Batik, the mystic pattern バティックの古都を行く AGORA Special vol. 2 8 0 Central Java 坪田三千代=文 Text by Michiyo Tsubota 15 山口規子=撮影 Photo by Noriko Yamaguchi AGORA May 2015 1.ジョグジャカルタの王宮 には、ジョグジャカルタ特 別州知事であり現在の王様 ハメンク・ブウォノ10世が 2.ソロのカスナナ 居住する。 ン王宮。中庭の塔は、王様 が南海の女神と交信するた めに瞑想する塔だとか。ジ ャワ神秘主義による伝説。 治権を失っている。しかし、どち したオランダ側についたため、自 ソロの王家は再植民地化に乗り出 は着用できない禁制文様があった。 バティックには、王族と貴族以外 でも自由に使用できるが、かつて 王宮が育む美 がある」 今も、 当時の着用の規 らの都市も、 昔から今に続く、 音楽、 王宮内では、 年からのインドネシア独立戦争の の王家が存在している。一九四五 家が分家し、現在のソロには二つ タの王家からはマンクヌガラン宮 ルタン王家に分裂した。スラカル ナン王家とジョグジャカルタのス 五年にスラカルタ (ソロ) のススフ 一六世紀末に中部ジャワ地方に 興った新マタラム王国は、一七五 ロを訪れてみた。 心都市ジョグジャカルタと古都ソ 今を知るために、中部ジャワの中 あるという。バティックの歴史や インドネシアのジャワ王宮文化に つ染めの布。そのルーツは、中部 ネシア各地で作られているろうけ 日本ではジャワ更紗とも言われ るバティックは、古くからインド は、位によって着用すべき柄が厳 しい。家臣が着用するバティック ジャカルタ独特の色合いであるら なかにシャープで、 これは、 ジョグ きりと白が効いているのが、なか 茶と藍の落ち着いた色合い。すっ 彼らがまとっているバティックは、 ランコンを身につけた家臣たち。 布カイン・パンジャンと被り物ブ 王宮を護っているのは、ジャワ 伝統の正装であるバティックの腰 こか厳かな気配が漂っている。 とした空気感の中にも、 静謐で、 ど 麗な王宮には、南国的なまったり なジャワ宮廷様式で建てられた壮 ィック博物館などもある。伝統的 ク・ブウォノ九世の博物館やバテ シア 独 立 に 貢 献 し た 名 君 ハメン てみよう。王宮内には、インドネ まずは、一七五六年に建てられ た、ジョグジャカルタ王宮を訪ね を持っているようだ。 今も、シンボルとしての意味合い とつが、昔は、権威や位階を表し、 のが多い。そうした文様の一つひ 「すべてのバティックには、意味 それぞれに趣あるアジアの布は 大好きだけれど、そんな一言を聞 舞踊、 影絵、 そしてバティックなど、 則が厳密に守られている。 際、ジョグジャの王家は独立に貢 格に決められている。今でこそ誰 中部ジャワのバティックには、 幾何学的な文様をベースにしたも 献したため、共和国になってから れた。 いて、俄然インドネシア の バテ ィ the mystic pattern ジャワ伝統文化の中心地である。 Batik, ックへの知的好奇心が掻き立てら AGOR A Special も特別州という地位についたが、 右上 /ジョグジャカルタ王宮内には、バ ティック博物館も設けられている。赤い布 は、王女たちが身につけていたもの。右下 /カイン・パンジャンをまとい、腰に短剣ク リスを身につけている家臣。左上/ソロの カスナナン王宮の中庭で出会った護衛隊 の衣装は、豊穣を意味する緑と黄のカイ ン・パンジャンの色合わせ。左下/ソロの マンクヌガラン宮謁見の間では、バティッ クをまとった人々によるジャワ舞踊の練習 が行われていた。天井もバティックで、ジャ ワ・ヒンドゥーの世界観を表現している。 1 2 ジャワ文化では、短剣クリスは、精神性を司る守護刀であり、神話におい ても重要な役割を持つ。 クリスを図案化したとされる 「パラン」 文様は、 か つては王族だけに許された禁制文様。 