A rgan, lh uiledelalibert é

AGORA Special
vol. 2 6 7
MOROCCO
白土裕美子=文・構成
Text by Yumiko Shirato
竹沢うるま=撮影
Photo by Uruma Takezawa
A r g a n , l' h u i l e
d e
l a
Spain
l i b e r t é
Morocco
Marrakech
Agadir
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AGORA June 2014
Algeria
1.スース平野に林立するアルガン。
2008年か
らは政府主導で毎年約6万本が新たに植樹さ
2.選別を終えて低温でローストされ
れている。
た仁。この後、オイルの酸化とバクテリアの混
入を防ぐために機械で低温圧搾し食用のオイ
3.ホブスとアムルーはベルベ
ルが出来上がる。
4.丁寧な作業で精製された
ルの朝食の定番。
タルガニン製のオイルはフランスや米国の大
手化粧品ブランドの製品にも採用されている。
2001年にはスローフード大賞も受賞した。
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AGOR A Special
Argan,
l'huile de la
liberté
焼け付くような
道は、アスファルトから砂利道に
与えた影響は計り知れず、彼らが
守り抜いて来た独自の文化には、
知られざる魅力が秘められている。
ャールはもうすぐそこのようだ。
たちが目指すベルベルの村、アジ
した山羊飼いの男性によると、私
している。気配を感じて眼を覚ま
まだ青い実が少しずつ色付こうと
な葉と幹のように太い枝の間で、
も思えたが、近付いてみると大き
初めてだ。一見枯れているように
ルガン 」を目にしたのは、これが
がうたた寝をしている。その樹「ア
ごつごつとした樹影が一際異彩
を放つ一本の樹の下で、山羊飼い
厳つい低木が見えてきた。
は乾いた大地にまばらに点在する
し、
ユーカリの林を過ぎると、
今度
地には、意外にも多くの緑が点在
と向かっている。北アフリカの大
部の街、アガディールから内陸へ
大西洋沿いに開けたモロッコ南西
ガンの葉をむしっていた一匹の山
射すような日差しが木影を一層
色濃く縁取る。幹に足をかけアル
ジャールを目指しているのである。
れていた秘宝を求め、こうしてア
さから「モロッコの幻」とまで言わ
ている。つい最近まで入手の困難
価値の高さから世界中で評価され
オイルが今、
質、
栄養価そして希少
年もの時を経て受け継がれて来た
が、ベルベルの女性たちだ。幾千
食用油や薬として愛用してきたの
れる。これを「人生の実」と称し
頑固で奇妙なその樹の実からは、
透明度の高い黄金色のオイルが採
かったという逸話を持つ。
行われた植樹のどれもが成功しな
しか馴染まず、過去様々な国々で
アトラス山脈麓の限られた地域に
いう特徴を持つ。にもかかわらず、
分を吸収するため乾燥にも強いと
の四〜五倍もの根を張り地中の水
変わった。時折、ロバに乗った男
奇妙な樹アルガンもその一つだ。
たちがのんびりと通り過ぎて行く。 三〜五〇度の気温に適応し、樹高
ベルベル と は、北 アフリカ 一 帯
を起源とする先住民族のことで、
いか
その祖先は石器時代を築き上げた
にせよ、紀元前からこの地に住ま
マジーグ」と称している。いずれ
らを「自由な人」を意味する「ア
が名付けたもので、彼ら自身は自
ベルベルという名は古代ローマ人
線が浮かんでいる。
うにアンティ・アトラス山脈の稜
に入った。背後には、蜃気楼のよ
と、頭を木陰に潜らせて再び眠り
羊飼いはベルベル語で何かを呟く
ちらの様子をうかがっている。山
とも言われるほど長い歴史を持つ。 羊が、大きく口を動かしながらこ
うベルベルの人々が、周辺地域に
まもなくした昼少し前だった。開
