児童虐待の予防および医学的アセスメントに関する総合的研究

別紙2
総
括
研
究
報
告
書
課題番号:24-12
課題名:児童虐待の予防および医学的アセスメントに総合的研究
奥山 眞紀子
国立成育医療研究センター
こころの診療部 部長
(要約)小児医療において、子ども虐待に対応することは必須となってきている。医療は重篤
な子ども虐待を防止する要でもある。そこで、子ども虐待に対して医療の役割を総合的な視点
で進めることを目的に本研究が行われた。大きく 3 つのグループに分かれており、①発見から
介入に至る医学的診断・治療・介入に関してより精度を上げることおよび医療者への教育を目
的とした研究である「院内虐待データベースを活用した虐待の医学的診断手法の開発に関する
研究」、②リスクファクターである発達障害児を持つ親へのプログラム、発達障害傾向の親へ
のプログラム、普及が必要な里親を支援するプログラムを提示することを目的とした「虐待予
防のための介入研究」、③親子関係に関する生物学的な指標を明らかにして、養育の世代間連
鎖を追求することを目的とした「親子関係に関する生物学的な研究」からなる。昨年度の基礎
構築の上に研究を重ね、2 年目の目的は達成されている。具体的には、①に関しては、子ども虐
待の診断および介入に重要な事実が、救急医療、集中医療、眼科、画像診断などから明らかに
なり、シミュレーショントレーニングも開発された。看護チェックリストも実際に使用されて
検討され、連携に関しては一部病院間の差異はあったが、児童相談所への面接調査で医療機関
に臨まれている対応とは矛盾していないことが明らかとなった。これらを総合して来年度のガ
イドラインに繋げる基盤が作られた。②に関しては発達障害児の親のグループ治療の有効性が
示されたと同時により良いプログラムに改善され、発達障害傾向の親への介入に関しての新た
な介入方法が試行され、里親に関してはプログラムが策定された。③に関しては、3 世代の親子
に関する養育の世代間継続と生物学的な指標、養護施設の子どもに関する生物学的な研究、乳
児の親子分離再会時の脳血流と生物学的な指標に関する研究が継続され、115 世帯に調査が実施
された。来年度分析が行われる予定である。
1.研究目的
子ども虐待は重大な社会問題になってお
療センターとして開院以来、先駆的に子ども
虐待に対応するチーム(SCAN:Suspected
り、小児医療に係るものは虐待から子どもを
Child Abuse and Neglect チーム)を形成して、
守る役割も負う。しかも医療で扱う事例は年
その対応に当たってきた。近年、そのモデル
齢分布や虐待の内容などが死に至る危険のあ
が推奨され、多くの病院で虐待対応のチーム
る虐待が多い。しかしながら、子ども虐待は
が組織されるようになった。しかし、そのレ
密室で起きること、養育者が真実を語らない
ベルは様々であり、実際の活動には困難さを
ことから事実を把握しにくいこと、低年齢児
伴うという声が多く聞かれる。医療者の立場
が多く子どもが真実を語れなかったり年齢が
に立って、子どもを守るために必要な知識、
高くても親をかばう傾向があることなどか
技術、システムなどが提示されることが求め
ら、真実を明らかにすることが困難な分野で
られる段階に来ている。
ある。従って、医学的診断で虐待が明らかに
なることが望まれる。
同時に、虐待はできるだけ予防したいもの
である。これまで、親のうつがリスクである
そのような子ども虐待に対して、国立成育
ことは知られていたが、昨年度までの成育研
医療研究センターでは、2002 年に国立成育医
究開発費での研究から親の発達障害傾向は非
常に大きなリスクファクターであることが明
2.研究組織
らかになった。また、発達障害児を持つこと
研究者
所属施設
もリスクとして知られている。発達障害は医
宮尾益知
国立成育医療研究センター
療が係る必要がある障害の一つであり、その
立花良之
国立成育医療研究センター
