GROMACS の概要と配位高分子への応用

GROMACS の概要と配位高分子への応用
(産業技術総合研究所)米谷
慎
TEL 029-861-5763 FAX 029-861-5375 e-mail [email protected]
1.GROMACS とは?
1.1 はじめに
GROMACS(Groningen Machine for Chemical Simulations) 1)は、オランダ・フロニンゲン
大で開発された分子動力学 (MD) 計算ソフトウエアである。最初から並列計算機利用を前
提に開発された第二世代の草分け的なフリーな MD ソフトウエアで、他の第二世代ソフトウ
エアである LAMMPS,NAMD 等と同様に、thread, MPI, GPU 等での並列計算が売りとなってい
る。LAMMPS が EAM 等の無機系多体ポテンシャルや、連続体モデルとの接続等、より間口が
広い印象があるのに対し、GROMACS は生体高分子を中心とした有機分子の保守本流的なソ
フトウエアで、有機材料系では、AMBER,CHARMM 等の第一世代ソフトウエアに近い実績・ユ
ーザー数を持つ印象がある(実際に、Google Scholar で個々のソフトウエアと”molecular
dynamics simulation”との AND 検索のヒット数を比較して見ると、それを支持する様な結
果が得られる)。GROMACS は、AMBER 等と同様、蛋白あるいは脂質二重膜等のシミュレーシ
ョンを中心に開発されていることから、それ以外の一般分子への適用サポートは手薄で、
関連する情報も相対的に少ない。
本稿では、他のフリーソフトウエアを GROMACS と連携して用いることにより、非生体高
分子・一般分子へ適用する方法を、我々が最近取り組んでいる、Metal-organic framework
(MOF)と呼ばれる配位高分子の MD シミュレーションを例に解説する。具体的には、MOF の
モノマー(有機配位分子)の代表例である、4,4’-bipyridine のモデリングと、その MD
計算までの流れを説明する。GROMACS の最新メジャーバージョンは、2014 年夏にリリース
された 5.x であるが 2)、使用方法が前バージョンの 4.x までと多少異なるため、本稿では
実績のある 4.x を前提に説明する。
1.2 GROMACS による MD 計算の流れ
図1に、以下で説明する手順全体の流れを示す。ま
ず MD 計算に必要となるファイルを幾つかのフリーソ
フトを組み合わせて作成する。次にこれらを用いて
GROMACS を用いた多分子集合体の計算を行う。以下で
はソフトウエア間の連携を中心に簡単に紹介するが、
Windows PC 上での使用ソフトのインストール、コマン
ド入力等のより具体的な手順の詳細は、WEB ページ 3)
に記述したのでそちらを参照願いたい。
1.2.1 一分子モデリング
GROMACS の通常のターゲットである生体高分子系の
場合は、まずはその三次元構造の protein database
(PDB)ファイルから出発するのが一般的であるが、一
般分子の場合は自分で化学構造を入力・作成する必要
図1
本稿説明の手順全体の流れ
がある。そのためには分子構造エディタソフトウエ
アを使うのが一般的と思われるが、ここでは当該ソ
フトウエアとしてフリー版 ChemSketch 4)を紹介する。
図2に前出の 4,4’-bipyridine を ChemSketch を用
いて描画した画面イメージを例示した。
ChemSketch は、図2の様に描画した二次元の化学
構造から、水素を自動付加し、簡易エネルギー最適
化により三次元座標ファイルを簡単に作成できる点
が大きな利点である。ChemSketch で水素付加・三次
図2 ChemSketch による描画例
元化した1分子座標は、MDL-mol ファイル形式で保存
する。
生体高分子系の場合は、次に GROMACS 同包の pdb2gmx モジュールで、GROMACS での MD 計
算に必要なトポロジーファイル(*.top 力場パラメータの割り当て等が記述されたファイ
ル)と 座標ファイル(*.gro)を PDB ファイルから生成するが、任意の一般分子構造ファイル
から上記のファイルを生成するモジュールは GROMACS に同包されていない。この機能を一
般分子に関して行うフリーソフトは幾つか開発されているが、ここではスタンドアローン
で動く topolbuild 5)を紹介する。
