コオイムシ科(Belostomatidae)2年目

コオイムシ科
(Belostomatidae)
2年目
コオイムシ科(Belostomatidae)2年目
調査者 峰村 宏、片山 満秋、栗田 秀男、斎藤 晋、茶珍 護
土屋 清喜、宮原 義夫、山中 幹夫
1 コオイムシ科の概況
カメムシ目コオイムシ科は、コオイムシ亜科とタガメ亜科からなり、国内にはコオイムシ亜科3種
(コオイムシ、オオコオイムシ、タイワンコオイムシ)、タガメ亜科2種(タガメ、タイワンタガメ)
が生息する(林・宮本 2005)
。
これらの内、本調査で対象とする種は、コオイムシ、オオコオイムシ、タガメの3種である。
県内にはコオイムシが12個体群生息するとみられるが、オオコオイムシは長谷川(1954)、Tomokuni(1982)の記録と、他に1個体の標本が確認されているだけである(群馬県 2012)。
これまでの記録にはコオイムシとオオコオイムシが、混同されている可能性が指摘されており
(林・宮本 2005、苅部・高桑 1994など)、県内の記録も見直す必要があると思われる。
タガメは1970年代にはいくつかの地域で採集されており標本も残されているが、1982年以降生
息が確認されていない(群馬県 2012)
。
群馬県レッドデータブック動物編2012年改訂版ではコオイムシとオオコオイムシは情報不足、タ
ガメは絶滅危惧Ⅰ類と評価されている。
このようなことから、コオイムシ科の生息場所を調査し現在の状況を把握して、保全のための基
礎資料を得ることが必要と思われるので、2012年から3年間の計画で調査を始めた。
2 調査地域と調査方法
2013年に行った調査月日、場所は次のとおりである。4月26日に甘楽町入木屋の溜池と休耕田お
よび田口溜池。5月21日にみなかみ町大峰沢源流部周辺。6月27日に高崎市倉渕町水沼と倉渕町三ノ
倉の休耕田。7月19日に高崎市倉渕町三ノ倉、細入、水沼の休耕田。8月20日に高崎市倉渕町三ノ倉
の休耕田。10月3日に高崎市に倉渕町三ノ倉の休耕田。11月8日に中之条町青山、守原野の水田と水
路。11月22日に高崎市倉渕町三ノ倉、細入の休耕田。
いずれの調査域でも掬い網を用い、定性的に採集し、同定に必要な最小数の個体を持ち帰った。
また、6月27日∼10月3日と11月22日(細入だけ)の倉渕町三ノ倉と細入では多数の個体が確認され
たので、体長組成や齢構成を推定するために、体長と前胸部後端の幅をノギスで0.1㎜単位まで測定
した。倉渕町水沼でも比較的多くの個体が確認された7月は体長などを測定した。
3 調査結果と考察
4月と5月の調査では目的とした3種は確認できなかった。甘楽町は過去にコオイムシの生息が確
認されているし(片山 1998)
、大峰沢も生息の情報があったが、本年は春季の降水量が極度に少な
かったことが影響したかも知れない。
6月に倉渕町の三ノ倉と細入で新たにコオイムシ科の生息地が見つかった。倉渕町では以前から
水沼でコオイムシ科の生息が確認されている(峰村 2013)が、これを含め3箇所で個体群が確認さ
れたことになる。
また11月の中之条町では、既知の12個体群に含まれる青山と新たに宇原野でコオイムシ科の生息
を確認した。両地点とも10個体前後を確認したが、いずれも成虫であった。
2013年にコオイムシ科の生息が確認された倉渕町(旧倉渕村)と中之条町の場所を図1、2に示し
た。
―237―
図1 倉渕町(旧倉渕村)のコオイムシ科確認場所
(1)種について
コオイムシ(
)とオオコオイムシ(
)の形態の違いについては
林・宮本(2005)
、角田(2002)
、苅部・高桑(1994)
、堀(2001)などによって示されている。こ
れらをもとに、担当者の数名が標本を持ちより確認したところ、大峰沼、倉渕町水沼、三ノ倉、細
入で採集された個体はオオコオイムシ、中之条町青山と宇原野の個体はコオイムシであった。正確
を期するため、後日専門の方に同定をお願いする予定であるが、本報告では前述の同定に基づいた
種名を用いる。表1に、2012、2013年の調査でコオイムシ科の生息が確認された場所などを示した。
なお、持ち帰った個体は少数で、大峰沼のように水域が広い場所ではコオイムシが混生するかも知
表1 本調査でコオイ厶シまたはオオコオイ厶シが確認された水域など
倉渕町の三ノ倉、細入、水沼では2013年の、他の月の調査でも確認されている
調査年月日
2012.