たのは、
彼が言った通り、
それから
着し
に到
しか成し得ないのだという。
必要とするこの工程は、手作業で
てしまう。微妙な力加減と技術を
いてしまうと大切な組織を傷つけ
アジャール村
け放たれた窓から女性たちの歌声
タグマ・
一人の女性が話しかけてきた。
「難しいことではないですよ。ア
※
ム に 合 わ せ て、ア
二〇人程の女性
た ち が、歌 の リズ
仁が、すでに堆く
の籠には、
真っ白な
く 鮮 や か で、傍 ら
そう言った彼女
の手さばきは素早
ルガンの扱い方は、この地方で生
ルガンの種を小石
山 を 作 っ て い る。
まれた女性なら誰でも知っていま
でカチカチと叩き
仁は一部をロース
が 聞 こ え る。
「 Tagmat Aziar
」
、
アジャール村の女性によるアルガ
割 り、オイル の 原
トし、その後石臼
ンオイル生産組合だ。扉を開ける
料となる仁と呼ば
で挽きオイルを抽
すから。毎日こうして夕方まで、
れる種の中心部を
したものは食用と
と、ナッツのような香ばしい匂い
取り出している。
して、そのまま抽
のんびり進めているのです」
実が収穫される
の は、六 月 下 旬 か
出されたものは化
が漂って来た。
ら八月にかけての
落ちた実のみを拾い集め天日に晒
い刺を持つため、熟し切り地面に
彼女たちが生み出すオイルは一
人あたり一日一リットル。困難な
粧品用として出荷されていく。
出する。ロースト
うずたか
約二カ月。枝に鋭
し、乾燥した実から種を取り出し
手作業のうえ、一つの実から換算
とげ
保存する。そして収穫を終えた秋
と粒種を割り続ける。簡単そうに
笑い、日が沈むまでの間に一粒ひ
とは許されていない。もとより頑
ており、必要以上に手を入れるこ
ルガンの樹は、国により保護され
さらに一時は絶滅が危惧されたア
から春の間、
毎朝集まり、
時に歌い、 すると採取率は僅か二%に留まる。
見えるが、ラグビーボールのよう
固なアルガンの樹は、自然に任せ
にく
な形をした二㎝程の小さな種は想
るのが一番だという。
像以上に硬くそして叩き難い。さ
らに仁は脆く、少しでも強めに叩
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※Coopérative A gricole Féminine Tagmat A ziar
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は毎年自然に
かざ
鋭い日差しに手を翳しながら話
す村の女性の大きな黒い眼には、
スース平野の駱駝色が溶け出し、
作業場に漂 う
翳したその手は、滑らかに陽光を
収穫できただ
オイルの芳香に、パンの焼けた匂
「私たち
いが混じった。昼食の時間だ。
されています。需要の高まりに応
提供し、病院に行けない女性のた
えなかった女性たちに学びの場を
タルガニンの活動は経済面のみ
に限ったものではない。学校に通
後、
幼い子供を抱え、
行き場を無く
い最近まで稀なことでした。離婚
女性が家庭を出て働くことは、つ
にあるのです。実は、ベルベルの
の組織の目的は、女性の自立支援
しまうでしょう。それに、私たち
に落ち、すぐに需要はなくなって
ます。ですがオイルの質は瞬く間
大量に生産することは簡単にでき
ガンオイルの生産に従事していま
で八〇〇〇人もの女性たちがアル
モロッコ国内約一七〇の生産組合
もあるかもしれません。今では、
アルガンが身近な存在だったこと
「ベルベルの女性たちにとって、
在は三三四人の女性が働いている。
組みから徐々に就労者は増え、現
少なくなかったが、こうした取り
で働くことに戸惑いを感じる者が
父親や夫が多く、女性自身にも外
ほか、
火傷やリュウマチ、
咳止めの
お菓子まであらゆる料理に用いる
やクスクスはもちろん、離乳食や
活の一部でもあるんです。タジン
重な宝物であると同時に、日常生
