特集Ⅲ 幼児期の探究 特集Ⅲ 幼児期の探究 幼児期の学校教育をめぐって 中澤 潤 千葉大学教育学部 教授 狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂 科書もない。幼児教育の場では、教員が個々 .質の高い幼児期の学校教育 の幼児に合わせた教科書を自分で作っている 幼稚園と保育所の一体化の流れの中で、 とも言える。だからこそ、教育目標や教育課 「質の高い幼児期の学校教育」という言葉を 程は指導や援助の大きなよりどころとなり、 聞くようになった。幼保の一体化は、単なる 教員集団の理解の共有が必要となる。 待機児童対策ではなく、幼稚園教育として行 教員の力量が高まるにつれ、教育課程に基 われてきた質の高い日本の幼児期の教育を、 づいた保育から、より良い教育課程を主体的 全ての就学前の子どもに保証することが理想 に作る保育へと変化していく。教育課程に基 である。この質の高い幼児教育は、遊びを通 づく実践を繰り返し、教員同士のカンファレ して学びを育てるという幼稚園の教育理念と、 ンスによる保育研究を通して、子どもを見る 国公私立幼稚園が実践と省察を通して蓄積し 目、子どもへの対応、実践が改善され、新た てきた豊かな保育実践に支えられてきた。 な教育課程の創造へと進むことになる(千葉 本稿では「学校教育」としての 大学教育学部附属幼稚園, − 歳児 )。 の幼児教育とは何か、またその「質の高さ」 学びの芽生えと学びの連続性 幼児教育では、 を担保するものは何かについて、今まで関わ 幼児期の子どもの発達特性に応じた学びを育 ってきた実践的研究をふまえ考えてみたい。 てることが重要となる。特に重要なのは、学 .学校教育としての幼児教育の要素 びの芽生えとしての知らないことの自覚と、 知ることの面白さの自覚であろう。子どもた 系統的な教育課程 学校教育は各学校が教育 ちは 目標を掲げ、その達成のために編成した教育 問いを頻繁にするようになる。世の中にある 課程に基づき行われる。いつ何を援助・指導 ことには全て何らかの理由やきまり(原理や するのか、それはなぜかが、学校として定め 規則、法則)があることに気づき始め、さら られ、教員に共通理解されていることが重要 にそれらの理由やきまりを自分が知らないこ である。特に幼児教育では子どもの特性や経 とに気づき始める。知らないことの自覚は、 験差が大きいことから、全てを一斉活動で行 知りたいという意欲を引き起こす。これが うことは難しく、小学校以上の学校教育で一 「学びの芽生え」である。さまざまな不思議 斉授業をすすめるよりどころとなっている教 を体験でき疑問を引き出す環境が、ヒト本来 6 4 歳になると、なぜ?どうして?という 幼児期の学校教育をめぐって の持つ好奇心や知りたいという欲求を生じさ です」「○○だと思いました」というフォー せる。 マルな話し方のように、具体的な場面を離れ 学校教育で系統的な教育課程が設定されて た状況で抽象化された相手に自分の側から一 いるのは、子どもの学びが発達に応じ、また 方的に発する、 発達的につながり、それ以前の学習をふまえ の使用の意図的な導入を行う。 て進むということを意味する。「学びの連続 は、そのまま書くと文章となることから、書 性」と言われるのは、このゆえんである。幼 きの基本にもなる。また 児期の学びを保障する上で、子どもたちには いので、聞き手にとっても、話し手に注意を 認知や身体発達に応じた体験が重要である。 向けるという聞く態度が重要となる。小学校 従って、 との接続を意識したこうした幼児教育の教育 、 、 歳それぞれに応じた体験 次的ことば(岡本, 対 ) 次的ことば の発話ではな を十分に持つことができる年齢別の学級編制 課程は、アプローチカリキュラムと呼ばれる。 を行い、各年齢における体験をつなげ、さら 一方、小学校の側が新たに迎える新入生に に小学校へとつなげていく(保育園では 〜 ついて、幼児教育を引き継ぎ良好なスタート 歳の縦割りの学級編制が未だ多い)ことが を行うために設定する教育課程は、スタート 重要となる。また、各年齢の子ども集団を、 カリキュラムと呼ばれる。スタートカリキュ 責任を持って援助する学級担任が明確である ラムでは、入学当初の様子を基に ことも重要である。 な学級編制を行う、授業の前に少し自由な活 教育課程の接続 幼児教育の目標とその成果 動を取り入れる、入学当初は を小学校教育が受け取り生かすために、幼児 く 教育の教育課程と小学校の教育課程はつなが ール化を行う、幼稚園や保育所で用いていた らなければならない。