群馬県におけるアサマシジミの分布変遷と保全 - 群馬県立自然史博物館

群馬県立自然史博物館研究報告(13
)
:149
-152,2009
149
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(1
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)
:149
-152,2009
軸宍宍宍宍宍宍宍宍宍宍宍宍雫
雑 報
軸宍宍宍宍宍宍宍宍宍宍宍宍雫
群馬県におけるアサマシジミの分布変遷と保全
松村行栄1・高橋克之2
1
日本チョウ類保全協会:〒3
7
5
0
0
2
4
群馬県藤岡市藤岡8
2
7
5
2
群馬県立自然史博物館:〒3
7
0
2
3
4
5
群馬県富岡市上黒岩1
6
7
4
1
キーワード:アサマシジミ,絶滅危惧種,分布,生息状況,保全
Di
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はじめに
今回は調査が終了したアサマシジミついて,その結果,
及び
保全の可能性を考察したので報告する.
国全体で見ると,
日本では絶滅したチョウはまだいない.
アサマシジミ Ly
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は,
日本以外ではアル
しかし,
地域個体群レベルで見ていくと,
既に絶滅した可能
タイ,アムール,シベリア,
中国東北部,朝鮮半島,及びサハ
性が高い個体群が約1
8
0もあり,都道府県単位では多くの種
リンに分布する.
日本では北海道亜種(s
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)
,群馬
が既に絶滅している
(中村,
2
0
0
5)
.
群 馬 県 で は 約1
4
0
種の
県の個体群も含まれる中部中山帯亜種
(s
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)
,中部
チョウが確認されたが,
群馬県(2
0
0
1)
によると,
その中の5
高 山 帯 亜 種(s
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)の3
亜種に分類されてい
種
(オオルリシジミ,
オオウラギンヒョウモン,
オオイチモ
る.年1
化性で,主にナンテンハギを食べ,成虫は6
月から7
月
ンジ,ヒョウモンモドキ,
ヒメヒカゲ)
が絶滅したとされて
に発生,
卵で越冬する.好蟻性があり,
幼虫には常にアリが
いる.その後,さらに絶滅種は増え,
群馬県では絶滅危惧Ⅰ
集まる.
類に評価されていた4
種
(ヒメシロチョウ,
ゴマシジミ,クロ
中部中山帯亜種は関東地方と中部地方に分布し,関東地
シジミ,
シルビアシジミ),
及び絶滅危惧Ⅱ類に群馬県評価
方では群馬県の他,
埼玉県,
東京都,
神奈川県にも生息した
されていた1
種(チャマダラセセリ)
の合計1
0
種が群馬県で
が,他県では既に絶滅し,現在では群馬県に生息するだけで
既に絶滅したものと思われる
(松村,
2
0
0
9)
.
ある.
中部地方の中部中山帯亜種や,
北海道亜種,中部高山
群馬県内で,
これ以上の種の絶滅を防ぐためには,絶滅が
帯亜種も生息状況は同様で,
絶滅寸前である.
(環境省編,
危惧されるチョウの現状を正確に把握し,適切な保全策を
2
0
0
6)
早急に開始する必要がある.群馬県で既に絶滅したチョウ
のほぼ全数が,
河川敷を含めた草原を生息環境とする種で
調査と集計方法
ある.
そこで,
絶滅危惧Ⅰ類に群馬県評価されたチョウの中
で,草原を生息環境とする5
種
(ホシチャバネセセリ,アカセ
調査方法
セリ,
ツマグロキチョウ,
ミヤマシジミ,
アサマシジミ)を群
アサマシジミの群馬県における分布を把握するため,文
馬県における保全の優先種と考え,
現状の調査を開始した.
献調査と現地調査を実施した.文献調査は分布の変遷を明
受付:2
0
0
8
年1
2
月2
0
日,受理:2
0
0
9
年2
月2
4
日
150
松村行栄・高橋克之
確にするため,
文献の検索,
インターネットでの検索,
及び
チラシ配布による情報募集で行った.
① 文献の検索は参考文献に示した文献を対象にした.
② インターネットでの検索は群馬県で撮影された写真
を中心に検索し,
アサマシジミの写真が掲載されて
いるサイトの管理者に直接メールを送信し,
情報の
確認をした.
③ チラシ配布による情報募集では,
チラシ(図1
1
,
1
2
)
を5
0
0
0枚作成し,
群馬県内の小中学校5
1
9
校,高等学
校7
3
校,
公共施設3
5
8
箇所に配布し情報提供を募っ
た.情報は提供時に添付された資料,及び写真を評価
し,
アサマシジミであることが確実なものを採用し
た.
