2015年度 情報エレクトロニクス概論 (情報論的)エントロピー --- 様々な研究分野をつなぐキー・コンセプト --- 平成27年5月13日(水曜日 第1講時) @オープンホール 情報科学研究科 井上 純一 http://chaosweb.complex.eng.hokudai.ac.jp/~j_inoue/ 1/33 この講義の目的 ○ 必ずしも事前知識を持たない受講生に <<エントロピー>>の初歩について理解してもらう ○ 科学技術の様々な場面で<<エントロピー>> が顔を出すことを見て行く ○ ある人にとっては<<エントロピー>>の「復習」に なるかもしれないが、 この際、勘弁してもらう 2/33 位置の散らばり (1/2) 札幌の初夏 札幌の秋 位置の散らばり「大」 位置の散らばり「小」 3/33 位置の散らばり (2/2) ある朝の私の机 位置の散らばり「小」 その日の夕刻の私の机 (本当はもっと「散らかって」ます) 位置の散らばり「大」 上の矢印が、整理整頓のための外からの仕事を与えることなしに 自発的に逆向きに進むことはあり得ない。 (一年間、整頓しないままならば、益々散らかって行くが、ある日突然 偶然にも左側の図の状態へ戻る可能性は「実質的にゼロ」である) 4/33 速度のちらばり 利用可能な動力「大」 利用可能な動力「小」 全体として 車を構成する分子 走行する車 一つの(水素)分子の速さ 1気圧、室温での気体 もし分子達が揃って運動すれば、我々が即死するレベルのモーレツな速さ ⇒ 実際には、速度の散らばりが大きいお陰で悲惨なことにならない 5/33 気体分子の散らばりが小さければ・・・ 気体分子が 隅にかたまる 教室の天井が 吹き飛ぶ 我々は窒息死する 6/33 人類は、このような出来事(事件)にお目にかかった試しはない ⇒ 自然界では、「散らばり」が自律的に大きくなるようになっているのではないか? 散らばりの度合い = エントロピー 散らばりが大きい = エントロピーが大きい エントロピーの (ミクロな)式 場合の数 =散らばり度 例) 熱機関 高温熱源 T1 Q1 = E_in 動力 (仕事) 入力エネルギー 利用可能な動力が小さい = エントロピーが大きい エントロピー廃棄量 = Q2/T2 ≒ Q2 が大きければ、利用可能動力は小さい 7/33 Q2 (廃熱) 低温熱源 T2 時間の向きとエントロピー増大 A B 仕切りをとると 低温の「遅い分子」 高温の「速い分子」 適度に混ざる 何年待とうが、逆向きが 達成されることは「実質的に(確率的に)」 あり得ない (不可逆) これは不思議だ ! ⇒ 「一分子」の運動方程式は「可逆」 (時間反転対称性) において、t → -t とすると つまり 8/33 ⇒ すなわち、x(-t)もまた解である 熱力学第2法則 系A、Bを接触させる WA WB qA qB TA 第1法則 (エネルギー保存) WA − qA + WB − qB = 0 TB 外から仕事は行われない 不可逆過程の例) TA > TB したがって qA = −qB , qB > 0 ΔS A + ΔS B = qB ( 1 TB 第2法則 9/33 熱が高温から低温へ移動 ) − T1A > 0 エントロピーは増加 ΔS A + ΔS B ≥ 0 熱機関: カルノー・サイクル 仮想的可逆過程の例 全エントロピーは不変 熱源 T1 q1 = +T1ΔS q1 W q2 = −T2ΔS T2 熱効率 η= 10/33 q2 W q1 = 熱源 T1 −T2 T1 <1 カルノー効率 P 等温膨張 断熱圧縮 W 等温圧縮 T1 断熱膨張 T2 V スターリング・エンジン 熱エネルギーからの変換効率は カルノーサイクルに最も近い 例えば手のひらの温度 と室温との間の温度差で 仕事を取り出せる 「温度差」があれば いいので、氷の上に のせても良い 11/33 燃料電池の最大効率(1/3) (参考文献: 矢吹哲夫 先生 