寄 稿 ロボット開発と海洋エネルギー利用促進

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ロボット開発と海洋エネルギー利用促進
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ロボット開発と海洋エネルギー利用促進
長崎大学大学院工学研究科
教 授 山 本 郁 夫
昭和58年 3月 九州大学工学部航空工学科卒業
昭和60年 3月 九州大学大学院工学研究科応用力学専攻修了、平成6年博士(工学)
昭和60年 4月 三菱重工業(株)技術本部(システム技術部・長崎研究所・技術企画部
開発計画グループ主席等)
平成16年 4月 (独)海洋研究開発機構研究主幹・自律型無人探査機技術研究グループ
リーダー(自律型無人探査機「うらしま」連続長距離航走世界新記録達成)
平成17年 4月 九州大学大学院総合理工学府教授・応用力学研究所客員教授(兼任)
平成19年 4月 北九州市立大学国際環境工学部教授・環境技術研究所災害対策技術研
究センター長(平成24年3月より兼任)
平成25年 4月 長崎大学大学院工学研究科教授
1.はじめに
ロボットは、年々私たちの日常生活に浸透
展の方向と長崎にとって必要な分野について、
特に海洋エネルギー利用促進に焦点を当てて
論じたい。
しつつあり、近い将来には巨大産業となるこ
とが見込まれるため、国内外の様々な機関が
しのぎを削って研究開発を進めている。長崎
2.ロボットとは
でも従来の機械・電気・情報産業分野に加え、
ロボットは、人間のような生物の形をして
医療・水産・農業・観光・土木・建設などの
いて生物の運動動作を行うイメージが大きい
分野でもロボットの需要が増しており、ニー
が、必ずしも生物的な形をしていなくてもよ
ズに合った技術を提供する必要がある。特に、
い。工学的には、「センサ、アクチュエータ、
長崎県は国より海洋再生可能エネルギー実証
制御装置を有する知的機械システム」と定義
フィールドに指定され、風力・潮流力・波力
される。ロボットの構成要素であるセンサ、
などの再生可能エネルギーを基盤とした海洋
アクチュエータ、制御装置は生物の機能と類
エネルギー機器の開発と関連する養殖システ
似しているため、生物に例えて説明するとわ
ム、水素利用システム、海洋機械システム等
かりやすい。センサとは生物の目、耳、皮膚
の産業化を図らなければならない。ロボット
などの周囲の環境(外界)を感知する機能や
技術は、まさにその中核を支える技術である。
熱、疲労などの生物の内部の状態(内界)を
本稿では、まずロボットについて、著者が
感知する機能を有する機械である。アクチュ
開発してきた事例を交えて紹介し、今後の発
エータとは、生物の手や足などの動作作業を
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行う部分に相当する機械である。制御装置は、
生物の脳のように、センサより得られた外界
3.今までに開発したロボット
と内界の情報をもとに思考判断を行い、アク
著者は企業、国の研究機関、大学等でさま
チュエータに命令を与える機能を有する機械
ざまなロボット、メカトロニクスを開発して
(コンピュータ)である。この定義に基づけば、
きた。海では、揺れない船、水中翼艇、テク
社会は徐々にロボット化されていることがわ
ノスーパーライナー、自動操船、洋上プラッ
かる。飛行機や車などの乗り物はもちろんの
トフォーム位置角度保持装置、石油掘削用ラ
こと、飛行機や電車に乗り降りするときに、
イザーエントリーシステム、多方向波造波装
切符をセンサで自動センシングして、有効な
置、10,000m潜水機「かいこう」、自律型無
切符に対してはゲートを開けて人を通す機械
人潜水機「うらしま」、魚ロボット、空では、
もロボットであり、エアコンや掃除機もセン
B787主翼、リージョナルジェット、マルチ
サ情報に基づき、所定の目的を自動で実行処
ロータ型無人機、宇宙では、宇宙遊エイロボッ
理するロボットである。生活に必要な機械が
ト、宇宙ステーション内自律掃除ロボット、
次々とロボット化されて自動で動く時代が到
惑星地下資源探査ロボット、医療では、外科
来している。
用鉗子ロボット、上肢リハビリロボットなど
ロボットは、人間社会の便利さに重きを置
である。そのほとんどが実用化されており、
いた「サービスロボット」、人間に楽しみを
中には20年以上もほとんど故障なく運用され
与える「アミューズメントロボット」、人間
