奥能登地域を対象として - 環境デザイン学類 - 金沢大学

救急車からの医療情報デジタル伝送システム運用のための
アンテナ設置位置最適化に関する研究
金沢大学大学院自然科学研究科 学生会員 ○福田 正輝
*
金沢大学理工研究域環境デザイン学系 正会員
高山 純一
金沢大学理工研究域環境デザイン学系 正会員
中山 晶一朗
ジタル伝送システムを構築することを目的に,中継
1.はじめに
救急救命活動は,従来から迅速かつ的確な対応が
基地局であるアンテナの効率的な配置方法を確立す
求められており,単に医療機関への迅速な搬送を行
る.そして,実際に石川県奥能登地域においての導
うだけではなく,初期の救急救命処置についてもよ
入計画について検討し考察する.
り迅速かつ効率的に実施されるような取り組みが地
方自治体の救急機関において行われている.このよ
2.三次救急医療機関への搬送について
うな救急救命活動に関しては,近年発達している情
本研究では,プレホスピタルケアの効果が最も大
報通信技術の効果的な利用が検討されている.現在
きくなるようなアンテナの配置場所を検討するため,
では,携帯電話の普及に伴い,救急隊員と医療機関
搬送患者を三次救急医療機関(初期・二次救急機関
との間で携帯電話によるやりとりが一般的となり,
では対応できない複数の診療科領域にわたる重篤な
救急・消防無線システムについても,防災用等の公
救急患者に対して,高度な医療処置を総合的に提供
共用無線システムとともにアナログ方式からデジタ
する医療機関)に搬送する場合に限定する.
ル方式への移行が進められている.
重篤救急患者を中心に扱う三次救急活動において
ここ数年,特に携帯電話や無線LANの普及を背
は,一次,二次救急活動とは異なり,搬送先の医療
景として全国的にも「救急車の関係する映像等伝送
機関が限られており, 石川県内では4施設しか設置
研究・実験」
1)
が行われており,救急車から病院に
されていない.また北陸地方においては,三次救急
傷病者の情報を伝送する必要性が高いことが伺える.
病院は比較的市街地に集中している.本研究で対象
また,救急救命士の処置範囲拡大のための制度整
地域とする奥能登地域は,搬送先が七尾市にある公
備も順次行われており,それに伴い搬送中の適切な
立能登総合病院に集中すると考えられ,奥能登地域
プレホスピタルケア(病院前救護)のための環境整
である輪島市や珠洲市等から患者を搬送する場合,
備も迫られている.特に,医師の的確な指示・指導
かなりの搬送時間がかかることが予想される.
等が得られるための情報伝送の必要性がより一層高
まっている.さらに,近年多発する自然災害やテロ
3.アンテナ設置場所の最適化方策の検討
災害に備えて,非常時に混乱の生じる可能性の高い
(1)救急要請場所の設定
既存の通信システム(携帯電話や無線 LAN)を用
一般的に救急要請は,人口の多い地域からの要請
いるのではなく,公共用としての独立した無線シス
が多くなると考えられるが,ある程度人口が集中し
テム(専用回線)の新規確立が必要である.
ている地域のみを救急要請場所に選んでしまうと,
そこで,本研究では救急車の走行経路と医療情報
救急活動の公平性が失われる可能性がある.
の伝送効果が十分確保される三次救急機関までの距
そこで,本研究では対象地域である奥能登地域を
離,および救急要請場所から画像伝送を行う場所ま
いくつかのゾーンに分けて,それらのゾーンから救
での搬送時間を考慮して,救急業務用の医療情報デ
急要請があると仮定する.ゾーン分けには,平成17
Keywords: ITS,救急車,最適配置,プレホスピタルケア
年国勢調査においてのゾーン割りを参考にして,輪
*
連絡先: [email protected]
TEL 076-234-4613
島市16地区,珠洲市10地区,能登町16地区,穴水町
4地区の46地区のゾーンに分割して検討を行う.
