構造経路分解法(SPA)を用いた産業ハイアラーキーの抽出と可視化

D1-13
第 7 回日本LCA学会研究発表会講演要旨集(2012 年3月)
構造経路分解法(SPA)を用いた産業ハイアラーキーの抽出と可視化
Extracting Tree-like Structure from Complex Production Network
Based on Structural Path Analysis
○近藤康之*1)2)、アンネシュ H.シュトゥルマン 2)、加河茂美 3)、南斉規介 4)5)
Yasushi Kondo, Anders H. Strømman, Shigemi Kagawa, Keisuke Nansai
1)早稲田大学, 2)ノルウェー科学技術大学, 3)九州大学, 4)国立環境研究所, 5)シドニー大学
*[email protected]
1.
はじめに
製品・システムを供給する生産ネットワークの構造は、
一般に非常に複雑である。したがって、その構造を理解
するためには、生産ネットワークにおける産業ハイアラ
ーキーを抽出して、より簡単な構造のネットワークを可
視化することが効果的であると考えられる。これにより、
製品・システムの供給に伴う環境負荷が、サプライチェ
ーンの中のどこで概ねどれくらい発生しているかを分か
りやすく示すことができるから、例えば GHG プロトコル
い(序列をあらわす矢印は、ネットワークの川下から川
上へと遡る方向を示しており、実際の物質フローの方向
とは逆を示していることに注意していただきたい)
。しか
し、三角化によると(1)または(2)が抽出されてしまう。
産業ハイアラーキーを抽出する他の手法として、最大
全域木(maximum spanning tree)がある。産業間ネットワ
ークを連結グラフと見なし、それが木となるように枝(産
業間フロー)を取り除く。最終的に得られる木が全域木
(産業ネットワークの中にあるすべての産業が分離され
のスコープ 3 基準のような、サプライチェーンマネジメ
ずに連結されている木)であり、すべての全域木の中で
データベースや産業連関表のかたちであらわされる生産
る。この手法は、質的産業連関分析 6)のための手法として
アラーキーの抽出手順は必ずしも自明でない。本報告は、
至る序列があらわされるため、上述の三角化のような欠
ントにも活用できる。しかしながら、LCA のための汎用
ネットワークはループを含むことが多いから、産業ハイ
構造経路分解法(structural path analysis, SPA)に基づいて
産業ハイアラーキーを抽出・可視化する新しい手法を提
案し、その応用分析事例を紹介する。
2.
産業間フローの合計が最大となるものが最大全域木であ
も用いられている。最大全域木には、根から複数の葉に
点はない。他方、木という性質そのものが欠点となって
しまう。すなわち、木の定義により、1 つの枝は 1 つの幹
からしか枝分かれできない。川下(例えば、自動車)か
ら川上へとネットワークを遡ってみると、自動車→エン
ネットワークと産業ハイアラーキーの可視化手法
生産ネットワークを可視化する手法としては、Sankey
図 1), 2)が標準的なものである。Sankey 図ではプロセス間の
フローを矢印であらわし、その矢印の太さがフローの大
ジン→…と続く枝の川上に電力部門があるとすると、別
の枝(例えば、自動車→車体→…)の川上には同じ電力
部門はあらわれない。言わば、枝分かれしたフローが再
び合流するような、環境負荷の分析において重要なネッ
きさをあらわす。直感的にも非常に分かりやすい図であ
トワーク構造が、木の性質によって排除されてしまう。
が複雑で分かりにくくなってしまうことがある。
流する場合を排除せずに、産業ハイアラーキーを抽出・
り有用であるが、プロセスの数やループが多くなると図
産業ハイアラーキーを抽出するには、産業連関表の三
角化
によって求められる産業序列を利用することがで
本稿で提案する手法は、枝分かれしたフローが再び合
可視化するものである。
3–5)
構造経路分解法(SPA)
きる。産業部門数が�であるとすると、産業序列は��通り
3.
