土肥法律事務所 弁護士/看護師 友納理緒 [とものうりお]2003年東京医科歯科大学保健衛生学科看 護学専攻卒業(看護師,保健師免許取得) 。2005年同大学 大学院保健衛生学研究科博士前期課程修了。2008年早稲 田大学大学院法務研究科法務博士課程修了後,司法試験 に合格し,弁護士資格取得。 連載 第8回 どんな看護記録が問題になるの?! 今回は,前回扱わなかった②∼③の事例をと 改ざん,他記録との不一致, 客観的ではない記録 今回のテーマ りあげます。 ②看護記録に改ざんがある,もしくは,疑われる 看護記録に改ざんがあったりすると,その記 録の内容はほとんど信用してもらえなくなりま すので,注意が必要です。 ③他の記録との不一致がある 看護記録と他の記録との不一致があると,裁 前回(本誌Vol.24, No.5) ,裁判で問題となっ 判で看護記録に書いてある事実が認められな た看護記録には,次のようなものがあるとご紹 かったり,紛争を激化させるという弊害をもた 介しました。 らすことがあります。 ①看護記録に記載がない,あるいは,不十分 ②看護記録に改ざんがある,もしくは,疑われる ③他の記録との不一致がある ④事実が客観的に記載されていない 具体例Ⅰ ④事実が客観的に記載されていない 推測に基づく記載がなされると,患者側から そのような事実があったことを前提に,病院側 の責任を追及されてしまうことがあります。 看護記録に改ざんがある,もしくは,疑われるケース ア 記録の訂正は信用性に欠けると判断 (福岡地方裁判所平成6年8月25日判決〈判時1550号101頁〉 ) 助産記録の問題点:助産記録には,当初,助産師が肢位について「不全足位」と記載して いたにもかかわらず,これが抹消され, 「複臀位」と訂正されていた。 患者側の主張 不全足位でより安全な帝王切開の方法を考 慮する必要があったのに,漫然と経腟分娩 を強行した。 その結果,児に脳障害などの後遺症が生じた。 当初の記載は助産師の判断ミスによ るもので実際には「複臀位」であっ た。訂正はそのためのものである。 裁判所の判断:当初の記載をした助産 師の判断が信用でき,他方,これを 訂正したとする医師・看護師の弁解 は信用性に欠ける。 病院側の 反論 「不全足位」であったと認定し,医 療機関の過失があったと判断。 イ 意図的な改ざんとは断定されないと判断 (函館地方裁判所平成7年3月23日判決 〈判時1560号128頁〉 ) 看護記録の問題点:4月10日午後1時の欄の行間の線上に, 「間欠1′30″ ∼1′ 」と加筆さ れていた。 86 看護きろくと看護過程 vol.25 no.1 なお,他の場所はすべて,小さい数値から大きい数値に「∼」がわたっており, 「間欠」が 必ず「発作」と組になって記載されていた。 13:00 CX6 ∼ 7cm 線上に記載。 間欠1′30″∼1′ 「発作」の記載なし KHT12all 裁判所の判断(看護記録の信用性について):激 患者側の主張 看護記録の記載に不審な点が 多く,改ざんの可能性がある。 病院側は,午後1時には過強 陣痛があったのを隠すために 加筆した。 午後1時の2行を書いた直後, 間欠の記載を忘れていたことに 気づき,書き加えた。 病院側の反論 痛(過強陣痛)が起こったのが午後1時ごろで あるとする患者にとっては,病院側が,加筆に より,激痛が起こった時刻を故意に遅らせ,責 任逃れをしようとしていると不信感を募らせる のも,理解できないことではない。 しかしながら,児心音の正常を示す「KHT12all」 の記載には改ざんのあとがなく,これも過強陣痛 を否定する大きな要素であり,その上に間欠の正常のみを書き込んでもあまり意味はないこと,真 に改ざんを企図するなら,不自然な記載をあえてするとは考えにくいことなどからすると,意図的 な改ざんと断定することはできない。 ➡結局,裁判所は,改ざんがあったとは判断せず。 しかし,裁判所が,不自然な加筆により不信感を募らせる患者側に,一定 の理解を示していることに注意が必要。 具体例Ⅱ 他の記録との不一致があるケース ア 看護記録に書かれた事実が認められなかった(東京高裁平成19年12月19日判決) 2回の動脈血液ガス分析検査が行われた正確な時刻は,検査票の記載と看護記録の記載が矛 盾し,本件記録上確定することができない。 このように判断されると,せっかく記録した意味がなくなってしまいます。注意が必要です。 イ 紛争を招いた,あるいは,激化させた(札幌地裁平成13年12月13日判決) 事例:不妊症の治療のために,腹腔鏡手術を受けた患者が,術中,循環・呼吸不全を起こし死亡 してしまった。 看護記録の問題点:麻酔医の手術室到着時刻について,カルテには午前10時35分との記載があっ たが,看護記録には午前10時40分と記載されていた。 看護きろくと看護過程 vol.25 no.1 87 患者側の主張 患者の状態変化時に,麻酔科医の手術室到着 が遅かった(午前10時40分を主張) 。 病院側の反論 医師が来室したのは,午前10時35分前後 であり,遅れていない。 裁判所の判断:その他の証拠も総合すると,医師の到着時間は午前10時35分である。 ➡結局,裁判所は,病院側に過失がなかったと判断した。 しかし,記録の不一致が,紛争を長引かせる原因となった点に注意が必要。 具体例Ⅲ 事実が客観的に記載されていないケース ア 憶測に基づく記録により手技の誤りが追及される(神戸地方裁判所平成14年4月23日判決) 事例:冠状動脈バイパス術を受けた患者が,胸骨のかい離のため胸骨再固定術を受けなければな らなくなった。 看護記録の問題点:①看護記録に, 「開胸OP操作による胸骨,肋骨損傷と思われる」 ,②看護記録の 患者側の主張 手術時の医師の手技に過誤があっ た。そのことは看護記録の記載か らも明らかである。 問題リスト#8に「胸骨切開後の不適切な ワイヤー固定」が原因であるとの記載あり。 裁判所の判断:①の記載は,必ずしも,胸骨 ①の記載は,胸骨切開に当然伴う損 傷についての記載。 ②問題リストの欄は,患者を看護す る上で留意すべき諸点を担当看護 婦が,最初に書き出しておくもの。 病院側の反論 看護婦は,入院時に,問題リスト に#1∼#10までのチェックリ ストを書き込んだ(文献をそのま ま転記)。 固定術の手技上の誤りをうかがわせるとは 言いきれない。 ②の記載は,入院時に想定される問題と して記載されたもので,本件手術後に記載 されたものではないから,それが,本件手 術における手技上の誤りをうかがわせるも のとは言いがたい。 ➡結局,裁判所は,病院側の主張を採用。 しかし,憶測に基づく記載は,紛争の原因となることに気をつけましょう。 イ 根拠のない断定的な表現により患者の自殺の責任を追及される (大阪高等裁判所平成25年12月11日判決) 事例:重度の抑うつ状態で閉鎖病棟に入院した患者が,病院のトイレの個室内で自殺してしまった。 遺族は,自殺防止義務違反があったとして損害賠償を請求。 看護記録の問題点:平成22年12月16日に,患者が看護師に「入院してから今が一番つらい」と述べ, 同日の看護記録にも, 「入院してから今が一番つらい」 , 「希死念慮…出てきている」との記載があった。 88 看護きろくと看護過程 vol.25 no.1
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