わないよう飛行機 に乗らない • 地震があるから日本に住まない • 普通預金しか預けない。しかも郵貯 • 死ぬのがいやだから生まれない 20 リスクの軽減(1) 損失発生の頻度と損害の程度(損害額)を 抑制・軽減する 発生頻度の軽減 定期健康診断の受診・自動車の定期検査・ 検診 損害の程度の軽減 火災訓練・シートベルトの着用・スプリンク ラーの設置・ボルボに乗る 21 リスクの軽減(2) リスクの分散 異なる場所に倉庫を分散する 社員が同一の飛行機で出張しない 22 リスクの保有(1) リスクの顕在化(損失発生)による経済 的損失を自己負担する 想定される損失の最高額が大きくない場 合、自己資金で手当てできる テレビや冷蔵庫の故障・・・リスクの保有 自動車の破損・・・自動車保険 23 リスクの保有(2) 自家保険:超大企業で保険を買わずに従業 員の弔慰金・労災を賄う Captive:超大企業でグループ内で(再)保険 会社を保有し、そこに保険を掛ける リスクを自己保有する要件 十分大きな集団で毎年の損失をある程度正 確に予測できる 損失を填補する自己資金を保有している 24 リスクの移転 リスクの引受に同意した第三者にリスクを移 転する・・・代表例は「保険」 リスクの引受者(保険会社)は同質のリスク を多数引受けることにより、その損害発 生額をより正確に把握する(リスクの プーリング) 予測損害発生額をリスクの移転者(保険の 加入者)で分担する 分担金合計=予測損害発生額 25 リスク管理の手法(1) リスク管理:リスクマネジメントは次の 二つの分野 ロス・コントロール 損害を軽減するために事前に行う活動 多くの分野に存在する ロス・ファイナンス リスクの発現により生じる損失に対する備 え 26 リスク管理の手法(2) 企業の例で述べるが個人も基本的に同じ 1. リスクを特定する 2. そのリスクを回避するか(Y/N) if YES, おしまい eg 海外市場からの撤退 リスクは消滅する しかし 機会の喪失、逸失利益。。。 そもそもすべてのリスクの回避は不可能! 27 リスク管理の手法(3) 企業の例で述べるが個人も基本的に同じ 3. If NO then リスクをコントロールできるか(Y/N) コントロールとは軽減する手法 ⇒リスクはすべてコントロール可能 ⇒コントロールできないものはリスクと認識でき なかったもの:不確実性 4. If YES then リスクを軽減する⇒ロス・コントロール 28 ロス・コントロール ロス・コントロール=リスクの軽減 - 損失の予防 損失発生の頻度の抑制・軽減 - 損失の低減 損害の程度(損害額)の抑制・軽減 損失≠損害、損失=損害額 29 リスク管理の手法(4) コントロールできないリスク& ロス・コントロール実施後のリスク 1. リスクを特定・測定する: リスクが発現した場合の損失額を算定する 2.ロス・ファイナンス 想定損失額をもとにリスクへの対応策を決 定 保有?移転? 30 ロス・ファイナンス(1) 経済学でリスクマネジメントと同義 リスクが発現する前に行うことに意味 がある リスクが発現した後にお金を貸してくれ る人はいない、いても借入条件は最悪 何かをするなら事前に。。。 リスクが発現し損失が出たらお金を貸 すという契約を事前に結ぶ!? 31 ロス・ファイナンス(2) - リスクを保有? 自己資本からみてどの程度のリスクを保有 できるか? リスクの発現は倒産につながるか? ⇒自己資本の充実・・資本コストの増大 - リスクを移転 保険に加入? デリバティブによってヘッジ? 保険料、掛け金、手数料etc.の負担 32 リスク・コスト リスクマネジメントにはお金がかかる ロス・コントロール 消防設備、耐震構造、避難訓練。。。 ロス・ファイナンス 逸失利益、資本の増加、保険の加入。。。 