Ontario

(右)
先住民が使用していたメープ
ルシュガーを作るための型。
(左)
雪の上に煮詰めたメープルシ
ロップを垂らし、
固まってきたところ
を棒でくるくると巻くと、
“メープルタ
フィー”のできあがり。
AGORA Special
vol. 305
Ontario
琥珀色の
鈴木博美=文
Text by Hiromi Suzuki
Ryoichi Sato =撮影
Photo by Ryoichi Sato
T h e
Ontario
S t o r y
a b o u t
M a p l e
S y r u p
贈 り 物
世代を問わず、
世界中で愛されるメープルシロップ。しかし生産されるのは、サトウカエデの原生林が広
がるカナダ南東部を中心とする、
ごく一部の地域に限られる。
北米先住民から入植者、
そして現代へと何
世紀にもわたって受け継がれてきた輝く樹液を求めて、
メープルの香り漂う早春のオンタリオ州を旅した。
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ゴシック・リヴァイヴァル建築の重厚な国会議事堂。風にカナダ国旗がはためく。
島に到達、その七年後、フランス人
見〟し、カナダ史が幕を開けた。後
在のケベック州からオンタリオ湖
探検家のジャック・カルティエが、現
一点の雲も留めぬ青空の下、パ
ーラメントヒルに建つ国会議事堂
渡り、この地にやって来ることとな
に、多くの入植者たちが大西洋を
いる。
れ、毛皮を手に入れることは富を
するビーバーの毛皮が最良品とさ
る。その目的がビーバーであった。
この地に流れた時間はむしろ、建
しかし、広大な自然界に生息す
るビーバーの捕獲は至難である。
得ることに等しかったからだ。
点といえる。
最良の手段だった。毛皮は鉄の斧
融和こそが、入植者たちにとって
そこで古くからこの地に定住し、
だったと考えられており、ひいて
や鍋、布地や銃と交換され、先住民
ス、そしてウェールズ入植者たちの
は国旗に描かれるシンボルへと繋
されている。花はそれぞれ、カナダ
国を象徴している。そしてその花の
がってゆく。
ことから相互関係はおおむね良好
盾を抱えるビーバーこそ、カナダ史
メープルはカナダを代表する樹
木であり、中でもサトウカエデの樹
の生活は大きく変わった。そんな
にとって欠くことのできない動物だ。
液からはメープルシロップが作ら
建国の礎を築いたイングランド、ア
一四九七年、イギリスから派遣さ
れる。しかし、当時の入植者たちが、
イルランド、スコットランド、フラン
狩猟に長けていた北米先住民との
た盾を抱えるビーバーの彫刻が施
国会議事堂の中央に位置するピ
ースタワーには、五つの花が刻まれ
までの歩みが現在あるカナダの原
国以前の方が圧倒的に長く、それ
当時ヨーロッパでは、この地に生息
迎える。国としての歴史は浅いが、
ここオタワを首都とするカナダ
は、二〇一七年で建国一五〇周年を
へ流れるセントローレンス川を〝発
た国旗が風をはらんではためいて
の屋根に、メープルの葉が描かれ
歴史に彩られた
モザイク文化の原点
about
れた航海士ジョン・カボットがカナ
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Maple Syrup
ダ北東部のニューファンドランド
カナダ史、
特に先住民に関し
ての展示が豊富なカナダ歴
史博物館。先住民の血を引
く建築家ダグラス・カーディ
ナルがデザインを手掛けた。
1.テューダー・ローズ、
シャムロッ
ク、アザミ、アイリス、そしてダ
フォディル
(水仙)
の、5つの花が
刻まれた盾の彫刻を抱えるビー
バーの像。花は入植者たちの
国を象徴する。 2.夕方の陽の
光に染まりゆく、国会議事堂。
3.オタワの街角にて。近代的・
歴史的な建物が並ぶ。
1
2
3
The Story
ルシュガーだった。
植者たちに伝授したのが、メープ
された。そんな折りに先住民が入
の間は、厳しい寒さと空腹に悩ま
そのことを知る由もなく、特に冬
シロップの原料となる。サップを収
い上げたサップ(樹液)
が、メープル
春先の雪解け水を根から一気に吸
る厳しい寒さに耐える。そうして
糖に変えてマイナス三〇℃にもな
プは九八%が水分で、残りのたった
わずか五週間ほど。収穫したサッ
メルティングポットではない、モザ
協力し合う社会の構築を目指し、
ぞれ独自の文化を維持しながらも
そんな歴史を持つカナダだから
こそ、多くの移民を受け入れ、それ
れない。
く違った歴史を歩んでいたかもし
ば、メープルシロップはおろか、全
入植者たちの良好な関係がなけれ
なるので、生産農家ごとにその個
が生育する土壌によって風味が異
プルシロッ プ も サトウカエデ の 木
を生み出すのと同じように、メー
ロワールによって、さまざまな風味
ップが出来上がる。またワインがテ
らやっと一リットルのメープルシロ
詰めると、四〇リットルのサップか
分を適度に取り除き、蒸発器で煮
二 %が糖分である。その余分な水
穫できるのは、
一年のうちで早春の
伝えられているが、北米先住民と
メープルシュガーは、後にメー
プルシロップへと進 化し、現 代に
イク社会を創造し続けているのだ。
首都オタワから車で南西におよ
そ一時間、ラナーク・カウンティを
性を楽しむことができるのだ。
先住民から入植者へ、
伝統が紡ぐ蜜の味
とから「メープルの都」ともいわれ
訪れた。ここは、オンタリオ州随一
世界に一五〇種類ほどあるカエ
デ類の中でも、メープルシロップを
かな田園地帯にメープルの森が広
ている。町から少し外れると、のど
小規模なメープルシロップ農家が
がり、シュガーキャンプと呼ばれる
のメープルシロップを生産するこ
生み出すのは樹液に蔗糖を多く含
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む、サトウカエデである。
Maple Syrup
サトウカエデ は、冬 を 乗 り 越 え
るために、夏に蓄えたでんぷんを
The Story
1.メープルシロップの歴史を説明してくれ
た、
「ウィーラーズ
・パンケーキ・ハウス」のト
レーシーさん。 2.さまざまな変遷を経た、
メープルシロップづくりに使われるバケツ。
「ウィーラーズ
・パンケーキ・ハウス」内の博物
館で見ることができる。 3.先住民のメー
1 プルシュガーづくりのデモンストレーション。
ラナーク・カウンティにて。収穫シーズンを迎えるサトウカエデの原生林が広がる。サトウカエデの生育地は、
世界的に見てもカナダのオンタリオ州とケベック州に集中する。
サトウカエデの林の中の散
歩道。トレイルが敷かれ、
自由に散策を楽しむこと
ができる。