そのためには教員(相 絵本や歌を授業に取り入れるなど、さまざま 互授業参観)、子ども(授業における子ども同 な柔軟な対応が行われている(千葉市教育セ 士の相互交流)、施設(施設の相互利用)、保 ンター, 護者(幼と小の保護者の交流の場の設定)な な対応を探り、幼児教育で体験してきた活動 ど、さまざまなチャンネルを通したつながり やねらいを理解し、その学びや体験をふまえ 作りが重要となる(浦安市教育委員会, た授業構成を行うために、小学校教員の保育 )。 このようなつながりの中で、相互にメリット のある交流が可能となる。 それらが蓄積されると、教育課程の接続も 分や 月に正式 分授業ではな 分等の単位で区切り授業のモジュ )。入学当初の子どもへの適切 参観や園内保育研究への参加が求められる。 .幼児の特性をふまえた幼児期の学校教育 視野に入ってくる。幼児教育では、年長児の 学びの動機づけ 前述のように、幼児期は学 中頃から次第に小学校教育への準備を意識し びの芽生えの時期であり、幼児期の学校教育 た活動を設定し、ヴィゴツキー( )の言 では、知識の獲得より、「学びの動機づけ」と うさまざまな技術的道具(椅子、机、黒板) しての知ることへの意欲を育てること、即ち や心理的道具(文字や言葉)を提示していく。 小学校以降の教育における、「意欲・関心・態 例えば、帰りの会等での聴衆に対する「○○ 度」の基礎を育むことが重要となる。もっと 6 5 特集Ⅲ 幼児期の探究 も、幼児期は、幼稚園・保育所での教師や仲 それでは幼児期の知識のあり方はどうある 間との新たな出会いの中で、毎日が新鮮な体 べきなのだろう。知識を知識としてのみ注入 験に満ちており、自ずと好奇心は刺激され、 することは、この時期の認知発達からして意 知りたい、分かりたいという意欲に溢れた時 味を持たないことが多い。幼児期は体験から 期である。さらに幼児期は、自分は正しくま 学ぶ時期であり、彼らの知識は常に具体的で、 た何でもできると思う、自己肯定感や自己効 それを体験したときの感情に彩られ、喜びや 力感が極めて高い。自己肯定感や自己効力感 感動や驚きとつながっている。 は、自我を守り、物事への積極的な取り組み 幼児期は知識が限られているだけに、その やがんばりを生み出す。また幼児は、初対面 限定された知識で世界を理解しようとする。 の大人にも「今日はお誕生日なんだ」、「僕も ピアジェ( う てのものには命がある)、実念論(想像と現実 歳」、「今度は小学校に行くんだよ」など、 )は生命論(アニミズム:全 自分の成長を誇らしげに教えたりする。幼児 の区別が曖昧)、人口論(世界は人が作った) は、自分が大きくなることは良いことであり、 という幼児の世界観を明らかにしたが、これ 今日より明日はもっとよくなるという、自己 は幼児が限定的な知識で世界を理解しようと や将来への楽観性を持つ。このような楽観性 する際に用いる、想像に満ち工夫された創造 も、楽しみを持って生き生きと生活し、自己 的な思考のあらわれであろう。さらに、一人 の成長を喜び、意欲的に前進する基礎となっ では解決できなかった課題に幼児教育の場で ている。こうした幼児期に特徴的な十分な自 皆と取り組み、知識をやり取りする中で解決 己肯定と自信が、幼稚園から小学校への移行 するという協同的な体験も重要である。 を乗り越えさせ、小学校教育における意欲的 体験を通して得られた豊富な知識は徐々に な取り組みへとつながる。 整理され、知識の枠組みが出来上がると、新 幼児期の意欲は、幼児の活動を未熟である たな体験はその中の適切な場所に位置づく。 と否定したり、やみくもに少しでも早く発達 すると新たな知識はますます入りやすくなる。 を促そうという環境ではすぐに消滅してしま 知識獲得体験の基盤には、はさみやクレヨン うだろう。そのような環境では、自分ができ 等の文房具の使い方等、さまざまな技術の獲 ないという現実に直面させられるからである。 得も大きな役割を果たす。 また、時間割で区切られることなく、連続的 遊びと学び 幼児期は活動・体験を通して学 に活動を展開できる時間的・空間的な自由さ ぶ時期である。幼児は環境を自由に探索し、 も、幼児期の意欲の育ちに重要である。多く 興味や関心のあるものや活動に時間を忘れて の幼稚園や保育園で、小学校のような細かな 集中することができる。現実の制約から離れ 時間割を設定することなく、遊びを基本に保 た活動が、「遊び」である。遊びの中では、想 育が行われているのはそのためである。幼児 像を膨らませ、自由な思考が可能になる。