リスクマネジメントはリスク・コストの最適化 リスクによる損失の発生と事前のリスク・コ ストのトレードオフ 33 規定打席 プロ野球では打率等の成績は規定打席 達していないと公式のものとならない 1年間の試合数は130 規定打席は試合数×3.1 3割バッターの成績は偶然や奇跡で成し 遂げられる可能性はどのくらいあるか 34 飛行機の乗客 飛行機にものすごく体重の重い人が乗 ることがある 体重の平均60キロ、標準偏差10キロと したら 100人乗りの飛行機で、最大乗客荷重 はどのくらいに設定すればよいか 35 前2問の前提 いずれの試行も独立 ヒット:ベルヌーイ試行で2項分布 体重:一様分布 中心極限定理で正規近似が可能 打率も体重の合計も正規分布に従うこと が前提 2σ、3σを活用して考察 36 Question? To be continued 一旦お疲れ様でした 37 死亡率と生命表 死亡率:人口学において、一定人口に対す る、その年の死亡者数の割合 生命表:ある期間における死亡状況が今後 変化しないと仮定したときに、各年齢の者が 1年以内に死亡する確率や平均してあと何 年生きられるかという期待値などを死亡率 や平均余命などの指標(生命関数)によって 表したもの 38 調査 行政 人口動態統計:戸籍に基づき市区町村ごと に調査(毎年実施) 国勢調査:5年に一度市区町村ごとに任命さ れた国勢調査員が各戸を国勢調査票に記 入を依頼し集計する 民間 保険会社等が自社の契約を調査 39 行政による調査 人口動態統計: http://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/jin kou/kakutei12/index.html 国勢調査: http://www.stat.go.jp/data/kokusei/2010/g aiyou.htm#mokuteki_1 政府統計ポータルサイト:e-stat http://www.estat.go.jp/SG1/estat/eStatTopPortal.do 40 調査と生命表の距離 XX歳の死亡率:XX歳の誕生日を迎えた人 がその日から1年間の間に死亡する確率、 調査期間1年では調査対象者の誕生日から 1年間を観測することはできない 生年別の死亡率:2014年調査の0歳の死亡 率は2013,14年生まれの人の死亡率、50歳 の死亡率は1963,64年生まれの死亡率 平均寿命の定義と実際の差異 ⇔コーホート生命表 41 生命表(1) 行政 完全生命表(5年ごと) http://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/lif e/21th/index.html 簡易生命表(毎年) 民間 保険会社等が自社の契約を調査 アクチュアリー会標準死亡率調査部会 http://www.actuaries.jp/lib/standard-lifetable/index.html 42 生命表(2) 国民表 行政の調査によるもの 調査年度、地域および死因で分類 各年齢の死亡率qxを得たら生命表を作成できる l0 100,000 d x lx qx lx 1 lx d x qx px 1 43 生命表(3) 生命表の仮定:閉集団:新規加入がない ・ある1日に10万人誕生する ・10万人がゼロになるまで、継続する このもとで各年経過後の誕生日における生 存者数、その日から1年間の死亡者数を示 した表 44 生命表(4) 定常人口空間:別の見方:開集団:新規加 入を仮定する、ただし ・毎年同月同日に10万人誕生する ・誕生以外の新規加入はなく、死亡以外の 脱退はない ・最初に誕生した10万人がゼロになるまで、 継続する 死亡者数の合計は10万人となり人口は一 定で不変である 45 生命表(5) 生命表は各年(=各年齢)の誕生日におけ る生存者数、各年の誕生日から1年間の死 亡者数を示した表 このような仮定は現実にはありえない 現実の開集団では ・毎年の誕生数は異なる ・死亡率は年齢と生年に依存する ・死亡以外の集団からの脱退がある 保険集団では、解約>死亡 46 生命表(6) 経験表 保険加入者の死亡経験を調査したもの 調査年度、地域、性、(死因)の他に 保険年度(契約締結時から期間)によって異 なる q x t q x t 0 47 ベルヌーイ試行としての死亡率 l0 100, 000 lx 1 lx d x lx 1 px lx dx qx lx qx px 1 死亡者dは、確率変数 であり、B(n, q)の二項 分布に従う nが十分に大きいとき はnはN(nq, npq)の正 規分布で近似すること ができる。