ているものもある。社会ニーズに基づき開発
に代わって危険な作業や単純労働を行う「産
したものが多いが、魚ロボットや宇宙ロボッ
業用ロボット」等に分類できる。
トのように独自の発案から展開したシーズ型
ロボットと似た用語にメカトロニクスがあ
ロボットもある。
るが、これは「電気回路がついた機械」の総
魚ロボットは1980年代に弾性振動翼の研究
称のことで、ロボットはメカトロニクスの範
をしていて、魚の鰭(ひれ)のような推進機
疇に含まれる。ロボット開発に必要な技術分
を発案し、1995年完成の鯛ロボットを皮切り
野としては、工学系の機械、電気、電子、情
に、16種類以上の魚ロボットを開発している。
報、材料の知識が必要であるが、ロボット活
最近ではエイ型やイルカ型など開発当初に比
用の立場からは、医歯薬学、社会科学、社会
べると遥かに進化したロボットに至っている。
開発学、農学、水産学、経済学、教育学など
宇宙エイロボットは2006年にNASAの宇宙
ユーザ的知見が重要である。良いロボットを
飛行士が大西洋の海中ステーションで宇宙を
生み出すには多くの学問の総合知(universe)
想定したロボットオペレーション訓練をして
が求められるのだ。
いた折、宇宙飛行士の指導に関わり、訓練し
ていた若田宇宙飛行士の依頼により2009年に
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宇宙で遊泳させていただいた。また、JAXA
ばその運動と連動して、ミラー効果によりリ
での講演会が縁で古川宇宙飛行士の依頼で宇
ハビリが必要な手を患者のモチベーションを
宙ステーション内自律掃除ロボットを開発し
高めながら治療していくロボットに発展して
た。医療ロボットも魚の鰭のメカニズムが臓
いる。
器の柔軟把持に利用できそうな点に着目し、
マルチロータヘリは日本で初めて飛行に成
鉗子や肺パット等さまざまな医療器具を生み
功しているが、通常の無人ヘリではメイン
出すに至っている。
ロータが外れると危険であるため複数の小型
上肢リハビリロボットは人の筋肉の動きを
ロータによる安全な飛行を試みたのが始まり
事前にセンサでとらえ、リハビリを支援する
である。
ものから始まり、最近では片手が健常であれ
このようにロボットの開発はちょっとした
図1 鯛ロボット
図2 東雲坂田鮫ロボット
図4 宇宙遊泳中の宇宙遊エイロボット
図6 上肢リハビリロボット
図3 イルカロボット
図5 外科手術用鉗子ロボット
図7 無人飛行ロボット
図8 水中ロボット
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きっかけで始まり、幾つかの壁を乗り越えて
解し実践できるエンジニアリングセンスの高
実用化される。図1∼図8に大学研究室で開
い人材を生み出すことができる。各科目の要
発したロボットの例を示す。
素技術を掘り下げることも必要となるが、そ
ロボットは構成要素のひとつが欠落すれば
れを統合的な総合視点から開発遂行できる人
全体機能が発揮できないシステムでもある。
材が多く輩出されるので、新製品を柔軟且つ
開発にあたっては「九仞(じん)の功を一簣
確実に社会に提供することができる。特に、
(き)に虧(か)く」という諺が当てはまる。
最近は小中高学生の段階からロボットエンジ
しかしながら、ロボットは、複数の構成要素
ニアを志す子が増えており、ロボットが学べ
の関わり合いにより全体として高い機能を発
る大学は優秀な学生が集まりやすい。
揮させることができるシステムでもあるため、
産業については、ロボット産業はロボット
実用化されると社会にもたらす効果は甚だ大
のみならず、構成する機械、電気、電子、情
きい。ロボットの開発経験はフォルトトレー
報、材料などの要素産業を生み出し、さらに
ランス(故障や障害が発生したときに、その
ロボット利用の視点を入れるとクラスター的
故障や障害に耐えるシステムを設計するアプ
に新産業を生み出す。また、ロボットはIT
ローチ)の中核であるフェールセーフ(故障
(Information Technology)技術との連動や
や障害が発生しても、システム全体が可能な
ロボット群によるネットワーク構成などによ
状態を保つこと)やフールプルーフ(作業者
りさらに利用価値が増してくる。図9にIT
がミスをしても、ミスをカバーするシステム
技術と無人飛行ロボットの連動による社会イ
アプローチ)の技術力強化につながり、培わ
ンフラ劣化診断、図10にロボット群による海
れた開発思考法は社会のリスクマネージメン
