電子回路と制御工学の関連性を意識した実習課題 熊谷剛∗ 1 はじめに メカトロニクスは,mechanics と electronics の 合成語であり,機械工学と電気・電子工学が融合し た技術や学問であることが知られている.実際に は,この二つに制御工学と情報工学(コンピュー ステム例として電子回路と制御工学を関連付けた 実習課題を検討したので報告する.この課題を実 施することにより「機械を電気で動かす技術」の 一端を体験し,当科が目標とする実践技術者 1) へ 成長していくことを期待する. タ)を加えた四つの要素が融合した技術であると 2 課題設定の経緯 捉えることができる. 当短期大学校メカトロニクス技術科(以下,当 2.1 電気・電子系と制御系の科目構成 科と記す)においても上記の四つの要素を中心に 筆者は,平成 25 年度から当科にお世話になって 教育訓練をおこなっている.訓練カリキュラムを おり,今年度が 2 年目の勤務となる.これまでの 構成する上での理想は,基礎と応用,座学と実技 のバランスが適切で,新しい技術も盛り込まれて 勤務経験(当短期大学校の電子技術科および電気 技術科)から,電気・電子系科目と制御系科目を いる状態と考える.しかし,二年間という短い訓 担当する機会を与えられた.表 1 に当科の電気・ 練期間の中で四つの要素のすべてにおいて理想を 電子系および制御系科目一覧を示す.表 1 の科目 満足できることは少ない.現実には,これらを二 年間に収めようとすることにより,各要素の訓練 時間は,それらを専門とする学科よりも自ずと圧 縮されてしまう.したがって,各要素の訓練内容 を担当することに問題はなかったが,当科は機械 系学科であるため,これまで所属した電気系学科 と比較して電気・電子工学系科目の単位数注 1 が 半分以下であることがわかった.よって,当科に は,基本項目のみを身につけるという位置づけと 赴任して最初に対応した 2 年生の電気・電子工学 なるか,応用まで踏み込んだとしても習熟度が低 系科目に対する習熟度が第 1 章で述べた状態とな くなってしまう傾向にある. そのため,多くの科目で上記の傾向が見受けら れ,学生にとっては単一の「とある科目」として 学んだという程度の認識であった.また,各要素 で学んだ基礎的な項目がメカトロニクスの基本概 念である「機械を電気で動かす技術」へどのよう に応用できるのかをイメージできている学生は少 ないように思えた.したがって,訓練時には具体 的な指標となる何らかのシステムを示し,各訓練 科目でそのシステムの一部を学んでいるという自 覚を持たせたほうが習熟度も向上するのではない かと考える.これらを踏まえ,本稿では,筆者が 担当している複数の科目で構成できる具体的なシ ∗ メカトロニクス技術科 る理由の一つではないかと考えられた. 一方,表 1 から制御工学系科目においては,制 御工学 I ∼ III ではフィードバック制御(古典制御) の理解に力を入れた内容となっている.そこで学 んだ理論を確認する位置づけとなるはずであろう 制御工学実験では,リレーシーケンスに重点を置 いた内容となっている.また,コンピュータ制御 実習 I,II では,LED 等の制御対象を含むハード ウエア製作およびそのソフトウエア開発をおこな い,マイコンによる入出力操作の基礎を学ぶ内容 となっている.よって,制御工学系科目において は制御工学 I ∼ III で学ぶ制御理論に対して,それ 注 1 当短期大学校では,90 分を 1 コマとし 10 コマの実施を 1 単位と定義している.ちなみに,半期の訓練日数は 100 日 (20 週間)である. 表 1 電気・電子系および制御系科目一覧 区分 科目名 電気工学系 電子工学系 制御工学系 のべ単位数 担当 電気工学 2 ○ 電気系学科では 4 ∼ 6 単位 電気工学基礎実験 2 ○ 上に同じ 電子工学 I,II 4 ○ 電気系学科では 8 ∼ 10 単位 電子工学実験 I,II 4 ○ 上に同じ センサ工学 2 − 制御工学 I ∼ III 6 ○ フィードバック制御全般 制御工学実験 4 − リレーシーケンスに重点 コンピュータ制御実習 I,II 8 − マイコン制御 FA 実習 4 △ 複数名で分担 らを体験できる実技科目がさほど多くはないとい 備考 表 2 関連付ける科目の一覧 うことがわかった.また,学生たちとの雑談の中 連携科目名 区分 実施時期 単位数 ではあるが,彼らの傾向として以下の雰囲気が感 電子工学 II 学科 1 年後期 2 じられた. 電子工学実験 II 実技 1 年後期 2 制御工学 I 学科 1 年後期 2 制御工学 II 学科 2 年前期 2 制御工学 III 学科 2 年後期 2 FA 実習 実技 2 年後期 4 • 各科目を “単一のもの” として捉え,訓練を 受けている • そのため “機械を電気で動かす技術” として 他の科目との関連性を見出せない これらの原因は,各科目の持ち時間の中で内容が 完結するよう訓練を進めていたことによるものと の制御対象が制御理論に基づいて制御されている 考えられた. 