著作権制度研究 3Dプリンタに関する著作権問題 ―設計図と応用美術の著作権裁判例を手がかりに― 一橋大学大学院 国際企業戦略研究科 教授 井上由里子 1.3Dプリンタとものづくりの革命 2012年、デジタル化に伴う社会の変革について、 数々のベストセラーを出版してきたクリス・アン ダーソンの手になる『メイカーズ―21世紀の産業革 命が始まる―』*1が全世界でベストセラーとなっ た。そこでシンボリックに取り上げられているのが 3Dプリンタである。 3Dプリンタとは、デジタルデータから直接、立 体的な造形物を作成する装置であり、インクジェッ ト・ノズルから樹脂を絞り出して積層により造形物 を作り出すものや、レーザーを用いて液体樹脂を固 めるもの、金属粉や粉末プラスチックを固めるもの など、様々な方式がある。歴史は意外に古く、アメ リカの3Dシステム社が1987年に最初に発売したの を契機に1990年前後に注目を集めた。その後、2000 年代に入って、3D-CADの浸透で再注目され、自動 としているのである*2。 *1 クリス・アンダーソン著・関美和訳『メイカーズ―21世紀 の産業革命が始まる』(NHK出版、2012年)。パーソナルな ものづくり革命の主導者の一人であり、オープンな環境で のパーソナルファブリケーションを普及させるための「ファ ブ・ラボ」を世界各地で開設するプロジェクトを推進して いるマサチューセッツ工科大学ビット・アンド・アトムズ センター所長ニール・ガーシェンフェルドの著した『Fab: パーソナルコンピュータからパーソナルファブリケーショ ンへ』(田中浩也監修・糸川洋訳、オライリー・ジャパン、 2012年)も参照のこと。3Dプリンタのもたらす社会の変 容について描きだすその他の最近の文献として、ホッド・ リプソン/メルバ・カーマン著(斉藤隆央訳、田中浩也解説) 『2040年の新世界―3Dプリンタの衝撃―』(東洋経済新報 社、2015年)がある。 *2 我が国でのこのような新しい動きへの対応は、民間はもち ろん、我が国の政策官庁でも始まっている。2014年、経済 産業省の主催する新宅純二郎東京大学教授を座長とする「新 ものづくり研究会」は、『3Dプリンタが生み出す付加価値 と2つのものづくり~』という報告書を公表し、①産業界に おける精密な工作機械としての発展可能性とともに、②個 人・インディーズ等を含む幅広い主体のものづくりツール としての発展可能性を挙げて、新しいものづくりを推進す るための制度面も含めた環境整備を提言する。 車や家電製品の試作品づくり、補聴器や歯科医療で のカスタマイズ製品の製造などで実用化が進んだ。 2.著作権法上生じうる問題 2009年に基本特許が切れたことで多くの企業が3D 以上のような「ものづくりのデジタル革命」が進 プリンタ市場に参入した。現在では、航空機産業か 展すれば、音楽や映像、ゲーム、出版関係でデジタ ら街の金型工場まで、あらゆる産業で活用されるよ ル化・ネットワーク化に伴って多くの著作権法上の うになっている。そして、低価格のコンパクトな 紛争が生じるようになったのと同様、3Dプリンタ モデルも販売され、3Dプリンタを家庭で利用でき に絡む法的紛争が生ずることが考えられる。本稿で る時代になっている。3Dプリント受託サービスや、 は、3Dプリンタに関して生じうる著作権法上の問 3Dデータ共有サイトなども出現し、いままでにな 題について、現行の法解釈によった場合、どのよう い、パーソナルなものづくりの環境が生まれつつあ な帰結が導かれうるのか、関連する裁判例を分析し る。デジタル化とネットワーク化の進展は、情報の つつ考察する*3。 創出過程、流通過程を大きく変えてきた。これまで 3Dプリンタの利用方法は様々であるが、次のよ は主として質量のないビットの世界で進行してきた うなものが考えられる。まず、気に入った立体的造 が、いまや、ビットの世界と質量を帯びたアトムの 形物を個人が自己使用のため、あるいは少量生産で 世界とが統合され「ものづくり」の現場が変わろう マニアに頒布するため、3Dプリンタでコピーする DESIGNPROTECT 2015 No.105 Vol.28-1 11
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