写真左は、 ソロのカスナナン王宮に 飾られている昔の王族の正装。 現在は、 彩色したパラン柄の布もある。 16 AGORA May 2015 かつての禁制文様には、どんな ものがあったのだろうか。 ジャワの伝統芸術文化に関する 展示物を多く所蔵するジョグジャ カルタのソノブドヨ博物館で、ち ょっと勉強してみよう。 最も代表的なのが、短剣クリス を図案化した、王権を象徴し高い 能 力 を 意 味 す る 文 様「 パラン 」 。 S 字のようならせんが斜めの縞 りが奨励された。 必要とされる緻密なバティック作 値感。それを育むために、忍耐が を良しとするジャワ宮廷文化の価 高く、つねに静かに振る舞うこと 始められたとされる。上品で、気 作は、一一世紀頃 バティックた制 しな から、 女性の嗜みとして、 王宮内で 性たちの精神修養でした」 「かつて、 バティックは、 王宮の女 のハルジョスワノ氏が言う。 工房を夫人とともに受け継ぐ嫡子 故ハルジョナゴロ氏。氏が興した 化に造詣の深かった、ソロ在住の をまかされたのが、ジャワ伝統文 を提唱した。その際、制作の指揮 きる〝バティック・インドネシア〟 分の格差なく国民の全員が着用で 3 4 いが込められている。 作り手の思いと身にまとう人の願 ル。緻密で、 端正で、 美しい布には、 中部ジャワの人々にとって、バ ティックは、良き人生へのシンボ 特の哲学があるという。 秘思想をも取り込んだ、ジャワ独 う。それぞれの柄の背景には、神 て然るべき柄のバティックをまと しか ど、 人生の節目節目に、 祈りを込め 中部ジャワの人々は、 求 今でも、 婚、 結婚式、 子どもの無事の誕生な りにも似た行為だったのです」 ネスになっていますが、 本来は、 祈 今、バティック作りは大きなビジ ってから、 作業を始めたものです。 は、人々の幸せや家族の安全を祈 「父の時代も、昔からの職人たち ハルジョナゴロ工房で熟 練の職人により制作され るのは、伝統モチーフを 基本にした一点ものの創 作バティック。 5 文様の秘密 仕を意味するという説、 あるいは、 僧侶が身につける文様だという説。 また、 空虚や無を表し、ひいては、 空っぽになった霊魂を意味するた め、 葬式に用いられる、 という説も。 シンプルでありながら、何か深い 哲学がそこに秘められているよう で、 ミステリアスな文様だ。 若 芽 や 発 芽 を 意 味 す る「 スメ ン」は、ジャワの精神世界観を表 現する文様。植物の芽を様式化し た点描とともに、 霊山、 炎、 玉座、 船、 生命の樹などが描かれて、王位継 the mystic pattern をつくる連続模様だ。王族でも位 の高い人々のみが身につけること ができた柄で、戴冠式などの際に そんな禁制文様が、一般に解禁 されたのは、インドネシアが独立 した一九四五年の直後。当時のス カルノ大統領が、地域の違いや身 Batik, 2 は、 王は、 大柄のパランをまとった。 承者への教えを示しているという。 砂糖椰子の実を輪切りにしたよ うな文様の「カウン」は、日本の 七宝文様にも似たデザイン。この 文様の意味合いには諸説あり、奉 AGORA May 2015 19 中部ジャワで伝統的に生産されるバティックは、 ソガ と言われる天然染料で染め上げる茶系とインディゴ 1.連続する斜めの帯の で染める藍系の組み合わせ柄。 中に、 パラン柄が含まれている文様「ウダン・リリス」 。 2.さまざまな意味を持 霧雨を意味し、 豊穣を象徴する。 3.開花のイメージから若い世代、繁栄を つ「カウン」 。 4.三角が王家を象徴する 意味する「トゥルントゥム」 。 5.影絵人形ワヤン・クリッの代表格で 「スメン」文様。 ある美男子アルジュナが描かれたバティックは、婚約 式の際に男性が用いる。 AGOR A Special 1
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