(2)三次救急医療機関への搬送数の算出
本節では,各ゾーンから三次救急医療機関へ搬送す
②病院方向と逆方向の経路は選ばない.すなわち,
遠回りの経路は選択しない.
る患者数の算出方法について述べる.奥能登地域から
③三次救急医療機関までの経路は最短経路を利用す
公立能登総合病院への搬送状況を把握する方法として,
る.
各消防署が管理している救急業務実施報告書を用いて,
④有料道路(能登有料道路)を優先的に利用する.
搬送数を把握する方法が考えられるが,救急業務報告
(4)カーラーの救命曲線の算出
書を入手することはできなかった.
そこで,本研究では,総務省消防庁が発表している
2)
時間経過と死亡率の関係を表した評価指標として
よく参考にされているのは,カーラーの救命曲線で
「救急・救助の現況」 (平成18年版)に掲載されている
ある.この救命曲線は,日本で行われている応急手
救急車による年齢区分別傷病程度別搬送人員を用いて,
当の講習会などでよく用いられているものであり,
三次救急医療機関への搬送数を算出する.具体的な算
フランスの救急専門医 M.CARA が 1981 年に報告し
出方法は,人口を3区分した幼年人口(0~14歳),生産
た「傷病してから応急手当を施すまでの経過時間と
年齢人口(15~64歳),老年人口(65歳以上)の構成比を
死亡率」を表したものである.
用いて,各ゾーンの幼年人口,生産年齢人口,老年人
本研究では,患者の搬送時間が長くなるにつれて,
口を算出する.そして,年齢区分別傷病程度別搬送人
生存している患者数が減少していく時間経過を考慮
員の中で,「死亡」と「重症」の患者が全て三次救急医療
に入れた評価式の設定を行うため,カーラーの救命
機関へ搬送されると仮定して,年齢区分別の搬送人員
曲線を用いる必要がある.
に占める「死亡」と「重症」の患者数の割合を用いて,そ
平松の研究4)では,カーラーの救命曲線を死亡リ
れぞれの年齢区分における三次救急患者数を算出する.
スク関数と定義して,「多量出血」の曲線に対して
(3)救急要請場所からの走行経路の設定
ロジスティック回帰により求めている.
本研究では,三次救急医療機関への搬送に限定し
そこで,本研究では「心臓停止」,「呼吸停止」の場
ているため,救急車は特定の幹線道路を利用したり,
合にも適用できるように式を作り変えた.しかし,各症
搬送時間を短縮するため最短経路を利用することが
状において異なる 3 つの曲線では実用的ではないので,
推測される.
消防年報での「心臓停止」,「呼吸停止」,「多量出
岩井らの研究
3)
では,救急隊員を対象としたアン
血」の救急隊員の行った応急処置件数を参考にして,3
ケート調査において救急車の走行経路を調査してい
本の救命曲線に重み付けを行い,1 本の曲線を算出した.
る.そこで,アンケート調査をもとに救急車の走行
また,上記で述べてきたカーラーの救命曲線は,
経路の特徴を把握して,救急車が利用する経路の条
救急隊員や救急救命士が行う応急処置の効果が考慮
件を設定することとした.
されていない.そこで以下の文献を参考にして,救
アンケート結果より,救急車の走行経路には以下
急隊員による処置効果を設定する.仙台市消防局
5)
の①~③のような特徴が把握できた.
によると,ドクターカーによって搬送された心肺停
①ある程度道路幅員が確保されている国道,主要地
止患者は,医師が同乗していない救急車によって搬
方道,県道を中心に走行している.
送された心肺停止患者と比較して,生存率が約 19%
②余計な迂回路を利用することはなく,病院方向と
( α =0.81)向上したという結果が出ている.ドク
は逆方向の経路を選んでいない.
ターカーとは,重篤な患者を搬送する際に,医師が
③病院方向へほぼ一直線上の経路を選んでいること
救急車に同乗して処置や助言を行うものであり,画
が多く,最短経路を選んでいることが多い.