現地調査は文献や情報提供により得られた生息地の確認
のため,
2
0
0
8年7
月3
日に吾妻郡高山村,2
0
0
8年7
月5
日に藤岡
市上日野で実施し現状を調査した.
集計方法
1
9
5
0年以降のデータはチョウの確認場所・確認年月日が
明確なものだけを集計に採用し,1
9
4
9年以前のデータは確
認場所だけで確認年月日が明記されていないものも採用し
た.
図1-1 情報募集のチラシ(表).原図の1/
2
採用したデータは確認場所を市町村別に分類し,確認年
月日で1
9
4
9年以前,1
9
5
0
1
9
5
9年,
1
9
6
0
1
9
6
9年,
1
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0
1
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9年,
1
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8
0
1
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8
9年,
1
9
9
0
1
9
9
9年,2
0
0
0
2
0
0
4年,
2
0
0
5
2
0
0
8年に分け
整理した.ここで2
0
00
年以降の確認データは,現状を正確に
反映させるために2
0
0
0
2
0
0
4年と直近の2
0
0
5
2
0
0
8年に分け
て整理した.
アサマシジミは移動性が少ないと考えられる
ため,確認された年月日以前は,
1
9
4
9年以前から確認生息場
所に生息していたとして集計した.生息場所をより正確に
集計するため,
市町村区分は2
0
0
3年4
月の市町村合併以前の
7
0
市町村を採用した.
分布地域の減少率は1
9
4
9年以前に生息していた市町村数
を基準とし,
その時点から減少した市町村数を%で計算し
た.
結 果
1
9
4
9年以前,群馬県の2
2
市町村にアサマシジミが分布し
ていたと思われる.1
9
5
0
1
9
5
9年には1
8
市町村に生息してい
た.
しかし,
2
0
0
5
2
0
0
8年は6
市町村でしか確認できず,これ
は分布地域の7
3
%の減少率にあたる.1
9
5
0
1
9
5
9年を基準に
しても6
7
%の減少となる(表1
).
1
9
5
0
1
9
5
9年から1
9
8
0
1
9
8
9年まで生息する市町村数に大
きな変化は認められないが1
9
9
0
1
9
9
9年から減少が認めら
れ,2
0
0
0年以降に急速に減少している(図2
).
現地調査の結果,
アサマシジミの生息環境であった草原
図1-2 情報募集のチラシ(裏).原図の1/
2
の減少が確認された.現在,残された草原環境は林道脇の草
群馬県におけるアサマシジミの分布変遷と保全
の刈取りが定期的に行われている場所だけになっている.
151
考 察
アサマシジミの本来の生息地は火山帯の草原である.そ
れが付近に低木がある荒れ地や農耕地など,かなり人手の
加わった環境に進出した(福田晴夫他,1
9
8
4).
高山村におけ
る現地調査では,植林地沿いの林道脇で,草の刈り取りが定
期的に行われている場所にナンテンハギが保たれアサマシ
ジミが発生していた.高山村役場での聞き取り調査による
と,以前,周辺には草原がパッチ状に広がっていたとのこと
なので,
そのような草原が高山村におけるアサマシジミの
生息地であったと思われる.
しかし,
現在,
その多くは針葉
樹の植林地となり,周辺の林道沿いに残された狭い草原環
境だけが生息地になっている.このような狭い場所の植生
は不安定で,放置されれば下草が伸び生息環境が悪化し,
あ
図2 年代別のアサマシジミ生息市町村数(%).
まり頻繁に刈り取りが行われれば,アサマシジミの卵や幼
表1 群馬県におけるアサマシジミの分布が確認できた市町村
○ :調査によりデータが確認できた市町村別の年代
網掛け:アサマシジミが分布していたと思われる市町村別の年代,
アサマシジミは移動性が少ないと考えられるため,
データが確
認された市町村別の年代以前は分布していたとした.
152
松村行栄・高橋克之
虫がついた食草まで刈り取られてしまう.
けは単回で終了するのではなく,繰り返し実施することに
さらに高山村において,
ここ数年で急激に生息地域が減
意味があると考える.現状ではチョウの保全に興味を持っ
少してきているとのことである.上記のような限られた生
ておられる方は,
極少数であると思われる.
それが,
今回の
息環境に依存して発生したチョウが,集中的に採集される
ような呼びかけを続けることにより,
群馬県のチョウの現
ことにより,
急激な減少につながってきたと考えられる.