2012.
2013.
2013.
2013.
2013.
8. 9
10. 24
6. 27
7. 19
11. 8
11. 8
場 所
倉渕町水沼
みなかみ町大峰沼
倉渕町三ノ倉
倉渕町細入
中之条町青山
中之条町宇原野
コオイムシ科(和名)
オオコオイムシ
オオコオイムシ
オオコオイムシ
オオコオイムシ
コオイムシ
コオイムシ
―238―
図2 中之条町のコオイムシ科確認場所
れない。
県内でオオコオイムシが報告されているのは尾瀬(長谷川 1954、Tomokuni 1982)だけであ
るが、本調査で新たに4つの生息地が見つかったことになる。
(2)三ノ倉と細入を主にしたオオコオイムシの齢期と体長、生活環など
前述のように、三ノ倉と細入、水沼では個体が多数採集された月に体長を測定した。
三ノ倉の6、7、8、10月の体長別分布を図3-1∼4に示した。これをみると各月とも不連続な2∼4
つの集団に分けられる。
図3-1(6月)を例に、体長と齢期の関係をみると次のようになる。
体長の1番小さい集団(A)は7.0∼7.9㎜、2番目(B)は10.0∼10.9㎜、3番目(C)は12.0∼15.9㎜、
4番目(D)は17.0㎜以上で、最大は22.6㎜であり、このD集団には卵を背負った3個体が含まれている。
―239―
図3-1 6月の三ノ倉におけるオオコオイムシの
体長別個体数
図3-2 7月の三ノ倉におけるオオコオイムシの
体長別個体数
図3-3 8月の三ノ倉におけるオオコオイムシの
体長別個体数
図3-4 10月の三ノ倉におけるオオコオイムシの
体長別個体数
7月の調査中に孵化した2個体(1齢)の体長は5.0∼5.9㎜であった(図3-2)ことから、6月のA集
団は2齢、B集団は3齢、C集団が4齢、D集団は成虫とみることができる。
7、8月の三ノ倉と、図には示さなかったが7月の細入の体長別分布から、齢期と体長の関係をみる
と、3齢までは前述の三ノ倉の6月とほぼ一致するが、7、8月は3齢と4齢または4齢と5齢・成虫(7
月の調査中、5齢と成虫の体長を測定したが差がなかった)は体長からの区分がはっきりしない。
7、8月に3、4齢または4、5齢以上の個体が体長からは区別しにくくなるのは、オオコオイムシの
生活環が関わっていると思われる。矢島(1996)によればコオイムシは成虫で越冬し、4∼6月にか
けて産卵、7∼8月に成虫になるという。オオコオイムシも同様の生活環をもつとすれば、三ノ倉の
6月にみられた4齢以下のA∼C集団に属する個体はすべて4月以降に孵化、成長したことになる。三
ノ倉では7月19日に卵を背負った個体が確認されているが、この時には早期(4月中か?)に孵化し
た個体は5齢または成虫になっていると考えられる。すなわち7月はその年に生まれた1齢∼5齢また
は成虫までの個体が存在することになる。水温が上昇し、餌となる動物も増えると思われる7、8月
になると、若齢(1∼3齢)のうちは同齢の個体間では体長などにあまり大きな差が生じないが、成
長に伴って個体差が大きくなるのではないかと推測される。図3では6月に1齢幼虫が、7月に2齢幼虫
が採集されていないが、限られた時間内では、体長の小さなこれらの個体は採集できなかったもの
と思われる。
10月初旬には大部分の個体は5齢または成虫になっているようである(図3-4)。
前述のようにコオイムシは成虫で越冬すると言われているが、7月19日に三ノ倉で1齢幼虫(図32)
、8月20日に2齢幼虫(図3-3)が確認された。この幼虫が冬までに成虫になれるのかどうか、10
月初旬に調査したところ、少数ではあるが4齢と思われる幼虫が確認された(図3-4)
。ただし、この
幼虫が成虫まで生育、越冬できるかどうかは疑問である。
11月22日の調査では三ノ倉ではオオコオイムシは確認できなかったが、細入では成虫が27個体確
認された。ほとんどの個体は、湿った泥の表面近くにおり、刺激を与えると緩慢ではあるが反応した。
―240―
表2 コオイムシ・オオコオイムシの背負っていた卵数など