様子が確認できるものを製作課題にしたいと考え 2.2 課題の検討 電気・電子工学系科目は単位数が少なく,その 中で習熟度を高めるには,メカトロニクスで頻繁 に使う要素に特化した訓練を展開する必要がある と考えた.しかし,教科書で基礎理論を学んだの ち,その確認を実験装置やブレッドボードを用い ておこなうことが時間的にも精一杯である.さら に習熟度を高める方法として,その科目で学んだ 要素を関連させた製作課題を実施できるのが理想 であるが,完成させるには多くの場面で無理が生 じると思われる.したがって,筆者の担当科目の ていた.なお,製作課題を設定する際の要件 2) と して,科目間の関連および時間的な制約を考慮し 以下の 4 点とした. • 全員が同一の製作課題に取り組み,その作品 の “動き” が実感できるもの • 1 年次に学んだ電子回路の知識を応用し,制 御基板を自作できること • フィードバック制御系の構成とコントローラ の役割が理解できること • 卒業研究が本格化する前には,すべてが完了 するボリュームであること 中から,関連性があることを強調しながら訓練を その結果,機械系,電気系などの訓練系を問わ おこなう科目を表 2 のように選んだ.その理由と ず,アクチュエータとして最も身近な DC モータ して,これらの科目は,実施時期が 1 年後期から 2 が制御対象として適切であると考えた.DC モー 年後期にまたがることから,ある程度ストーリー タを制御する場合,制御量となるパラメータには 性を持たせて進めることができると考えたためで 回転速度と回転角があるが,より制御の様子が分 ある.また,第 2.1 節での科目分析から,何らか かりやすいと思われる回転角制御を選択 3) した. 電力増幅回路 制御回路 目標値 + 制御対象 + 偏差 − 制御量 操作量 − 回転角データ 比例+微分コントローラ 図 1 製作課題の制御システム 表 3 製作課題の仕様 項目 電源 センサ 制御回路 制御対象 シャーシ 仕様 直流安定化電源 2 台またはデュアルト ラッキング電源 1 台を使用 正負の電圧を出力 コパル電子製センサ用ポテンショメー タ JC10-000-103N を使用 センサ基板に取り付け,検出した角度 を制御回路へフィードバック オペアンプを用いたアナログの比例・積 分制御(PD コントローラを構成) トランジスタによる電力増幅回転でモー タの正逆転駆動 タミヤ製ハイパワーギヤーボックス HE, ロングユニバーサルアームを使用 カップリングで回転軸とセンサを接続 アルミ板を加工し,制御基板,制御対 象を設置 実験ユニットとして仕上げる することが多い.しかし,学習の初期段階である 学生をターゲットとするのであれば,図 1 に示し た制御回路の要素をオペアンプで製作し,各部の 信号を測定することが電子回路および制御理論の 理解につながると思われる.したがって,自分の 手で製作した回路を用いて,制御対象の制御動作 を動きと信号観測で実感することを本製作課題の 目標(単位取得条件)とした. 3 電子回路と制御工学の関連付け 3.1 制御システムと回路の対応 図 1 のコントローラ部となるブロック(比例要 素 KP ,微分要素 KD s)および加え合わせ点(偏 差を求める部分と操作量を求める部分)の製作に はオペアンプを用いる.コントローラ部は,比例 要素,微分要素をそれぞれ非反転増幅回路,実用 なお,製作課題を実施する科目は,2 年次の後期 微分回路として製作し,半固定抵抗による可変ゲ に複数名で担当している FA 実習とし,筆者の担 インとした.加え合わせ点は,偏差を求める部分, 当時間を使うこととした. 操作量を求める部分をそれぞれ減算回路(作動増 課題の仕様 幅回路),加算回路として製作する.使用するオペ 2.3 製作課題の仕様とシステム構成をそれぞれ表 3, アンプは入手性を考慮し,選定した.コントロー 図 1 に示す.本製作課題は,モータの回転角が目 ラ部は,汎用 2 回路入りとして有名な MJM4558 標値と等しくなるよう,制御回路上の PD コント を選定し,一つの IC で製作する.加え合わせ点 ローラから制御するものである.制御回路の構成 は,汎用 1 回路入りとして有名な UA741 を選定 要素としてオペアンプとトランジスタを選んだ理 し,二つの加え合わせ点をそれぞれ製作する. 由は,第 2.2 節に示した課題の設定要件の 2 つ目 なお,図 1 にはブロックとして直接的に表現さ と 3 つ目を考慮した結果である.現在では,モー れないが,操作量の信号となる部分には電力増幅 タ制御にマイコンを用いるのが主流であり,コン 回路が含まれている.