適化問題の最適解として、産業連関表を三角化する産業
づいて、製品・サービスへの 1 単位の需要が直接間接に
あるが、行列の下三角要素和を最大化する組み合わせ最
序列が求められる。1 番目の産業から�番目の産業まで、
すべての産業を並べた序列が組み合わせ最適化問題の最
適解として求められる。多くの三角化問題に対して最適
解が複数存在することもあって、産業序列の解釈が難し
い場合もある。例えば、
(1) 自動車→車体→エンジン
誘発する環境負荷量は次式であらわされる。
� � ��� ) � �� � ��� � �)��
(1)
ここで、� � ��� )は生産 1 単位あたりの直接環境負荷量
のベクトル、� � ���� �は投入係数行列、�は適当な次元
の単位行列、� � �� � �)�� はレオンチェフ逆行列である。
この�� は内包型原単位とも呼ばれる。
最終需要ベクトル(産業連関表から得られるものとは
(2) 自動車→エンジン→車体
(3) 自動車→車体および自動車→エンジン
標準的な産業連関モデル(レオンチェフモデル)に基
という 3 種類の序列のうち、(3)が抽出されるのが好まし
限らない)を� � ��� )とすると、この最終需要ベクトル
が直接間接に誘発する環境負荷量の総量�は、次式で与え
- 116 -
第 7 回日本LCA学会研究発表会講演要旨集(2012 年3月)
られる。
(2)
� = �� = ���
この環境負荷量�は、次のように書き換えることができる。
��
� = �(� � �) �
�
�
= �� + ��� + �� � + �� � + ⋯
= � �� �� + � �� ��� �� + � �� ��� ��� ��
���
�����
+
�������
(3)
に�� に追加すべきか否かをチェックする。�� に追加して
もループが生じないならば�� に追加し、ループが生じる
ならば�� に追加しない。この手順をすべての経路につい
て繰り返すことで、産業ハイアラーキーを抽出する。
5.
おわりに
研究発表会においては、開発した産業ハイアラーキー
の抽出・可視化手法を EXIOPOL プロジェクトによって
� �� ��� ��� ��� �� + ⋯
���������
ここで、� = ����� � � ��である。(3)の第 2 等号は、べき
展開(series expansion)と呼ばれる。
構造経路分解法(SPA)7–11)は(3)の第 3 等号に基づいて
開発された各国の産業連関表に適用した結果を報告する
予定である。
参照文献
環境負荷総量�を分解する手法である。(3)を投入係数行列
1)
(� � �)は各部門の環境負荷総量への直接寄与をあらわ
2)
� の要素の多項式と見なすと、� 個のゼロ次項�� ��
す。� 個の 1 次項�� ��� �� (�� � � �)は経路� � �による
�
Schmidt M: Journal of Industrial Ecology, 12(1), (2008),
pp. 82–94.
Schmidt M: Journal of Industrial Ecology, 12(2), (2008),
pp. 173–185.
寄与をあらわす。以下では、経路� � �を、よりコンパク
トに〈�� �〉と書く。�� 個の 2 次項�� ��� ��� �� (�� �� � � �)
3)
� = �のとき、
5)
Fukui Y.: Econometrica, 54(6), (1986) , pp. 1425–1433.
6)
Aroche F.: Journal of Regional Science, 46(2), (2006),
は同様に、経路〈�� �� �〉による寄与をあらわす。一般に、�次
項� = 〈�� � �� � � � �� 〉による寄与�� は次式で与えられる。
�� = �(�� )�(�� )
� � �のとき、
�� = �(�� )�(�� � ���� ) ⋯ �(�� � �� )�(�� )
(4)
ただし、添字が入れ子になるのを防ぐため、�(�) = �� ,
�(�� �) = ��� , �(�) = �� (�� � � �)のような表記を用いた。
pp. 487–521.
4)
�
��� ������
pp. 333–353
7)
ここで、� ��� = � � ⋯ � �は�の� + �次の直積であり、
�次のすべての経路の集合をあらわす。� =
すべての経路の集合をあらわす。
4.
⋃∞��� � ��� は
Defourny J., Thorbecke E.: Economic Journal, 94(373),
(1984), pp. 111–136.
8)
Treloar G.: Economic Systems Research, 9(4), (1997),
pp. 375–391.
9)
(5)
���
Simpson D., and J. Tsukui: Review of Economics and
Statistics, 47(4), (1965) , pp. 434–446.
(4)の記号を用いると、(3)は次のように書き換えられる。
� = � � �� = � ��
Chenery H.B., Watanabe T.: Econometrica, 26(4), (1958),
Lenzen M.: Structural Change and Economic Dynamics,
14(1), (2003), pp. 1–34.
10) Peters G.P., Hertwich E.G.: Economic Systems Research,
18(2), (2006), pp. 155–181.
11) Wood R., Lenzen M., Energy Economics, 31(3), (2009),
産業ハイアラーキーの抽出
すべての経路からなる生産ネットワーク、とくに産業
連関表を用いてあらわされたネットワークは、ループを
含むことが多い。産業ハイアラーキーを抽出するために
は、すべての経路からなる集合�を、ループを含まない集
合�� とその他の経路からなる集合�� に分割すれば良い。
ここで、定義により�� � �� = �, �� � �� = ∅である。
分割されたネットワーク�� の構造が産業ハイアラーキー
をあらわす。�� を決定する基準としては、例えば寄与の
合計∑���� �� を最大化することが考えられる。しかし、
この最適化問題は非常に複雑であるため、次のような繰
り返し算法を適用する。すなわち、まず準備として、す
べての経路� � �をその寄与�� の降順にソートする。そし
て、�� = ∅からスタートして、寄与の大きいものから順
- 117 -
pp. 335–341.