「酪農学園大学紀要」) エネルギーも含めた燃料電池(化学反応によって電力を取り出す)の化学反応式は エネルギー保存則(第1法則): 従って、燃料電池を「機関」とした場合の入力エネルギーは エントロピー増大則(第2法則): 12/33 燃料電池の最大効率(2/3) 燃料電池(機関)に入るエントロピーは 従って、最大効率は エントロピーの分だけ、効率が「劣化」する 実データより、T_out = 25℃=298[K]、1気圧において、下記を代入 13/33 燃料電池の最大効率(3/3) 同じ効率0.8298を「熱機関」で達成しようとすれば つまり、高温熱源の温度は、これを解いて ここまでの高温では、熱機関の材質は持ちこたえることが できず、融けてしまう。なので、実質的に不可能。 (鉄の融点は約1500℃) 14/33 生命とエントロピー η = Wq = 1 1 は達成されない。つまり、 q1 =W とはできない。 すなわち、高温から受け取る熱を100%力学的エネルギーに変えることはできない。 低温側に q2 の熱を捨てなければならない。 エントロピーで考えると ΔS = Tq11 だけ増加したエントロピーを 「負のエントロピー」 ΔS = − Tq22 シュレーディンガー「生命とは何か」(1940) 「生命は活動するために、食物を食べることで 負のエントロピーを得ている」 実際には、「発汗」「排泄」によってエントロピーを廃棄している 15/33 捨てる必要がある エントロピーのミクロな定式化 場合の数(ミクロな量): 乗法性 ・・・・ 系1 W = W1 ×⋅⋅⋅× WN 系N 両者を満たすような関数形を探す S = f (W ) S = k log W 16/33 エントロピー(マクロな量): 加法性 S = S1 + ⋅⋅⋅ + S N 机の上の散らかり再考 エントロピー小 エントロピー大 それぞれの「場合の数」を計算してみよう 17/33 k logWとQ/Tの関係(ラフな考察) マクロな(熱力学的)定義式 ミクロな定義式 温度Tは分子運動論的に、分子一個あたりの平均運動エネルギーに比例する つまり = 出入りする熱エネルギー 分子一個あたりの平均運動エネルギー = 出入りする分子の平均個数 18/33 ≒ 出入りする分子の「速度の散らばり」 情報とエントロピー 情報理論(通信理論)の基礎はほぼシャノン一人によって確立された “A mathematical theory of communication” (1948) 情報源符号化定理 エントロピー概念の導入 通信路符号化定理 今回 触れない 標本化定理 クロード・シャノン 情報量 : − log p p( E ) = p はある事象Eが起こる確率 抽象的概念である「情報」の量の数学的な定義 19/33 「通報」に対する「驚き度」と情報量 pが小さい「めったに起きない」通報を受けると 我々の「驚きの度合い」は大きい pが大きい「ありきたり」の通報を受けても 我々の「驚きの度合い」は小さい 20/33 情報論的エントロピー エントロピー = 平均情報量 事象「i」の起こる確率 例) 事象「0」「1」のいずれかが起こり、それぞれの確率がp、1-pで与えられると 21/33 シャノンの原著論文より p=1/2 で最大 22/33 2値エントロピー関数 乳児、成人の発話を例にして 赤ちゃん 「ダー、ダー、ダー、ダー、ダー」 驚きの度合い=0、エントロピー=0 「予測」しやすい 成人 「先日、小樽に行って、運河を見た、寒かったが、楽しかった」 ○ 驚きの度合いは「文脈」に依存して決まる ○ エントロピー > 0 ○ 計算には膨大なデータベースが必要 23/33 「予測」しにくい 語彙の出現頻度と情報の圧縮 赤ちゃん 「ダー、ダー、ダー、ダー、ダー」 「ダー」( =ミルクが欲しい) しか言わないのだから、5回も必要なし⇒ 1回で十分 ⇒ メッセージの長さが1/5に圧縮できる ○ 出現頻度が大きい言葉は短くし、頻度が低い言葉は 長くする (あいまいさを無くす)ことでメッセージの長さ(平均符号長) を最適化できないか? ⇒ できる ○ できるなら、どこまで短くなるか? 