介入プログラムを提示することが求められて
引土達雄
国立成育医療研究センター
いる。更に、近年里親の普及が精力的に行わ
藤原武男
国立成育医療研究センター
れているが、虐待を受けた子どもやネグレク
小穴慎二
国立成育医療研究センター
ト状況で育った子どもを里子として養育する
問田千晶
国立成育医療研究センター
のは困難が伴う。当センターでも里親による
宮坂実木子
国立成育医療研究センター
虐待死亡事例が複数経験されており、里親支
中山百合
国立成育医療研究センター
援プログラムが期待されるところである。
荻原英樹
国立成育医療研究センター
辻
国立成育医療研究センター
更に、これらの臨床をサポートする生物学
聡
的な研究も必要である。特に近年、養育者-
余谷暢之
国立成育医療研究センター
子ども関係の生物学的な基盤に関する研究が
一家順子
国立成育医療研究センター
多くおこなわれるようになってきており、虐
木暮紀子
国立成育医療研究センター
待予防の研究を進めるための基礎研究も必要
性が増している。例えば、親子関係の指標が
3.研究成果
明らかになることで、親子関係によい環境や
本年度は以下ようにそれぞれの分野で研究が
介入の効果が明らかになるし、養育の世代間
勧められ、来年度以降の研究の基盤が作られ
連鎖も明らかにできる。
た。
このような背景の元、以下を目的として研
究が開始された。なお、本研究は、子ども虐
1)院内虐待データベースを活用した虐待の
医学的診断手法の開発に関する研究
待に対して、医療が係れることを総合的に提
虐待対応は一つの科のみでは困難である。
示することが目的であり、研究者間のコミュ
当センターSCAN チームも多くの診療科や部
ニケーションを重要視している。
門が連携している。本研究も SCAN チームに
① これまで国立成育医療研究センターで虐
関与している診療科および部門が分担研究者
待が疑われた約 800 事例のデータベース
として加わり、SCAN データベースを活用し、
を基に、さまざまな専門性を背景に新しい
後方視的に、虐待への対応を明らかにした。
エビデンスを明らかにし、虐待の発見から
地域との連携に関する研究では他の医療機関
初期対応に関して、医療者が使う上で実際
と児童相談所に調査を行った。
に役立つガイドライン、マニュアル等を作
その結果、以下の成果が得られた。
成するとともに医療者の教育に役立つシ
・PICU に入院した重症頭部外傷 166 例の検討
ミュレーショントレーニング教材を開発
から、第 3 者目撃がない場合、家族の訴える
する。
受傷機転は軽くても高エネルギー外傷と同程
② 発達障害児の親や家族、発達障害傾向の
度の重症度であり、受傷機転の説明は信頼性
親、里親に対する養育支援プログラムを開
が薄いと考えられた。
発して提供する。
・虐待データベースで画像診断を行った 195
③ 親子関係の生物学的な指標を明らかにす
例を検討し、そのうちの硬膜下血腫 59 例を急
ること、および養育行動の世代間継続に関
性型、混合型、慢性型に分けて検討したが、
して明らかにする。
いずれも眼底出血の存在もあり、型による差
は認めなかった。慢性硬膜下血腫であっても
虐待を疑って対応する必要がある。
るものがあったが、病院での工夫が行われて
・AHT34 例の眼底図を統計処理し、眼底出血
いる。児童相談所の希望と概ね異なる点はな
の機序による分類が可能であることを明らか
かった。
にした。その結果、重症度による眼底出血の
・教育に関しては、日本虐待医療研究会
分布が異なり、それは眼底出血の機序の差に
(JaMSCAN)の山田医師および溝口医師と協
よるものと考えられ、予後との関連も示唆さ
働で子ども虐待対応教育プログラムを作成し
れる。
た。また、院内マニュアルに付属する資料を
・AHT の外科的治療例 14 例を検討し、開頭
作成した。今後、本研究で作成したマニュア
急性硬膜外血腫除去術事例 4 例はいずれも予
ルにバージョンアップする。