「私たちにとってアルガンは、貴
アルガンで作った贅沢な昼食だ。
だ。村で採れた食材と搾り立ての
ぜたペースト「アムルー」が並ん
イルと蜂蜜そしてアーモンドを混
る丸いパンの横には、アルガンオ
れたばかりの「ホブス」と呼ばれ
ンの種子殻を燃やして焼き上げら
の香りが立ち上る。そしてアルガ
にカルダモンやクミンにナツメグ
スが湯気を上げている。辺り一面
ように入り組んだ市場を進むと、
人々の熱気が入り交じる。迷路の
道には、埃と香辛料の香りそして
各国からきた旅人たちが行き交う
ベルベル人やアラブ人そして世界
市場は、
一年中閉まることが無い。
る。旧市街のメディナに立ち並ぶ
の色から、赤い街とも呼ばれてい
市、マラケシュだ。立ち並ぶ建物
村を後にした私たちが向かった
その先は、モロッコ随一の観光都
やがて街の喧噪に包まれた。
土と同じ淡い茜色の建物が現れ、
り一層赤みを増すと、ポツポツと
ツに替わっていく。大地の色がよ
の樹々が徐々にナツメヤシやソテ
ルガン
薬として、家庭に常備されていま
るのですから」
私は娘と二人で暮らすことができ
れている。アルガンのおかげで、
今では、生活そのものも支えてく
肌に塗っているんですよ。そして
を受けて煌めく。
中庭に植えられたヤシの木漏れ日
ザイクを用いた鮮やかな装飾が、
ドの中は静寂に包まれている。モ
重厚な扉を開き中へと進むと、
先程までの喧噪が嘘のようにリヤ
らげる効果もあるので、毎日髪や
す。乾燥や紫外線のダメージを和
「リヤド 」と 呼 ば れ る 一 軒 の モロ
ッコ風の邸宅に辿り着いた。
ム肉の鍋料理「タジン」とクスク
続くア
けの量のアルガンの実から、手作
じ、〇四年に年間一〇トンだった
めには医師を派遣する。発足当初
した女性や学びの場を探す女性な
す。アルガンは、私たち女性に自
りとアルガンオイルをまぶしたラ
業でできる範囲のオイルを生産し
タルガニン
「 Targanine
」の代表アジャロー
ド・ヤムナ さ ん だ。 タルガニン は
一九九六年に一六人の女性で立ち
上がったアルガンオイルの生産組
合で、タグマ・アジャールは、タル
ガニンの一組織として二〇〇一年
に設立されたものだ。
「 現 在 タルガニン は タグマ・アジ
生産量は、一二年には八三トンに
ャールを含めた六つの組織で構成
まで上昇しました。でもこれ以上
ど、困難に直面している女性たち
由と自立をもたらしたのです」
生産量を増やす予定はないんです。 は働きたいという女性に反対する
が 働 き、憩 え る 場 を 提 供 し た い。
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それが発足の動機でした」
果てしなく
弾いていた。
Argan,
l'huile de la
liberté
ています」
1
村の女性たちが織り上げた素朴
なテーブルクロスの上で、たっぷ
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1.アルガンの実や葉は山羊の好物。
かつては実を食べた山羊が吐き出した種がオイルの製造に用
いられていたという。
今でもベルベルの村では実が成るまでの間、山羊が樹に登り葉を食む光景
2. 氷河期をも生き抜いたアルガンは厳しい自然環境下でも青々と実を成す。
3.「白身
が見られる。
4.クスクスにアルガンオイルでソテーしたフォアグラを載せた一品は、
魚と野菜のタジン」
。
モハ
5.色の濃度
さんのアイデアが生んだフランス料理とベルベルの家庭料理のコラボレーションだ。
7.淡い茜色に染ま
に関係なく透明度の高さで品質を見分ける。6.「フォアグラのキャンディ風」
。
8.アルガンオイルやアーモンドを使った伝統菓子をミントティーとともに。
ったメディナの壁。
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