遊 の自由な活動が保障される遊びを中心とした びは同じことを展開していては飽きてくるも 活動と、そうした活動を認め育てようとする のであり、さらに楽しく遊ぶためには、工夫 教員の支援が、幼児期の意欲を支える。 したり、新たな技術を身につけたり、仲間と 6 6 幼児期の学校教育をめぐって 協同したりと、今の自分をもう一歩前にすす ている。幼児教育による学校教育の基礎の充 めていく必要がある。そのような遊びの中で 実のために以下の 子どもは、知的にも、技術的にも、社会的に ( も多くのことを学んでいく。 幼児期の教育では学びの意欲を育てることが .質の高い幼児期の学校教育を保証する ための諸課題 点を挙げたい。 )学びの動機づけを育む 前述のように、 大きな課題である。そのため、幼児に挑戦の 場を与えること、またその克服への取り組み を自由な場・時間の中で体験させることが重 人格形成の基本を担う 教育基本法では、幼 要である。挑戦やその克服経験を基に、自信 児期の教育は、生涯にわたる人格形成の基礎 や自尊心を持ち、試みる前に「できない」 を培う重要なものとされる。それを保証する 「したくない」等と言わない子どもを育てた には、以下の諸点が重要である。 い。 ( ( )家庭教育を支え連携する 基本的生活 )教育目標の検討 幼児教育後の学校教 習慣の確立が不十分な子どもが増えている。 育とのつながりをふまえた教育目標、教育課 家庭への育児支援や家庭との連携による生活 程、指導計画であるかを見直す。どのような 習慣の確立や、保護者の養育の安定化を図る 子どもをどのように育てるのかを意識化し、 ことも、子どもの人格形成の大きな支援とな 小学校教育との接続を考えた る。園で保護者の子育てについての自由なお 育課程を作り、その中でアプローチカリキュ しゃべりの会を設けたり、保育カウンセラー ラムを位置づける必要がある。 を活用することも必要であろう。 ( ( )社会性・対人関係を育む 仲間の中で た教員集団の力量の向上を図る。教員は不断 学ぶ機会を豊かにする。子どもの立場を理解 の自己発展的集団として、研修を重ねていか し受容してくれる親とは異なり、互いの自我 なければならない。講演を聞く等の園外研修 がぶつかりあう仲間との体験は葛藤をもたら や、園外の講演内容の報告は、力をつける研 し、その中でさまざまな社会的規範や葛藤解 修としては十分ではない。研修の中心は園内 決の試みを学ぶことになる。一人では思いつ 研修における保育研究、保育カンファレンス かなかった遊びを他児との遊びから学んだり、 にある。互いの保育を見ながらその良さを見 他児と共に問題を協同で解決したりする体験 つけあう中で学びあい、問題点の改善を話し は、仲間の大切さや仲間との協調の方法を学 合う。その改善が保育に反映されているかを ぶことにもなる。また小グループやさらにク 再度のカンファレンスで検証していく。この ラスなどのより大きな集団での競争や協同は、 繰り返しの中で教員個人や教員集団の力量が 集団の一員としての意識を育てることになる。 高まっていくであろう。 学校教育の基礎を担う 学校教育法では、幼 稚園は義務教育およびその後の教育の基礎を ・ 年間の教 )園内研修の一層の充実 教員個人、ま .おわりに 培うものとされ、保育所保育指針では、保育 安定した家庭教育があれば、学校教育は実 所は養護だけではなく教育の機能を持つとし り豊かに展開することができる。そして、安 6 7 特集Ⅲ 幼児期の探究 定的な幼稚園生活の上に、充実した適応的な 小学校生活を、さらに小学校の安定的な生活 の上に、充実した適応的な中学校生活を展開 することが可能となる。そのためにも、学校 教育の基本を作る質の高い学校教育としての 幼児教育の責任は大きい。 引用文献 千葉大学教育学部附属幼稚園( ) 平成 年度研 究紀要 千葉市教育センター( めるための小 岡本夏木 ( Pi a ge t ,J ( . ) 楽しい小学校生活を始 スタートカリキュラム ) 子どもとことば 岩波書店 ) Lar e pr é s e nt a t i o ndumo ndec he z l ’ e nf a nt .F.Al c a n (大伴茂 訳 児童の世界 観 同文書院) 浦安市教育委員会( )平成 〜 年度 幼保小連 携教育協議会実践報告 保育園・幼稚園での発達 や学びを小学校の教育へ「つなぐ」 Vygo t s ki ĭ , L. S( . 訳 6 8 )Мышлениеиречь(柴田義松 思考と言語 明治図書)
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