後がよく、開頭急性硬膜下血腫除去術では 3
例中 1 例は軽度の片麻痺、1 例は片麻痺と精
2) 虐待予防のための介入研究
神発達遅滞を残した。びまん性脳浮腫に減圧
・発達障害児の育て難さが虐待に繋がる可能
開頭術を施行した 4 例では全例で重篤な神経
性が指摘されており、発達障害の親のグルー
学的後遺症を認めたが、観察期間中死亡はな
プ治療に関し、第一グループの父親の会、第
く、救命は可能と考えられた。
2グループの父親の会および母親の会に関し
・2007~2013 年の救急外来受診患者のうち 15
て詳細に分析した。父親は関係性の理論など
歳以下で原因不明群 54 例を分析した。自己心
を通して気づきを得ていた。母親はすでに理
拍再開なし群 23 例ではあり群 31 例に比較し
論は知っており、グループでの困難さの共有
て検査が少なく、死因の検索が不十分であっ
が良い影響を与えていた。
た。
・発達障害傾向のある母親が虐待のリスクフ
・2009-10 年に総合診療部を受診した FTT34
ァクターであることが、我々の研究で明らか
名を分析し、26 名(76.5%)が NOFTT
になったが、その介入方法を探るために、昨
(Non-organic Failure to Thrive)であった。そ
年度とは異なる視覚的ツールを用いた介入と
のうち、7 名は感覚過敏が、4 名は発達の問題
して、同意を得られた2名に対して、①子ど
が影響していた。
もの Cue を認識する表情カードを用いた支援
・MSBP に関し昨年度分析した心理的困難さ
と②ビデオフィードバックによる支援を試行
を克服して子どもを保護するための方法につ
した。効果判定は NCATS と PSI 育児ストレ
いて検討し、9 項目挙げることができた。
スインデックスを用いた。いずれも効果の可
・昨年作成した看護チェックリストを後方視
能性が示された。
的にデータベースにある外傷で入院した 3 歳
・現在、社会的養護においては、子どもたち
未満児9例を基に記入したところ、カルテに
にできるだけ家庭的養護が必要という考えの
記載されていない項目が多かった。チェック
もとに里親や小規模養育が推進されている。
リストの存在が観察を促すことが期待され
しかしながら、虐待を受けた子どものかかわ
る。なお、チェックリストは観察シートと名
りの難しさから重篤な虐待が発生する危険が
付けた。
ある。昨年度の里親さんへのアンケートから
・昨年の調査を基礎に、14 病院のソーシャル
医療的支援も期待されていることが明らかと
ワーカー(以下 SW)のグループディスカッ
なり、本年度はそれに答える9回の受診から
ションを行い、虐待対応のそれぞれの項目に
なる支援プログラムを立案し、1家庭での試
ついて検討した。また、7児童相談所に面接
行を開始し、研究参加者のリクルートを開始
調査を行い医療機関に望む対応を明らかにし
した。
た。その結果、一部病院間で対応に差異があ
3)親子関係の生物学的研究
本年度は、3世代にわたる家族において、
虐待の世代間連鎖の生物学的メカニズムを明
らかにするために、子ども、両親、祖父母に
質問紙調査、養育行動のビデオ撮影、オキシ
トシン測定のための唾液採取を行った。本年
度中に、東京で 53 世帯、沖縄で 62 世帯に協
力を得て調査が行われた。
4.倫理面への配慮
後方視的研究(院内虐待データベースを活
用した虐待の医学的診断手法の開発に関する
研究および発達障害を持つ親のグループケ
ア)に関しては、虐待の研究であるため、遡
っての同意を得ることは困難である。従って、
個別のケースを扱うことはせず、全体として
統計的な処理のみを行い、必要に応じて診療
情報の二次利用として、委員会に申請して発
表した。医療者への面接やインタビューは個
別ケースを扱わずに行った。
里親への調査および今年度に開始した生物
学的な研究は倫理委員会に諮って承認を得
た。当センター倫理委員会において、受付番
号 651、705
として承認された。