像伝送によって医師から指示や助言をもらうシステ
以上より,本研究では次の条件の下で救急車の走
ムとは類似している.よって,ドクターカー導入の効
行経路を設定する.
果を救急隊員の応急処置効果と見なして設定する.
①救急車が走行する経路は,ある程度道路幅員が確
以下に,修正を加えたカーラーの救命曲線式を示す
保されている国道,主要地方道に限定する.
(図 3.1).
xi :アンテナ設置場所の有無(0,1 変数)
100
90
心臓停止
80
死 亡 率 (% )
70
呼吸停止
60
50
i :主要交差点番号
p :アンテナの設置台数
d i :アンテナ基地局同士の距離
l :アンテナ基地局同士の制約条件
多量出血
40
3本の曲線を
重み付けして1
本にした曲線
30
20
応急処置と画
像伝送効果を
考慮した曲線
10
4.石川県奥能登地域への本モデルの適用
(1)アンテナの諸条件
a)アンテナの設置場所
本システムは,災害時の運用も想定されるため,災害
0
0
10
20
図 3.1
30
40
時間経過(分)
50
60
70
時に送電できない状態においても利用できるように,非
常時用の予備電源の整備も求められる.現在では,交差
カーラーの救命曲線(修正後)
⎧
⎫
100
R = 100 − ⎨
⎬
⎩ 1 + exp (4 . 80861 − 0 . 53116 α t ) ⎭
(2.1)
点の信号機は災害時に混乱が起きないように予備電源が
備えられていることが多い.以上より,アンテナ設置候
R :生存率(%)
補場所を走行経路設定で用いた 35 の主要交差点とする.
t :搬送時間(分)
α :救急車内の応急処置効果
b)アンテナの通信可能範囲
本研究で用いるアンテナの 1 施設当たりの通信可能エ
(5)アンテナ設置場所の評価式の定式化
アンテナの設置場所を検討する際,設置予定場所
にアンテナを設置したときの効果を表す必要がある.
そこで,本研究では交差点通過時に何人の生存者と
通信可能であるのかを考えて,それを主要交差点の
評価指標として捉えて,最大化することを考える.
評価値を求める方法としては,主要交差点の流入
搬送者と算出したカーラーの救命曲線から求める各
主要交差点での生存率を掛け合わせて,救急車が各
主要交差点を通過する際に生存している患者数を算
出する.さらに,アンテナ基地局の設置台数に応じ
て,主要交差点の評価値を足し合わせて最大となる
交差点の組み合わせを最適なアンテナ設置場所の組
み合わせとする.また,制約条件としてアンテナの
設置台数とアンテナ基地局同士の距離を設定し,こ
れらを 0-1 整数計画問題として定式化する.以下に
評価式を示す.
最大化:
する.また,アンテナを効率よく配置するためには,互
いのアンテナの通信エリアが重ならないように,アンテ
ナ設置場所間の距離が 4km 以上( d i ≥ l =4km)であること
を制約条件とする.
(2)アンテナ設置場所の検証
a)作業の流れ
評価値が最も高くなるような主要交差点の組み合
わせを最適なアンテナ設置場所の組合せとする.な
お,35 の主要交差点の中から選択する組み合わせを
探す計算は,制約条件を考慮したプログラムを作り,
FORTRAN を用いて検証する.また,救急要請地区全
46 地区からの救急搬送において,1 度は通信可能エ
リアを通過するような配置を検討する.
b)検証結果とその考察
各主要交差点の評価値の組み合わせ計算を行い,
全ての組み合わせの中から合計した評価値が最も高
z = ∑ai Ri xi
(2.2)
い主要交差点の組み合わせ結果を表 4.1 に示す.ま
∑x = p
(2.3)
た,どの地区からの救急要請がある場合でも対応で
i
制約条件:
リアは,アンテナ設置場所を中心として半径 2km と設定
i
きるようにアンテナ設置場所の検討を行った結果,
i
di ≥ l
(2.4)
アンテナ本数が 10 本になったので,その配置図を
xi ∈ {0,1}
(2.5)
図 4.1(珠洲方面),図 4.2(輪島・穴水方面)に,
z :アンテナ設置場所の評価値
ai :主要交差点番号 i への流入搬送者数
Ri :主要交差点番号 i での生存率
アンテナ本数と交差点通過時の生存患者数の変化を
図 4.3 に示す.