捕獲した年月日
1966年5月10日
1966年7月21日
1986年5月3日
1997年4月25日
2013年6月27日
2013年6月27日
2013年6月27日
2013年7月19日
捕獲場所
卵の数
みなかみ町小池沼
前橋市敷島町
渋川市八木原
みなかみ町小池沼
高崎市倉渕町三ノ倉
高崎市倉渕町三ノ倉
高崎市倉渕町三ノ倉
高崎市倉渕町三ノ倉
65
56
113
34
88
97
88
97
なお、細入の調査時間帯は午後で、日照もあり生息場所の地温、水温は三ノ倉と比べるとかなり
高くなっていた。この時の日当たりの良いところの水温は11.2℃であった。
(3)産卵期と1個体が背負う卵の数
1個体の雄が最大で何個の卵を背負うのかを本調査と県内の記録からさがしてみた。結果を表2に
示した。前述のように、記録にはコオイムシとオオコオイムシが混同されている可能性があるが、
対象とした個体の採集場所や個体の写真などから前橋市と渋川市で採集された個体はコオイムシと
思われる。
背負っている卵数は時期によっても異なるし、対象の個体が雌に受け入れられる度合などによっ
ても異なるだろう。最も多いので113、三ノ倉では背中いっぱいに卵の負っているように見える個体
で、卵数は100個前後のようである。
調査年と場所が異なるし、コオイムシとオオコオイムシが混同することになるが、県内では4月21
日から7月19日まで不連続ではあるが卵を背負った個体が確認されていることになる。産卵が始ま
る時期や、繁殖の期間などには水温が大きく影響すると思われる(調査者の1人でコオイムシを飼育
している茶珍は、適当な水温に保てば季節に関係なく産卵することを確かめている)。県内の生息地
は標高100m前後から1000m辺りまでに散在するから卵を背負った個体が見られる期間も長いのか
も知れない。
4 保全の現状
倉渕町水沼、三ノ倉、細入は、いずれも現在は休耕田で、周囲は山地になっている。水域内とそ
の周辺ではイノシシにより掘り起こされた痕がたびたび見られた。
人為的に環境が急変する可能性は低いと考えられるが、イノシシによる環境破壊や一部のマニア
による捕獲が懸念される。
大峰沼は「大峰沼浮島及び湿原植物」として県の天然記念物に指定されている。近年、大峰沼に
比較的近く、コオイムシや数種のゲンゴロウなど貴重な種が生息する池沼で、マニアによる採集が
行われているとの情報もあり、捕獲による個体数の減少が懸念される。
引用文献
群馬県(2012)群馬県の絶滅のおそれのある野生生物 動物編.301pp.
長谷川 仁(1954)尾瀬ケ原の半翅類.尾瀬ケ原 尾瀬ケ原総合学術調査団研究報告,746-757.
日本学術振興会.
林 正美・宮本正一(2005)半翅目.日本産水生昆虫,291-378.東海大学出版会.
堀 繁久(2001)北海道におけるコオイムシ属2種の形態と分布.北海道開拓記念館研究紀要,25:
59-66.
片山満秋(1998)動物プランクトンなど.良好な自然環境を有する地域学術調査報告書ⅩⅩⅣ,5861.群馬県.
苅部治紀・高桑正敏(1994)神奈川県を主としたコオイムシ属2種について.神奈川県自然誌資料,
―241―
15:11-14.神奈川県立博物館.
峰村 宏(2013)コオイムシ科(Belostomatidae)
.良好な自然環境を有する地域学術調査報告書Ⅹ
ⅩⅩⅣ,201-205.群馬県.
Tomokuni, Masaaki(1982)The heteropterous fauna of Ozegahara Moor and its adjacent area. Ozegahara:Scientific Researches of the High Moor in Central Japan, 347-353.日本学術振
興会.
角田 亘(2002)福島県と神奈川県のコオイムシとオオコオイムシの外部形態.横須賀市博物館研
究報告,49:23-33.
矢島 稔(1996)コオイムシ.川の生物図典,262-263.山海堂.
(峰村 宏)
―242―