topolbuild は、Sybyl-mol2 形式の分子構造ファイルを入力として、上述の pdb2gmx と同
様にトポロジーファイル(*.top)と 座標ファイル(*.gro)を生成するフリーソフトウエア
であり、力場として TRIPOS, AMBER, general AMBER, OPLS-AA, GROMOS 等を選択して GROMACS
用トポロジーファイルを作成可能である。この topolbuild に入力する Sybyl-mol2 形式と、
前述の ChemSketch が出力可能な MDL-mol 形式の間のファイル形式変換が必要となるが、こ
こでは、AmberTools 6)中の antechamber を紹介する。ファイル形式変換自身は、「高分子」
2015 年 3 月号記事 7)で紹介した OpenBabel8)でも可能であるが、antechamber には後述する
AmberTools 中のプログラムと連携した OpenBabel には無い多くの機能がある。
AmberTools は AMBER 本体とは異なり、フリーに入手・使用可能であり、他にも有用なツ
ールが揃っている。MD 計算のための点電荷計算には、Gaussian 等の MO 計算プログラムの
結果から、electro static potential(ESP)電荷として得られたものを使うのが主流となっ
ている。antechamber では、Gaussian の計算結果から、general AMBER 力場等で標準とな
っている Restrained ESP(RESP)電荷を簡単に得る事が可能である(具体的方法は、WEB ペ
ージ 3)を参照)。RESP 電荷以外にも、半経験的 MO 計算による AM1-BCC 電荷や、Gasteiger
電荷の計算も可能で、演習としてはこれらを用いると良い。
以上の手順により、ChemSketch で入力した分子構造から、GROMACS による MD 計算に必要
となる一分子三次元座標ファイル(*.gro)とトポロジーファイル(*.top)が得られる。
1.2.2 分子集合体シミュレーション
液体・固体状態等の分子集合体の MD 計算を行うためには、初期構造となる多分子座標フ
ァイルが必要となる。通常 MD 計算では固体・液体状態の計算を、MD セルと呼ばれる単位
セルを中心とした三次元周期境界条件下で計算することにより、仮想的なバルク状態を計
算する。液体状態の MD 計算の初期構造として、MD セル中にランダムに多数分子配置した
座標ファイルは、GROMACS の genbox モジュールにより topolbuild で得られた一分子座標
(*.gro)ファイルを基に作成可能である。genbox によ
り 4,4’-bpy 分子を MD セル中に 128 分子ランダムに
配置した構造を、後述する分子構造ビューア―VMD
で表示したものを図3に示す(緑線は MD セル)。
GROMACS による MD 計算のために最後に必要なのが、
時間積分のステップ幅や、温度、圧力制御の方法な
どの MD 計算の計算条件を指定するための計算パラメ
ーターファイル(*.mdp)で、マニュアルやサンプルを
見ながら作成することとなる(詳細は、前出の WEB ペ
ージ 3)を参照)。
具体的な MD 計算は、GROMACS のモジュール grompp
により上述の、初期座標ファイル(*.gro)、トポロジ
図3 genbox 作成の初期構造
ーファイル(*.top)、MD 計算パラメータファイル
(*.mdp)ファイルを統合して、バイナリトポロジーファイル(*.tpr)とし、それを用いて、
MD 計算モジュール mdrun で MD 計算を行う形となり、出力として各種のエネルギーや温度・
圧力等の時系列出力ファイル(*.edr)、トラジェクトリ―ファイル(*.trr, *.xtc)等が得ら
れる。GROMACS には、これらの出力ファイルを入力として、各種の解析(動径分布関数、
平均二乗変位、各種の相関関数等)を行うモジュールがある程度整備されているのも特徴
である。GROMACS にはトラジェクトリをアニメーションとして表示するモジュール ngmx も
同包されてはいるが、ここでは、Visual Molecular Dynamics (VMD) 9)を紹介する(「高分
子」2015 年 3 月号記事 7)で紹介した gOpenMol は、その後 HP10)が閉じられた様である)。