洋探査と開発の案を示す。特に長崎では、海
ト力強化にもつながる。
4.ロボット開発の未来
ロボットは総合知の結集により生み出され
るため、人材教育や産業のすそ野を広げるの
に大きな効果が期待できる。人材教育につい
ては、工学教育の各科目の理解を実践で試す
ことが容易で、さらにロボットを完成させる
ためにシステムの統合化、すなわち各科目の
要素技術のインテグレーションを行うことが
必要となり、ものを動かすことを総合的に理
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図9 IT技術と無人飛行ロボットの連動による社会インフラ
劣化診断
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ロボット開発と海洋エネルギー利用促進
図10 ロボット群による海洋探査と開発
洋エネルギー、医療、水産、観光、建設、土
海洋エネルギーは発電ロボット・メカトロ
木などの産業のコア技術となり得る。その中
ニクスそのものの開発も重要であるが、周辺
でもロボット技術の海洋エネルギー利用につ
の海洋ロボット産業や水素利用などによる燃
いて述べたい。
料電池等の動力産業を生み出し、自動車や船
舶も含めた大産業となる可能性を秘めている。
5.海洋エネルギー利用
著者は、図11に示すような海洋エネルギーを
基盤とした海洋技術クラスターの未来図を描
長崎は広い海を有し、海岸線も北海道に次
いたが、これは将来十分に実現可能なシステ
ぐ長さを有しており、「海洋開発」が発展の
ムである。大学ではこの未来図を実現すべく
ためのキーワードとなる。特に、風力、潮流
様々なロボットの開発に着手している。
力、波力を電力に変える海洋再生可能エネル
また、再生可能エネルギーより生まれた電
ギーの開発は、国より実証フィールドに3海
力を利用して魚の無人養殖を行うシステムも
域指定されたこともあり、世界的に注目され
有望である。培った海洋開発技術は海洋資源
ている。
開発や災害対策にも応用できるため事業拡大
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図11 海洋エネルギーを基盤とした海洋技術クラスター未来図
のポテンシャルは極めて高い。明治から昭和
パッケージ化してアジア・アフリカ海域等に
にかけて、石炭採掘によりエネルギーを得て、
事業展開することも可能となる。
造船などの海洋産業に発展してきた歴史と相
似しており、長崎は千載一遇のビジネスチャ
ンスに巡り合っている。このチャンスをもの
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6.おわりに
にするために、産業界、行政、学校が一体と
本稿では、ロボット開発の重要性について
なって海洋エネルギーの利用促進に向けて取
述べた。ロボットは総合技術であり、人材教
り組んでいかなければならない。長崎大学で
育や産業発展のために最重要な分野であり、
は英国スコットランドのエジンバラ大学やヘ
その需要はますます高まることが予想される。
リオットワット大学と学術協定を締結し、海
今後、このような社会情勢に対応して、ロボッ
洋再生可能エネルギー研究の先進機関と協力
トを学び、開発し、産業化できる体制の整備
してロボット、メカトロニクスを開発する仕
を速やかに進めるべきであり、大学の立場か
組みができている。長崎の海域に適した海洋
らもロボット教育・研究の拠点化を目指して
エネルギー利用法を構築し、得られた成果を
鋭意取り組んでいきたい。
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参考文献
(1)山本郁夫、水井雅彦:基礎から実践ま
で理解できるロボット・メカトロニクス、
共立出版、2013年
(2)山本郁夫、滝本隆:工科系のためのシ
ステム工学、共立出版、2013年
(3)山本郁夫、伊藤高廣:実例で学ぶ機械
力学・振動学−ロボットから身近な乗り
物まで−、コロナ社、2014年
(4)山本郁夫:生物運動型水中ロボットの
開発、日本深海技術協会会報、通巻48号、
2006年
(5)山本郁夫:「しんかい6500・かいこう」
の開発、TECHNO MARINE885号、2005
年
(6)山本郁夫:日本の水中ビークルの技術
史 うらしま、TECHNO MARINE883
号、2005年
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