加え合わせ点(オペアンプ) トローラの機能をソフトウエアによる演算で実現 からの出力信号は電圧であるが,取り出せる電流 DCモータ角度制御回路 微分先行型PDコントローラ R3 47k R1 47k 2 R2 47k TP3 VR1 50k SW2 3 2 − + R4 47k Tr3 2SA1488 VR2 50k TP4 6 IC1 UA741 3 − + TP5 R7 75k R9 75k 1 IC2 NJM4558, 1/2 R5 5.1k SW4 2 3 TP8 6 SW1 TP1 TP2 TP6 R6 4.7k C3 10u + C4 10u + 6 5 − + TP7 2 D1 1N4148 3 4 Tr2 2SA1015 R11 20k SW3 CN2 1 D2 1N4148 IC3 UA741 VR3 50k D3 1N4007 Tr1 2SC1815 − + R12 330 R10 20k D4 1N4007 5 R13 330 R8 75k Tr4 2SC3851 7 IC2 NJM4558, 2/2 SW5 電源から CN1 +6V バイパスコンデンサの入れ方 無極性化で 5uFになる 1 + C1 22u GND 8 2 0.1u 7 + C2 22u -6V IC2 IC1とIC3 0.1u TP1-8の はチェック端子 3 4 4 0.1u 0.1u 図 2 制御基板回路図 は数十 [mA] 程度の微弱なものであるから,DC センサ基板 モータを回転させることはできない.そのため, CN2 DC モータを回転させるためには,電圧の振幅は 1 M 2 変えずに電流だけを大きくする電力増幅回路が POT JC10-000-103N 10k 必要となる.本製作課題では,電力増幅回路とし てパワートランジスタを用いたプッシュプル・エ 3 ミッタフォロワ 4) 5 4 を付け加えている.これらをま とめた制御回路基板の回路図を図 2 に示す.図 2 の TP1-8 は,各要素の動作を確認するための測定 図 3 センサ基板回路図 点として設けたチェック端子である.また,図 2 の CN2 は,図 3 に示したセンサ基板と接続する 方式は目標値が急峻な変化をした場合,微分操作 ためのコネクタである.これにより,制御対象へ 量が非常に大きくなるため,操作端や制御対象に 操作量を出力し,センサからの角度情報をフィー 機械的,物理的ショックを与える注 2 ことになる. ドバックできる. これを低減させる方式が,微分先行型 PD コント 3.2 制御システムの特徴 図 1 のコントローラ構成は微分先行型 PD コン ローラである.なお,微分コントローラを電子回 路に置き換えた場合,回路の出力自体が極性が反 と呼ばれ,微分コントローラが制御 転した −˙y(t) となっている.よって,操作量を求 量(出力)に対する微分値を操作量として出力す める加え合わせ点は,減算回路ではなく加算回路 るものである.一般的な微分コントローラは,偏 で実現可能となり,図 1 と同じ意味になる. トローラ 5, 6) 差に対する微分値を操作量として出力する.この 注 2 微分キックという ここで,図 1 のブロック線図を等価変換し,シ Km K P Tm G(s) = 1 + Km K D Km K P s2 + s+ Tm Tm A1488 BCE K A A K C1815 (1) A C3851 BCE A1015 K A K UA741 + V+ GND V- となる.これは,二次遅れ要素の標準形 ωn 2 G(s) = 2 s + 2ζωn s + ωn 2 部品面 ☆ ステム全体の伝達関数を求めると + + UA741 + 4558 (2) と等価の伝達関数であることがわかる.式 (1),式 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 32 33 34 35 36 37 38 39 40 41 42 43 44 45 46 47 48 49 50 51 51 53 54 55 A B C D E F G H I J K L M N O P Q R S T U V WX Y Z a b c d e f g h i j k l m n (2) の係数比較をおこない固有角周波数 ωn および 減衰係数 ζ を求めると,それぞれ √ Km KP 1 + Km K D ωn = , ζ= √ Tm 2 Km K P T m (a) 配線パターン (b) 試作基板 図 4 制御基板の配線パターンと試作 (3) となる.これより,比例ゲイン KP を大きくする ユニバーサル アーム ハイパワー ギヤボックス アルミ板 と,固有角周波数 ωn が大きくなり応答が早くな ることがわかる.同時に減衰係数 ζ は小さくた め,応答が振動しやすくなることもわかる.