状に気づき,呼びかけに応え,さらには保全に参加してくだ
さる方が増えるようになることを期待している.
アサマシジミの保全について
以上の現状把握より,
アサマシジミの保全には以下の対
謝 辞
策が有効と考えられる.
1
.
緊急的な生息環境維持のため,
保全地域を設定し定期的
な下草の刈り取りを行う
2
.ナンテンハギの分布,
アサマシジミの正確な生息数,成虫
の移動範囲等の調査を実施する
3
.
調査の結果からアサマシジミの生態を把握し,
短期的/
長期的な保全策を策定する
今回のチラシ作成にあたり貴重な写真をご提供くださっ
た佐藤伸一氏,
また,
たにつち氏
(ブログ
「登山道の管理日
記」の管理人)をはじめとする情報提供にご協力をください
ました皆様,
高山村のアサマシジミに関する情報をご提供
くださり,調査にもご参加いただいた吉田朝志氏,佐藤晴夫
氏に感謝申し上げます.
4
.生息数をモニタリングし,
保全対策の実効性を検証する
5
.
保全組織を結成し,
幼虫/成虫の時期にパトロールを実
引用文献
施するなどし,
採集の自粛の呼びかけを行う
福田晴夫他(1
9
8
4
)
:原色日本蝶類生態図鑑(I
I
I
),
保育社,大阪,3
7
3
p
.
群馬県(2
0
0
2
)
:群馬県の絶滅のおそれのある野生生物(動物編),1
9
0
p
.
ま と め
改訂版として発表された環境省編(2
0
0
6)によると,
「無脊
椎動物編は数値データを把握することが困難な分類群であ
ることを踏まえ,
評価は専門家の知見等による定性的評価
環境省編(2
0
0
6
)
:改定・日本の絶滅のおそれのある野生生物(5
.
昆虫
類),1
5
5
p
.
松村行栄(2
0
0
9
)
:群馬県のチョウと保全.昆虫と自然,4
(
41
)
:3
5
3
9.
中村康弘
(2
0
0
5
)
:増え続ける絶滅に瀕するチョウ類とその保全.
昆虫
と自然,4
(
01
4
)
:1
0
1
4.
を基本とした」
とある.
参考文献
今回,
群馬県におけるアサマシジミの分布の調査を行い,
1
9
9
0
1
9
9
9年の1
0
年間の生息市町村数は1
3
であったものが,
その約1
0年後の2
0
0
5
2
0
0
8年には6
市町村にまで減少したこ
とが分かった.
ここ1
0
年で5
4
%の地域の個体群で減少が見
られたことになる.この数値は新RDBカテゴリーの定量的
要件の定義で,
「最近1
0
年の期間を通じて,
5
0
%以上の減少
があったと推定される」
ことから,
アサマシジミは絶滅危惧
I
B類に該当する.今回,アサマシジミで実施した調査方法
は,
分布の変遷を数値データとして計算することにより,
RDBカテゴリーの決定に客観的な定量的評価を採用でき
る可能性を示すものである.
今回のチラシによる情報収集では1
6
件の情報提供があ
り,
データに採用したのは4
件であった.
このような呼びか
雨宮範正・宮川佳子(1
9
8
2
)
:群馬県吾妻郡のアサマシジミ.
月間むし,
(1
4
0
)
:4
7,口絵.
布施英明
(1
9
9
0
)
:アサマシジミ.群馬県
(編)群馬県の貴重な自然(動物
編).群馬県,前橋,p
.2
0
0
2
0
1.
池沢隆一(2
0
0
4
)
:群馬県の蝶相(5
)タテハチョウ科・シジミチョウ科.
乱舞,
(1
3
)
:3
1
8
0.
北川朝夫(2
0
0
7
)
:群馬アサマこの2
4
年間の盛衰および記録について.
かみつけ,
(2
)
:3
2
4
1
.
小 出 雄 一(1
9
8
6
)
:群 馬 県 利 根 郡 昭 和 村 の ア サ マ シ ジ ミ.月 間 む し,
(1
8
1
)
:3
5,口絵.
小出雄一(1
9
8
9
)
:群馬県産蝶類覚え書き(2
).月間むし,
(2
2
0
)
:2
6
2
8.
仁平勲(1
9
8
5
)
:関東地方のアサマシジミ.昆虫と自然,2
(
05
)
:7
1
5.
大塚依久(1
9
9
4
)
:8
3
.アサマシジミ.群馬県蝶類誌,6
1
6
2.