表 4.1
主要交差点の組み合わせ計算結果
本数
交差点通過時の
生存患者数(人)
21
40
57
74
88
98
103
106
108
109
交差点番号
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
7
7
7
7
7
7
7
7
7
7
22
10
10
10
10
10
10
10
10
22
22
22
11
11
11
11
11
34
27
22
16
16
16
14
34
27
22
22
22
16
34
27
27
26
22
34
28
27
26
34
28
27
34
28
34
く,アンテナ本数が 3 本の場合に選択されている.
また,交差点番号 34 は,三次救急医療機関に近づ
くにつれて走行経路も集約されていくため,ほとん
他に,走行経路の設定条件の中で最短経路を利用
18
4
19
するという条件を入れたために,特定の幹線道路上
2
5
の交差点を選択する傾向が強い.例えば,主要幹線
76
12
13
道路である珠洲道路や国道 249 号線上の交差点が選
択されている.
98
11
10
島市や能登町で比較的人口が集中している地区に近
本数が 4 本のときに選択されている.
3
14
15
が選択される傾向にある.交差点番号 10 や 22 は輪
どの地区からの流入が考えられるために,アンテナ
11
20
や,各救急要請地区からの流入搬送数が多い交差点
アンテナ本数と交差点通過時の生存患者数の変化
をみると,アンテナ本数が 5 本になるまでは 1 本ず
No.:候補地点
17
:通信可能エリア
16
つ増やすと,生存患者数も対応して大幅に増加して
いるが,アンテナ本数が 6 本からは生存患者の増加
図 4.1 アンテナの設置場所(アンテナ本数 10 本)No.1
数も逓減している.本研究で導入を想定している医
療情報デジタル伝送システムは,公平性を保つため
にどの地区からの救急要請がある場合でも対応でき
るようにアンテナ設置場所の検討を行ったが,効率
21
性を考えると,アンテナの設置本数を増やすことに
23
24
27 25
とが今後の課題であると考えられる.
35
26
32
28
よって救命効果がどのくらい向上するのか求めるこ
22
31
33 30 29
34
謝辞:なお,本研究は科学研究費補助金(基盤研究
(B),№19360229,代表者高山純一)の研究成果
の一部をとりまとめたものである.ここに記して,
No.:候補地点
:通信可能エリア
図 4.2 アンテナの設置場所(アンテナ本数 10 本)No.2
感謝したい.
参考文献
通信可能エリア通過時の生存患者数(人)
1)救急業務用高度医療情報伝送システムに関する検討会報告
120
書,総務省北陸総合通信局,2006.2
100
2)救急・救助の現況(平成 18 年版),総務省消防庁
3)岩井慎太郎,高山純一,中山晶一朗:「救急車からの医療情
80
報のデジタル伝送システムの最適化方策に関する研究」,平
60
成 18 年度土木学会中部支部研究発表会講演概要集,2007 年 3
40
月
20
4) 平松敏史:「重傷者搬送機能に着目した緊急輸送道路網
の耐震化効果」,平成 18 年年度修士学位論文,広島大学社
0
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
アンテ ナの本数(本)
会基盤計画学研究室
5)河北新報掲載記事:2006.6.8
6)福田正輝,高山純一,中山晶一朗:「救急車を対象とした医
図 4.3 アンテナ本数と交差点通過時の生存患者数の変化
アンテナ設置場所の組み合わせ結果より,アンテ
ナ本数が少ないときは,周辺人口が多い主要交差点
療情報デジタル伝送システムの最適化方策に関する研究~能
登地域を事例として」平成 19 年度土木学会中部支部研究発
表会講演概要集,2008 年 3 月