ここ カップリング RE-260モータ で,微分ゲイン KD を大きくすると ζ が大きくな るため,応答の振動抑制果が強くなる. ポテンショメータ センサ基板 第 3.1 節で述べた回路素子や基本特性は,1 年 CN2 次の電子工学 II および電子工学実験 II で学ぶ項 目である.また,本節で述べたブロック線図の等 図 5 制御対象外観 価変換,コントローラの特徴は制御工学 I,II で 制御対象の製作 学ぶ項目である.したがって,本製作課題の導入 4.2 時に「今まで学んだ内容を関連付けてシステム的 制御対象は,タミヤ製ハイパワーギヤボックス に考える」ということを示すことができる. HE(RE-260 モータが同梱されている)およびロ ングユニバーサルアームセットを組み合わせて製 4 4.1 製作および動作確認実験 制御基板,センサ基板の製作 作した.本製作課題は,モータの回転速度を必要 とするものではないため,ギヤボックスの減速比 制御基板およびセンサ基板は,すずメッキ線を は 64.8 : 1 を選んだ.ロングユニバーサルアー 用いた手配線によりユニバーサル基板上へ製作さ ムは,ギヤボックスから出ている一方のシャフト せることとした.制御基板にはサンハヤト製 ICB- に取りつけ回転角の目安とした.組み立てたギ 96 相当品,センサ基板には同社製 ICB-293 相当 ヤボックスをアルミ板に固定し,もう一方の出力 品を用いた.基板製作時は,使用基板と同じ寸法 シャフトとセンサ基板上のポテンショメータの回 に描いた図 4(a) の用紙を配布し,部品レイアウト 転軸とカップリングを用いて接続した.制御対象 や配線パターンを検討させた.これらの検討には の外観を図 5 に示す. 実験ユニットの組立および動作確認 PCBE 等のソフトウエアを使用方法もあったが, 4.3 学生にとっては部品,基板などの現物を見ながら シャーシにはアルミ板を使用し,穴加工して制 用紙に書き込むほうが仕上がりをイメージしやす 御対象を固定する部分,制御基板を固定する部分 いのではないかと考えた. に基板スペーサを取り付けた.制御基板の向きは, 直流電源 ファンクション ジェネレータ オシロスコープ (a) KP 最小 (b) KP 最大 図 7 比例制御のみの応答波形 実験ユニット 図 6 実験風景 製作者によって縦横いずれかの方向となる.その ため,どちらの方向でも固定可能なシャーシを設 計した.製作した実験ユニットは,ファンクショ ンジェネレータから矩形波の目標値を与え,オシ (a) KP 最小,KD 中 (b) ピタッと制御 図 8 比例+微分制御の応答波形 ロスコープで目標値と制御量を観測することで動 作確認をおこなった.実験風景を図 6 に示す.比 今後は,本製作課題を本格的に運用しながら 例制御のみの応答波形,微分制御を加えた応答波 学生への教育効果を考察し,改善を図りたい.ま 形をそれぞれ図 7,8 に示す. た,マイコン等を含めた課題へ発展できるようマ 図 7 から,KP が大きくなるほど制御量(応答 イナーチェンジも検討したい. 波形)の立ち上がりが鋭くなり,オーバーシュー 参考文献 ト量が増えて応答が振動し始める様子が確認でき る.図 8(a) は,図 7(a) の状態から微分制御を加 えたものである.KD を調整して半固定抵抗の真 ん中あたりになると図 7(a) で出ていたオーバー シュートが完全になくなり,応答波形の振動が抑 1) 岩手県立産業技術短期大学校:メカトロニ クス技術科ホームページ,http://www.iwateit.ac.jp/department/mca/index.html 2) 奥山正:メカトロニクス実習の課題に関する 制されいる様子が確認できる.最後に,筆者が KP 一考察,山形県立産業技術短期大学校紀要 20, と KD を調整し,自分なりの “ピタッと制御” と 49–52,2014 なった応答波形を図 8(b) に示す. 5 まとめ 本稿では,筆者が担当している複数の科目で構 成できる電子回路と制御工学を関連付けた実習課 題を検討した.以下にその内容をまとめる. • DC モータの角度制御を題材として,電子回 路と制御工学が関連した課題を立ち上げるこ とができた • 本製作課題により制御理論の理解の促進,機 械を電気で動かす技術の体験が期待できる 3) 谷腰欣司:DC モータ活用の実践ノウハウ, 145–152,CQ 出版社,2000 4) 鈴木雅臣:定本トランジスタ回路の設計(第 23 版),85–90,CQ 出版社,2007 5) 広井和男,宮田朗:シミュレーションで学ぶ 自動制御技術入門(第 2 版),59–66,CQ 出 版社,2005 6) 川田昌克,西岡勝博:MATLAB/Simulink に よるわかりやすい制御工学,89–96,森北出 版,2004
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