VMD は、以前のバージョンでは MD セルの表示が出来なかったが、1.8.6 以降のバージョン
では、Extensions-TK Console にて、pbc box と入力することにより簡単に MD セル表示が
可能となっている。
2.配位高分子の MD 計算
ポーラスネットワーク構造をとる配位高分子は、近年、Metal-organic framework(MOF)
と呼ばれ、ガス貯蔵材料等の応用が期待され、活発な研究開発がおこなわれている 11)。
前節では GROMACS による MD 計算の流れを、MOF の有機配位子の代表例である、4,4’
-bipyridine(bpy)を例にして説明した。実際の系では、適当な溶媒中で 4,4’-bpy と、
Cd(NO3)2 を混合することにより、二次元スクエアグリッドからなる 2-D MOF、[Cd(4,4’
-bpy)2]∞等が自発的に形成される 12)。このようなモノマーからの配位高分子ネットワーク
の自己組織化プロセスのモデリング・シミュレーションは、MOF 形成プロセスの理解に有
用であり、チャレンジングな課題である。
他の多くの自己組織化過程と同様、上記の MOF 自発形成プロセスの時間スケールは、通
常の MD 計算が扱える時間スケールの上限(現状でマイクロ秒程度)を越えており、時間ス
ケールのギャップを埋める何らかのモデリングが必須となる。我々は、溶媒を陽に扱わず
に、いわゆる implicit solvent として扱う 13)ことにより、ランダムに配置したモノマーと
金属イオンからの配位高分子ネットワークの自発形成のシミュレーションに成功した 14)。
図4に、上記モデルにより自発的に得られた3次元キュービックネットワークを示す。
同様のモデルにより実現されている配位超分子の自発形成 15)と同様に、当該配位結合が、
結合・解離の双方向性を有する弱い相互作用
(cationic dummy-atom method16)でモデル化)であ
る点が自己組織化の観点からキーとなっていること
がわかる。このような MOF の自己組織化プロセスの
モデリング・シミュレーションは、新規な MOF 系の
開発に役立つと考え研究を進めている。本稿が、少
しでも GROMACS を用いた分子シミュレーションに興
味をお持ちいただくきっかけになれば幸いである
(本稿は、「高分子」2015 年 3 月号記事 7)に加筆・
改変したものです。多少古い内容ではあるが、
GROMACS のより詳しい演習記事 17)があるのでそちら
も参照されたい)。
図4
MOF ネットワーク構造
文献・URL
1) Hess et al., “J. Chem. Theo. Comp.”, 4, 435, (2008)
2) http://gromacs.org/
3) http://staff.aist.go.jp/makoto-yoneya/MDforKOUBUNSHI/
4) http://www.acdlabs.com/resources/freeware/chemsketch/
5) http://www.gromacs.org/Downloads/User_contributions/Other_software
6) http://ambermd.org/
7) 米谷 慎,「高分子」, 64(3), 150,(2015)
8) http://openbabel.org/
9) http://www.ks.uiuc.edu/Research/vmd/
10) http://www.csc.fi/english/pages/g0penMol
11) Furukawa et. al., “Science”, 341, 1230444, (2013)
12) Fujita et al., “J. Am. Chem. Soc.”, 116, 1151, (1994)
13) Yoneya et al., “J. Am. Chem. Soc.”, 134, 14401, (2012)
14) Yoneya et al., “Phys. Chem. Chem. Phys.”, 17, 8649, (2015)
15) Yoneya et al., “ACS Nano”, 8, 1290, (2014)
16) Pang et al., “J. Mol. Modeling”, 5, 196, (1999)
17) 米谷 慎,「液晶」, 13(3), 219, (2009), 14(1), 56, 14(2), 126 (2010)