24/33 圧縮の限界 秩序-無秩序の世界(1/2) イジングモデル 25/33 隣り合う者同士は同じ符号をとり易い 秩序-無秩序の世界(2/2) 真っ白 1 「相転移」近傍 = フラクタル構造 0.5 エントロピーSの 高い状態が有利 m エネルギーEの低い 状態が有利 0 = +1のスピン の割合 自由エネルギー -0.5 を最小にする状態が実現 真っ黒 26/33 -1 0 0.5 1 1/J 1.5 2 組み合わせ最適化 エネルギー エネルギー関数: を最小とする配列: 解空間 を求める 01001010101001010 01011000001001000 01010001000010101 ……….. ….. 10111101000000000 GA等で 配列を更新 解候補のエントロピー大 27/33 01001000000010010 01001000000010010 最良個体 01001000000010010 のみ 01001000000010010 生き残る …. 01001000000010010 解候補のエントロピー最小 = 確率1で解が求まる マクスウェルの悪魔 A B 仕切りをとると 低温の「遅い分子」 高温の「速い分子」 「窓」を制御して 分子を選別する 適度に混ざる エントロピー増大 <反論例> ◇ 黒体放射 (分子を見れない) ◇分子間力の到達距離 ◇不確定性原理 全能の悪魔が居て、早い分子と遅い分子を分別する ⇒ 仕事の消費無しに部屋Aの温度を下げることができるのでは? 28/33 情報の負エントロピー原理(1/2) L. ブリルアン「科学と情報理論」(Science and Information Theory) (1956) 等しい確率で生じるW0個の事象を考えるとき、将来起こりうる事象の 場合の数をW1<W0に減らすためには「情報」を必要とする。 はじめ: I 0 = 0 W0 おわり: I1 > 0 W1 W0 ⎞ ⎛ I1 = k log ⎜ = S0 − S1 ⎟ ⎝ W1 ⎠ 情報=エントロピーの減少量=負エントロピーの増加量 29/33 情報の負エントロピー原理 (2/2) ΔS1 ≥ 0 系のエントロピーを減少させたあと、系を孤立させると W I1 = k log ⎛⎜ 0 ⎞⎟ = S0 − S1 ⎝ W1 ⎠ より Δ ( S0 − I1 ) ≥ 0 カルノーの原理 エントロピーの増加はS0の増加、あるいは、-I1の増加 ΔI1 ≤ 0 孤立系では情報の損失が起こる カルノーの原理に対応 例) ○ 自分の考え(情報)を英語でイギリス人の友人に話す ⇒ 英語への「符号化」の際に誤りが生じて情報損失が起こる ○ 通信手段によっては、通信系の熱雑音などにより、情報損失が起こる ○ 時間が経過し、自分の考えを忘れてしまった場合にも情報の損失が起こる 30/33 マクスウェルの悪魔再考 Demers の議論 魔物に懐中電灯を持たせる(黒体輻射に対する対応) 魔物は分子の位置情報を得て、窓を開閉する ⇒ 負のエントロピーを生産する しかし、 懐中電灯の負エントロピーの損失 > 得られる負エントロピー 結局、カルノーの原理を満たす この他にSzilard の議論(1929年)等参照 31/33 熱力学と情報理論 負のエントロピー N = 情報量 I 温度 T = 熱雑音 (ノイズ) 高温(ノイズ大)においては、ノイズに打ち勝つように 情報を伝達するために必要な仕事量は大きくなる 32/33 おわりに シャノン論文の参考文献 専門(電子工学)以外の研究分野の論文を参考としている 情報理論は今でいうところの「境界領域」の研究として創出された エントロピーをキーとした、境界領域からブレークスルーが生まれるかもしれない 33/33
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