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学
位
論
文
要
旨
山地渓畔林における林床植生構成種
ネ コ ノ メ ソ ウ 属 Chrysosplenium L.の 種 の 共 存 機 構
Mechanisms of coexistence in Chrysosplenium L. species:
understory plants in mountain riparian forest
環境資源共生科学専攻
深町
環境保全学大講座
篤子
多種共存機構の解明は,生態学における重要なテーマのひとつである.植物
は多くの種で,狭い範囲に一時的ではなく共存する.本研究では,狭い範囲で
複数種が同所的に生育する小型の擬似一年生草本であるネコノメソウ属の種の
分布や生育立地といった基礎的な知見を蓄積し,形質の差異から進化学的な側
面からの考察を加えることで,植物の近縁種の共存機構を解明することを目的
とした.
また,河川上流域に成立する渓畔林では,開析前線下部域における植生と微
地形との対応関係から,植生や種のもつ特性の理解が進められてきた.しかし
ながら,生態学的な事象は,観測するスケールが変化することで事象に影響を
及ぼす因子の相対的な重要性が変化することがしられている.本研究では,ネ
コノメソウ属の種を対象に,日本スケール,流域スケール,林分スケール,コ
ドラートスケールといった多重の空間スケールから共存関係を明らかにした.
日本スケールでは,日本に分布するネコノメソウ属の種を対象に都道府県単
位の分布パターンを解析し,広域型,北方型,日本海側,南西型,局所型の 5
タイプを認めた.いずれの分布型の種もブナクラス,シオジ-ハルニレオーダ
ーに出現した.特に,主要な山地渓畔林の群集が属するサワグルミ群団には系
統 的 に 分 岐 年 代 の 新 し い ク レ ー ド P i l o s a に 属 す る 種 が 分 布 し ,ネ コ ノ メ ソ ウ 属
の種の分布と分化の中心はサワグルミ群団にあると考えられた.
広域型,北方型,南西型の 7 種が分布する渡良瀬川上流域での流域スケール
では,ハナネコノメ,コガネネコノメソウ,イワネコノメソウ,イワボタン,
ツルネコノメソウの 5 種は分布標高,流域特性に差はみられず,水の営力が大
きくかかわって形成された地形である沖積錐や低位土石流段丘に成立するシオ
ジ優占林に偏在し,水の営力が直接的にはほとんど関わらずに形成された地形
(崖錐斜面や崩壊斜面)に成立するケヤキ優占林には偏在しなかった.これら
5 種は支流域,2 次集水域,林分スケールで分布が重なり,渡良瀬川上流域に
同所的に分布するチシマネコノメソウ,ネコノメソウとは分布パターンが異な
っていた.
ネ コ ノ メ ソ ウ 属 5 種 が 共 存 す る シ オ ジ 林 に お い て , 1 m×1 m の 方 形 区 で 調
査を行い,ツリーモデルを用いた解析で 5 種の地形・微地形・コドラートスケ
ールでのハビタットを比較した.対象種のミクロハビタットには,春の全天開
空度に影響を及ぼす尾根・谷といった地形スケールの環境や,多量の土砂流出
や崩落,堆積とその後の安定によって形成される微地形スケールの環境,リタ
ーの集積や転石,倒木といったコドラートスケールでみられる環境が,階層性
をもって複合的に影響していることが示唆された.
ネ コ ノ メ ソ ウ 属 5 種 の 共 存 関 係 を 解 析 し た と こ ろ , 1 m×1 m で も 排 他 的 関
係 に な ら な い 組 み 合 わ せ が 多 か っ た . 0.3 m×0.3 m, 0.1 m×0.1 m の ス ケ ー ル
で 多 く の 組 み 合 わ せ が 排 他 的 関 係 を 示 し た が , 0.1 m×0.1 m の ス ケ ー ル で も ハ
ナネコノメとイワネコノメソウは排他的関係を示さなかった.スケールを狭め
る ほ ど 排 他 的 関 係 に な っ た 要 因 と し て ,局 所 的 な 立 地 選 好 性 の 違 い が あ る こ と ,
一種が占有する空間サイズとなったこと,種間干渉などがあると考察した.ま
た,スケールを狭めても排他的関係にならない要因として,同種の集合,地表
攪乱による優占種の排除と空きニッチェの創出,十分な種プール,更新ニッチ
ェの類似性などが考えられた.
ネコノメソウ属 5 種の間には,器官への資源分配様式に差がみられた.ハナ
ネコノメは小さい種子を少産し,シュートは細く短かった.コガネネコノメソ
ウ は LMA が 大 き く , 大 き い 種 子 を 少 産 し , シ ュ ー ト は 太 か っ た . ニ ッ コ ウ ネ
コノメは小さい種子を多産し,シュートは太く長かった.ツルネコノメソウは
小さい種子を多産し,シュートは細く短かった.イワネコノメソウは多くの形
質が中間的であった.これらのことから,ニッコウネコノメ,ツルネコノメソ
ウ,イワネコノメソウ,コガネネコノメソウ,ハナネコノメの順に,頻度の高
い不安定な立地に,残存,または侵入することに適応的である可能性が考えら
れた.
現在みることができる山地渓畔林林床に生育するネコノメソウ属の種の共存
には,現在の植生配置が決定された頃に形成されていた谷地形,下部谷壁斜面
域での水の営力が関わる様々な種類・規模・頻度の地表攪乱,形成された微地
形上で生じる多様な基質の移動といったより小規模高頻度な攪乱現象の積み重
ねによって,形成・維持・消失する多様な環境が,ネコノメソウ属の種の共存
が可能となる場を提供していると考えられた.また,ネコノメソウ属 5 種は,
各形質への投資配分を少しずつ違えることで,種それぞれが適応的となるミク
ロ ハ ビ タ ッ ト に 同 種 で 集 合 し ,1 m × 1 m と い う ス ケ ー ル で も 共 存 を 可 能 に す る
機構があることで,一つ林分にも共存できたと考えられた.