このときqは N(q, pq/n)に従う 48 記号の定義(1) lx n n px lx lx lx n n qx 1 n px lx n lx n d x n qx n px qx n lx lx n lx n lx n lx n r n px r qx n n r qx lx lx n 49 記号の定義(2) ω:最終年齢:生存者がゼロになる 年齢:死亡率の水準、生命表の使用 目的によって決まる。 国民表では lω<1 となるωを定め ることが多い 計算処理の行いやすさ(余計な端数 が出ない)の観点から qω-1 1 とする ことも多い 50 年齢を確率変数とする死亡率 人は生まれたら必ず死ぬ、異なるのは 死ぬ時期 ω-1 ω-1 d t 0 x ω-1 t 0 (lt lt 1 ) l0 t 0 ω-1 t q0 t p0 q0t t 0 ω-1 lt dt 1 t 0 l0 lt ω-1 t 0 t qx 1 51 期待値 ω-1 ex = t t 0 ω-1 t ω-1 e0 = t t 0 qx t px : 平均余命 t 0 ω-1 t q0 t p:平均寿命(0歳の平均余命) 0 t 0 d xはx歳の誕生日からx 1歳の 誕生日の前日までに死亡する数 逆にいうとx年(端数月数切捨て) 生きた人の数。その期待値は生存 年数の平均 寿命中位数 52 連続空間上の生命関数(1) X歳(端数月数切捨て)の死亡率を定義する と死亡率は離散型の確率関数 時間t で定義すると死亡率は連続型の確率 関数となり、ルベーグ積分で扱うことができ る。 同様に生命表上のすべての変数をtで表現 することが可能となる 53 連続空間上の生命関数(2) n n Lx lx t dt : 定常空間上のx歳以上 t x n歳未満の人口 Lx : 定常空間上のx歳の人口 ω Tx lx t dt :定常空間上のx歳以上の人口 t ω ex t t px dt 金融工学のdurationはこの応用 54 死力(1) lx tを実数tのもとに定義すると微分可能 微小区間tにおける死亡率は lx lx t lx t x : t 0としたものを死力と定義 1 lx t lx x lim t 0 l t x d log lx 1 dlx lx dx dx 55 死力(2) 死力は確率変数ではない:1を超えることも あり得る 1 d x lx t x t dt 0 qx 1 0 p dt t x x t n 0 n p x e xt dt 56 離散型(生命表)への近似 Lx lx lx 1 2 Tx L e ex 0.5 x x t 0 x t lx 1 lx 1 2lx 57 死亡法則(1) 生命表の生命関数をxの関数で示したもの 死亡率の分布関数とその母数を得ることが できれば、死亡率のモデルを作成すること ができる 当然ながら適合する死亡率モデルは存在し ない しかし、統計データが得られない部分を埋め るために多くの死亡法則が活用されている 58 死亡法則(2) ・ド・モアブルの法則:古くから引用されてい た、単純で分かりやすい ・ゴンパーツ・メーカム:わが国で最も活用さ れているもの、国民表、経験表の高年齢の 補外に活用 ・ワイブル分布:ハザード関数の考えに立ち 、機械の寿命分布に適合するといわれる ・リー・カーターモデル:死亡率の改善予想 に世界的に広く活用されている 59 死亡法則(3) deMoibre 86 x lx l0 86 1 x 86 x Gompertz x Bc x 60 死亡法則(4) Gompertz Makeham x A Bc x ・ゴンパーツ・メーカムは40~70歳で統計結 果と適合 ・80歳以上は統計結果の信頼が低い ・ハザード関数の考えに立ち、寿命は指数に 従っている ・死力に下限が存在している:災害による死 亡と整合している 61 Question? お疲れ様でした 62
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