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2015(平成 27)年度比叡山高等学校入学式式辞
ただいま呼名を受けた419名の皆さんの入学を許可いたします。
式辞
桜の花が散り始めるとそこにはもう緑の葉が顔をのぞかせており、これからは青葉
若葉が鮮やかな山笑う季節に入ります。うららかな春の装いとなった今日のよき日、親師
会副会長 村松弥生様はじめ多くの保護者の方々にお越しいただき、ここに比叡山高等学
校入学式が盛大に挙行できますことは、私たち教職員はもちろん上級生にとりましても、
このうえもない喜びでございます。高段からではありますが、厚くお礼申し上げます。お
子様のご入学まことにおめでとうございます。
改めまして419名の新入生の皆さん、入学おめでとうございます。皆さんは9年間の
義務教育を終え、今日から高校生です。これからは一人一人の強い意志と自覚、さらに勇
気と将来を見据えた粘り強い努力が大切になります。
本校はいうまでもなく私立学校であり、建学の精神をもっております。それは、天台宗
をお開きになった伝教大師最澄上人の御教えであり、大師はその著書『山家学生式』のな
かで、「国宝とは何ものぞ。宝とは道心なり。道心ある人を名付けて国宝と為す。」と述
べておられます。国の宝となる存在は道心ある人で、道心ある人とは、「一隅を照らす」
「能く行い能く言う」「己を忘れて他を利す」人をいいます。「一隅を照らす」とは、ポ
ストにベスト、持ち場持ち場で最善を尽くすことであり、一人一人が一隅を照らし光り輝
けば、世の中全体が明るくなるというものです。「能く行い能く言う」は、学んで習得し
た知識を実行に移し真実を把握しようという意味ですし、「己を忘れて他を利す」は自分
のことはさておいてでも他者、人のためになることをしようという意味です。
こうした校訓を掲げ、「掃除」・「挨拶」・「学問」の具体的実践目標のもと、日々指導に
あたっております。掃除、これは清掃活動にとどまらず、身なりを整えることも含みます。
挨拶、気持ちのよい挨拶を交わすことによって人と人とのコミュニケーションを図る。あ
る先生は、こうおっしゃいました。「掃除は内なる心を開くこと、挨拶は外に向かって開
くことだ」と。この掃除・挨拶ができて初めて、勉強ができるのです。
論語の中に、「知らずして之を作す者有らん。我は是無きなり。多く聞きて其の善き者
を択びて、之に従い、多く見て之を識す。」とあります。
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「知らずして之を作す者」とは、正確な知識の蓄積がないのに、直感や勘に頼った活動
をする人のことであり、これに対して、本当の知者とは積み重ねた知識を自らの血肉とし
て、物事の是非や利不利を判断し、状況に応じて適切に対処できる能力を備えた人のこと
をいいます。
情報が氾濫する現代において、獲得した情報量の多さや目新しさがあたかも「知」であ
るかのように考える人もいますが、それは選別した情報を知識として蓄積し、思索するこ
との大切さを知らない人であり、そこからは何ら新しいものが生まれるはずもなく、知的
根拠のない思索はただの妄想であり、独りよがりな空想でしかありません。
真の知を求めて、人や書物から積極的に学び取る姿勢とそれを正確に理解する力が求め
られます。それは、本校の校訓のひとつ「能く行い能く言う」そのものであります。
中学校時代の、先生から教えてもらう段階から、自ら学ぶ高校生に大きく変貌されんこ
とを期待いたします。
最後になりましたが、保護者の皆様にお願いがございます。高校生にもなると体格も立
派になり、大人びたところもみられるようになりますが、まだまだ子どもであり、未完成
です。どうか温かく子どもを見守り、支えてやっていただければと思います。
保護者の皆様のご理解とご協力を得ながら、子どもたちのすこやかな成長のため、全力
を尽くすことをお約束し、新入生の輝かしい前途を祈念して式辞といたします。
平成27年4月8日
延暦寺学園比叡山高等学校長
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松村
実